地龍(4)
「ぶっ!ぶわっははは!」
遠くで親父の爆笑が聞こえる。
耳には聞こえてるのに、頭には全く入ってこない。面白味のないBGMみたいだ。
ただただ身体が痺れたようになって、何も考えられない。全身から血の気が引いて、毛穴という毛穴がギュッと縮まったように感じる。それなのに、背中に汗の滴が幾筋も垂れていくのがわかるから不思議だ。
「な、なん、なんだよこれ?な、なんで指に吸、吸盤がつい、ついてるの?おまけに足首から先が・・・ト、トイ、トイレのカッポン、カッポンみたいに・・」
動揺して口が上手く回らない。
「トイレのカッポンってなーに?」
と訊くナノに、親父は
「正式にはラバーカップっていうんだ。トイレの詰まりを直す道具だよ」
と答えてまた爆笑した。
「そうか!トイレの詰まりはAJの足で直すんだね」
いやいや、冗談じゃない。ナノの軽口を聞いても、今は怒る気にもなれない。
俺の身体は、一体どうなっちゃったんだ?
「あ〜あ〜。急激に金星人化が進んでるよ」
親父が両手を腰に当てて、ニヤニヤしている。
「え?な、なんで?ちゃんとギュムノーになったじゃん。ギュ、ギュムノーになれば、金星人にはならないんじゃなかったのかよ」
「バカだな〜。公務員になりたかったくせに、公務員に禁じられている事を、勉強しなかったのか?今日のお前の言動は、「信用失墜行為」に当たるな」
「アタル」だけに「当たる」だな、などと言って、自分の寒い親父ギャグでまた爆笑している。
「そんなのどうでもいいし!俺がいつ信用失墜行為をしたっていうんだよ!」
心なしか、指先もぐんにゃりとしてきた。
「全部だ」
そう言って、親父は俺の顔に自分の顔と顔を、拳一つくらいまで近づけた。
「いいか。職務上の行為や私生活の行動が、ギュムノーの信用を著しく傷つけたり、職務全体の名誉を損ねるような事をするのが信用失墜行為だ。お前は、俺に止められていたにもかかわらずソーヤブルを持ち帰り、訓練所であるこの場所に甚大な被害をもたらした。更には、地球の生き物であるモグ・・いや、地龍の子を守るどころか、この状態で置き去りにしようとした」
「何だよ!そんなことが信用失墜行為だっていうのかよ」
「当然だ。金星人は善良だと言ったはずだ。忘れたとは言わせないぞ」
「・・・・・」
両方の掌をじっと見た。形は保っている?ようだけど、吸盤がハッキリと盛り上がってきた。心なしかぐんにゃり度も増している。
足を見ると、ふくらはぎの近くまでイボイボと盛り上がってきて、吸盤?ができているようだ。恐る恐る左足の裏を見ようとすると
ギュムッ
・・・床にくっついて離れない。
くそっ!
グッと押して、
「離れろ!離れろ!」
と言いながら力を込めると、ペロンと簡単に剥がれた。
ぐんにゃりした左足首に絶望しながら、抱えるようにして、足の裏を見た。そこには、丸い穴を中心として、白っぽくて柔らかい繊維質が放射状に広がって、カッポンみたいになった部分がそれを囲んでいる。
受け入れられない現実に、涙が浮かんできた。
俺のモットーは、安心・安全第一なのに・・・
なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ?
「どうしよう。どうしたらいい?」
「今からのお前の踏ん張り次第だな」
親父はサラッと言った。
「踏ん張り・・・?」
「そうだ。腹を括って、今はモグラのためになる事をしろ。ためになる事はなんだ?」
「・・・ダイヤモンドを返す、とか?」
「そうだな。まずはそれだ」
クソッ!
仕方ない。帰るのは諦めて、もう一度ダイヤを返す方法を考えよう。この現状を打破するためには、地球人に戻るためには、考えるしかない。
それにしても、金星人はクラゲの化け物だと思ってたけど、タコの化け物だったんだな。そうか、タコだったのか。俺はタコになるのか。
いや、ならないために考えなければ。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
だーーーっ!!
思いつかねぇよ!
そもそも、何で俺がタコ入道になんなきゃなんねぇんだよ!何が信用失墜行為だよ!ふっざけんな!!
・・・なんて、大きな声で叫びたいけど、もっとタコ化したくないから、全部飲み込んだ。
く、悔しい〜〜
「なんか思いついたか?」
「うっさい!ちょっと黙っててよ!」
「ハイハイ。お〜コワッ」
畜生!怖くもなるよ。親父もタコ坊主になってみりゃいいんだ!クソッ クソッ クソッ!!
・・・マ・・・・・・・
ん?
・・・・うぇ・・ん・・・
ん?
・・・・・・・マ・・マ・・・・・・・
「親父、なんか言ったか?」
「いや。なんも」
「ナノは?」
「・・・」
「ちっ。寝てんのか」
・・・・うぇぇん、ママに・・・のに・・・・
ん?
確かに何か聞こえた。キョロキョロと周りを見回したけど、誰もいない。というか、いるはずもない。
「親父、なんか聞こえないか?」
「何のことだ?」
「声だよ!ママに何とか、って泣いてるみたいな」
2人で耳を澄ませた。
・・せっかくママに貰ったのに、失くなっちゃった・・
「ほら!せっかくママに貰ったのに失くした、って泣いてる!聞こえただろ?」
「・・いや?」
親父はゆるゆると首を振った。
「え?親父には聞こえないの?」
「お前、大丈夫か?」
あれ?親父が心配してる。
これって空耳とか幻聴の類ってこと?
ただでさえメンタルボロボロなのに、幻聴まで聞こえるようになったってこと?それとも、タコって幻聴聞こえるの?
「うわぁぁぁ!ダメだダメだー!どうせ俺はタコになるんだぁぁっ!」
頭を掻きむしっている俺の耳に、またしても幻聴が聞こえてきた。
「ママがくれたビカビカ。こっちまで飛んでくれば掴めるのに・・」
また、また、また!!また聞こえてくる!!
「これもどうせ幻聴なんだぁぁっ!」
咄嗟に親父の手からダイヤモンドを掴み取ると、
「でやぁぁぁぁぁぁーー!!」
とモグラに向かって投げた。
「アタル!!何するんだ!!」
「知るか!どうせ俺はタコ入道になるんだぁ!!」
シュルン
・・・・・・
「・・・あれ?」
ダイヤモンドが吸盤にくっついて取れないぞ?
「あれ?あれれ?」
シュルルルルルルル
「ぎえぇぇぇぇぇ!? 手、手が、手がぁぁぁー!?手が、伸びていくぅぅぅ」
手がダイヤを掴んだまま、細く長く伸びていく。
ルルルルルルルルル
「うおぉぉ!!」
「アタルーー!!」
親父の叫び声がした。
どうなっちゃうんだよーー!!




