ちりゅうさん(1)
「ちりゅう?」
聞き返した俺に、親父は
「早くダイヤを出せ」
と迫ってきた。
親父の剣幕に押されて机の引き出しを引くと、親父はダイヤモンドを素早く掴み取って
ヒュンッ
一瞬で消えた。
「え?親父?・・・え?」
間違いない。
俺がダイヤモンドを持ってきたせいで、何か大変な事が起こってるんだ。
「ちりゅうが怒り狂ってる」って言ってたな。
要するに、ちりゅうさん・・・金星人なのか、地球人なのかはわかんないけど、そいつが激オコってことだよな。
あの場所を知ってるんだから、きっと金星人なんだろうな。
触らぬ神に祟りなし。
君子危うきに近寄らず。
あとなんかあったっけ?
とにかく、親父が俺の代わりに、ちりゅうさんに怒られるんだろう。
あ〜あ。帰ってきたら大目玉を食らうな、こりゃ。
でもさ、ダイヤモンドくらいで、あんなに目くじら立てなくてもいいじゃん。金星人ってココロが狭いなぁ。
あ〜あ。腹減ったな。
親父が帰ってくるまでは時間も止まったままだし、とりあえず何か食い物でも探すかぁ。
いつ動き出すかもわからないから、制服着るのはやめとこう。
もぞもぞと部屋着を着て、階段を降りていった。
リビングに行って、スプーンを持ったまま固まっている朝芽の斜向かいに座った。昔からの定位置だ。
「なんだよ朝芽。口から牛乳出ちゃうぞ」
ぷはっ
自分で言って思わず笑ったけど、朝芽は無反応だ。
当然だよな。時間が止まってんだから。
耳を澄ましたけど、時計の音すら聞こえてこない。
不意に、いまここで動いてるのは自分だけなんだという実感が湧いた。と同時に、激しい焦燥感に襲われた。
・・・親父、帰ってくるよな?
このまま親父が帰って来なかったらどうしよう。時間の止まった世界に俺1人になんのかな?
ちょっとばかり弱気になった。
まだ親父を解放してくれないなんて、ちりゅうさん相当怒ってんのかなぁ。俺も謝った方が良いんだろうか。
とりあえず、訓練所に行ってみようかな。
ちりゅうさんがどんな人なのかわからないけど、親父もいることだし、突然襲いかかってくることはないだろう。
リングの使い方は、地球時間の昨日?親父に教えてもらったし、座標はアーカイブで見れると思う。たぶんね。
ダメだったら行くのは諦めて、漫画でも読みながら親父を待つことにするか。
行く前に、ちょこっと何か食べよっと。
いつも腹を減らしてる俺と朝芽のために常備している、バナナ2本と魚肉ソーセージを1本食べた。
くぅ〜〜痺れる〜〜。
めちゃくちゃ旨い!空腹は最大の調味料とはよく言ったもんだ。
もう1本魚ソー食いたいと思ったけど、天津飯が待ってるから我慢することにした。
・・・でもなぁ。もう1本食いたいなぁ。
未練たらしく眺めていた魚ソーを、戻ってきたから食べるからと、自分自身に都合のいい言い訳をして、ポケットに突っ込んだ。
立ち上がってこめかみをトトンッとぎこちなく叩くと
透明な空間に白文字が浮かんだ。
「おお〜っ!」
親父の前ではカッコつけてさらっと流してたけれど、今は独りだからじっくり見られる。
「ほえ〜〜面白え〜〜」
見れば見るほど不思議だ。どんな仕組みでこんな風にできるんだろう。
「よし!やってみるぞ」
1人で操作するのは初めてだから、ちょっと緊張する。
親父が一緒じゃないから、慎重にやんないとな。知らないところに行って戻れなくなる、なんて事になったらシャレになんない。
右手で操作して入力していく。
アーカイブ、アーカイブ・・・あった!やっぱりな。
目的地は訓練所だ。ゲットしたリングを腕にはめると、深呼吸を一つした。大丈夫、合っているはずだ。
ちりゅうさんの怒りが収まってるといいんだけどなぁ。
ヒュンッ
「・・・あれ?」
さっきと景色が違う。
「ヤバイ!目的地間違えた!」
着いた先は訓練所じゃなかった。
整備された広い空間だったはずなのに、大きな岩がゴロゴロしている。
「変なとこ来ちゃった!ヤバイヤバイ、一旦家に帰ろう」
もう一度リングを出そうとした時
「AJ!」
うえぇぇぇん!と泣きながらナノが飛んできた。
「え?ナノ?どうしたの??」
「アタル!!」
「え?親父?・・あれ?じゃあここやっぱ訓練所?」
「何しにきた?」
「いや、親父が帰ってこないから、俺も一緒にちりゅうさんに謝ったほうがいいと思ってさ。それより、これどうしたんだよ?ここってこんな仕掛けがあったの?」
すっげぇ!あの岩なんて、川のうんと上流とか山の上の方にあるようなデカさだ。こんな事もできゃうなんて、この訓練所すげ〜。と思ってキョロキョロしてると
メキメキッ バキャッ
と音がした。大きな音が怖いのか、ナノはフルフルと震えながら、俺の腕に飛び込んできた。
「え?なに?何の音だよ」
音のする方を見ると、地面が盛り上がっている。盛り上がったてっぺんの方から、パラパラと石ころが落ちているから、今の音はここからに間違いない。
「やっぱすっげ〜!さっすが訓練所だな〜」
そう言っている間にも、
バキバキバキンッ ゴ・ゴゴ・・ゴゴゴゴゴ
また新しい小山ができ始めている。
「おおっ!すげすげ!」
どんどん大きく盛り上がってくる様子に、なんだかワクワクしてきた。
「・・・・・」
ナノを抱えたままはしゃぐ俺とは対照的に、親父は無言で地面の盛り上がりを見ている。
「アタル。ここに来たからには、もう引き返せないぞ。覚悟するんだな」
「え?なに?また訓練すんの?」
「来るぞ!!」
ドゴォォォォォンッ
何かが爆発した!