訓練所(7)
「さあ、そろそろ帰ろうぜ。学校行かなくちゃだし、何より腹が減ったよ」
素っ惚けて親父に言った。
バレる前に早く戻らないとな。
ダイヤモンドといっても石だから、歩くたびにゴンゴンあたる。目立たないように、手を添えながらそっと歩くのも、なかなか難しい。
「そうだな。スキャニングの結果はナノが本部に送ってくれたし、俺たちは戻るとするか。それにしても変な歩き方してるな。大丈夫か?ちょっと見せてみろ」
やべぇ!そんな事したら絶対バレるじゃん。
「へ、平気、平気。ちょっとぶつけただけだし!それより親父、戻ったら天津飯だからな!」
「はいはい。じゃあナノ、後でまた来るよ」
「はーい!またね。A、AJ」
こめかみをクリックしようとして、さっき親父がリングも出さずに一瞬で消えたのを思い出した。
「なあ、さっきリング使ってなかったよな?どうやったの?」
ああ、と言って説明してくれた。
「行ったところを事前に登録しておけば、リングを使わなくても、考えるだけでその場所に行けるんだよ」
「え!?マジ?すげえ便利じゃん!」
「考えるっていってもコツがあるんだ。だから、お前は行ったところも少ないし、慣れるまではリングだな。父さんも、お前と一緒の時はリングにするよ。あとな、リングもそうだけど、テレポートするためには、前提として時間が止まっていないとダメなんだぞ」
「でも親父はいつも、都合よく時間止めてんじゃん。時の管理人じゃないと、動かせないんじゃなかったのかよ」
「・・・う〜ん・・・」
親父はちょっと逡巡してから話し出した。
「実は、これから重要な任務が重なってるんだよ。この前も話したけど、今から10年以内にすべき事がいくつもあるんだ。だから、お前が18歳になる前日から10年後まで、正確には全ての任務が完了する日まで、時の管理人から「鍵」を預かってるんだ。鍵っていっても、家の鍵みたいなのじゃないけどな」
「どんなの?見せてよ」
「ダメだ。形ある物じゃないし。まあ、いつかな」
「ちぇっ」
な〜んだ。つまらん。
でも、鍵を預かってるってことは、親父がじいさん達の信頼を得てるってことだよな。
なんだ。ポンコツ親父だと思ってたけど、ポンコツでもないんじゃん。
「へへっ」
「なんだアタル。楽しそうだな」
「まあね」
「よし!行くか」
「おう。ナノ〜」
振り向くとナノは楽しそうに石拾いをしている。さっき褒めてもらって嬉しかったんだろう、「これもキレイ、あれもキレイ」なんて言っている。小さな子どもみたいだ。
「じゃあな」
「バイバイ」
ヒュンッ
一瞬で家の中にいた。
「ナノはあそこで暮らしてんの?」
「いや、本部だ。新人公務員の面倒を見ることになってるから、とりあえず今は訓練所に詰めてるんだよ」
「・・・新人公務員て」
「もちろんお前だ」
親父はニヤリとした。
くっそぉ〜〜今に見てろよ!テレポートだって完璧に使いこなしてやる!
そこで、はたと気づいた。
・・・あ!いかんいかん。俺は「使えない国家公務員」を目指してるんだった。あっぶね〜〜。
「とりあえず着替えてこい。母さんが驚くからな」
親父に肩を叩かれた。
確かに泥だらけのうえボロボロだ。パジャマ代わりにしているTシャツもジャージも、破れてるだけじゃなくて、ところどころ焦げたり溶けたりもしている。
「あ〜あ。こりゃ捨てなくちゃだな」
お気に入りだったのになぁ。でも制服に着替える前でマジ良かった。制服は替えがないし、今から買うとなったら母さんが卒倒する。
着替えようとして、ふとカレンダーが目に入った。
誕生日に印がついている。朝芽がふざけて描いたんだっけ。
それにしても、自分の順応力には驚くな。
一昨日は誕生日だった。その時は、まさか自分が金星人だなんて夢にも思わなかった。昨日、親父にカミングアウトされてギュムノーになった。今朝起きたら訓練所に連れて行かれて、電撃ショックを受ける羽目になった。
はぁ〜。こんなの誰も信じてくんないだろうなぁ。
ダイヤモンドをポケットから出して、机の上に置いてから、ノロノロと服を脱いでレジ袋に入れた。
燃やすゴミの袋に入れたら母さんに見つかるかもだし、透明な資源物用のゴミ袋に入れても見つかるかもだ。考えた結果、レジ袋に入れて親父に捨ててきてもらうことにしたからだ。
どうせ学校行くんだから、部屋着に着替えなくてもいいよな。制服着ちゃおうか。
ダイヤモンドが何かに反射してキラッと光った。
手に取ると、透明でとてもキレイだ。
こんな大きいダイヤモンド、みんな見たことないだろうな。いったい、どのくらいの値打ちがあるんだろうか。今のところ売る気はないけど、金額によっては売っちゃうかもな。高級車とか買えんじゃね。何ならマンションなんか買えたりして。ぐふふ。
ダダダダダッ
突然、階段を駆け上がる足音がした。
ヤバッ!ダイヤ隠さなきゃ!
バタンッ
慌てて机の引き出しにダイヤモンドをしまった瞬間、部屋のドアが勢いよく開けられて、血相を変えた親父が飛び込んできた。
「お前何したんだ!何を持ってる!?」
そう言うと俺の胸ぐらを掴んで揺さぶった。
「へ?へ?」
「訓練所から何か持ってきたはずだ!早く出せ!!」
「べ・・別に何も持ってきてねぇよ」
そう言いながら、つい目が泳いでしまう。それだけで、親父はピン!ときたようだ。
「さっきのソーヤブルだな!?お前、置いてこなかったのか!?」
「な?なに?」
「ダイヤはどこだ!?出せ!!早く!早く出せ!」
「知らねえよ。持ってきてないつってんだろ!」
親父は急に、静かだけど強い声で話し始め、そしてそこには、有無を言わせない迫力があった。
「嘘をつくな」
何だかまずい事が起きている予感がして、胸がざわめく。俺は大変な事をしてしまったんだろうか。
「地龍が怒り狂ってる」
親父の瞳が、炎のように揺らめいていた。




