訓練所(5)
「ゔぅ・・・体が・・痛だいぃ・・・」
うつ伏せになってぶっ倒れてる俺の背中の上を、無情にもイボイボールがバウンドしている。
「え〜〜〜。訓練やんの〜〜〜?」
「だから、訓練って言っても今日は測定だけだから」
「そもそも何するんだよ!腹減ってんのに〜〜〜」
「まあ、学校の体力測定と似たようなもんだよ。あれより楽なんじゃないか?」
「とりあえず説明だけなんじゃなかったのかよ〜〜〜」
仰向けになって嫌だ嫌だと足をバタつかせながら騒いでいると、親父は観念したように
「わかったよ、測定終わったら天津飯食わせてやるから」
と言った。
ん?天津飯?
途端に腹が減ってたことを思い出した。
ギュルルルルルル ジュルルルルル
腹が鳴る音とヨダレが出てくる音の二部合唱だ。
「さっき天津飯がどーのこーのって言ってただろ?だから天津飯食わせてやる」
親父が偉そうに言った。
チッ!なんで上から目線なんだよ!
「親父が天津飯の話なんてするからだろ!甘酢あんだぞ!甘酢あんでグリーンピース乗ってるやつだからな!!」
「わかった、わかった」
親父は両手を軽く挙げたものの、天津飯の話なんてしてないんだけどなぁなどと、何やらぶつぶつ言っている。そんなの天津飯が食べられるならどうでもいい。
ちょっと測定するくらいなら、まあいっか。
軽く考えていたら、親父の罠にまんまと引っかかってしまった。
「じゃあナノ、頼んだぞ」
「え!?」
ヒュンッ
「え!?えぇぇーー!?」
親父はこめかみをトトンッと叩くと、あっという間に消えてしまった。
「えぇー!?ちょっとちょっと!!なんでいなくなっちゃうの!?俺どうすりゃいいのよ!」
いなくなった場所に向かって文句を言った。傍から見たら、独りで誰もいない所に文句を言ってる痛いヤツにしか見えないだろう。
「真っ直ぐ立って」
突然、声がした。
そうだ!イボイボールがいるんだった!
「おいお前!親父どこ行ったんだよ!」
「お前じゃない。ナノ」
「こんなのひでぇじゃん!」
「ひどくない。さっきAは、長老のところに行ったり、他のギュムノーに進捗状況の確認に行ったりしなきゃいけないって、ちゃんと伝えてたよ」
「A?」
「与のこと。アだからA」
「なーる。じゃあ俺も当だからAってことになるわけ?」
「AJ」
「AJ?」
「アタエジュニアだからAJ」
ふうん。「アタエの子ども」ってだけなんだけど、英語というだけで、なんだかカッコいい。デキル男みたいで悪く無いかもしれない。
「ほら!真っ直ぐ立って、って言ってるでしょ」
「ん」
その場に気をつけの姿勢で立つと、イボイボールの目が赤く光りだした。
「うぉ!?」
「ジッとして!!」
光る目で俺の足の先から頭の先まで一瞥すると、
「スキャン完了!」
と言った。
「お前、いま何したんだよ」
「お前じゃない!ナノって言ってるでしょ!!」
ビシャァァーンッ!
「うっぎゃーーーーーー!!」
頭に雷が落ちた!と思うくらいの衝撃が走った。
「・・つっ・・痛ってぇぇぇ・・な、なに・・?」
頭を抱えてひとしきり呻いたあと、周りを見回した。
何もない。
当然だけど、誰もいない。
「なぁ、お前いま何かし・・」
「お前じゃない!ナノ!!」
ビシャァァーンッ!
「うっぎゃーーーーーー!!」
再び衝撃が走った。さっきと同じ場所だ。
「・・ぬ、ぬぉぉぉ・・・痛ってぇぇぇ・・」
痛さのあまり、よもや血でも吹き出したかと思って頭を撫でた。
ホッ。ひとまず大丈夫そうだ。
コイツに話しかけた途端、頭に雷が落ちた。
ということは、このイボ野郎がやったとしか考えられない。棘ばかりか電撃?雷撃?まで。一体全体、俺が何したっていうんだ?
「この雷お前だろ!俺が何したって・・」
「ボクはナノだってば!!」
ビシャァァーンッ!
「うっぎゃーーーーーー!!」
「ぐ、ぐぬぬぬ・・・」
やっぱコイツに間違いない。
ちっくしょ〜!このイボ野郎どうしてくれよう。
「くぅぅぅ・・・」
絶対コイツを捕まえてやる!
捕まえないとこの雷は止まないだろう。
「・・・こ・・の・・このぉ〜〜!」
痛みに耐えながら、両手を伸ばして飛びついた。
右手が一瞬掠ったけど、するりと逃げられてしまった。
くっそ〜〜〜!
左手の方に逃げてくれば捕まえられたのに!
でももう少しだ。なんとなく動きが見えてきた・・気がする。何となくだけど。
「待てっ!」
右手を伸ばしていると見せかけて、肩を突き出すように左手を思いっきり伸ばした。
「ふんがーーー!!」
俺のナイスな左手は、想像以上に伸びてイボ野郎をギュンム!と掴んだ。
痛がる様子もないし、柔らかい風船のようだから問題なさそうだ。握力MAXで握りしめれば逃げられない。
「コイツ!!捕まえたぞ!!」
「コイツじゃないもん!!」
ビリリリリリリリリ
「ピギーーーーーー!!」
お、おかしい・・・
イボ野郎を掴んだ左手から両足のつま先まで、強力な電気が流れた。
畜生!こんな技も使えるのか。
「・・うぅ・・う・・・くそ・・・汚ったねぇぞ・・」
バタッ
「ゔぅ・・・体が・・痛だいぃ・・・」
うつ伏せになってぶっ倒れてる俺の背中の上を、バウンドしながら、
「ボクはナノだって言ったでしょ!バカにするのはやめて。キミよりずっと知能も高いんだよ」
と言った。
そんな事で、こんな目に遭わされたのか。
「わ、割に合わねぇ・・・」
ヒュンッ
「のわぁ!?ア、アタル!?」
親父が戻ってきて飛び上がった。
そりゃそうだ。伸びてる息子と勝利のバウンドをしているイボ野郎を見れば、驚かないわけがない。
驚け父よ。
そして最愛の息子をこんな目に合わせた、このクソ野郎に制裁を加えてやってくれ。
「Aー!」
憎らしいことに、イボ野郎は俺の頭の上で弾みをつけるようにバウンドすると、親父の腕の中にポスンと収まった。
「身体のスキャニングは終わったよ!ボクのことも1回だけ捕まえることができた」
「そうか!ありがとな」
そう言って親父はイボ野郎を撫でている。
「やるじゃないか!アタル!初回からナノを捕まえるなんて、すごいことだぞ!」
「・・親・父・・・どういう・・こと・・だ・・・」
「ナノに手伝ってもらう、って言っただろう?」
畜生。また騙された。
俺のモットーは「安心・安全第一で、安定した人生を送る」なのに。
そのまま俺は気を失った。