ギュムノーず(13)
振り向くと、ブー子に向かって雛がクチバシをパカパカしている。
「どうしたブー子!?」
「あっくん助けてぇ、ケッツーがぁ。きゅるるるる」
あ、雛の名前はもうケッツーに決まったのね。
「噛もうとするのぉ。きゅるん」
なんだこいつ。わざとらしくパチパチ瞬きしやがって。
ったく、そんくらいのことで騒いでんのか。
「お〜い、ケッツー。どしたー?」
「いやぁん!ケッツーじゃなくって、ワタシの心配してよぉ。きゅるん」
額にピキンと怒りマークが出たけど、とりあえずブー子のことは既読スルーならぬ既聞スルーに徹することにした。
「エサを欲しがっているのだろう。キャロちゃん、何か植物由来のものを持っているのではないか?」
じいさんがブー子に尋ねた。
「そんなもの持ってませぇん。ほらぁ。きゅるん」
クネクネしながらそう言うと、ブー子は何本かの足を挙げた。そこにはエセお宝が並んでいる。
アンモナイトの殻、恐竜の胃石、殺人級の激臭毛玉・・
毛玉!?
そこら中に激烈な獣臭が充満した。
「臭えよ!!その毛玉しまえ!早く!」
これに関しては、とてもじゃないけどブー子を無視していられない。あまりの臭さに眼球が刺激されて涙が出てきた。
ブー子は「は〜い」とか言いながら毛玉をしまったけど、目が笑っている。
くっそー!何回言っても出すってことは、絶対ワザとに決まってんじゃん!
最高にムカついたけど、とりあえず何か言うと絶対絡んでくるから、ここはスルーする事にした。
他には、日干しレンガ、地上絵の下絵、俺のお宝シャコ真珠。メガネウラの羽が無くなった今となっては、シャコ真珠以外ろくなもんじゃない。
「植物由来のものなんて無くね?」
そう言った瞬間、ケッツーが素早い動きで飛び上がると、下絵をくわえて飲み込んだ。
え?なに?
事態が飲み込めないでいると、ブー子がいち早く反応した。
「あぁあー!ちょっと!それ大事な下絵なんだからね!返しなさいよっ」
ブー子はすっかり素に戻り、ケッツーの首をつかんで揺さぶっている。
「わっ!?何やってんだよ!やめろよ!」
慌ててケッツーを奪い返した。
「だってぇ。ワタシの大事な下絵なのにぃ。きゅるん」
「可愛い子ぶってんじゃねぇ!お前みたいのをブリッコって言うんだよ!」
「ひっどぉ〜〜い!シクシクきゅるん」
「シクシクじゃねぇ!このバカ女・・じゃなくてバカタコクラゲ!」
「ほれほれ、痴話喧嘩はやめんか」
じいさんが間に入ってきた。
「痴話喧嘩なんかじゃねーわ!!」
ケッツーを抱えたまま騒いでいる俺を無視して、じいさんは続けた。
「その下絵は、植物由来だから狙われたんじゃ」
「えぇ?だってパピル・・あー!」
じいさんが頷いている。
「え?なに?どういうことだよ」
訝しい顔をしながら誰にともなく訊くと、
「あの下絵はパピルスに描かれてた、ってことだよ」
親父が教えてくれた。
「パピルス?」
「パピルスっていうのはね、古代エジプトで使われていた、紙の代用品のことだびょん」
リドレイさんが親父の横に立って説明を始めた。
いつの間にか復活して、すっかり普通に戻っている。
「ナイル川流域には、カヤツリ草の仲間のパピルス草がたくさん自生しててね。この茎を細かく切って、縦横に並べてくっつけてから、乾燥させたものがパピルスなんだぴょん。このパピルスを紙の代わりにして文字を書くと、軽くて持ち運びも簡単で、楽ちんに情報伝達ができるようになって、一気に情報を広めることができるようになったんだ。だってそれまでは、石とか粘土版に書くことが多かったから、広めるのも難しいじゃん。これ考えた人って、すっごいよねー!」
「そっか、だから植物由来なんだ」
「イ・エース!アタルは賢いねぇ」
リドレイさんが、ウインクしながら親指を立ててグッジョブしてくれた。
「でもさぁ」
リドレイさんが、不思議そうに呟いた。
「なんで日干しレンガの方は狙わないわけ?」
「え?」
何を言っているのかわからなかったけど、日干しレンガの方を見た。ケッツーは見向きもせず、興味がなさそうだ。
「ボクが作った、素晴らしい出来栄えのケツトルフードを食べなかった理由はわかったけど・・まああれは、恐竜の赤ん坊の組成とほぼ同じモノを作ったんだけどね、だから食べない理由はわかるんだよ。でもさ、日干しレンガも植物由来なんだよ?」
「え?あれが?」
「そうだ。日干しレンガは泥や粘土だけじゃなくて、小石とか切った藁を練り込んで丈夫にしてたんだよ。つまり、リドレイの言うとおり、日干しレンガは植物由来と言えなくもない」
「う〜ん。見たところ、あれは焼いてある焼成レンガじゃないから、乾燥した植物が含まれてるってとこは、食べられちゃったボクのカゴとかパピルスと一緒なんだよね。違うのは、藁以外も含まれてるってとこなんだな」
「植物由来100%じゃなきゃ嫌なんじゃないか?」
・・・ちょっとくらいなら何か入ってても平気だけど・・・
ん?誰か何か言った?
思わず周りを見回した。
・・・生き物のうんちがいっぱい混ざってるんだもん・・・
「うへぇ。あの日干しレンガって、うんこが混ざってんのか」
「あん?なんだって?」
「いやぁ、文化の違いだから何とも言えないけど、俺的にはいくら乾燥してても、うんこを触るのには抵抗があるな〜と思ってさ。しかも食うなんて無理ゲーだわ」
「・・アタルちゃん、なんで知ってんのさ?」
「え?いま誰か言ってましたよね?」
「え?」「へ?」「ん?」
みんなで顔を見合わせた。
俺、おかしなこと言ったのかな?




