訓練所(3)
「金星人最大の発明は、時を動かす仕組み・・・装置を開発した事だ。お前はダークマターとダークエネルギーって知ってるか?」
「聞いた事ならあるよ。まだ解明されてないんでしょ?」
「地球では、な。金星ではとうの昔に解明してるんだ。両方とも、宇宙の仕組みを解明する過程で、理論的にあり得ない事柄を補足するために存在している物質だ。ダークマターは重力を持ってるけど、確認できていない物質。ダークエネルギーは、宇宙を膨張させる力、簡単に言うと引っ張る力だな。仮定として定義されたものではあるが・・」
きょとん?
「あー・・・」
おやじは、小首を傾げた俺を見て、少し考えてから再び話し出した。
「よし!ものすごく簡単にイメージとして説明するぞ。例えば、穴を開けても割れない風船に布を被せて、布の端を風船の口の辺りでまとめてから、その先を掃除機に吸い込ませておく」
ふむふむ。そのくらい簡単に想像できる。
「次に、風船に被せた布の表面に、とろみのあるものを厚めに塗って、スーパーボールをいくつか乗せる」
ふむふむ。
風船に布・・そこにとろみのあるもの。
とろみのあるものっていったら、中華あんくらいしか思いつかないけど、まいっか。
中華あんかけるんだったら、天津飯だよな。風船じゃなくて白飯、布じゃなくて玉子焼、それに中華あんとグリーンピース。
お!ピッタリじゃん。
「なんか、うまそうだな〜」
「ん?お前、なに考えてる?言った通りイメージしろ」
イメージ、イメージ。なんだか腹が減ってきた。
グゥゥ〜〜
「まったく、なに腹を鳴らしてるんだ」
親父は呆れた様子だったけど、そのまま続けた。
「この「とろみのあるもの」がダークマターだ。スーパーボールの周りに歪みができてるのがわかるか?宇宙でも、星の周りでこの歪みが観測されてる。何も存在していない、つまり「無」だとしたら、この歪みはできないはずだ」
「じゃあ、ダークマターは中華あんなんだね」
「・・・ちょっと何言ってるかわからんけど、「とろみのあるもの」っていうのは、イメージしやすいように例えただけだ。俺には見えないから、ダークマターがどんなものなのか、実際のところはわからん」
「中華あんだよ」
「・・・」
なぜか親父が無視している。
どんどん腹が減ってきて、天津飯のことで頭がいっぱいになった。
「とりあえず続きだ続き!次に、布ごと風船にいくつか穴を開ける。すると、とろみのあるものは、どんどん風船の中に落ち込んでいく。これがブラックホールだ。一方で、布は風船の口の辺りで掃除機に吸い込ませてるから、布全体としては、口の辺りに向かって引っ張られている。この引っ張る力がダークエネルギーだ」
引っ張る力か。食べる時に使うのは、やっぱレンゲだよなぁ。
「レンゲがダークエネルギー・・・」
「レンゲ?お前何言ってんだ??まじめにイメージしろって」
まじめにっていったって、朝ごはん食べる前なんだから、腹が減ってるに決まっている。
「この掃除機の役目をしてるのが、超巨大、いやそれ以上の極大ブラックホールなんだ。風船に開けた穴はどんどん広がっていって、風船も最終的にはこの極大ブラックホールに飲み込まれる。ビックバンはわかるよな?」
「うん。宇宙はそこから始まったんだろ」
「すべてを飲み込んだ極大ブラックホールは、自らを飲み込み始め、やがて大爆発を起こす。これが所謂ビックバンだ」
天津飯は俺の胃袋に呑み込まれる・・そして大爆発・・いや!俺は絶対吐き出さないぞ!!」
「こら!何の話してるんだ」
親父がそう言うのと同時に、イボイボールが俺の頭の上でバウンドした。
「痛っ」
「ちゃんと話を聞かなきゃダメだよ」
「こいつっ」
捕まえようと思ったけど、悔しいかな捕まらない。イボイボールは、手が届かない高さまで浮かび上がると、またヒヨヒヨと回り始めた。非常に不愉快だ。
「だってしょうがねぇじゃん。腹減ってんだもん」
イボイボールにも聞こえるように言った。
「わかった、わかった。説明だけは終わらせよう。とりあえず、これを食べてなさい」
よくわからない豆のようなものをくれた。「豆のような」というのは、蛍光のショッキングピンクだから、絶対豆のはずがない。いままでの経過からして、口に入れたら最後、何か嫌なことがありそうだ。
「いや、いい。いらない」
「え!?なんで?これ美味いし、ギュムノーしか食べられない貴重品なんだぞ」
そう言うと、親父はガキッ、ガキッと食べ出した。
てっきりポリポリ食べるんだと思ってたから、ギョッとした。食べなくて良かった。歯がもげるわ。
「地球が自転を続けてるのは、それを止める方向に力が働いていないからなんだよ・・ガキッ。金星人は、ダークマターを発見してから、それを活用しようと考えた・・ガキッ。複数の装置を使って強力な磁場を作り出すと、ダークマターを使って地球の自転を逆に動かすことに成功したんだ・・ガキッ。そのとき「自転を逆回転させると、時間を遡ることができる」っていう予想外の大発見をしたというわけ・・ガキンッ!!」
「お、親父、もう食べるのやめたら?」
嫌な音がしたから、心配になって思わず声をかけた。
「これ、止まらなくなるんだよ」
そう言って、ニカッと笑った親父の歯茎からは血が出ている。
「わ!歯茎から血が出てるじゃん!」
「あー。また出ちゃったか。これ食べると出ちゃうんだよ」
楽しそうに言うので、そっとしておこうと心に決めた。本人が良ければ何でも良いのだ。たとえ歯がなくなっても。
とはいえ、さすがに血が出るのはまずいと思ったようで、食べるのをやめると、名残惜しそうにピンク豆モドキを入れた袋をじっと見ていた。
「どこまで話したっけ・・・。あ、そうだ!成功したとこまでだったよな。時間を遡るためにはダークマターを利用して、戻す時にはダークエネルギー、つまりブラックホールを利用した。ダークマターをコントロールするためには複数の装置を使うんだけど、地軸の両端で、一番重要な装置を同時に起動しなければならない。その起動者が2人の長老だ。この2人は必ず双子であることが代々決められている。金星人の双子は、地球人以上に息がピタリと合うからね。金星人は、この装置があれば金星を元の美しい星に戻すことができると期待したんだけど、実際には肝心の金星に使う事ができなかったんだ」