ギュムノーず(11)
「ふんふんふ〜ん。リドレイ謹製ケツトルフードだびんち〜。レオナルド〜ん」
リドレイさんはよくわからない鼻歌を歌いながら、ピョンピョンと跳ねるような足取りで、植物の蔓で編まれたカゴを抱えて戻ってきた。
「はぁああ〜〜」
親父がわざとらしく大きい声で溜息をついた。
「アタルが頼んだんだからな。お前がちゃんと断れよ」
「しょ、しょうがねぇじゃん。そんな料理作るなんて知らなかったんだから」
「だとしてもだ。もう子どもじゃないんだから、自分で責任を取るようにしないと。お前だって、その赤ん坊を死なせたくないだろう?」
確かに。こんなガリヒヨ、お腹を壊しただけでも死にそうだ。
「食べさせない方がいいのは間違いないさね」
「そうさな。当、断ったからとて、リドレイはお前を嫌いになったりなどせんわ。案ずるな」
「あっくん、ちゃんと断ってねぇ!きゅるん」
なんなんだよ、どいつもこいつも。
そりゃあ急いで頼んだのは俺だけど、リドレイさんのやることに間違いはないって思ってたからだし!
微妙な空気が流れる中、空気が読めないのか、脳天気なのか、嬉しくてそれどころじゃないのか、その全部なのか、そんなことを全く気にも留めないリドレイさんが
「渾身の出来!見た目もバッチリだから、ベイビィちゃんが喜ぶこと間違いな〜し!」
嬉しそうにくるりと回った。
カゴの中身が見えないように、ご丁寧にもツルツルした黒い布が掛けられている。
ウサ耳付けて、田舎のばあちゃんが持つようなカゴを胸に抱えたその姿は、たとえ都会の雑踏の中にいたとしても、誰もが振り返るのは間違いない。
どうしよう、なんて言って断ろう。
「コイツのエサは自分で探すのでいらなくなりました」って言う?俺が頼んで作ってもらったのに?
理由を訊かれたら、「コイツが死んじゃったら困るんで」って言う?こんなにご機嫌なのに?
親父もビカクさんも、リドレイさんと仲が良いんだから、軽い感じで断ってくれりゃいいのに。
そう思って2人を見たけど、「知りましぇ〜ん」みたいな顔をしている。
くそっ!
焦るあまり、ダラダラと脂汗が出てきた。
じっとりとして気持ちが悪い。
「グウェ!グウェェ!!グウェェース!」
雛がバサバサと暴れ始めた。
「ちょっと、おとなしくしてろよ!落ちちゃうだろ」
エサの臭いを嗅ぎつけたんだろうか。
リドレイさんのエサを断ったとしても、急いで食いもんを探さなきゃいけないことに変わりはない。
このままだと、コイツが弱っちゃうからな。
エサをやって弱らせるか、エサをやらずに弱らせるか。
なんだよ!詰んでんじゃん!
「さ、早くあげよう!」
・・・「あげてみよう」じゃないんだ。試す要素はないのね。
背が高いリドレイさんは少し屈んで、複雑な気持ちでドヨドヨしている俺に目線を合わせると、ニッコリ笑ってウインクした。
あああ〜・・良心が痛むぅ・・
でも、俺が言うしかないんだよな・・
口をギュッと結んで覚悟を決めた。
「あ、あの、・・ケ、ケ、ケッ、ケツ・・」
ダメだ、うまく言葉が出ない。
「あれ?ベイビィの名前ケツに決めたの?それともケッツー?どっちもお尻な名前だねぇ。クククッ」
何がケツだよ
そう言うと、カゴを片手に抱え直した。
「じゃあ、お披露目するよ!パンパカパーン!」
ファンファーレとともに布が外されて、ケツトルフードが差し出された。
「うわっ、キモっ!!」
そこにあるのは、ブリンッとした得体の知れない物体だった。
「な、何これ・・?」
赤黒くてブルブルしている様子は、ロースハムサイズのデカいグミみたいだ。よく見ると、目と口と短い手足がある。夢に出てきそうな嫌な感じ。物凄くキショい。
親父とビカクさんも近づいてくると、一目見て臭いニオイを嗅いだような嫌な顔をした。
「えぇ?なに?なんでみんな変な顔してんの?」
リドレイさんは心外な、とでも言いたげに口を尖らせた。
「なんだいこれ?呪いにでも使うのかい?」
「長老、またコイツおかしな物を作ってますよ。見ます?」
親父が声をかけると、じいさんは勢いよく頭を横に振った。
「いや、わしらは・・これ!キャロちゃん!」
「やだやだ!ワタシも見たぁい。きゅるん」
来なくていいのに、長老が止めるのも聞かずブー子がウネウネ寄ってきた。
どんなご飯なのぉ〜とブリブリ覗く?
「げっ!?何これ!超絶気持ち悪いんだけど!」
それだけ言うと、ブー子は「オェェ」とじいさんの後ろに隠れてしまった。
!?
コイツ!普通にしゃべれんじゃん!
ブー子の真実に衝撃を受けている俺の腕の中で、バカンッ!バカンッ!としきりにクチバシをパクパクしていた雛は、隙をつこうとしたのか、こぼれるように下に落ちた。
「うわっと、と」
落ちたといってもそんなに高さはないうえ、雛が自ら飛び降りたに近いものの、骨でも折れたんじゃないかと慌てて捕まえようとした。
そんな俺の気持ちなどお構いなしに、雛はバサバサとおぼつかない足取りでリドレイさんの足元へ行き、またもやバカンッ!バカンッ!とクチバシをパクパクしている。
「やあ!美味しい匂いがしたかな?2種類作ってみたからね!どっちが好きかな〜」
「え!2種類も作ったの!?」
驚いている俺を尻目に、
「うん。草食風味と肉食風味」
と言うと、嬉しそうに赤グロい物体を雛に差し出した。
「わっ!やめろ!!」
とっさに手を伸ばしながら大声を出したけど、俺の声なんかで動きが止まるわけはない。
「ちょっと待て!」
「お待ち!!」
親父とビカクさんもエサを取り上げようと手を伸ばした。その結果、3人の手が互いにぶつかって、掴めたはずのエサは手に当たって弾けると、口を開けた雛の方に飛んでいった。
「ああ・・!!」
ヤバい!死んじゃう!!
雛のクチバシに呪物が入った。
次の瞬間、
ベッ
何かが雛のクチバシから飛び出した。
とっさに何が起きたのか理解が追いつかず、その場にいた誰もが、頭の上にクエスチョンマークを浮かべたその瞬間、
ビッターーンッ
飛んできた呪物がリドレイさんのアゴを直撃した。




