飛んだ
三題噺もどき―よんひゃくろくじゅう。
うららかな日差しが窓から差し込む。
昨夜までのけたたましい雨音が嘘のようになりを潜め、カラリとした空が覗く。
気持ちのいい青空が広がっている外は、きっといい散歩日和なのだろう。
「……」
しかし残念ながら、今日はそんな気になれなかったので。
大人しく部屋で読書をしたり、食事を摂ったりと、何一つ変わらぬ時間を過ごしていた。
ホントのところ、一瞬買い物に行こうかとも思ったのだ。
昨日雨のせいで買い切れなかったものを買いに行こうかと、外に出る準備まではした。
……のだけど、玄関を開けた瞬間に襲ってきた暑さに一瞬で気が滅入った。
じっとりとまとわりつくような暑さが、想像以上に気持ち悪くてダメだった。
「……」
うららかなんて言ったけど、そんなやさしい雰囲気の暑さではなかった。
夕方になれば、少しはマシになるかもしれないと期待はしているが。
まだ、外に出られるような気にはなれない。
部屋の中にいても、若干ムシムシするんだけど……どうにかならないものか。
これから梅雨時期に入ると、これが当たり前になってくるんだろうけど。何度体験してもこの「蒸し暑い」には、慣れない。よくわからないが、若干生理的嫌悪があるのかもしれない。
まとわりつく暑さなんて。ホントに。ぞわぞわしてしまっていけない。
「……」
除湿器とか、買った方がいいんだろうか。
でもああいうのって、使うタイミングが限定されている気がして、買うのがもったいないと思ってしまう。かと言って、多機能のモノを買うと、もっと値段が張るから手を出すのも気がひける。最近は、簡易なものもあるらしいけど、あれッて効果的にはどうなんだろう。それなりには効くんだろうけど、使ったことがないから分からない。
……まぁ、その辺はそのタイミングになってみないと有無が分からないし、おいおいで良いか。いや、必要にはなるだろうから、考えてはおかないといけないのかもしれない。
「……」
お気に入りのソファに座り、ぼうっとしている。
今は、昼食まで済ませ、さて読書を再開しようかと、座ったはいいものの。
本を膝の上に置いたまま、外を眺めている。
今日は、狼少年の話をモチーフにした物語を読んでいた。
なかなかに面白い展開で、読む側の心のどこかをなぞるような何かがある。
丁度、いいところではあるので、さっさと読み進めてしまいたいのだけど。
「……」
網戸越しに、真っ青な空が覗く。
この晴れの日が、もう少し続けばいいが。
天気予報を見た限り、あまり天気のいい日はないらしい。
台風もできたと言うし、もう本格的に梅雨時期に入っていくんだろう。
「……」
外の音が聞こえる。
昨日の雨音の中では聞こえなかったであろう音。
車の走り去る音が聞こえたり、犬の鳴き声が聞こえたり。
風の通りすぎる音も心地よく耳に響く。
これで蒸し暑ささえなければ、完璧に近いのに。
―なんて、理不尽な怒りじみた何かを覚えたとき。
『あ!!!!!』
という、大きな声が鼓膜を叩いた。
住宅街全体の響いたのではないかと思う程に大きな声。
思わず、体がびくりと跳ねたのも無理はないと言いたい。
「……」
何事かと思い、ソファに預けていた上半身を、少し持ち上げて、外を注意深く見てみる。
まぁ、ここからでは外の道路の様子なんて見えやしないので、何かできるわけでもないのだけど。
じっと、見ていると。
ふわふわとうかんできたものがあった。
「……」
赤い風船だった。
ヘリウムが中にこめられた風船は、ふわふわと空へと飛びあがり。
誰の手からも離れて、自由になったとでも言わんばかりに、上へ上へとあっという間に飛んでいく。
「……」
さっきの大声は、きっとあの赤い風船の持ち主の悲鳴だったのだろう。
手放すなとさんざ言われていたのに、離れた手をきっと恨むのだろう。
楽しい気分が台無しになってしまったんだろう。
「……」
あぁかわいそうに。
なんて。ぼんやりと思ってもみる。
思ったところで、何の慰めにもならないし。
私には何の感慨も浮かばずに、また座りなおすだけに終わるのだけど。
「……」
赤い風船は、どこまで飛んでいくのだろう。
案外もう、しぼんでしまっているかもしれないな。
お題:雨音・狼・赤い風船