ワンダリングモンスターバスターズ(内閣府直属特殊鳥獣対策室)
好天に恵まれた夏の早朝というやつは実に気持ちがいい。
おまけにその日の高速道には他の車の影は全く見られない。
実に快適だ。
願わくば今日はこのまま仕事がなく終わってしまえばいい。
相棒は不満だろうが。
グウオオン
一際大きなエンジン音が響く。
そうか不満か相棒よ。
だが分かってくれ。俺は争いごとは嫌いなんだ。
だったら何でこんな仕事に就いているかって?
相棒よ。人間にはいろいろのっぴきならぬ事情ってもんがあるのだよ。
◇◇◇
ビイーッビイーッ
車内にはけたたましいアラーム音が響き渡る。
ちいっ、どうやら神様は俺より相棒の方が好きらしい。お客さんのお出ましだ。仕事だ。
シンプルに速度計とラジオ、グローブボックスしかなかった相棒のコックピットは俺の嫌いな液晶画面に変わる。
「a monster appeared」
分かった分かった。モノは何だ?
「wyvern」
ワイバーン? となると空戦か? 換装に手間がかかるがまあ仕方ない。
異世界エナジー導入システム。ON。
グワアアアアオオオオオン
相棒はその持てる能力を存分に発揮できることが嬉しくてたまらないのだろう。歓喜の咆哮をあげる。
何とも不愉快だが、これも仕事だ。いくぞ相棒。
まずはエンジン換装。ノーマルな4ストローク強制空冷水平対向4気筒OHVからJ47-GE-27に換装。
グワアアアアオオオオオン
喜んでやがるな。続いて、異世界からタイプ1ウイング召喚。
グワアアアアオオオオオン
よし、武器だ。対モンスターレーザーキャノン二門召喚。
グワアアアアオオオオオン
ラスト。これが一番肝心。対モンスター照射ライトに換装。
グワアアアアオオオオオン
ようし。準備は揃った。相棒。待たせたな。テイクオフだ。
グワアアアアオオオオオン
我が相棒フォルクスワーゲンタイプ1改は一層の喜びの咆哮を上げ、大空へと飛び立った。
キシャアアアアア
聞こえる。ワイバーンの叫びが。
威嚇の叫びではない。哀しく、戸惑い、怯えている叫び声だ。
分かっている。これはおまえらモンスターに起因する問題じゃあない。
俺たち人間のしでかしたことだ。
枯渇する鉱物資源。遅々として進まないクリーンエネルギーとやらへの転換。行き詰まった人間どもにとっての救世主は異世界からのエネルギー導入だった。
この劇的なイノベーションによりエネルギー問題は解決はした。但し、重大な副作用を残して。
異世界のエネルギーほしさに各国が競うように異世界との間に穴を開けたことで数多くのワンダリングモンスターを人間界に呼び寄せることになっちまった。
ワンダリングモンスターたちは来たくて人間界に来るのではない。歩いて、走って、飛んでいるうちに気がついたら来てしまっている。
そして帰ることは出来ない。彼らは哀しみ、戸惑い、怯える。
最後は人間から見ると暴力、破壊と見られる行動に走ってしまう。
そうなる前にあの世に送る。それが俺の仕事だ。何とも胸くそ悪い仕事だ。
キシャアアアアア
叫び声のする方向に対モンスター照射ライトを向ける。
その光は情け容赦なくワイバーンの全体像を暴き出す。
そしてその光に気づいたワイバーンは大きく口を開くとこちらに向かってくる。
いつも思う。俺と相棒のことをワンダリングモンスターたちはどう思っているのだろうと。
エサだと思っているのだろうか。来たくもない人間界に来てしまい、心細く思っているときに出会えた仲間と思っているのだろうか。
その答えを聞けることはない。もう彼の命はないからだ。
「対モンスターレーザーキャノン発射っ!」
我が相棒フォルクスワーゲンタイプ1改のルーフに据え付けられた二門のレーザーキャノンから光がほとばしる。
ビギャアアアアア
ワイバーンは断末魔の声を上げると、その姿を霞のように消していく。その身体を人間界に残すことはけしてない。学者先生の話では意識がなくなり、異世界のエネルギーになるとのことだ。それを俺たち人間たちが使っている。それもまた胸くそ悪い話だ。
高速道路には他の車の影はやはり見えない。
俺は相棒をランディングさせた。エンジンは元の4ストローク強制空冷水平対向4気筒OHVに戻り、両側のドアについたウイング、ルーフの上の対モンスターレーザーキャノンは自然に消え、ライトも通常のものに戻る。
持てる能力を存分に発揮できた相棒は上機嫌なエンジン音を奏で続ける。
でも俺はやはり考えてしまう。
俺たち人間はいつまでこんなことを続けるのか。いつまでこんなことを続けられるのか。
自分の現状をも思う。妻も五歳の息子も俺のことをごくごく普通の自衛官だと思っているし、俺もそう伝えている。内閣府直属特殊鳥獣対策室、通称ワンダリングモンスターバスターズなんてものがあるとは夢にも思わないだろう。
そして俺たち人間はもはや異世界からのエネルギーなしではこの文明を維持できないということも、そのことが異世界のモンスターを招き入れていることも、ごく一部の人間を除いて誰も知らない。
もう一度考える。俺たち人間はいつまでこんなことを続けるのか。いつまでこんなことを続けられるのか……と。
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