◇第八話 異能の家系、肉球、キノコのスープ
「俺は廻家の出身だ」
〈鬼車〉の群れを追い払った後、蘭は野兎にそう言った。
ちなみに、今は頭部の耳も無くなり、手や牙も元に戻っている。
「廻家……」
「まぁ、知らねぇわな。特殊な血筋の家系だ」
蘭は、どこか嫌そうに身の上を語る。
あまり、良い記憶はないのかもしれない。
「廻家は通称、異能の家系とも呼ばれてる。先祖代々、廻家の血を引く者は、その身に人ならざる能力を宿す。言わば、超能力が伝達されてる一族ってところだ」
「へぇ……」
驚きはしない。
〈伏魔殿〉や〈魔物〉等というものが存在する国だ、そういった存在があっても不思議ではない。
「俺の体に継承された異能力は、《形象十二神獣》っつぅ仰々しい名前の力でな。十二種の獣の特性を身に宿し、変身するって力だった。ちなみに、さっきのはその内の一つ、《虎》の力だ」
「なるほど」
「……が、お前も見ただろ。あの中途半端な姿を」
蘭は苦笑する。
「俺には才覚が無かったんだな。先祖から受け継いだ大事な力を、中途半端な形でしか発露できなかった」
「………」
「家じゃあ、他の家族から長年『グズ』や『無能』って虐げられて、最終的に落ちこぼれの認定を受けた。まぁ、実際にこのザマなんだから仕方が無い」
「でも、あなたは宮廷で特殊任務を請け負う選抜武官、青鱗隊の一員ではないですか。十分凄いのでは?」
「こんなもんはコネだ」
蘭は黒髪を乱暴に掻く。
「いくらグズの無能でも、廻家の血の流れる人間なんだから相応の面子は守らせたい。で、俺は家の口利きで青鱗隊に配属された」
「………」
「他の隊士達もわかってんだよ。所詮、俺が落ちこぼれの力不足のくせに家の力で青鱗隊に徴用された、厄介者だってな」
……なるほど。
野兎は、蘭の話を聞いて理解した。
彼のどこか余裕の無い性格は、劣等感から来る生き辛さが原因のようだ。
「でも」
しかし、野兎はそれでも、彼が“腐った人間ではない”ということも理解した。
「梟隊長の話を聞くに、あなたは夜中まで鍛錬をし、己を鍛え上げようとしている。自分を落ちこぼれなどと言いながらも、『俺は駄目なんだ、仕方が無い』と諦めてしまっている人間ではない」
「………」
「居辛いはずの青鱗隊に残っているのも、ここで実績を積めば本当に優秀な武官として名を残せる可能性があるから……あなたは、努力の人だと思います」
「……んだよ」
野兎の言葉に、蘭は動揺する。
自分を受け入れ、理解したような言葉を聞き、初めての感情が沸き立ったのか。
「何、わかった気になって語ってんだ。今日会ったばかりのお前が、俺に……」
「はい。わかりません。全て勝手な押し付けかもしれません。でも、私はあなたを嫌いじゃない。それだけは事実です」
「この……」
蘭は、そこで何かを言い返そうとしたの、もごもごと口籠もり。
「……クソッ」
しかし、言葉にならなかったのか、むず痒そうに頭を掻く。
「どうしました?」
「なんでもねぇよ」
廻家という強大な存在から、今日まで否定され続けてきた蘭。
そんな彼にとって、“認められる”という感覚は未知のものだったのかもしれない。
照れ臭そうに、どこか目元を赤くしている彼を見て、野兎は微笑む。
「そうだ。どうせなら、この〈宮廷伏魔殿〉の攻略で名を上げましょう。今まで難攻不落だった〈宮廷伏魔殿〉を明らかにした、〈伏魔殿〉に精通した武官なんて相当な実績です。廻家の人達も、きっと腰を抜かしますよ」
「そう簡単に行くかよ……」
「行きますよ。だって現時点で、ここまでの蘭さんの活躍は全て、この〈神鏡〉君によって国中に配信されてるんですから」
「………あ」
蘭も記憶から抜け落ちていたのだろう。
そう、野兎と蘭が〈伏魔殿〉を進む姿は、ふよふよと浮遊する〈神鏡〉によって国中の子機に配信され、地位の高低に関係無く多くの人々が目撃しているのだ。
「ほら、先程の蘭さんの活躍を見て、国中から絶賛の声が届いていますよ」
野兎は、〈神鏡〉に流れる民の声を見せる。
“虎耳、かわいい”
“虎耳気持ち良さそう”
“触りたい!”
“全然落ちこぼれじゃないよ!”
“むしろ需要はありますよ!”
“貴殿はまさか我が友、李徴では!?”
「……おい、どこが絶賛だ。馬鹿にされてねぇか?」
「そんなことないですよ。試しに、ほら、もう一回変身してみて下さい」
ほらほら、と野兎に囃され、蘭は渋々異能を発動する。
再び、彼の頭部には耳が生え、目は鋭くなり、口の端から牙が覗く。
そして、その両手も爪の鋭い獣の手になり――手の平には、肉球が生まれていた。
“肉球だ!”
“肉球可愛い!”
“肉球”
“肉球が見えた”
“肉球ぷにぷに”
「こいつら肉球しか見てねぇじゃねぇか!」
怒る蘭。
笑う野兎。
「……ったく」
しかし、蘭もやがて、その顔に微笑みを浮かべる。
ここに来て、野兎も初めて見た、彼の笑顔だった。
その時。
クゥー……と、蘭のお腹が鳴った。
「お腹が空いたんですか?」
「……そういやぁ、朝から何も食ってなかったな」
「まさか、夜までずっと鍛錬してたんですか?」
野兎は、ハァと溜息を吐く。
「頑張るのは良いことですが、駄目ですよ、ちゃんと食事はしないと。武官なんですから体調管理も業務の内でしょう」
「うるせぇな、母親かよ」
「あ、そうだ」
そこで、野兎は背中に背負ってきていた大き目の鞄を下ろす。
〈伏魔殿〉に潜るために用意してもらった道具が入っているもので、即座に使いたいものは腰袋へ、それ以外の大型のものは背負い式の方に入れてきたのだ。
「私が、料理しますよ」
「料理? ……〈伏魔殿〉だぞ?」
目を丸める蘭の一方、野兎は背負い鞄から鍋を取り出し、水を注いで準備に取り掛かる。
“野兎様が何か始めたぞ?”
“料理? 〈伏魔殿〉で?”
“料理できたんだ……”
“雑技団にいた頃は、小さい子供達の面倒を見てきたと言ってたしな”
それもあるが、野兎は実際、過去に〈伏魔殿〉に落とされた際、〈伏魔殿〉の中でも料理をした経験がある。
前世でよくやっていた、キャンプ飯の応用だ。
火打ち石で火を起こし、枯れ枝と、先程〈鬼車〉の撃退にも使った油で焚き火を作る。
湯が煮立ったら、道中で密かに採っていたキノコを小さく刻み、非常食の干し肉も入れて味付けする。
「完成。キノコと干し肉汁――〈伏魔殿〉風味、です」
「………」
出来上がったのは、妙な色合いのキノコと、干し肉の入った汁。
しかし、漂ってくる匂いは香ばしく、不思議と食欲をそそられる。
蘭の腹が、また鳴った。
“本当に作っちゃったよ……”
“でも、私だけかな……美味しそうに見えるのは”
“キノコは変な色だけど、確かに美味しそう”
“大丈夫? 幻覚見たりしない?”
「……食っていいか?」
「どうぞ、お上がり下さい」
椀に注がれた〈伏魔殿〉汁を、蘭は恐る恐る口に含む。
「……美味い」
ビックリした表情になって、蘭は思わずそう言った。
「干し肉から出た塩分と風味……何よりキノコの食感が予想以上に良い。飯を食ってこんなに美味いと思ったのは久しぶりかもしれない」
「大絶賛、ありがとうございます」
野兎は微笑む。
「『キノコには毒があるかもしれないのに、よくパクパク食べられるな』って言いましたよね」
「ん? あ、ああ」
「私だって、最初の内は警戒し、少しずつ囓ったり、こうやって刻んで少量を摂取したりしながら体を慣れさせようと考えたんです」
「……そうだったのか」
〈伏魔殿〉の中で、〈伏魔殿〉で取れる食材を使って料理をしたことは何度もある。
毒きのこパクパク女なんて言われたので、その汚名を払拭するために料理を作った部分もあるが、それ以上に――。
「〈伏魔殿〉には美味しいものがあるという情報を持ち帰るのも、十分功績になると思ったので。だから、どこかで料理をしようとは思っていました。蘭さんのお腹も膨れて、一石二鳥でしたね」
「……そうだな」
ここが〈伏魔殿〉であるということを忘れてしまいそうなほど、野兎と蘭は和やかな食事を行った。
やがて、食事も食べ終わり――。
「よし、先を進むか」
再び、野兎と蘭は歩き出す。
と、そこで。
「悪かったな」
「え?」
蘭が、口を開いた。
「お前の事、きちんと実力を把握しようともせず、足手纏いみたいに扱った。全くそんな事はない。ここじゃあ、むしろお前が俺の先輩だ。よろしく頼む」
頭を下げる蘭。
その姿を前に、野兎は微笑む。
「ええ、こちらこそ」
「だから、だ。今後、俺のことは呼び捨てで良い」
続いての蘭の提案に、野兎は驚く。
「いいんですか?」
「その方が、俺としてもやりやすいからな」
どういう心境の変化だろうか?
まぁ、彼がそう望むなら、やぶさかでは無い。
「じゃあ……よろしく、蘭」
「おう、よろしくな」
“おやおや”
“友情ですねぇ”
“いいですねぇ、こういうのも”
〈神鏡〉の表面に、二人のやり取りを囃し立てる言葉が流れる。
“蘭の奴、あんな顔で笑うのか”
“いつも無口だし無表情だったからな”
“おい、蘭! 帰ってきたら飯食うぞ! 野兎嬢も一緒にな!”
「あれ? これって青鱗隊の人達じゃないかな?」
「ちっ……あいつら、暢気に観戦しやがって……」
■ □ ■ □ ■ □
その後、野兎と蘭は更に先へと進む――遂に第四階層へと到達した。
「この一夜で、どれだけ宮廷の記録を塗り替えてんだ……」
「やったじゃないか。かなりの功績だよ? 蘭」
野兎が言うと、蘭は「ほとんどお前の力だよ……」と、苦笑しながら言う。
しかし……第四階層は非常に暗い。
苔の光も少なく、重々しい空気が漂っている。
(……もしかして……)
その雰囲気に、野兎が何かを察知した――。
――その時、轟音が響き渡った。
「!」
「な、んだ!」
野兎と蘭が、思わず振り向く。
〈宮廷伏魔殿〉、第四階層。
その奥から、何かがこちらへと近付いてきている気配を感じた――。
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