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◇第七話 蘭


 ――〈伏魔殿〉に精通する者として調査員となり、青鱗隊と協力の上〈宮廷伏魔殿〉へ挑め。


 ――未知の領域へと踏み入り功績を上げることが出来たならば、その対価として側室の地位を与える。


 皇帝陛下からの勅命を受け、野兎はその夜、早速付き添いの青鱗隊隊士――蘭と共に、〈伏魔殿〉へと潜る事になった。


 梟へと希望を通し、武器となる剣も用意してもらった。


 防具は必要無いのか? と聞かれたが、身軽な格好の方が動きやすいので断った。


 一昨日と同じ道順で、宮廷の外れにある〈宮廷伏魔殿〉の入り口へと辿り着く野兎達。


 そこで、見張りの衛兵へと挨拶をする。


「お待ちしておりました」


 衛兵も報告は受けているようで、蘭だけではなく野兎にも敬礼をする。


 そして二人は、〈伏魔殿〉の入り口――奈落に続くような大穴の前に立った。


「くそっ、まさか本当に〈伏魔殿〉に潜る事になるとは……」

「………」


 蘭は文句を言いながら、乱暴に髪を掻いている。


『隊長……その任務、本当なんですか?』


 彼は昼間――執務室に呼び出され、梟から〈伏魔殿〉の探索を依頼された後も、ずっと苦言を呈していた。


『お前は今のところ、特に抱えている案件も無いだろう?』

『確かにそうですが……』


 蘭は、野兎をチラリと見る。


『……女を守りながら〈伏魔殿〉に潜るなんて、無茶でしょ。逆に俺一人じゃ駄目なんですか?』

『駄目だ。これは、皇帝陛下からの命令だ』


 それに――と、梟は続ける。


『お前はその目で見ていないから信じられないのだろうが、少なくとも〈伏魔殿〉に関する知識量も経験値も、彼女の方が豊富だ。守られるのは、逆にお前の方かもしれないぞ?』

『………』


 それから夜まで、蘭は始終不機嫌そうだった。


「頼りにしていますよ」


 とりあえず、野兎は蘭に好意的な笑みを向ける。


 野兎にそう言われ、蘭は一瞬呆けた後、チッと舌打ちする。


「先に言っておくぞ。お前は確かに〈伏魔殿〉に精通してる人間かもしれねぇ。だが、危険地帯では武官である俺の指示に――」

「よっと」

「って、おい!」


 蘭がとやかく言っている内に、早速野兎が穴へと飛び込んでいた。


 斜面に足を掛けながら、徐々に下っていく。


 慌てて蘭も後を追う。


 やがて、二人は大穴の下――〈宮廷伏魔殿〉の第一階層へと降り立った。


 蘭は早速身を低くし、周囲を警戒するように見回す。


 一方、野兎は――。


「さて、と」


 まるで散歩でもするかのように、てくてくと先に進んでいく。


「躊躇ってもんがねぇのかよ!?」

「一昨日の夜に一度潜っていますから。第一階層は、そこまで警戒しなくて大丈夫ですよ……」


 まぁ、〈大蛇〉が出てくるかもしれないが、倒せない相手ではない。


 まるで散歩するように歩き進んでいく野兎の背中を、蘭はポカンとした顔で見詰める。


 するとそこで、蘭の背後からふわりと、〈神鏡〉が現れた。


「うおっ」


 野兎に付いていた〈神鏡〉だ。


 よく見ると、その画面に文字が流れている。


「そういやぁ、この鏡を通して国中に俺達の姿が映されてるんだったか……」


“おお、今夜も何か映ってる”

“また〈伏魔殿〉に潜ってるのか”

“野兎様~♡”

“野兎様かっこいい♡”

“武官の方がビビってる”

“まぁまぁ、ここは野兎様の言う事に従いましょう”


「………」


〈神鏡〉に流れる文字は、視聴者達の反応だと蘭も聞かされている。


 それらを見て、蘭は怖い顔になる。


“ひぇ……”

“すいませんでした……”


「……ちっ」


 腰を上げ、蘭は歩き出す。


 その光景を振り返って見ながら、野兎はクスッと微笑んだ。




 ■ □ ■ □ ■ □




「あっ」


 第一階層をしばらく歩き進んだところでだった。


 光る苔に混じり、岩陰にキノコが生えているのを野兎は発見した。


 緑色のカサに黒い筋の走ったキノコ。


 前回は見過ごしていたが、これも野兎にとっては馴染み深いキノコだった。


 ちなみに勝手に付けた名は、〈スイカモドキダケ〉である。


 野兎はそのキノコを採ると、服の裾で汚れを拭き取りパクリと食べた。


「本当に食いやがった!」


 その光景を見て、蘭は絶叫する。


「お前、〈伏魔殿〉に生えてるようなものよく食えるな! 絶対毒があるだろ、それ!」

「うーん……でもまぁ、私は今こうして生きているので、少なくとも命に影響するような猛毒は無いと思いますよ」


 昼間の反応的に、蘭は前回野兎が〈アカマダラダケ〉を食べた事は知っているようだ。


 だが、流石に目の前で実食されたら驚くしかないだろう。


「確か……過去に何度も〈伏魔殿〉に潜って、その度に空腹を凌ぐために食ってたんだっけか?」

「ええ、所属していた雑技団の団長夫婦に、躾と称してよく落とされていたので」

「……過酷な環境で生きてきたんだな」


 そんな野兎を見詰め、蘭はぽつりと呟いた。


 そして、自身の腰の袋を探り、中から干し肉を取り出す。


「え?」

「非常食だ。やるよ。そんなんじゃなくて、安全なもん食え」

「あ、大丈夫ですよ。私ももらっているので」


 そう言って、野兎は自身の服の裾から同じく非常食の干し肉を取り出す。


 ここに潜る前段階で、梟が武器と一緒に用意してくれたものだ。


「……じゃあ、やべぇキノコじゃなくてそっち食えよ」


 そう言って、蘭は自身の干し肉を袋に戻す。


 ちらりと〈神鏡〉を見ると、“いい人”“怖い雰囲気だけど意外と優しそう”と文字が流れている。


(……うん、私もそう思う……)


 まだ数回程度しか会話もしていないが、何となく野兎は思う。


 彼――蘭はぶっきらぼうなところもあるが、少なくとも悪い人ではない。


 ここに潜る事に対してノリ気じゃないのも、別に面倒だとか野兎を見下しているとか、そういう理由からではない。


 彼としては、武官でもない人間……ましてや一応は宮女である野兎を〈伏魔殿〉に連れて行くという事が、些か納得できないのかもしれない。


(……この人は、無闇に人を危険な目に遭わせたくないのかも……)

「ああ、くそっ! まだ目が慣れねぇ!」


 蘭は、野兎が見詰めている事にも気付いていたのか、両目を摩っている。


 暗闇にいまいち目が慣れないのか、イラついた様子だ。


(……短気な性格……というより、切羽詰まっているというか、余裕がないというか……)


 それに関しては、別の事情があるのかもしれないが。


 さて――そうこうしている内に、二人は第二階層の入り口へと辿り着く。


「ここから先が……探索部隊も入り口付近で壊滅したっつぅ第二階層か」


 緊張した面持ちで、蘭が呟く。


「万が一のことがある。俺が先に……」

「行きましょう」


 蘭が台詞を言い終わるよりも先に、野兎は歩き出す。


「だから、躊躇ってもんがねぇのかよ!」


 その後を蘭が追い掛け、二人は第二階層に降り立った。


 すると。


「わんわん!」

「あ」


 地面が盛り上がり、複数の犬達が地中から現れた。


「〈魔物〉か!」

「待って下さい」


 腰の剣に手を掛けた蘭を、野兎は制する。


 現れたのは、昨日野兎に返り討ちとなった〈犀犬〉達だった。


「久しぶり、元気だった?」

「わふ~ん」


〈犀犬〉達は、どこか野兎に懐いているかのように甘えた声を発して群がってくる。


「……こいつら、〈魔物〉だよな?」

「はい。もしかしたら、先日の戦いで上下関係が生まれちゃったのかもしれませんね」


 野兎は、一通り〈犀犬〉達をわしゃわしゃ撫で回す。


“〈魔物〉のはずなのに、もう普通の犬と変わりませんね”

“もふもふ”

“もふもふしててかわいい”

“家に一匹欲しい”


「……本当に、〈伏魔殿〉に潜ってるんだよな? 俺達」


〈神鏡〉の表面に流れる和やかな反応を見て、蘭は思わずそう呟いた。


 一通り〈犀犬〉達と戯れた後、野兎は彼等に別れを告げて先に進む。


 最早、第二階層も大した脅威ではない。


 更に下に向かい――遂に昨日、野兎が辿り着いた第三階層へと到達する。


「マジかよ……第三階層にまで来ちまった」


 宮廷の公式記録にも記されていない、完全に未知の領域。


 その領域がどんどん開拓されて行っている事が、蘭も未だ信じられないのだろう。


「……昨日、お前はここまで来たんだよな」

「はい」


 周囲を警戒しながら、蘭が尋ねる。


「その時は、どんな〈魔物〉と戦った?」

「この第三階層で遭遇したのは、羽の生えた蛇の〈魔物〉で〈化蛇〉という――」


 そこで、野兎の声が止まる。


 何かが羽ばたく音が聞こえたのだ。


「まさか、早速か?」


 野兎の言った〈化蛇〉が現れたと思ったのか、蘭が臨戦態勢を取る。


「いえ……」


 しかし、野兎の分析は違う。


 昨日の〈化蛇〉の群れに比べ、羽ばたく音が遙かに多い。


 恐ろしい数が重なり合っている。


「なんだ、ありゃあ!」


 やがて現れたものを前に、蘭は思わず叫んだ。


 最初は蝙蝠かと思った……が、近付くにつれ、それが鳥だという事がわかる。


 いや、ただの鳥ではない……異形の鳥だ。


 両翼を広げた巨体に、ミミズクの頭が九つついている。


「〈鬼車(きしゃ)〉」


 野兎が、その〈魔物〉の名を呟いた。


 迫り来る〈鬼車〉の群れ達は、甲高い鳴き声を発する。


 それぞれ九つある頭の全てから発しているため、とんでもない声量だ。


「ぐぅ……」


 蘭は思わず両耳を塞ぐ。


“ひぃぃ!”

“怖い!”

“すごい強そうだぞ!”

“バケモノだぁ!”

“逃げて!”


〈神鏡〉の鏡面も、大騒ぎになっている。


「おい、下がってろ!」


〈鬼車〉の群れの放つ雄叫びの中、蘭は懸命に野兎へと叫ぶ。


 奇怪な見た目、頭が痛くなるほどの咆哮。


 加えて、〈鬼車〉達は鋭く巨大な爪も装備している――一気に襲われたら、一瞬でズタズタに切り刻まれてしまうだろう。


 一目で強敵だと判断できる。


 しかし――。


「大丈夫です」


 野兎は、放たれる奇声に顔を顰めながらも、腰の袋に手を伸ばす。


「何度か戦ったことがあるので、弱点も知っています」

「……なに?」


 言って、野兎が腰の袋から取り出したのは、手の平に収まる程度の丸い皮の袋。


 その中身を、手にした剣の刀身に満遍なく掛けていく。


「そいつは……」

「油です」


 火を熾すための装備品である油を剣に振りかけると、野兎は剣先で軽く地面を弾く。


 火花が散って、剣身の油に火が燃え移った。


 野兎はその剣を、松明のように掲げる。


 すると、それまで咆哮を上げていた〈鬼車〉達が、怯えたように身を硬直させる。


「〈鬼車〉は、火を怖がるんです」


 その性質を知っていた野兎は、燃える剣を持って〈鬼車〉達へと近付く。


〈鬼車〉達は、迫る火を恐れるように身を引いていく。


 しかし――。


(……思ったよりも恐怖していない……)


 以前戦ったことのある〈鬼車〉なら、炎で威嚇するだけで簡単に退散した。


 しかし、この〈鬼車〉達は即座に逃げ出そうとしない。


 やはり〈宮廷伏魔殿〉に生息する〈魔物〉は、そこらの〈伏魔殿〉に潜む〈魔物〉よりも強力なのか……。


(……なら、倒すしかないか)


 野兎は燃え盛る剣を、正眼の位置に構えようとする。


「おい」


 そこで、蘭が口を開いた。


「こいつらには、威嚇が効くのか?」

「え?」

「火に怖がるっていうことは、警戒心があるってことだよな」

「……ええ、恐怖を覚えれば引き下がるかと」


 瞬間――野兎は気付く。


 炎に照らされた蘭の体に、変化が起きていた。


「試してやるよ」


 低く腰を落とし、どこか四足獣を思わせる体勢を取った蘭――その頭部から、耳が生えていた。


 黄色と黒の交ざった獣毛を生やした、一対の耳。


 目付きも更に鋭くなり、地に着けた両手は完全に獣毛の生えた獣の手になっていた。


 爪も強靱で鋭利だ。


 まるで――虎である。


「グルゥゥゥゥゥ……」


 蘭が口を開く。


 鋭い犬歯が覗き、喉から発せられた唸り声は、正に虎のそれ。


 地響きのような唸り声を聞き、〈鬼車〉達が目に見えてたじろぐ。


「グォオオオオオオオオオオオオオオ!」


 次の瞬間、蘭の放った衝撃波のような雄叫びが、その場に轟く。


〈鬼車〉の群れが発していたものよりも大きく、更に根源的な恐怖を駆り立てられるような――そんな雄叫びだった。


 そんな咆哮を浴びせられ、〈鬼車〉の群れは我先にと逃げていった。


「……ふぅ」

「蘭さん」


 一息吐く蘭。


 一方、そんな蘭の変貌に野兎は驚いている。


「ああ……ちょっと特殊な体質でな」


 そんな野兎を見て、蘭は視線を外す。


「気味悪いだろうが、我慢してくれ。今から説明……って、何してんだ?」


 気付くと、野兎は蘭の頭の上に生えた耳を触っていた。


「すいません、気になってしまって」

「いや、だからっていきなり触る奴がいるかよ……怖くねぇのか?」


 スーっと、蘭の前に〈神鏡〉が浮遊してくる。


“わかる”

“触りたいよね、わかる”

“獣耳……気持ち良さそう”

“触りたい”


「……変態しかいねぇのか、この国は」


 依然耳を触っている野兎に「あんま触んな、くすぐってぇんだから……」とぼやいて、蘭は溜息を漏らした。


 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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[一言] 最近になって配信系のお話を気に入り、いろいろとあさっているうちに本作にたどり着きました。 配信というとVRMMOか現代ファンタジー系が多いですが、配信という行為が広まっているせいで視聴者を気…
[一言] モフモフが沢山。嬉しい。
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