◇第六話 再び〈伏魔殿〉へ
梅衣の宮でのゴタゴタの後――。
野兎と梅衣は、此度の騒動の重要参考人として青鱗隊により連行される事となった。
騒然とする宮廷の中を、彼女達は青鱗隊隊士達に付き添われながら連れて行かれる。
行き交う宦官、宮女、宮廷勤めの役人達が野兎達に注目し、昨夜あったことを囁き合っている。
(……とんでもない一大事になってしまってるな……)
やがて、野兎達が連れてこられたのは、青鱗隊の隊舎。
梅衣とは別れ、野兎が通されたのは隊長執務室。
そこで、しばらく待たされる事になった。
……やがて、時が経ち。
「やぁ、お待たせ」
先程も見た、乱れた前髪に顎髭が印象的な、壮年の男性がやって来た。
確か、名前は――。
「初めまして。僕は青鱗隊の隊長、梟という者だ」
「はぁ……初めまして」
どこか柔和……というか、危機感に欠ける朗らかさで、梟は言う。
「で、早速だけど。昨夜一体何があったのか、色々と教えて欲しいんだ」
「……はい」
温和そうな雰囲気ではあるが、これは尋問以外の何物でも無い。
発言には注意しなければ。
野兎はひとまず、梅衣の逆鱗に触れてしまった結果、〈伏魔殿〉に落とされたところまでの流れを説明する。
「……なるほど」
一通りのあらましを確認し終わると、梟の視線は野兎の傍でふわふわと浮いている〈神鏡〉に向けられる。
「その不可思議な鏡……触ってみても良いかな?」
「あ、はい、どうぞ」
梟は野兎へ歩み寄ると、〈神鏡〉に手を伸ばす。
瞬間――バチッと音を立てて、梟の指先が〈神鏡〉から弾かれた。
「大丈夫ですか!?」
「いてて……どうやら、“この鏡”は僕には触れられないようだ」
痺れたのであろう指先をぷらぷらと揺らしながら、梟は呟く。
「どうやら、この鏡だけは特別なようだね。昨夜宮廷内で発見された他の鏡達は、調べたところ誰が触れても大丈夫のようだった」
「………」
とすると……言うなれば、野兎の傍に居るこの〈神鏡〉は特別。
野兎にだけ付き従う、親機。
他のは子機、といった感じだろうか。
「この鏡はどこで発見したんだい?」
「ええと、〈伏魔殿〉の……確か、あの時は第二階層、だったかな?」
「……ん? 第二階層?」
そこで、梟の表情が固まる。
何か変な事を言ってしまっただろうか? と、野兎は不安になる。
「ええと、君は昨夜、あの〈宮廷伏魔殿〉を第何階層まで下りたんだ?」
「そうですね……そこまで深くは行かなかったはずですが……」
野兎は、指を折りながら確認する。
「第一階層で〈大蛇〉を退けて……第二階層で〈犀犬〉を倒して、第三階層でキノコを食べて〈化蛇〉を追い払ったので……そう、第三階層までしか行ってないですね」
「……第三?」
梟は、引き攣った表情をしていた。
恐らく、思ったよりも少ない数で呆れたのかもしれない。
「はい、第三までしか下りれなかったです。本当はもっと先まで進めると思ったのですが、時間が無くて」
「……我々でさえ、現時点で〈宮廷伏魔殿〉の調査ができている階層は第一階層までだ」
梟の顔が、驚愕に染まっていく。
「以前、第二階層に踏み入った調査隊は入り口付近で〈魔物〉の群れに襲われ壊滅……命からがら帰還をした。その〈宮廷伏魔殿〉を、昨夜、第三まで行った?」
「あ、はい」
「で、時間が無くて帰った?」
「あ、はい」
「………」
「まぁ、大したことじゃないと思いますが……」
「どこが!?」
予想外過ぎる問答だったのか、梟は思わずそう叫んだ。
「いやぁ、何というか……君、本当に何者なんだい?」
「雑技団で長年扱き使われてきた、新人宮女です」
そうとしか言えないので、野兎は正直に答える。
前世の記憶がある件に関しては、言っても仕方が無いだろうし。
梟は、「うーん」と頭を抱える。
「……まぁ、とりあえず今日はここまでだな。梅衣様の取り調べとか、宮廷内で発見されていない鏡がないか捜索したりとか、他にやらなくちゃいけない事も多いからね」
梟は、野兎を見遣る。
「今回の一件は皇帝陛下を初め、宮廷内の重役達も関わる重大な事件だ。野兎……だったかな?」
「はい」
「君の存在も知れ渡り、とても大きく注目されることになった。一旦、君はこの青鱗隊の隊舎で保護する」
「保護……ですか」
「隊舎内の一室を与えるから、そこで待機していて欲しい」
そう言われ、ひとまず梟との話は終わった。
彼に見送られ執務室を後にした野兎は、隊士にとある部屋へと連れて来られる。
扉の外には、きっちり見張りが立っているようだ。
「保護……というより、監禁だ」
室内に置かれていた椅子に腰掛け、野兎は天井を見上げる。
「……しかし、皇帝陛下にまで知れ渡っているのか……」
梟の発言を思い出し、野兎は呟く。
ふと、昨夜〈神鏡〉の鏡面に流れた文字を思い出す。
どこか威厳が感じられた、あの文面……。
「まさか、やっぱり……」
■ □ ■ □ ■ □
そのまま、青鱗隊の隊舎で一晩を明かし――翌日。
再び、野兎は梟の執務室へと連れて来られた。
そして、この一日の間にあった事を説明される。
「まずは、梅衣様のことだが……」
今回明らかとなった横暴ぶりに関して、梅衣は責任を取らされ、断罪。
海妃の地位は剥奪されることとなった。
現在、彼女は投獄されているのだという。
「投獄……それは、もしかして……」
「君も聞いていたようだね」
梟は苦笑混じりに言う。
梅衣が思わず口にした、“皇子暗殺”という発言。
この宮廷内で過去に何があったのかは知らないが、それに関する追求もあるのだろう。
「野兎。これは親切心からの助言だが……その件に関しては、君はあまり首を突っ込まない方が良い。詮索も、おすすめしない」
「はい」
野兎は即答する。
現状関係の無い事象に関わっても、無駄なだけだ。
「で、続いてはお待ちかね、君の処遇だ」
気を取り直して――とでも言うように、梟は手を打ち鳴らす。
「野兎、今回の件で君は被害者の立場だ。何か罪に問われるようなことは無い。その点だけは確定しているから、安心してくれ」
「はい、ありがとうございます」
「それで、だ。ここからが本題」
梟は、口元に笑みを浮かべる。
「野兎、君は〈伏魔殿〉に精通している。過去何度も、数多の〈伏魔殿〉に挑み生還している……その認識で間違いないね?」
「はい。まぁ、大した事じゃないと思いますが」
「いやいや、大した事どころではないよ。君は途轍もなく重要な人材だ」
あっけらかんと言う野兎に、梟は苦笑を漏らす。
「龍塒国内に点在する、摩訶不思議な地下迷宮――〈伏魔殿〉。この宮廷でも、把握できている〈伏魔殿〉の情報は少ない。君が昨晩潜った〈伏魔殿〉……通称、〈宮廷伏魔殿〉でさえ、第二階層の入り口付近までしか探索の記録が残っていない。それより深層に関しては未知の領域だ」
「そうなのですね」
「そう。この国を統治する宮廷でさえ、〈伏魔殿〉の内部を捜索するのには苦労している。情けない事にね……だから、だ」
梟は、野兎へと言う。
「不甲斐なさは承知の上で、お願いする。君に、〈伏魔殿〉の探索、調査を行って欲しいんだ。ちなみに、これは皇帝陛下直々の命だから」
「え?」
何やら、梟がサラッととんでもない事を言った。
気付くと、彼の手には厳かな模様で縁取りされた文書が広げられていた。
「野兎。青鱗隊と協力し、〈伏魔殿〉の内情調査に尽力せよ。もし、この探索で成果を上げたなら、皇帝陛下より寵愛を賜る地位――妃への昇進を約束し、その後も功績に応じて褒賞を与える……以上」
「ええと、百歩譲って〈伏魔殿〉の調査員に任命されるのはわかりますが……その対価が、妃嬪の地位なのですか?」
「そうみたいだね」
「いいのですか?」
率直に尋ねる野兎に、梟は笑いながら応じる。
「どうしてだい?」
「なんだか、対局だと思うのですが……〈伏魔殿〉に潜る野蛮な女が、皇帝陛下の側室になるなんて」
「ふふっ、どうやら陛下は、先日配信された君の勇姿を大変気に入った様子でね」
どこか面白そうに、梟は言う。
いや、もしかしたらこの人は、単純にこの状況を楽しんでいるのかもしれない。
「〈伏魔殿〉探索の際には、また配信も忘れずに、とのことだ」
「………」
なんて物好きな皇帝だろう……。
そう思う一方、野兎の中でまた一つの確信が生まれる。
(……陛下も、〈伏魔殿〉に潜る私の姿を見ていた……)
ということは、やはり、あの時流れた威圧感のある文字列は……。
「どうしたんだい?」
「……いえ」
野兎は慌てて首を振る。
失礼な物言いをしてしまった件に関して、今更何を弁明しても仕方が無い。
ひとまず、自分に課せられた命を素直に全うすることで、誠意を示そう。
それに、側室に取り上げられるという交換条件は、考え方次第では悪くないかもしれない。
宮女として働くよりも、得られるものも増える。
外に残してきた弟分・妹分達にも、美味しいものを食べさせてあげられるはずだ。
「日取りはいつがいい? 昨日の朝〈伏魔殿〉から帰ったばかりだ、体調的にも万全の状態の方が良いだろう?」
「いえ、今夜にでも潜れますが」
体調は問題無し。
それに、〈伏魔殿〉に放り込まれる時は、いつでも万全というわけではなかった。
なので、別にいつでも構わないという意味も込めて言ったのだが、梟はとても驚いた表情をしていた。
「余裕だね」
「慣れていますので。ただ、装備はちゃんとさせて欲しいです。せめて、武器は必要です」
「無論、承知しているよ。用意したいものがあるなら何でも言ってくれ。あ、そうだ」
そこで、梟は思い出したように言う。
「一応、君の〈伏魔殿〉探索は我々青鱗隊との共同という形だ。厳密には、君を我々で援護させてもらう」
「はぁ」
「なので、今回の探索には青鱗隊の隊士を一人同行させる」
その時だった。
「失礼します」
扉が開き、一人の男が執務室へと入ってきた。
「お呼びですか? 隊長」
この隊舎にいる者達の多分に漏れず、彼も青鱗隊の隊服を着ている。
黒髪に、切れ長の目が特徴的な端正な顔立ち。
身長は野兎より頭一つ分高い。
「よく来たな、蘭」
「鍛錬の時間が惜しいんで、雑用仕事ならとっとと済ませるんで用件を言って下さ……誰だ、お前」
男は、そこで野兎の存在に気付いた様子だ。
「蘭、どうせお前のことだ。夜中も鍛錬に没頭してて彼女の勇姿を観てなかったかもしれないが、他の隊員から詳細は聞いてるだろう? その娘が、先日〈宮廷伏魔殿〉で〈魔物〉を圧倒した……」
「……あ!」
そこで、蘭が大声を上げる。
「まさか……お前が、あの“毒きのこパクパク女”か!」
「………」
変な名称で覚えられていた。
確かにキノコを腹ごしらえに食べたけど、アレは毒キノコではないはずだ……多分。
「紹介が遅れたね、彼は蘭。我々青鱗隊の隊員の一人だ」
梟が、野兎へとやって来た男――蘭を紹介する。
「それと、蘭。彼女は野兎。この度、陛下の勅命により〈伏魔殿〉の調査員に任命された」
「〈伏魔殿〉の調査員?」
蘭は、野兎の姿を上から下へと改めて確かめる。
「でだ、今夜、早速〈宮廷伏魔殿〉探索任務に挑んでもらうのだが……蘭、君には青鱗隊代表として、野兎に付き添ってもらいたい」
「……は?」
梟に命令され、蘭は思わず呆けた表情を浮かべた。
「……〈伏魔殿〉に、潜るんですか? 俺と、こいつが?」
「ああ」
「………」
蘭が、チラッと野兎を見る。
「よろしくお願いします」
とりあえず、ぺこりと頭を下げる野兎。
しかし、そんな野兎の一方、蘭は憮然とした表情を浮かべているばかりだった。
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