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◇第五話 宮廷大混乱


〈伏魔殿〉から無事生還した野兎は、新人宮女達と共に後宮へと戻った。


 真っ直ぐ梅衣の宮へと帰る。


 すると、早速しもべの宦官や宮女を引き連れた梅衣が、ずかずかとやって来た。


「一体、何をしたのよ、アンタ……」


 昨日と変わらず居丈高な態度。


 しかし、その顔は血の気が失せて蒼白だ。


「………」


 野兎は、ここに来る途中に新人宮女達から大体のあらましを聞いた。


 今朝、宮廷中が大騒ぎになったという件。


 曰く、昨夜、宮廷の各所で謎の手鏡のようなものが次々に発見された。


 宦官、宮女、衛兵、下男下女……偶然、手鏡を手にした者達が見たのは、〈伏魔殿〉を突き進む野兎の姿だった。


〈伏魔殿〉の中で〈魔物〉と戦ったり、変なキノコをむしゃむしゃと食べたり、解説をする野兎の姿を、多くの者達が観戦していたということだ。


 更に、その中で野兎は梅衣の横暴ぶりを暴露。


 彼女が宮女達を理不尽な理由で虐げていたり、野兎を〈伏魔殿〉に捨てた事などが広く知れ渡ってしまった……というわけだ。


 それにより、内侍府(後宮内の警備・秩序を司る機関)が動く結果となり、早速梅衣の宮へと調査が入る事になったらしい。


 いくら妃嬪とはいえ、他の妃に対して嫌がらせを行い、後宮の秩序を崩すような真似は罰則の対象。


 宮廷に近い〈伏魔殿〉を刺激するのも大問題だ。


 それらの罪状が発覚し、梅衣は一気に窮地に陥ったというわけである。


「アンタのせいよ!」

「いえ、すべては梅衣様の身から出た錆ではないでしょうか」


 梅衣の宮の中にある、広間の一つ。


 ただ一人連れてこられた野兎に、取り巻きを従えた梅衣が大声で吠える。


 感情的に叫ぶ梅衣に対し、しかし野兎は冷静だ。


『私はたとえ不利益を被ろうとも、理不尽な理由で虐げてくるなら逆らうし、絶対に梅衣様に傅くことはしないと決めている』


 昨夜、〈伏魔殿〉の中で〈神鏡〉に啖呵を切ったのだ。


 偉そうな事を言った以上、それに恥じない行動を取る。


 ……もしかしたら、もうここでは働けなくなってしまうかもしれないけど。


(……その時は、みんなに謝ってまた新しい仕事を探そう……)


 宮廷の外にいる弟分・妹分達を思いながら、野兎はそう決意した。


「自分よりも地位が低い人間が相手だからといって、高圧的に接していれば不満を募ります。それがちょっとした切っ掛けで発露し、明るみに出ただけ。全ては、梅衣様がやって来た悪行の末路です」

「こ、この……」


 顔を真っ赤にし、ぶるぶると体を震えさせる梅衣。


 怒りを抑えられなくなっている梅衣に、周囲の宦官や宮女もヒヤヒヤしている。


 が、野兎はそんな梅衣に冷ややかな目線をくれてやる。


「上の人間が、ヘマをした下の人間に指導するのは当たり前でしょ!」

「その指導が行き過ぎていたと言うことです。いえ、その中の全てが果たして指導と呼べるものだったのか、甚だ疑問です」


 着物を汚したから、〈伏魔殿〉に放り込む。


 他の妃に嫌がらせをしろという命令を聞けないから、体や心を痛めつける。


 そんな理不尽を、はい喜んでと受け入れられるほどこちらは馬鹿でも阿呆でもない。


「確かに、ここは宮廷。上下関係は絶対でしょう。それでも、だからすべてが許されるというわけではありません」

「許されるに決まってるでしょ! わたくしは妃嬪! あんた達は奴隷と一緒よ!」


 野兎は溜息を吐く。


「それでも、我々は……少なくとも私は人間です。虐げられ、押し付けられ、苛められれば……時には反抗します。そして、一線を越えれば歯止めが利かなくなる。少なくとも、私は今のあなたの命令、我が儘、全てに従う気はありません」

「こ、この、この、たかが旅芸人の小娘が! 少し器量が良いからって自分が特別だとでも思っているの!?」


 それをあなたが言うか? という発言である。


 今や、梅衣は完全に自制が利かなくなっている。


 ただの一新人宮女に、ここまで状況を滅茶苦茶にされ、自身を否定され……。


 正気を失っているに近い。


「ここは後宮! 他者を利用し出し抜いて、成り上がるか落ちぶれるか、それだけの世界よ! そんな弱者の綺麗事が通用する場所じゃない! 暗殺、毒殺、汚れ仕事も当たり前! 皇帝っていうこの国の頂点の心を奪えれば勝ち! それがすべてなのよ!」

「暗殺も当たり前……陛下を卑下するような発言……それ、言ってよかったのですか?」

「え……」


 そこで、野兎の背後からふわりと、〈神鏡〉が現れた。


「なに、それ……」

「昨夜、私の姿はこの〈神鏡〉君を通して皆さんの目に配信されていました」


 怒り狂っていた梅衣も、そこで野兎の言葉を理解し、顔を真っ青にする。


 野兎は、〈神鏡〉を見る。


 昨夜の記憶と、ここに来るまでに聞いた話。


 それらの情報を分析すれば、流石に野兎もこの〈神鏡〉の正体に気付く。


 この〈神鏡〉は、国中に散らばった〈神鏡〉達と通じ合う宝物だ。


 それこそ“スマホ”のように。


 今の野兎と梅衣のやり取りも〈神鏡〉に映され、すべて配信されているはずだ。


 その証拠に、鏡面には国中の人々の言葉が流れている。


 文字に文字が重なり、もう滅茶苦茶ではあるが……つまり、それだけ多くの者達が見ていたということだ。


「ち、ちが、今のは、その冗談で……」


 慌てふためく、梅衣。


 その時だった。


「本当です!」


 野兎達のいる広間の襖が開き、何人もの宮女達が突入してきた。


「私達は今まで、梅衣様に苦しめられてきました!」

「何人も同僚が倒れていくのを見ています!」

「他の妃嬪の方々への嫌がらせも、私達がやりました! ごめんなさい!」

「昨夜、この鏡を通して暴露したのは私です!」


 一人の宮女は、その手に一枚の〈神鏡〉を持っていた。


 どうやら、昨夜たまたま〈神鏡〉を手に入れ、〈伏魔殿〉の中で声を上げていた“梅衣妃の宮で働く被害者”は、彼女だったようだ。


 彼女達は、野兎の横に浮かぶ〈神鏡〉に群がってわーわーと真実を告発していく。


 その光景を前に、梅衣はわなわなと震える。


「ああああああああ、もう、何!? 何なの!?」


 頭を搔き乱し、混乱する梅衣。


 周囲のお付き達も、不安そうに見ている事しかできない。


「ふざけるな! こんな、こんな、せっかく手に入れた妃嬪の地位を、こんなことで……“皇子暗殺”なんて危ない橋を渡って、やっと手に入れたのに……!」

「……皇子暗殺?」


 梅衣がふと漏らした、ある発言。


 それに気付き、野兎は思わず繰り返す。


 瞬間、梅衣はハッと我に返る。


「……お前達!」


 梅衣は、〈神鏡〉に群がる宮女達と、野兎を指さす。


 怒りで我を忘れている……というより、何か取り返しの付かない事をしてしまった、という表情に見える。


 梅衣は取り巻きの中の衛兵達に、宮女達を捕らえるよう命令する。


 ともかく、この衆目に晒されているという状況をすぐにでも取り止めたいようだ。


 襲い掛かってくる屈強な衛兵達を前に、宮女達は身を寄せ合って悲鳴を上げる。


 瞬間、野兎が動いた。


 腕を伸ばして掴み掛かってきた一人目の衛兵――その伸び切った腕を掴み、遠心力を利用して投げ飛ばす。


「貴様ッ!」


 更に襲来する二人目も手首と肩を掴んで逆関節を極めて跪かせ、動きを封じたところで装備していた剣を奪う。


 剣を構え、宮女達と衛兵達の間に割って立つ野兎。


 一瞬の内に二人を倒した彼女を前に、他の衛兵達は硬直する。


 一方、宮女達はその妙技に見惚れ、この横暴な権力に気後れする事無く立ち向かう野兎の姿に、〈神鏡〉には絶賛の声が流れ続けている。


 その時――。


「全員動くな!」


 広間の襖が開き、咆哮のような大声が響き渡った。


 やって来たのは、数十人の武官達だった。


 梅衣の配下の衛兵達とは、どこか威風の違う格好をしている。


 龍の表皮のような模様の蒼い制服を着ていた。


青鱗隊(せいりんたい)……」


 野兎に引っ付くように集まった宮女達の一人が、そう呟いた。


 青鱗隊。


 確か、宮廷内の特殊任務を担当する厳選された武官達で構成された部隊だったか……。


 昔、同じく雑技団で暮らしていた弟分――年下の少年が興奮気味に語っていたのを思い出す。


 男の子にとっては憧れの存在なのかもしれない。


「ああ! この者達を捕らえに来てくれたの!?」


 突如現れた青鱗隊の隊員達を、自身の味方だと思い込んでいる梅衣。


 しかし、彼等はずかずかと広間に入ってくると――。


「失礼する。あなたが、昨夜〈伏魔殿〉で〈魔物〉を相手に戦っていた宮女か」


 彼等は、真っ直ぐ野兎の元にやって来た。


「あ、はい」


 突然の問い掛けにキョトンとする野兎の一方、青鱗隊の隊員達は「おお!」と歓声を上げる。


「その……昨夜の大立ち回り、我々も目にしていたもので」

「あの素晴らしい体術に剣術、〈魔物〉相手に物怖じしない胆力……目を瞠りました」

「〈伏魔殿〉に何度も挑み経験を積んでいたという話は本当なのですか!」


 青鱗隊の面々は、野兎を前にキラキラした目をして質問を投げ掛けてくる。


 精悍で逞しい男子達を前に、野兎も何と言って良いのかわからず「は、はぁ……」と呟くしかない。


「こらこら、お前達。本来の業務を忘れてやしないか?」


 そこに、遅れて一人の男がやって来た。


 乱れた前髪が視界に掛かっているのも気に留めていない、顎髭を摩る壮年の男性。


 彼等と同じく青鱗隊の制服を着ているが、腕に腕章を装着している。


 一見して、この特別な青鱗隊の中でも、更に特別な存在だとわかる。


「憧れの人を前にして任務も忘れて飛び付くなんて、若い子は元気だねぇ」

「き、(きょう)隊長! 申し訳ありません!」

「ああ、いいのいいの。度を越しさせしなければ、おじさん的には見てて楽しいからさ」


 慌てて背筋を伸ばし態度を改める隊員達に、彼――梟は、能天気な笑みを浮かべて言う。


「あ、あなた達、さっきから何をしてるの!? 早くそいつ等を牢に入れなさい! 妃嬪に対する無礼行為よ!」


 ここに来て、やっと梅衣が反応をするが、そんな彼女に梟が振り返る。


「いえいえ、梅衣様。本日、我々はあなた様にも用があって来たのですよ。あなた様を、お連れするようにと言われていましてね」

「お連れする、って……一体どこへ?」

「皇帝陛下が、直接お話したいと。昨夜より宮廷内に出回っている、梅衣様の噂の数々に関し、事実かどうか確かめたいとのことで」


 それと……と、声を細め。


「先ほど、私の耳にも聞こえたのですが……この宮廷において秘中の秘、“皇子暗殺事件”に関しても、あなた様は何やら知っていることがあるようで?」

「………」


 最早、見るも無惨なほど、梅衣の顔からは血の気も生気も失われていた。


 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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