◇第三話 〈神鏡〉
※〈神鏡〉はポケモンのスマホロトムのイメージです。
「………」
〈犀犬〉の群れを撃退した後、更に〈伏魔殿〉を進んだ野兎は、第三階層に降り立っていた。
そんな彼女の後ろに、一枚の手鏡が浮遊してついてくる。
〈神鏡〉と名乗るその物体からは、敵意や害意のようなものは感じられない。
まるで野兎に懐いているかのように、もしくは所有者と認識しているかのように、ただただ追従してくる。
今のところは、警戒するだけで不用意に攻撃する必要はなさそうではあるが……。
「ねぇ、君は一体何者?」
野兎は試しに、〈神鏡〉へと話し掛けてみる。
〈神鏡〉はふよふよと浮遊し、野兎の目前に回り込んできた。
「……ん?」
すると、〈神鏡〉に何やら変化が起きていることに気付く。
よく見ると、野兎の顔を反射している鏡面に、文字が流れているのだ。
“あ、こっち見た”
“誰?”
“綺麗な人……”
“この鏡は何ですか?”
“夜遅くになんなの……”
“おーい”
そんな文字が、右から左へと流れていく。
「なんだ、これ……」
不思議がる野兎。
「えーと、〈神鏡〉君、この文字は何?」
尋ねるが、〈神鏡〉は何も答えない。
鏡面には、ただただ文字が流れていく。
“こんばんは”
“はじめまして、でいいのかな?”
“これは何ですか?”
「ううん……わからない」
更に首を傾げる野兎。
「今まで様々な〈伏魔殿〉に潜り、色々な〈魔物〉や宝物を見てきたけど、こんなのは初めてだ」
“〈伏魔殿〉?”
“え、〈伏魔殿〉に潜ってるんですか?”
“何度も潜ったことがあるって……”
“そんな馬鹿な”
“冗談だよね?”
すると、まるで野兎の言葉に反応するような言葉が流れる。
“なんだかわからないけど、頑張って!”
「ええと……とりあえず、応援してくれてる、ってことでいいのかな?」
よくわからないが、ひとまずこの流れる文章は、この〈神鏡〉が自分の言葉に反応して適当に返しているものだと解釈しておく。
幾つも違った文字が流れているのは、反射的にそれらしい言葉を返しているだけだからじゃないだろうか?
とにもかくにも、野兎は〈神鏡〉について深く考えるのを一旦止め、周囲の散策を再開する。
そこで、くぅ……と、お腹が鳴った。
「そういえば、梅衣様の宮での仕事が忙しくて昼から何も食べていないんだった……〈大蛇〉の尻尾以外」
何より、今は時間的に深夜。
一層お腹が空くのも無理は無い。
「とりあえず、腹ごしらえでもしておくか……」
呟いて、野兎は周囲をキョロキョロと見回す。
そして、岩柱の下に生えている植物を発見する。
「ああ、ちょうどいい」
生えているのは、キノコ。
赤いカサに、白い斑点の散らばった、なかなかヤバめな見た目のキノコだ。
野兎はそのキノコをポキッと採ると、少しごしごしと服で汚れをぬぐい、そのまま口にした。
“ええ! 変なキノコを食べてる!”
“〈伏魔殿〉の中に群生してるキノコですよ!?”
“毒があるかも”
“ペッしなさい! ペッ!”
〈神鏡〉の鏡面に、濁流のように言葉が流れていく。
随分、心配させてしまっているようだ。
「大丈夫だよ。このキノコは普通に食べられるものだから」
そこで、野兎は〈神鏡〉へと解説する。
「私は〈アカマダラダケ〉と呼んでいる。〈伏魔殿〉の上層でよく見かける植物だ。確かに見た目は毒々しいけど、体に害は無い。昔から〈伏魔殿〉に落とされてお腹が空いた時には、見つけて頻繁に食べていたので問題無いよ」
“ほ、本当に?”
「ええと、本来は変な成分が含まれてるのかもしれないけど、多分食べてる内に私の体も慣れちゃったんだと思う。とりあえず、私は大丈夫だけど、よい子のみんなはマネしないように」
野兎は冗談めかして言う。
前世でも貧乏暮らしがたたって雑草食に目覚めたくらいなので、特に野生の植物を口にすることに抵抗が無いのだ。
趣味のソロキャンプでも、よく山野草や雑草を食べたりしていた。
(……特にヨモギとハコベラが好きだったんだよね)
“マネしません……”
“無理です……”
“〈伏魔殿〉の中のものなんて、怖くて口に出来るはずありません”
「ははは…………本当は〈魔獣〉も食べたことがあるんだけどね」
後半はボソッとささやくように発する。
野兎が乾いた笑いを漏らしていた、そこでだった。
「……ん?」
何かが、こちらに迫ってくる気配に気付く。
見ると、第三階層の空間の奥から何かが飛んでくる。
それは、翼を生やした蛇の群れだった。
“な、なにあれ!”
“化け物!?”
“怖い!”
「あれは……」
恐怖に染まる〈神鏡〉の文字列の一方、野兎は冷静に迫りくる〈魔物〉の群れを確認する。
「〈化蛇〉、か」
〈化蛇〉……翼を生やした蛇の〈魔物〉は、野兎も以前から見識のあるものだった。
“逃げて!”
“お兄さん、逃げた方がいいよ!”
“いや、お姉さん?”
“どっちでもいいから早く逃げて!”
襲来する〈化蛇〉の群れに、騒がしい〈神鏡〉。
しかし、野兎は襲い掛かって来る〈化蛇〉に真っ向から立ち向かう。
〈化蛇〉は、飛翔能力こそあるが、動きはそこまで俊敏ではない。
蛇の体も、素早く地を這える細いものではなく、ぶくぶくと丸い瓜のようで、むしろ防御力の方が高い。
「はっ!」
しかし、野兎は手にした剣を振るい、難無く〈化蛇〉達を切り裂いていく。
最初の内は「シュー!」「シャー!」と威勢良く吠えていた〈化蛇〉達だったが、野兎の手により一匹、また一匹と撃墜されていき――。
瞬く間の内、その場には全滅した〈化蛇〉の墓場が出来上がっていた。
「ふぅ……」
一息つく野兎は、今しがた自分に討たれ、地面に転がった〈化蛇〉達を見る。
(……さっきの〈大蛇〉もそうだけど、蛇の肉って肉厚なウナギみたいで美味しいんだよね……この化蛇も、羽を毟って皮がパリパリになるまで焼けば……)
過去、〈化蛇〉を倒し食した記憶を野兎は思い出した。
ふとそこで〈神鏡〉を見ると、鏡面は流れる文字で大騒ぎとなっている。
“すごい! なんて華麗な身のこなし!”
“怪物の大群を、たった一人で……”
“剣術の達人か!?”
“美しかった……”
“踊り子のようにも見えた……”
(……なんだか、凄く派手に反応してくれるな、この〈神鏡〉君……)
そう思いながら見ていると……。
“あの、女の人、ですよね?”
“かっこいいけど、女性ですよね”
“なんであんな怪物に立ち向かえるの?”
“怖くないの?”
そんな質問が流れてきた。
「んー……昔から、何度も〈伏魔殿〉には潜っていたからね」
野兎は、その質問に答える。
身寄りの無い子供で、雑技団に拾われたこと。
その雑技団で奴隷のように扱き使われていたこと。
虐待で〈伏魔殿〉に放り込まれていたこと。
そして、必死で生き延びてきたこと。
“すごい……”“なんて壮絶な……”と、野兎の話を聞いて文字が流れる。
“でも、幼い子供だったのによく一人で生き延びられましたね”
「ああ、それはね……」
〈伏魔殿〉の中には、おそらく先に潜った者達が書き残していた分析書等が残されていたりする。
本来の所有者達が、志半ばで倒れたのか、それとも不要になって捨てたのかはわからないが、それらを発見し、読み解いたりした。
なので、〈伏魔殿〉に関する構造や、〈魔物〉の知識が頭の中に入っているのだ――と説明する。
“なるほど。歴戦の兵なんですね”
“かっこいい!”
その威風堂々とした発言に、驚嘆と尊敬の言葉が流れる。
野兎は、その文字列を見ながら照れたように頬を掻く。
これはいい。
一人で〈伏魔殿〉を散策していると、時に孤独を感じる事もある。
しかし、この〈神鏡〉が話相手になってくれるなら、多少は寂しさも紛れるというものだ。
そう、野兎は思った。
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