【短編】カーター一家のささやかな日常
『魔術師の杖』に出てくるギラギラなカーター副団長一家のお話。
魔術師の杖を350話ぐらいまで読んだ後のほうがオススメです。
クオード・カーター 錬金術師団副団長
アナ・カーター かわいいものが大好きな妻、クオードのことはわりと粗末に扱う。
メレッタ・カーター クオードの一人娘、錬金術師団に入団を希望する魔術学園五年生。
その日でかける準備をしていたアナは、いつも以上に悩んでいた。
もちろん服は何日も前から選んで決めたものがあったし、ちゃんと浄化の魔法もかけたあとにアイロン魔法も使ったからシワもない。
(できたら顔のシワもアイロンで伸ばせたらいいのに……ってそうじゃなくて!)
アナが選んだ服は彼女が好きなフリルもレースもついていないし、いつもよく着ているふわふわした甘い色合いでもない。
むしろシンプルすぎるほどに飾りがない、ストンとしたラインの茶色いワンピースに、同じ布であつらえた短い丈の上着を合わせた。
(だって……お城で貴婦人たちが着るドレスにくらべたら、どんな飾りだって安っぽく見えるんだもの)
かといって背伸びして着飾ろうという気はさらさらない。
クオードが魔道具師だったころに建てた、三番街にある二階建ての家がアナは大好きだし、いまの暮らしを変えるつもりもない。
婚約したといっても娘のメレッタが嫁ぐのは何年も先で、そうなればクオードとふたりの生活に戻る。
今さら十番街の貴族街に引っ越す必要は感じない。
(それにあの人も貴族ってガラじゃないし……)
師団長クラスなら伯爵位を賜ってもおかしくないが、副団長ではせいぜい一代限りの男爵がいいところ、そんな見栄を張ってもしかたない。
(むしろ貴族位なんか賜って親に序列がついたら、王子妃になるあの子が苦労するだけよ)
メレッタの婚約が実現したのは錬金術師団という、無視できない後ろ盾が存在したからだ。
ただの腕がいい魔道具師の娘だったとしたら、どうなっていたかわからない。
夢みたいな話ではあるがクオードはメレッタを本気で心配していたし、アナも覚悟が必要だと感じている。
(だけど……心配しすぎたってどうにもならないわよね!)
アナは両手で自分の顔をパンッとたたくと、リビングに降りていった。
階段を降りる途中からただよってくる香りは、アナが好きなハーブを使った野菜スープだ。
最初はどうにもそぐわないと思っていたエプロンが、いまでは夫のクオードにしっくりと似合っているから不思議なものだ。
(もしもうまくいかなかったら、彼は料理人になるのもいいかもね)
メニューを考えてお店を飾り、グリドルをテーブルに並べて、みんなでワイワイ楽しむたこパの店を開いてもいい。
この人とだったらどこででも生きていける、そんな安心感がクオードにはあった。
「いいにおいね!」
声をかければ朝食のしたくをしていた夫は、アナを見上げてぱちくりとまばたきをした。彼女の気持ちを感じとったわけでもないだろうに、不思議そうな顔をした。
「アナ……きょうのきみは何だかカッコいいな」
「あらやだ」
「きれい」でも「かわいい」でもないけれど、「どうかしら?」と聞かれる前にほめ言葉がでてくるのはなかなかいい。
クオードはパンを切って加熱の魔法陣で軽くあぶると皿にのせる。
「腹はあまりすいてないだろうと思ってな、スープにパンを浸せば食べやすい」
ホカホカと湯気をたてるスープといっしょにならべられたパンを見て、アナは首をかしげる。
「私、早起きしたのだけれど……どうしてお腹がすいてないと思ったの?」
「それは緊張するだろう、きょうは王太后陛下に招かれて王城にいくのだから」
「まぁね、でもお茶会を開いてくださったお礼を言いにいくだけよ。しかも招かれているのは、王太后陛下ご自慢の温室よ」
強がってはみたものの、緊張しているのはたしかだ。
アナはしっかりした母親に見られたくて、今日の落ち着いた色調の服を選んだのだから。
王太后陛下の開催した茶会で、メレッタは正式に孫のカディアン第二王子から紹介された。
まだ学生ということでお披露目はそれで終わり、娘は寮で卒業に向けて必死に勉強している。
けれど卒業に向けた準備は着々と進んでいて、そこでアナの出番となるのだ。
(茶会でカディアン殿下は花のスケッチをするために、王太后陛下の温室にお邪魔する約束をとりつけたのよね)
温室の花をみせてもらうのはメレッタに花飾りを贈るためで、ついでにカディアンへ助言をするという名目でアナも招かれた。
ややこしいけれどアナが王太后やリメラ王妃とゆっくり話そうと思ったら、それだけ手順を踏まないといけない。
何とか自然に話しやすい状況で交流を持とうとしてくれる、王家の気遣いには感謝するしかない。
言われたとおりパンをスープに浸して、アナがもぐもぐかじっているとクオードがモゴモゴと謝ってきた。
「すまん。私は娘の装いは気にかけても、きみの服まで気を配ってやれなかった。きみが何日も前からそのワンピースに浄化の魔法をかけたりしてるのを見て、ようやく気づいた」
「あらこれ?」
「そういえば私はきみにドレスの一着も贈ったことがなかった。きみが『着ていく服がない』というのをいつも話半分に聞いていて」
「まぁそうね」
服には流行があるし、去年はイケてた服が今年はどうにもしっくりこないこともある。
ついでに言えば自分のサイズも変わっていたりする。季節が変わるときはとくに要注意だ。
(まぁ去年はマウナカイアにも行ったし、私にしてはがんばったのよ)
メレッタやネリス師団長は言うまでもなくピチピチだったし、「わ、私……日の当たる場所は苦手で……」と別荘のキッチンにこもって化粧水を作り続けたヌーメリアも、抜けるように色が白くてスタイルがいい。
最年長としては日傘をさして日陰でボケっとしているしかない。
まぁユーティリス王子も風通しのいい日陰でぼんやりとくつろいでいることが多かったから、アナの目はおおいに保養ができたのだが。
「それで相談なのだが、メレッタの卒業パーティーには私からきみにドレスを贈らせてほしい」
「えっ⁉」
アナの手からパンのカケラが落ちて、ボチャッとスープに水没した。
「メレッタをエスコートするつもりだったがその……私の出番はなさそうだし、だが目を光らせてないと何をされるかわからんからな。きみをエスコートして参加するぶんには何の問題もない!」
卒業のお祝いだし、エスコートがいない女子は父兄がその相手をつとめる。保護者が参加してもたしかに問題はないのだが……。
アナは目を丸くした。
「わ、私をエスコートするというの?あなたが?」
「きみは魔術学園の卒業パーティーに憧れていたのだろう、メレッタはさんざんその話を聞かされたといっていたぞ?」
「それはそうだけど……」
王都のあちこちで踊りの輪ができて盛りあがる秋祭りにも、アナはクオードから誘われたことなんてない。
(このひと、どうしちゃったのかしら?)
うれしいとか自分のドレスにときめくよりまず先に、アナが思ったのはそれだった。
王太后の温室に招かれた話を書こうとして……朝ごはんで終わってます。
続き……読みたい人いますかねぇ(^^;