ワイバーンは加奈が抜けた事による戦力ダウンを頑張って埋めた…そしてテレビニュースで破滅的な光景が…。
その後の『ひだまり』はなんか…凄い盛り上がりを見せた。
喜朗おじがズラとバンダナとサングラス姿で死霊達とヲタ芸を始め、凛が、リリーが飛び入りで参加して加奈と共に歌い踊り、挙句の果てには圭子さんが死霊達のリクエストで歌と踊りに参加した。
驚いた事に圭子さんは最近の歌にもかなり詳しく、加奈達とアイドルソングを見事に歌いきり、スケベヲタク死霊達の熱狂的な喝采を浴びた。
そろそろ夕食を作らないと!と汗だくの圭子さんが悲鳴を上げて加奈のデビューリサイタル?は終了し、皆は上気した顔で死霊屋敷に戻った。
これから『ひだまり』がお休みの時に死霊達相手に定期的にコンサートをやろうと女性陣は盛り上がっていた。
確かにカラオケルームの何倍も盛り上がるだろうな…。
その後暫くは忙しいながらも穏やかな日々を俺達は過ごした。
加奈は小高い丘の中腹にシンプルな西洋風の墓を作ってもらい、司と忍達や真鈴やジンコ達もお供えの花を欠かさなかった。
お供えの食べ物はお墓の前で一度墓に供えてからその場で食べ切ると言う事になり、俺達はピクニックがてら加奈と共に墓参りを楽しんだ。
加奈がその場に居たら、はなちゃんの様に食べ物や飲み物の味を楽しめる。
圭子さんは加奈の手ほどきで『加奈・アゼネトレシュ』の協力で厄介な反動の逃し方、素早い次弾装填と手入れを教わった。
凛は時折、加奈とはなちゃんを乗せてあの赤いRX-7でドライブに出掛けて加奈から運転テクニックを教わった。
クラは加奈のククリナイフを受け継ぎ、凛の通訳と指導で加奈から手ほどきを受けた。
日頃『ひだまり』で大きなフライパンを振っていて腕力があるクラの上達は著しく、リリーも驚く程にナイフを使う近接戦闘のエキスパート、ククリナイフ使いになりつつあった。
冬の終わりを告げるような暖かい日が何度か訪れる頃にジンコが月探査プロジェクトの探査船乗組員予備審査に受かり、本審査に向けて勉強と体力強化プログラム、そして、岩井テレサの施設に出来た無重力状態を模した巨大プールなどで本番用の宇宙服を着込んでのミッションの訓練なども始めていた。
俺達はその間にも質の悪い悪鬼の討伐を何度か行い、凛が初の悪鬼討伐単独スコアを上げて以来、めきめきとその戦力を高めていき、加奈と遜色ないほどに強くなった。
普段は人見知りをする気弱な女性と言う感じの凛だったが、悪鬼討伐の現場ではまるで加奈が乗り移ったかのように悪鬼の血に飢えた戦士のような振る舞いを見せた。
司と忍が小学校の進級を、真鈴が大学の進級をして4年生になる頃、加奈が俺達に相談したい事が有ると言って来た。
加奈がスケベヲタク死霊軍団の何人かを交代で引き連れて、加奈の仇の、家族を殺した悪鬼を探し出す遠征をしたいと言って来たのだ。
時には何日か、下手をすると数週間姿を消すかも知れないと加奈が言い喜朗おじが寂しがったが結局俺達は加奈の仇探しを認める事になった。
仇の悪鬼を探し出したら俺達ワイバーン全力で討伐すると言う事を加奈に約束した。
加奈がしばしば姿を消すようになる頃、圭子さんはママ友とその子供たちでコーラス隊を結成する事になり、時折岩井テレサの施設に遠征してリリー達のスコルピオのコーラス隊との合同練習を楽しんでいる。
ママ友も子供達も岩井テレサの施設に練習に行くのを楽しみにするようになった。
コーラス隊には『ひだまり』の近所の常連のお年寄りたちも加わり、近いうちに町の公民館で練習の成果を披露する発表会を行うと言う事で練習にも気合が入って来た。
俺は何度か練習している所を見たが、とてもアマチュアのコーラス隊と言えないほどレベルが高くなっていて驚いた。
ジンコは本審査の1次2次審査を通り、月探査プロジェクト探査船乗組員にほぼ内定と言う所までこぎつけた。
悪鬼の討伐を続ける間にワイバーンは俺や真鈴やジンコやクラ等の人間メンバーの戦い方にも個性が出て来た。
真鈴とクラは勇猛な斬り込み隊長、ジンコと俺はもう少し視界を広げて真鈴とクラが暴れている廻りの状況を観察し、それをバックアップすると言う感じだ。
やはりジンコは有能な策士で、明石に負けないくらい現場の状況を察して即座に作戦を立案すると言う分野で秀でていた。
俺達は明石やジンコや、時々リリーやノリッピーを死霊屋敷に招いて講師になってもらい、色々な戦術を学んでその方法を実戦形式の練習に取り入れると言う事をした。
人間最強のメンバーの加奈が抜けた後を俺達何とか埋めようと戦力の強化に努めた。
「ふぅ~、なんかこの頃は順調だね彩斗。」
ノリッピーが教えてくれた新たな欺瞞戦術、待ち伏せからの襲撃、負けたと思わせて引き上げるのを追って来た敵を逆襲する際の配置、タイミングなどの訓練を敷地外れの森で行った後、死霊屋敷に戻る途中で真鈴が笑顔で言った。
「そうだね、俺達のコンビネーションはかなり上達したと思うよ真鈴。」
明石がニコニコしながら俺達の肩を叩いた。
「その通りだな、真鈴、彩斗。
余りおだてる訳には行かないが、森や山の中などの野戦では俺達は中々のレベルになったと思うぞ。
俺の400年以上の中でも最高のチームになりつつあるな。」
先を歩いていたノリッピーが笑顔で振り返った。
「確かにワイバーンの戦力はかなりのハイレベルになったと思うよね~!
今度、私達が使っているキリングハウス群、まぁ、十数件の建物で街中を想定して作ったものだけど、そこでスコルピオやカスカベル、タランテラと対抗戦訓練でもするかい?
ペイント弾やチョークナイフを使い、個人のモニターや大量の監視カメラででかなり実戦に近い訓練が出来るんだがね。」
「ああ!是非是非!お願いします!」
「うふふ、じゃあ、予定を組んでおくよ。」
スコルピオやカスカベル、タランテラなどの岩井テレサ直属の騎兵と実戦訓練が出来るなんて滅多にない機会だ。
俺達は笑顔を浮かべた。
死霊屋敷に戻り、俺達は風呂に入り夕食を楽しみ暖炉の間でテレビのニュースチェックをした。
「ジンコ。
今、月はどれくらい裏の顔を見せているの?」
「7・9パーセントかな?
ルナカーブは上がりつつあるってさ。
後7年どころか…5年くらいで裏側が全部地球に向いちゃうかもって。」
ジンコが答えて俺達は少し驚いた。
「え?
もう8パーセント近くじゃないのよ。
結構大変な事になってると思うけど、ニュースでは全然言わないよね~!」
真鈴が呆れた声を上げた。
ジンコが苦笑した。
「何よ真鈴、当たり前じゃない。
ニュースだって視聴率が稼げるものとか突発的に起きた事位しか、なかなかニュースにしないわよ。
ましてや月の事だって明日どうなるかとか言う問題じゃないと皆思ってるからね~!
まぁ、そうそう大々的には取り上げないでしょ?
ロシアの侵略戦争だってなかなかやらなくなったしさ、呆れる事にロシア寄りのバカな事言う奴らが出て来たじゃない。
要するに視聴率をうんと稼げるかテレビ側に都合が良い事しか流さないのよ。」
「う~ん、ジンコの言う通りかもしれないわね~!」
凛が呆れた顔をしてソファの背もたれに体を預けた。
その膝の上には大検用の教科書が乗っている。
ジンコや真鈴から勉強を教わっている凛は大卒検定を狙っているそうだ。
「あら?
また緊急ニュース?」
圭子さんが言い、全員がテレビを見た。
静岡駅のロータリーがかなりの騒ぎになりつつある。
現場のリポーターがヘルメットと防弾チョッキを着用している。
最近の警官による過剰発砲多発の結果、レポーターがまるで戦地を取材するような姿になっている光景は見慣れた物になりつつある。
「あら?静岡だって。
今加奈と死霊が行ってる所じゃない?」
真鈴がテレビを見ながら言った。
そう、東京と神奈川を仇の悪鬼を探して見つからない加奈は静岡にまで足を延ばしているのだ。
親子、30代くらいの夫婦と、10歳くらいの女の子が警官達に取り囲まれている。
俺は瑛人を思い出して嫌な予感がした。
そう言えば瑛人も父親が警官から職務質問されて怯えていたな…。
「まって、なんかヤバいわ。」
「ヤバいな、あれは。」
「うむ、人間じゃないぞ。」
明石夫婦が同時に呟いた途端に、警官の一人が父親に発砲した。
腹に357マグナム弾を食らった父親は腹を両手で握って膝を折った。
その途端、母親が悪鬼顔になり、父親を撃った警官に飛びつき、拳を思い切り突き出して警官の胸を貫いた。
俺達は絶句して画面の端にライブ映像と表示されたテレビ画面を見つめた。
カメラがあちこちを向いてぶれているし、辺りには悲鳴と怒号が錯綜していた。
駅前の交番から警官達がピストルを抜いて何人も走って来た。
膝をついた父親が悪鬼顔になって立ち上がり、やはりピストルを抜いて狙いを付けている婦人警官の腕をその体から引き千切った。
派手に血しぶきを上げた婦人警官が転がる中、その場にいた残りの警官達が派手に撃ち始めた。
父親と母親に何発も着弾して動きが鈍くなり、流れ弾で見物人の何人かが倒れた。
交番から駆け付けた警官達の一斉射撃で母親が完全に動かなくなり、父親はもう二人の警官の喉を切り裂き、腹を切り裂いて、また357マグナム弾をかなり被弾して遂に倒れた。
警官達は弾を再装填して倒れた父親と母親の頭に357マグナム弾を撃ち込んでいる。
その時だった。
近くに伏せていた10歳くらいの女の子の顔が見る見る悪鬼に変じて警官の1人に飛びつき、その顔に爪を立てて顔の皮膚のかなりの部分を剥ぎ取った。
残った警官達は怒号を発しながら顔をむしり取られた警官と女の子に銃撃を続けた。
「何て事を…。」
圭子さんが口を塞いで明石の胸に顔を埋めた。
「いつかは…起こるとは思っていたが…。」
警官と女の子は血まみれになって倒れたが、駆け寄った警官達は尚も女の子に発砲を続け
、着弾の度に華奢な女の子の悪鬼の体がビクンビクンと飛び跳ね、女の子の身体の原型が銃撃で失われつつあった。
画面がスタジオに戻り、緊迫した表情で視線が泳いでいる女性アナウンサーの顔を一瞬凄いアップで映し出された。
そしていきなり映像が途切れ、あの懐かしい、しばらくお待ちくださいと言うメッセージの画面になったが音声の切り替えに失敗したのか、もしかして誰かが意図的に流しているのか、様々な物音とともにスタジオでの混乱したやり取りが聞こえて来た。
「だって本当の事ですよ!」
「今実際に起きているんだ!」
「切れ!切れ!副調!何をしてる!」
「駄目だ!内側からカギを掛けてるぞ!」
「このまま流せよ!」
「駄目だ駄目だ駄目だ!局長からの緊急で!」
「どうするんですか!どうすればよいんですか!」
そして音声が途切れて、およそこの場に会わない牧歌的な音楽が流れ始めた。
俺は画面をじっと見つめたまま、コーヒーを一口飲んだ。
続く