『ひだまり』に客がいて俺は安心した…ママには色々深いドラマがあったんだろうな…。
夕方になり、俺とユキは『みーちゃん』に出かける事にした。
本当は武器を積んだランドクルーザーを店の近くのパーキングに停めたかったが、俺は悪鬼じゃなくて人間なので、酒酔い運転をするわけにいかなかった。
黒いバッグを取り出し、UMPサブマシンガンと予備のマガジン3本、フラッシュライトなどを入れた。
「え…彩斗、それ持って行くの?」
「ああ、何かあった時にユキ達を守らなきゃね。
俺は警察の身分証を持っているから大丈夫だよ。」
そしてテレビをつけてこの辺りで不穏な事が起きていないかチェックをした。
練馬区と新宿区、世田谷区で幾つか暴動が起きているようだが、この辺りは平穏らしい。
飲み屋街も半分くらいの店は閉めていた。
空いている店もあのコロナの頃の様に『常連さんのみお願いしています。』と言う張り紙を入り口に貼ってある店が多かった。
『みーちゃん』はもう開店していて数人の常連客が既に飲んでいた。
「いらっしゃい吉岡ちゃん!」
ママが陽気な声で出迎えてくれて、ユキはカウンター奥に入ってエプロンを着けていた。
「ママ、ここがやっていて良かったよ。」
「吉岡ちゃん、こんな時こそお店を開かないとね!
ちょっとだけ怖いけどね~。」
ママが突き出しと俺のボトルを出しながら言った。
カウンターの常連の爺さん達がママに声を掛けた。
「大丈夫だよママ!
いざと言う時は俺達が『みーちゃん』を守るぜ!
なあ、吉岡ちゃん!」
爺さんが俺にグラスを掲げた。
「そうですね!
『みーちゃん』は俺達が守りますよ!」
俺もグラスを掲げて言った。
客達がグラスを掲げて気勢を上げた。
「まぁ、皆、頼もしいわね!
いざと言う時はよろしくね~!」
ママが笑いながら答えた。
大丈夫だよママ、俺は40口径のピストルやナイフ、バッグにはサブマシンガンまで入れているんだから。
恐らく『みーちゃん』は今夜この飲み屋街で最強の店だろう。
俺がふとそう思って笑いそうになり、ユキもカウンターから微妙な笑顔で俺を見た。
閑古鳥が鳴いているんじゃないかと心配する必要は無かった。
相変わらず『みーちゃん』に来る客はいたし、中には久しぶりでやって来た客もいて普段より忙しいくらいだった。
俺達は愉快に楽しく飲んだ。
だが、客達の足は早かった。
夜10時を回る頃には大方の客が帰って行った。
夜11時には客は俺1人になった。
ママとユキと俺はカウンターに並んで座り、ちびちびと酒を飲んでいた。
客達が帰るとママは少し寂しそうな笑顔になった。
「吉岡ちゃん、さっきはありがとうね。
皆ああ言ってくれてるけど…実は今日は怖かったわよ…。
初めてのお客さんが入ってきたらいつもよりずっと緊張しちゃったかも…最近特に変な騒ぎが多いでしょ?」
「ママ…。」
ママが氷が浮いているグラスを眺めてため息をついていた。
「吉岡ちゃん、私は20代の頃からこのお店を初めてね…今もここの2階に住んでいるし、生活の殆ど全てがこのお店なのよ。
人生の殆ど全てが、と言っても良い位にね。
他人様から見たら小さくてささやかでちっぽけな飲み屋に過ぎないけど…私にとっては人生の全てなのよ…。
この世から飲み屋が無くなっても人間は食べて行ける、生きて行けるけどね…『活きる』ためにはこういう店も必要だと思って頑張って来たわ~。」
俺もユキもじっとママの横顔を見つめていた。
なんて言葉を掛ければ良いのか思い浮かばなかった。
「このお店だけじゃなくてね、いろんなお店がそれぞれの人達が人生を掛けてやっている店だと思うんだけど…あんな暴動で何も知らない人達が平気で叩き壊すのを見ると凄く悲しくなっちゃってさ~。」
「…。」
「このお店も良い時もあった悪い時もあった。
良いお客さんもいたし、二度と来ないでって思ったお客もいた。
お客さんと話して一緒に怒ったり悲しんだり、喜んだりね…最近のコロナ騒ぎの時はいよいよか~!って思ったけど何とか切り抜けて来たんだけど…なんだかね~。」
ユキがママの手を握った。
「みーおばちゃん、そんなこと無いよ!
まだまだこのお店はやって行けるよ!
そんな悲しい事言わないでよ!」
ママはユキの手に自分の手を重ねた。
「ユキ、ありがとうね。
あんたがぐれちゃって、妹が何とかしてって、ここで働かせてって連れて来た時はどうしようかと思ったけど…ユキがここで働いてくれて助かったよ。
凄く助かったし嬉しかったよ。」
「ママ、みーおばさん、私も『みーちゃん』で働けて良かったよ!
『みーちゃん』に居なかったら私どうなっていたか…それなら尚更頑張って行かないとさ!」
「そうね…でも、もう歳なのかな?
最近、時々すごく草臥れる時があってね…ううん、身体じゃないの。
ただ、時々…心が凄く草臥れちゃう時があってさ…。
それって、腰が痛かったり膝が痛かったり肩こりが酷かったりと違うけど…もっと厄介な物かもね…。」
きっとママの人生は語り尽くせない程の色々なエピソードを持っているのだろう。
普通の飲み屋の普通のママだと思っていた俺は恥ずかしくなった。
同時に人は誰でも色々と深いエピソードを背負って生きて行くんだろうなと思いながら俺は酒を一口飲んだ。
どんな人間でもそれぞれの深いドラマが有るんだ。
皆それぞれ何かを背負って一所懸命に生きている。
「…ママさん、最近は物騒な事も有るから…少しの間だけでも休んでみたらどうですか?
どこかに行って体と心を休めて…そうすれば気分転換になって良いかも知れないですよ…。
こんな若造が言うのも何ですけど…。」
俺が言うとママは俺をじっと見つめた。
「そうね…吉岡ちゃんの言う通りかも…走ってばかりじゃなくて、たまぁ~に立ち止まって周りの景色を見るのも良いかもね。
それにしても…吉岡ちゃんは最初に来た時とは随分変わったわ。
立派になったわね。
ユキなんか最初は吉岡ちゃんは暗くて変な奴~とか言っていたけど、今は立派な男の子になったし、ユキの恋人としても合格よ。」
ママの言葉を聞いて俺はユキの顔を軽く睨んだ。
ユキはてへへ、と笑いを浮かべて顔を逸らした。
「ううん、吉岡ちゃん、今のあなたはユキの旦那さんになっても充分合格と思うわよ。
もしも私の妹があなたとユキの結婚に反対と言っても私が説得するわよ。
そして…いつか私が『みーちゃん』を閉めるか…もしもユキが望んでくれてユキが『みーちゃん』を引き継いでくれるかも知れないけど、その時もユキを応援してあげてね。
ユキ、明日は吉岡ちゃんの言葉に甘えてお休みにするから、あなたは吉岡ちゃんとゆっくり過ごしなさいよ。」
「ママ…みーおばさん…いいの?」
「うん、たまにはこんな事も良いんじゃない?
私も少しゆったりと過ごすわ。
吉岡ちゃん、ユキをしっかり守ってあげてね。」
ママがそう言ってグラスを俺に掲げた。
俺とユキもママにグラスを合わせた。
俺とユキは店を閉めた後でマンションに歩いて帰った。
深夜の町は人気が無く、変な騒ぎは起こらなさそうで少し安心したが、俺は油断なくユキのガードポジションを歩いて油断なく周りを警戒した。
「それにしてもユキって昔…ぐれてたんだ…。」
「ああ~彩斗、それは昔の事だから…小さいけど暴走族のレディースみたいなことしてたよ。
その後すぐにギャルになって渋谷でチーム組んでブイブイ言わせたけどね~。
押し入れにまだ私の特攻服とか入っていたかな~?」
「へぇ…そうなんだ…。」
…俺はユキがブーケを獲得して走っていた時の鬼のような迫力ある恐ろしい形相を思い出し、成る程…と納得した。
明日はユキと死霊屋敷に行ってどこに家を建てるか一緒に考える事にした。
続く




