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第6話 料理と剣術の


 今年『はるぶすと』は、少し長めに夏休みを設定することになった。

 その代わり、毎年の社員旅行はなしと言う事で。


 と言うのは、2月に行われたフェアリーワールドでの「シュウを探せ」の願い事。

 料理教室と剣術教室のふたつが、場所選びやお互いの都合でなかなか実行までたどり着かず、とうとう夏を迎えようとしていた。


 まず、剣術教室はそれなりの道場がいるのだが、さすがにいつもの道場と言うわけにはいかないだろう。他の生徒から、なぜこの2人だけ? と言われて、我も我もと参加者が増えて、結局いつもの練習と変わりなくなるだろうから。

 料理教室も、平日は開催できないし、休日に店で行うとなれば、どんなに隠し立てしても女性は必ず嗅ぎつけてしまう(失礼!)だろう。そうなると、また我も我もと参加者が増えて、大々的な料理教室になってしまう可能性が大きかった。


 そこで考え出された案が。

〈夏休み、料理教室と剣術教室の合同合宿〉だった。


「合宿ですか?」

「そ。場所が決まらない、なかなか日にちが合わないからね。でもさ、夏休みなら日程調整はしやすいと思ってね」

「日にちは良いとして、場所はどうするのよ」

「それは、ここ」

 と、本日も実家へ来ていた秋渡夫妻に冬里が示したのが、以前に野郎だけで行った事がある、★市郊外のスポーツキャンプ施設だった。

「あ、ここって前に行きましたよね」

「うん、フィールドアスレチックがあったとこ」

 冬里が示したタブレットで確認すると、ここには剣術が出来る体育館や、厨房を備えた研修室などもあるようだった。

「へえ、なんか願ったり叶ったりじゃない」

 と言うわけで、夏休みに入ってすぐあたりに、店も夏休みにして教室と銘打った合宿を開くことにしたのだそうだ。

「でも、肝心の椿が休み取れないと困るから、聞いてみたって訳」

「ありがとうございます。ええと、そうすると7月の後半だよな」

「ロングバケーションをちょっと前倒しすればいい事よ」

「由利香は簡単に言ってくれるけど」

 そんな風に言いつつ、椿がスケジュールを調整している横で、由利香が不思議そうに聞く。

「ところで、いつもうるさい末の弟はどうしたのよ」

 夏樹の事を言っているのだろう。

「ふふ、合宿になっちゃったからさ、シュウを独り占め出来ないとわかって、ふて寝してる」


 なんと、合宿の話が出たとき、楽しいこと大好きの夏樹が珍しく反対したんだそうな。

「え? でも、……でも、それだとシュウさんとマンツーマンは?」

「うーん、ちょーっと無理、だねえ」

「ええー?!」

 そんなあ、と言ったあと、「俺は反対です」と、ごねたのだが、いつものごとく、冬里からの静かで恐ろしい追求に、やむなく首を縦に振るしかなかったのだ。

 それが昨日のこと。


「なんだよあいつ、子どもかよ。いやドチビでももっと聞き分けいいぜ」

 椿がスケジュールを見ながら可笑しそうに言う。

「だって夏樹よ、料理の……」

 由利香が何か言いかけたところで、廊下からどよんとした声が聞こえてきた。

「……どうせ子どもだよ……」

 覇気のない声に、顔を見合わせた椿と由利香がそちらを見ると。

 いつもなら寝起きでボサボサの髪をしていてもイケメンなのだが、今日は、なんというか、やつれている。

「夏樹?」

「ちょっとあんた大丈夫?」

ぶんぶん……

 小さく首を横に振ると、なんと、前代未聞の出来事が起こる!

 リビングのソファまで来た夏樹が、「ちょっと横にずれてください」と座っていた冬里に命知らずなことを言い、けれど「いーよー」と面白そうに横にずれた冬里の、なんと膝に頭を乗せて横になってしまったのだ!

 そう、いわゆる膝枕。

「え?」

「え!」

「「ええーー!」」

 これにはさすがの秋渡夫妻もビックリ仰天。

「わあ、なんだろうこれ」

 けれど冬里はなぜか楽しそうだ。

「ちょっと! 夏樹?」

「だ、だ、……大丈夫か?」

 すると、トロンとした目つきで微笑んだ(ように見えた)夏樹が言う。

「もういいんす。シュウさんにマンツーマンで教えてもらえないんなら、冬里に命を取られても……」

「なつきー!」

「気を確かに!」

 やいのやいの言う椿と由利香とは裏腹に、落ち着き払った冬里がふと宙に目をやりながら言う。

「でーもさー。なんかシュウ言ってたなあ。夏樹に申し訳ないから、合宿とは別に1対1で料理教室してもいいかなーって」

「へ?」

 とたんに覚醒する夏樹。

「ホントっすか?!」

 ガバッと飛び起きて、冬里の肩につかみかからんばかりの勢いで聞く。

「ホントにホントにホントっすか?!」

「うん……、ホントにホントにホントっすよ……、けどさあ、首がガクガクする~」

 夏樹が肩を持ってユサユサ揺するので、冬里は頭が前後にユラユラ揺れてしまう。

 ハッと我に返る夏樹。

「うわあ! すんません!」

 思わず飛び退いてそのまま冬里の足下で土下座する夏樹。

 その横で、なんと椿までが土下座をし始めた。

「冬里、夏樹にはこれっぽっちも悪気はなかったんです。どうかお許しを~」

 大きな犬が2匹、伏せをしているようなその光景に。

「プッ……」

 おもわず吹き出した冬里が珍しく含みなく笑って言う。

「アハハ、なんだかすごく貴重な体験をしたって感じ」

 その向かい側では、また由利香があきれたように夏樹に聞いた。

「でもなんでそこまで料理教室にこだわるのよ」

「だって俺、教室って名目でシュウさんに料理教わったことないんすもん。由利香さんですらあるのに」

「私?」と、首をひねっていた由利香が、あ、と、思い出したように言う。

「地獄の料理特訓! けどあのときあんたも一緒に参加してたじゃない」

「でもあれは由利香さんのための料理教室だったっすから」

「ああ~」

 本当にこの末っ子は。

 と、3人が思ったかどうか。

 とは言え、そのあとは、ボサボサ髪だけどイケメンの夏樹が、めでたく復活したのだった。



 そんなわけで、紆余曲折はあったが、なんとか7月の終わりに合宿が決行される運びとなった。

 とは言え、シュウが1度に料理と剣術を教えるのはさすがに無理だ。

 なので、まずエージと椿の剣術教室を1日目に行いエージはそのまま一泊、2日目に入れ違いであやねとレイの料理教室をこちらも一泊二日で行うことになった。

 ふた組の泊まりは近くの温泉旅館を予約してある。付き添いとしてエージのところはご両親が、あやねとレイのところには志水が、それぞれ来ることになった。




【1日目・剣術教室】


「先生」

「おはようございます、早かったね」

 エージの呼びかけに、挨拶を返すシュウ。

「先生!」

「……」

 隣にいた椿の呼びかけには、微妙な表情のシュウ。

「椿くん、先生はさすがにやめて頂けるとありがたいのですが……」

「ええー? 呼びたかったのにい」

 珍しく、シュウ相手にふざける椿だが、それだけ楽しみだったのだろう。

 仕方がないなと言うように苦笑したあと、キリリと表情を引き締めたシュウが丁寧に頭を下げた。

「それではよろしくお願いします」

「「よろしくお願いします!」」

 さあ、剣術教室の始まりです。


 いくつかあるここの体育館の2階には、観覧用の席も設けられている。エージの両親はそこで教室の様子を見守っていたが、休憩の時には必ず降りてきてなんやかんやと世話を焼く。

「大丈夫だったら」

 恥ずかしいのか本当にそうなのか、エージはぶっきらぼうに言う。父親の方はそんなエージを頼もしそうに見やるのだった。


 当然、由利香も観覧席でハラハラしながら椿の教室を見守って……、はいなかった。

「由利香さん! ここのアスレチック楽しいんすよ! ぜひ行きましょう!」

 と、何やらテンション高めの夏樹に、無理矢理アスレチックに引っ張られて行ったのだ。

「ええー? 高いところ嫌だー疲れるの嫌だー」

 最初は嫌がっていた由利香も、冬里の「ダイエット云々」の言葉にまんまとだまされて? かえって張り切る始末。

 ただ、これには訳があって、由利香は椿が厳しく指導されているのを黙って見過ごせず、観覧席からああだこうだとシュウに注文をつけるのではと思われたからだ。

 だが、これが椿の集中力をそいでしまうとは、誰も予想だにしていなかった。

 はじめの稽古をつけていたとき。

「(いつもと感じが違いますね、もしかして)」

 アスレチックをはじめとするアウトドア嫌いの由利香がちゃんとやれているだろうか、と言う心配が剣に出ていたのを、シュウは見逃さなかった。


 最初の休憩でエージにアドバイスした後に椿のところにやってきたシュウが、他の人に聞こえない小さな声で言った。

「由利香さんが心配ですか? 大丈夫ですよ、2人とも腐っても千年人ですから」

「え?」

 驚いてまじまじとシュウを見つめる椿。

 しばらくすると、椿は可笑しそうに笑い出す。

「アハハ、腐ってもって……、鞍馬さんって、たまに俺のツボにはまること言いますね」

「そうですか? ですが本当の事ですよ。ですので、この後は集中して行きましょう」

「あ、はい!」

 椿はこのとき、初めてシュウが自分の心配に気づいていたことに気が付いた。

 またエージのところへ行くシュウに、心の中でお礼を言って気を引き締める椿だった。


 休憩後はいつもの椿に戻り、エージもシュウのアドバイスを素直に聞き入れるので、どんどん上達していくのがわかる。

 またたく間に昼休憩となり食堂へ行くと、ちょうど由利香たちも帰って来たところだった。

「あ、椿たちもお昼だった、って当たり前よね。お疲れ様~」

 行く前とは違って上機嫌の由利香を見てホッとした椿は、シュウに軽く頭を下げて由利香に聞く。

「楽しかった?」

「え? うん、すごく小さな子が平気なんだもの。お姉さんも怖がってる場合じゃなかったわ」

「おばさんの間違いじゃないっすか?」

「夏樹~、お姉さんって呼んでたじゃないあの子たち」

 夏樹をはたく真似をしたあと、由利香も椿に問いかける。

「椿は? なんか清々しい顔してる」

「うん、鞍馬さんに比べたらまだまだだけど、大事なことをいっぱい教えてもらえたよ」

「僕もです」

 横で話を聞いていたエージもすまして答えている。

「あ、そうだよね。エージくんの方がやっぱり若いんだなあ、鞍馬さんの言う事をスポンジみたいにグイグイ吸収していくんだよね。だから上達のスピードがとっても速いんだ」

「ありがとうございます」

 今度はちょっぴり恥ずかしそうなエージだ。


 午後はシュウの提案で、エージのご両親や由利香に簡単な体験をしてもらうことにした。そしてなんとシュウは、夏樹や冬里にもおすすめしたのだが。

「うお! ホントっすか? やりますやります。1度木刀振ってみたかったんすよね」

「夏樹は木刀とか持ったことないの?」

「はい! フェアリーワールドの剣しかないです」

「なによそれ」

 だが、冬里はと言うと。

「うーん、僕はアスレチックで使い果たしちゃったからやめとく」

「えー? そうなんすかあ、残念っす」

「うそお、全然疲れてないように見えたけど」

「人はね、見た目では判断出来ないんだよ。それに僕、剣術苦手だし」

 などとうそぶいて、1人悠々と2階の観覧席に上がってしまう。

 これきは何かある、と思った由利香が、こっそりシュウをきびしーく問い詰めると。

「冬里が剣術が出来るか、ですか?」

「そうよ!」

「フェアリーワールドで見たとおりではないですか?」

 以前にゲーム大会に参加したときのことを言っているらしい。

「ええ~? あのときは自分のことで精一杯だったからほとんど見てないわよ、もう」

 とはいえ、あとは無言のシュウは答えてくれる気はないようだ。


 仕方なく由利香は体験に参加する。


「えーい!」「このお!」「あたれー!」


「どうせなら立ち会いしましょ!」と、無理矢理了承させた由利香が木刀を振り回すが、いつもの通りポーカーフェイスでひょいひょいかわすシュウ。

「もう、なんでえ」

「由利香、もうやめなよ」

「そうですよ、そんなに簡単に鞍馬先生を倒せるはずがありません」

 2人に言われたわけではないが、午前中のアスレチックが効いたのもあって、由利香はそこできっぱりあきらめる。

「やーめたっと」

 可笑しそうにしていたエージの両親は、素直に? シュウの言うことを聞いて基本から丁寧に教えてもらっていた。

「なかなか楽しいな」

「楽しいけど……、私には木刀は重すぎるわ~」

「お母さん、情けないです」

「あ、こら、エージったら」

 親子で楽しそうにしているのを見て、シュウもとても嬉しそうだった。


 夏樹は木刀を握ったことはないと言っていたが、すぐに基本のところは覚えたようだ。そのあとに手合わせしたいと願い出ると、シュウは快く相手を始める。

 さすがは腐っても千年人(え?)。太陽月光流ではない荒削りの立ち回りだったが、その夏樹が、一時はシュウを追い詰めたように見えた。

「夏樹、やるじゃないか」

 椿がつぶやいたあとのこと、今度はシュウが挽回し始める。押していた夏樹がどんどん押されていく。

カン!

「うわっ」

 最後に思わずのけぞった夏樹の首筋にシュウの木刀が添っていた。

「参りました」

 木刀を下げて潔く礼をする夏樹。

はあ~

 息を詰めるように見ていた参加者が思わず肩の力を抜く。

パチパチパチ

 椿が拍手を始めると、他の者たちも惜しみない拍手を送るのだった。


 こうして無事に剣術教室は幕を閉じた。


「楽しかったわねえ」

「お父さんも太陽月光流、始めようかな」

「僕とは違う曜日に習って下さいね」

「あ、こいつ~」

「フフ」

「「アハハハ」」

 本日の宿に向かうエージ一家の車中には喜びが満ちあふれていた。




【2日目・料理教室】


「くらまくん!」

「おはようございます」

 シュウを見つけて嬉しそうにやってきたあやねと。

「おはようございます、くらまくん」

「おはようございます」

 相変わらず落ち着いているレイと。


「おはようございます。あら、少しお疲れかしら?」

「いえ、大丈夫です」

 さすがにあれこれ見抜いてくる志水だった。


 今日は料理教室だ。


 シュウたちは、合宿中はここの小さな道場に併設された簡易宿泊施設を利用することにしている。その方が移動もなく、あれこれ準備するにも都合が良いからだ。

 秋渡夫妻は今日の料理教室には参加しないので、昨日のうちにいったん家に戻り、明日の夕刻に、今度はくだんの温泉旅館で打ち上げをするシュウたちと合流することになっている。そのあたり由利香は抜け目がない。


 志水に指摘されたとおり疲れてはいるが、少し睡眠も取ったし、何より今日は優秀な助手がいる。

「あ、あさくらくん?」

「おはようっす、あやねちゃん、レイちゃん。志水さんもおはようございます」

「おはようございます」

「今日は朝倉さんも教室に参加するのかしら?」

「いえ、今日はシュウ先生の助手として参りました!」

「わあ」

「そうですか、よろしくお願いします」

 嬉しそうなあやねと、ここでも落ち着いたレイだ。


 さて、それでは料理教室、開催致します。


「では、志水さんは僕がさらっていくね~」

 準備から始めようとしたところに冬里がやってきて、いきなりそんな事を言い出した。

 志水は料理教室をただ見学するだけなので手持ち無沙汰だろうから、と、ここの施設を利用して時間を潰すことにしたのだ。

「冬里ずるい~、けど助手もしたいし~」

「あさくらくん、大丈夫よ。料理教室は午前中で終わるから、……だったよね、くらまくん」

 あやねに言われて頷くシュウ。

「だからね、お昼からはあやねたちも、アスレチックとか色んなスポーツすることになってるんだ」

「へえ」

 感心する夏樹に、志水が補足する。

「私はアスレチックなんてとんでもないけど、下見は出来るでしょ。他に、こんなおばあちゃんでも参加出来るスポーツもあるみたいよ」

「そうなんすか」

「そ、だから君たちは頑張って本日のランチを作ってくれたまえ」

 芝居がかって冬里が言ったように、今日の料理教室は、ランチと、ここへ来ていない親方と奥様、そしてレイちゃんの家族のために日持ちするお菓子を作ることになっていた。

「ラジャです」

 納得した夏樹が敬礼の真似をすると、そのまた真似をするあやね。不承不承ながらちょいと手を上げるレイに見送られて、志水と冬里は厨房施設を後にした。



「では、始めましょうか」

「「はい、よろしくお願いします」」

 メニューはこの合宿の話が出たときから、あやねとレイと相談を重ねて決めたものだ。


ハンバーグ(子どもが大好きな定番料理)

温野菜サラダ(ドレッシングをひと工夫)

お漬物(塩麹をつかう超簡単で優しい味のもの。あやねが志水に作ってあげたいと願い出た)

お土産のクッキー

 等々の他に。

 今日の料理教室に夏樹に参加してもらったのには、訳があった。


「あのね、ずっと前におじいちゃんがリクエストした料理があるって聞いたの。でね、出来るんならその料理を覚えたいの」

「そう。それはおじいちゃんのため?」

「うん、それもあるけど、おばあちゃんも喜ぶんじゃないかなって」


 シュウの提案から始まった、『はるぶすと』の変則シチュエーションディナー。

 その記念すべき第1番目が、志水の、今は亡き弦二郎と食べた思い出の洋食だった。

 あやねはその洋食を覚えたいと言う。そして、そのレシピを伝授してもらったのが夏樹だったからだ。


 それはともかく。

 料理教室を始めたシュウは、2人が包丁の扱いに慣れているのに感心した。

 教えはじめの由利香よりよほど上手である(などというと本人は怒るだろうが 笑)

 きっと2人とも、家でよくお手伝いをしているのだろう。

 ほとんどの料理を作り終えたあと、シュウは夏樹にバトンタッチをする。夏樹はあやねのような子どもでもうまく作れるように、レシピに色々工夫をしたようだ。

 まさに一生懸命、という感じで、あやねもそしてレイも夏樹から教わる手順をこなしていく。

 そして。

「出来た……」

 頑張った甲斐があって、とうとう料理が完成した。

「すごいすごい、あやねちゃん、レイちゃん、よく頑張ったね!」

 夏樹が本当に嬉しそうに言うので、つられて2人はとても良い笑顔になっていた。



 さて、お楽しみのランチの時間。


 あやねとレイが、外から帰っていた志水の手を取って席に案内した。

 志水は並べられた料理を嬉しそうに見ていたが、あるところで視線が止まる。

「え? この料理」

「おじいちゃんの大好物だよ」

「え? これを作ったの? あやねが?」

「うん、レイちゃんも一緒にね」

 と、レイと顔を見合わせるあやね。

「まあ、……まあ」

 さすがの志水も予想できなかったのだろう、声が震えている。

「また、あーんして食べさせて頂けるのですかな?」

 するとその上から、のほほんとした声が振ってきた。

「弦二郎さん」

 なんとそこに、弦二郎がとても嬉しそうに現れていた。

「おじいちゃん!」

「弦二郎おじいさん、ですか? お初にお目にかかります、レイと言います」

「おやおや」

 レイの礼儀正しさに感心しつつ、こちらも丁寧に礼を返す弦二郎。


「弦二郎さん! お久しぶりっす!」

 元気ハツラツで嬉しそうな夏樹と。

「ご無沙汰しています」

 レイと良い勝負で礼儀正しいシュウと。

「久しぶり~」

 相変わらずの冬里と。

「はいはい、あの料理が、しかもあやねとレイちゃんが作ったものが頂けるなど、思いも寄らなかったですな」


 美味しい美味しいと、何度も志水さんにあーんをしてもらう弦二郎さんに皆が癒されながら、ランチタイムはとても楽しく和やかに過ぎていった。

「片付けまでが料理っすよ」

「「はい」」

 夏樹に促されて食器の片付けをするあやねとレイ。

 2人の後ろから心配そうに、でも頼もしそうに見ている弦二郎。


 今回の料理教室に、志水だけを付き添いに選んだのは、弦二郎にあの料理を食べてもらいたかったからだ。見えない親方や奥様が来ては予定が台無しになるので、涙ながらに付き添いをあきらめた親方には、お土産のクッキーを作ったと言うわけだ。


 午後からは、志水が下見をしたアスレチックやそのほかのスポーツ施設を思う存分楽しんで、心地よい疲れを感じつつ、頼んであった送迎で一行は温泉旅館へと向かって行った。



「さて、合宿も無事に終了したことだし、あとはのんびりだね~」

「でも、なんでもう一泊するんすか? 俺たちもこのまま温泉旅館に行けるんじゃ」

「それは……」

 もっともなことを言う夏樹に、シュウがすまなさそうに説明をする。

「せっかく設備の整った施設に来たのだから、今日のディナーを料理教室にしようと思ったんだ」

「へ?」

「けれど半日になってしまうから、今日は前半? と言う事で」

「え?」

「夏樹には不本意かもしれないけれど……」

 苦みを含んだ微笑みで言うシュウに、夏樹はえ? と言う顔をして固まったままだ。

「夏樹~」

 面白そうに夏樹の目の前で手を振る冬里。そこでハッと気が付く夏樹。

「り、料理教室? 今日? これから?」

「ああ、夏樹が嫌ならまた後日……」

「嫌じゃないっす! ううー、嬉しいっす!!」

 どうやら嫌ではないらしい。

「頑張ります! メニューは決まってるんすか?」

「ああ」

「だったら始めましょう、今すぐ!」

 焦る夏樹を何とか落ち着かせて厨房に行くと、そこにはもう食材がとどーんと置かれていた。

「ええっ、これって」

「今日は夏樹の料理教室、兼、また大宴会だよ」


 神さまは楽しいことが大好きだ。

「なんとあの夏樹が、いまさら料理教室に通うそうな」

「鞍馬が先生じゃと」

「ほほう、これは楽しみ」

「やんややんや~」「あなめでたし~」


 どこから聞きつけたのか、またまた神さまたちが押しかけてきている。


 そして、小さな道場が、大きな道場に様変わりするのもいつものこと。遠くにヤオヨロズをはじめとしたいつものメンバーも顔を揃えて、宴会を楽しんでいるのが見えた。

「大宴会場だね」

「さすがは神さま」


「おお、今日の献立は、基本中の基本と言う感じですな」

「それはあれじゃよ、料理教室じゃよ」

「面白きかな~」



 こうして、料理と剣術の合宿は、無事にすべての工程を終えたのだった。









おまけのひととき



 剣術教室の日は、ちょうど満月だった。


 草木も眠る丑三つの頃。

 ふと、冬里は目を覚ます。

 すると、シュウが寝床にいないのに気づく。


「また、うちのオーナーは」

 微笑んでつぶやくと、ぐっすり眠る夏樹を起こさないように部屋を出た。


「また夜更かししてる」

 彼らが泊まっている簡易宿泊施設は、ここの施設で一番小さな道場に併設されている。そこの一角に灯りがついていて、シュウは文机に正座して何かを書いているようだった。

「冬里?」

「本当にシュウってば寝ないんだから。それでよく生きてられるね」

「これが私だよ」

 手元をのぞき込むと、今日の稽古で気づいたことがわかりやすく書かれている。

「エージくんと椿くんに渡そうと思ってね」

「いい先生だあ」

 面白そうに言う冬里に、シュウは珍しくため息もつかず、何かを思いついたようだ。


「暇そうだね。だったら、疲れたからお茶でも入れてもらおうかな」

「えー」

 またあれこれ言うかと思ったが、なぜか今日は素直に「いいよー」と立って給湯場へ向かい、ポットと急須と湯飲みを持ってきた。

 だがさすがは冬里。

「ポットのお湯が良い温度になるまで、お手合わせ願おうかな」

「?」

「今日はちょっとばかり運動不足気味だし。夏樹も頑張ってたし」

 夏樹に触発されたのだろうか。

「だったら体験に来れば良かったのに」

 シュウがあきれたように言うと、冬里の笑みが深くなる。

「鞍馬先生が負けるところを見られても、良かったかな?」

「!」


 どうやら今夜は本気のようだ。


 さて、ポットの湯が適温になるまでで終わるだろうか。



 どちらが勝ったのだろう?


 それは満月だけが知っていること。







料理教室の日の朝に鞍馬くんが疲れていた謎が解けましたね。

先日、ふと、「冬里はものすごく強い」というフレーズが頭に浮かんで。

鞍馬くんもですが、本気の冬里は底知れないんじゃないかと。

とはいえ、『はるぶすと』シリーズはのんびりほっこりが売り? ですので、バトルシーンはありません、あしからず(笑)。それではまた! 


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