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第4話 花束を持ってお出かけしましょう


 フェアリーワールドでの出来事から少しして。


カラン

 ランチ営業中の『はるぶすと』にお客様がいらっしゃった。

「いらっしゃいませ! あ!」

 元気よく対応する夏樹が声を上げた。

「こんにちは、1人なんですが」

 少し気恥ずかしそうに、微笑みながら言うのはアオイの母親だった。

「いらっしゃいませ、おひとり様ですね。お好きな席におかけ下さい」

 ちょうど第一弾のお客様が帰られたり、ソファ席へ移動されたりしたところで、席はけっこう空いていた。


「ラッキーな時間に来たみたいですね、じゃあここに」

 と、少し考えた彼女は、シュウの前に座る。

「先日は色々ありがとうございました。えーとまずはオーダーね、今日は洋風ランチで」

「こちらこそ楽しい時間をありがとうございました。洋風ランチですね、かしこまりました」


 そのあとゆっくりとランチを楽しまれていたので、デザートに移る頃にはほとんどのお客様が帰られた後だった。

「デザートはどちらの席になさいますか?」

 そう聞いてきたシュウに、彼女は微笑んで「このままで良いです」と答える。

 そして、カバンの中から一枚のチラシを取りだした。

「実は、今日はこれを渡そうと思って」

 見るとそれは、ダンス発表会のお知らせだった。

「これは」

「そうです、アオイのダンス発表会。あの願い事の時にはもう日程が決まってて、主人を納得させるためにとっさに思いついたんですよ」

「そうでしたか」

 微笑みながら受け取って確認すると、発表会は2週間後の日曜日だった。

「日曜日なら大丈夫かなって勝手に思ったので、厚かましいお願いなんですけど、来て頂けたら嬉しいなって」

「どれどれ、……ああ、この日なら大丈夫ですよ」

 すると、横からチラシを見た冬里が即答する。

「本当ですか? ああ良かった。アオイが、日にちは連絡したのかとか、まだなら早くして、とか、もううるさくて」

 首を振りながらため息交じりに言うので、シュウも困ったような微笑みを返した。

「でも、さすがにお店の営業中に連絡するわけには行かないし、夜だってご迷惑でしょうから……。で、考えたんです。そうだ、だったらランチしに行けば良いんだって」

「それでわざわざいらして下さったのですか……」

 申し訳なさそうに頭を下げるシュウをさえぎって、アオイちゃんママは言う。

「あら、そんな気を遣わないで下さい。今日は仕事も半日だったし、しかも美味しいランチが頂けるんですから。役得だわ」

 楽しそうに笑う彼女に、シュウもつられて微笑みながら、「どうぞ」と、本日のデザートを提供するのだった。


「ああ、ほんとうに美味しかった、ごちそうさま」

 デザートを食べ終えて満足そうに言ったあと、彼女はまたカバンから何かを取り出す。

「それで、日にちも大丈夫そうだったので、……これを」

「なんすか?」

 ちょうど前にいた夏樹が受け取る。

「これ、当日のチケットっすか? あれ、なんで3枚?」

 当然の質問に、アオイちゃんママはいたずらっぽい顔で言った。

「皆さんをご招待するためですよ」

「え? 俺たちまで?」

「はい」

「え? いいんすか? でもアオイちゃんはシュウさんだけって」

 遠慮がちに言う夏樹に笑いながら、彼女が面白そうに種明かしをする。

「それがね、主人がせっかくだから3人ともお誘いすれば良いって。でも何か含むような感じだったんで、アオイのいないところで聞いてみたら」

「はい」

「鞍馬さんだけ誘うと、発表会のあとそのままデートになってしまいそうだから、ですって」

「はあ、……そうっすか」

 なんとも返答に困る夏樹に、冬里が助け船を出す。

「複雑なのは親ごころかな。あ、この場合は父心ですね。わかりました、お父さんの心配を少しでも減らすようにしますよ」

「ありがとうございます」

 そこへソファ席を片付けていたシュウがやってくる。カウンター越しに食器を冬里に渡すと、彼女に向かって改まって言う。

「こちらこそ、ご招待ありがとうございます。それで、当日ですが、お花を持って行きたいのですが、よろしいですか」

「え?」

「アオイちゃんの晴れ舞台ですし、ご招待のお礼も兼ねて」

「まあ、どうしましょう、嬉しい。アオイも喜ぶと思います」

 お祈りのように両手を合わせて嬉しそうなアオイちゃんママに、シュウが重ねて聞く。

「チラシを見ると、かなり大きなホールですので、受付でお花は預かって頂けるのですか? 終了後に直接お渡しするのが良いかとも思いますし」

「え? ああ、鞍馬さんたちは初めてですものね。はい、受付で預かってもらえます。クロークも兼ねてますので、コートとかのかさばるものもそちらに預けてもらったら良いと思いますよ」

 シュウが言ったとおり、当日の会場は×市にある、誰でも名前を聞いたことのあるホールだった。

 ダンスと言うので、はやりのヒップホップ系なのかと思っていたが、案に反して、どうやらモダンバレエのようだ。モダンダンスとも言うのだろうか。毎年、いくつかの教室が合同で行うそれは、中ホールながらなかなか盛況らしい。

「わかりました、ありがとうございます」

「いいえ、こちらこそ」


 当日はバタバタして開演前はお目にかかれないかもなので、花束は終了後にロビーで渡して欲しいこと、その時に記念写真なども撮れるので一緒にお願いしたいこと、等々、細かい打ち合わせまですませたあと、アオイちゃんママは「楽しみにしていますね」と、本当に嬉しそうに店を後にした。




 当日は車で行くと言う手もあったのだが、せっかく×市まで行くのだから、どこかでディナーをして帰ってこようと言うことになり、電車を利用することにした。


 ★市駅への道沿いにある花屋で、頼んでおいた花束を受け取る。

「うわ、さすがはシュウさん。アオイちゃんの雰囲気がよく出ていますね」

「ここの花屋さんのセンスが良いんだよ」

「でもオーダーしたのはシュウだからね」

 などと話をしつつ、×市へ向かう。

 今日は発表会と言う事で、3人は少しかしこまったお洒落をしている。とは言え、寒い季節のこと、外では当然コート姿だ。

 だが、オーソドックスながら仕立ても良く丁寧に手入れされたコートと、洗練された立ち居振る舞いが自然に人目を引く。特に、大事そうに大きな紙袋を持っているのが(しかもチラと見える中身が花束だ)、見目麗しい好男子なのだから余計にだろう。

「(あんなイケメンに花束もらえるなんて!)」

「(羨ましすぎるでしょ!)」

 夢見る乙女たちは、あのイケメンが、自分に、あの花束を差し出してくれるところを思い描いて、うっとりしたとか。


 その夢心地を一瞬味わったのが、ホールの受付係だった。

「あの、これって預かって頂けるんすよね」

 花束が見えるように紙袋を示す夏樹に、受付嬢は「はい」と、はじめは業務用の笑顔で答える。

「このままお渡しすれば良いのですか?」

 たずねるシュウに、「いえ、奥にスタンドがございますのでそこで。ですので袋は必要ありません」と丁寧に教えてくれた。

「了解です。じゃあちょっと取り出すんでシュウさん手伝ってもらえますか?」

「ああ、いいよ」

 シュウが紙袋を支えてくれたので、花束を取り出した夏樹が、待っている受付嬢にそれを差し出した。

「これ、お願いします」

 アオイに渡す花束だ、丁寧にうやうやしく扱うのは当然のこと。

「は……、はい」

 けれど、まるで告白かプロポーズかと言うようなそのシチュエーションに、声がうわずる受付嬢。

 周りにいた何人かの受付係が、羨ましそうにそれを眺めている。

「?」

 なかなか花束を受け取らない受付係に、怪訝な顔をしていた夏樹だったが、隣から「では私が」と手が伸びてきたのを確認すると、彼女は慌てて手を差し出した。

「お預かりします!」

 急に元気よく答えた受付嬢に、夏樹もつられて笑顔になる。

「はい、よろしくお願いします!」

 爽やかな笑顔を向けられた受付嬢はまたポウッとなり、周りもまた羨ましそうになるのだった。


「夏樹の破壊力はいつもながらだね。発表会のあとが楽しみ~」

「へ? 発表会の後になにかあるんすか?」

「うん、アオイちゃんが注目の的になるよきっと」

「?」

 冬里が面白そうに中ホールを目指しつつ歩くうしろで、クエスチョンマークを頭の上に浮かべながら夏樹がついて行く。シュウはため息半分、微笑み半分で彼らの後から歩き出した。



 アオイのご両親も来ているはずなのだが、やはり関係者というのはバタバタするのか、会えないままに開演となった。

 クラシックバレエとは違うような、けれど基本はやはりバレエなのだろうか。

 出演者の踊りは皆、優雅であって、個性的で、しかも斬新だ。

 そしてプログラムは進み、アオイの番になった。

 彼女は時に優雅に、時にとげとげしく直線的に、個性を表現し、その踊りは堂に入ったものだった。

 踊りの後、心持ちホッとなった表情でお辞儀をするアオイに、3人は惜しみない拍手を送った。

「アオイちゃんもなかなかやるね。これからは姫の仲間入りかな」

「はい、なんていうか、ステキだったっすね」

「……」微笑んで頷くシュウ。

 ここでも三者三様の感想が飛び交っていた。


 すべての演目が終わり、カーテンコールも終わった後、彼らはゆっくりとロビーに出ていった。

「あ、アオイちゃんがいましたよ!」

 招待客が迷わないようにか、ロビーには教室の名前を書いた看板が掲げられている。

 その前でアオイと両親が、招待客や他の出演者と歓談しているのが見えた。

「アオイちゃん!」

 手を振りつつ呼びかける夏樹に、まずアオイが気がついた。

「あ、鞍馬さん」

「あれえ? 呼びかけたの俺なのにー」

「朝倉さん、紫水さんも、来て下さったんですね。ありがとうございます」

 ガックリ肩を落とす夏樹を面白そうに見ながらも、きちんとお礼は欠かさないアオイだ。

「本日はお招き頂き、ありがとうございます」

 シュウはまず両親に挨拶をしてから、受付で受け取った花束を手にアオイの方へ進み出る。

「とても素敵なダンスでした。これは私たち3人からです」

 と、花束を渡すシュウ。

 アオイはちょっぴり照れたようだったが、すぐに笑顔になってそれを受け取った。

「ありがとうございます」

「まあ、素敵な花束ねえ~」

 アオイちゃんママは花束のセンスの良さに感心しきりだ。

 口を結んで複雑な表情のアオイちゃんパパも、頭を下げている。


「アオイ姫、今日は本当にかっこよかったよ。で、これも僕たちから」

 冬里が、どこから出してきたのか、もう一つ、とても綺麗でオシャレな紙袋を差し出した。

「これは?」

 アオイちゃんママが聞くのに、夏樹が嬉しそうに答える。

「差し入れです。俺たち3人がそれぞれ作った焼き菓子っす」

「え、そうなの? わあ、どうもありがとう」

 なんやかんや言ってもアオイもまだ小学生。お菓子と聞いて、そして手作りと聞いて、しかも『はるぶすと』の3人のシェフが作ったと聞いて興味津々だ。

「中身はなんですか? ええと、聞くのは失礼かな」

「いいえ! 聞かれなくても説明しようと思ってました!」

 聞かれて嬉しかった夏樹の言葉に、アオイちゃんだけでなく、ママやなんとパパまでもが楽しそうに笑っている。このあたりはさすがにフランクの夏樹がなせる技だろう。


「まず冬里のマドレーヌ。俺からはフィナンシェ。そしてそして、シュウさんはカステラっす!」

「へえ」

「カステラですって、ねえ、アオイ」

「うん、……私、カステラ大好き」

 なんとなんと、アオイはカステラが好きだったようだ。ただし、しっかり者のアオイはきちんとフォローも忘れない。

「もちろん、マドレーヌもフィナンシェも大好きです。皆さんありがとうございます」


 盛り上がる彼らの回りでも、花束やプレゼントのやり取りが行われている。

 そんな様子を少し離れたところからうかがう面々が。

「なんだ、あの花束、イケメンが渡すんじゃなかったのね」

「でも、とっても楽しそうよ~。あ、写真撮ってるわあ」

「「羨ましい~」」

 そう、かの受付嬢たちであった。

 けれど彼女たちにも幸運の女神は微笑むのを忘れなかった。

「あの、コートを受け取りに来たんすけど」

 くだんのイケメンがクロークに預けたコートを受け取りに来たのである。

「はい、お待ちください」

 彼はなんと3人分のコート札を持っていた。

「あの、大丈夫ですか? 急ぎませんので、1着ずつで良いっすよ」

 と、心配そうに聞くイケメン。

「はい」

 と返事したそばから、もう2名がやってきて、ひとり1着ずつを持ってきてくれた。

「わ、ありがとうございます。お手数をかけちゃいましたね」

 少しはにかむその笑顔はまるで春風のよう。彼女たちの心も春のようにあたたかくなっていく。

「いいもの見ちゃったわあ」

「ええ、さあ、私たちも笑顔を忘れずにね」

 その後のクロークにも、しばし春風の笑顔が吹いていた。


 ロビーでアオイちゃん一家と別れたシュウたちはホールを後にした。

 けれど、彼らが外へ消えた途端。

「ちょっとアオイ! あのイケメンは誰?」「どういうご関係?」「……!」「……!」

 アオイちゃん一家は、ワッと回りを取り囲まれて質問攻めに遭う。

 どうやら冬里の予想は間違っていなかったようだ。



 そうとは知らない『はるぶすと』の面々。

「楽しかったっすねー」

「うん、たまにはこういうのもいいね」

 そう言いながら時計を見る冬里。

「でも、ディナーにはまだちょっと早いなあ」


「だったら、ラッキーボーイもいることなので、行ってみますか」

「うん、いいね」

「へ? ラッキーボーイ? 行くってどこへ?」

「珈琲飲みたくない?」

「あ!」


 以前、本屋の話でご紹介した〈ほとんど開いていない珈琲屋〉。

 今日はラッキーボーイの夏樹がいるので大丈夫だろうと高をくくっていたのだが。

「よいしょ! あれ?」

 その夏樹に扉を任せてみたのだが、今日はウンともスンとも言わなかった。

「あれえ、夏樹の運もつきたのかな」

「え? そんな事言わないでくださいよお」

 と、情けない声でもう一度扉を押してみるのだが、やはり今日は開いていないようだ。

 ガックリと肩を落としてうつむいた夏樹が、きびすを返したとき。

「おや?」

 と、角を曲がってきた人影がこちらを伺っている。

「おお、客人か。それもお三方おそろいで」

「マスター!」

 なんとそれは、この珈琲屋の店主だった。

「いまから開けるの?」

「ああ、今日はコイツを手に入れるためにちと遅めだ」

 と、抱えていた袋を見せる。どうやらコーヒー豆のようだ。


「まあ、入れ。とびきりのを落としてやる」

「はい!」

 嬉しそうに店主の後に続く夏樹を見ながら、冬里がシュウを振り返った。

「やっぱりラッキーボーイだったね?」

 頷きながら苦笑するシュウ。

 さて、今日はどんな美味しい珈琲が待っているのか、それはこの後のお楽しみ。




 色んな事がありますが、『はるぶすと』は明日からまた通常通り営業致します。

 皆様のお越しをお待ちしております。








シュウの願い事、第一弾でした。お楽しみ頂けたら幸いです。

第二弾以降があるかどうかは、まだなんとも言えません(笑)あしからず。

それではまた。 



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