第3話 冬里とお出かけ・「シュウを探せ!」
2月の寒い朝。
庭仕事を終えて店に入ると、冬里が厨房にいた。
「あったかいコーヒー入れたんだけど、飲む?」
この時間に冬里が店にいるのは珍しいと思いつつ、カウンター越しにカップを受け取った。
「ありがとう。……でも珍しいね、冬里が朝から店に降りてきているのは」
「寒い中ご苦労様、の意味をこめて、だよ」
いたずらっぽく笑う彼に、これはまた何か考えていますね、と、ほんのちょっぴり警戒するシュウだったが。
「この間、九条がさ、向こうで花見するから着物を見繕ってくれないかって言って来てたの、覚えてる?」
「ああ」
「で、年始めに送っておいたら、先にお礼が来ちゃったんだよね」
と、チケットと見えるものを取り上げてヒラヒラさせる。
「フェアリーワールドの招待券」
見せてもらうと、確かにフェアリーワールドご招待券だ。それもちょうど3枚。
「夏樹と私も、と言う事だよね。けれどそれは良いとしても」
と、冬里を見る。
「なーに?」
可愛く? 首を傾げる冬里に内心肩を落としつつ聞いてみる。
「年始めに送ったのなら、向こうにはとっくに届いていると思うのだけど。先にお礼が来たとはどういうこと?」
「うん、船便にしたからね」
事もなげに言う冬里に、驚きを隠せないシュウ。
「船便……」
「ああでもそれは、九条じいのリクエストだからね」
「九条さんが?」
「そ、なんだかさ、何事もスピードスピードで癪に障るから、あえて船便にしてくれ、だって。変なじいだよねまったく」
思わずうつむいて苦笑するシュウ。
今度も冬里が言い出したのかなと思ったのだけど、どうやら早とちりだったようだ。
だが、船便とは懐かしい。
「着物が虫に食われなければ良いけどね」
「現代の技術を持ってすれば大丈夫だと思うけど。まあそうなったら、今度は特急便で送り直すよ」
「冬里らしい」
そう言って、シュウはコーヒーカップに口をつけた。
話を聞くと、もらったチケットは日曜祝日限定。
『はるぶすと』のメインシェフが、平日に店を休んでまで遊びほうけるような不届き者でないことは、送り主は十分ご承知のようだ。
そして今年は、2月の祝日が日曜日と重なるので月曜日が振替休日だ。
「だからさ、どうせなら目一杯楽しんでそのあとゆっくりお泊まりするのは、どう?」
「一泊でどっか行くんすか?」
ちょうど良いタイミングで夏樹が店に降りてくる。
「うん。フェアリーワールド」
「え?! いやったー!」
思いのほか素直に行き先を言う冬里に、夏樹は大喜びだ。
「もしかして、もうホテルも取ってあるの?」
ここでも用意周到かと思いきや、今回は「ううん」と冬里は首を横に振る。
「万が一反対されちゃったら困るからね」
「……」
反対しても泊まる方に持って行くだろうに。
返事をしないシュウを見つつ、冬里はおもしろそうに言う。
「だからこのあとホテルを予約してみるね。でーも連休だからなあ。すんなり取れるかなあ。そういう訳で、ランチの仕込みは2人に任せるね~」
その言葉を聞いた夏樹はちょっと焦り気味だ。
「そういう訳なら、早く予約しに行って下さい! 大丈夫、仕込みはおまかせっすよ」
「うん、ありがと」
苦笑するシュウを尻目に、冬里は裏階段へと消えて行った。
さすがは強運の冬里だ。
「ちょっと難航したけど、パーク内のホテルが取れちゃった」
「うお! さすがは冬里です」
難航したのはホテルのスタッフかもしれないが、それは冬里のみぞ知る、ここでは詮索しないようにしよう……。
しかもなんと、ベッドルームのほかにリビングがあるファミリースイート仕様だ。
「やりましたね! これで朝一から閉園まで、思う存分遊べますね」
「ああ、けれど2月のフェアリーワールドは初めてだったんじゃないかな」
「あれ? そう言えばそうっすね」
「防寒対策をしっかりしないとね」
「はい!」
嬉しそうな夏樹とそれに頷くシュウだった。
さて当日。
強力な晴れ男のおかげで、この連休は★市一帯すべて晴れマークだ。
放射冷却で気温は少々低めだが……
「キター! え? でももうけっこう並んでますよ。シュウさん、冬里、早く早く!」
熱い男がいるため、フェアリーワールド周辺だけは気温が上がっているかもしれない。
苦笑しつつ、急ぐ夏樹について行くシュウの耳に、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「え? 鞍馬さん?」
「?」
そちらを見やると、そこにいたのは。
「奈帆さん? ディビーさんも」
なんと、奈帆とディビーの2人だった。
「え? うおっホントだ。おふたりもこの連休を利用したんすか?」
「ああ、チケットが当たったんだ」
「当たった?」
聞くところによると、ディビーがダメ元で応募した懸賞に、めでたく当選したとのことだ。
「すごいっすね! けどここであったが百年目!」
「夏樹、使い方間違ってるよ」
ワイワイ言っていると、また声がした。
「くらまくん? あれ、しすいくんとあさくらくんもいる」
そちらを見ると、なんとそこにはあやねと志水、そして2人を守るように弦二郎。
その横に、あやねと同じくらいの歳だが、やたらと落ち着いた感じの子が立っていた。
「あ、あやねちゃん? 志水さんと弦二郎さ……、あ、いえ、なんでもないっす」
ほとんどの人には見えない弦二郎を呼ぼうとして、ハッと我に返る夏樹。それを見ながらニコニコ笑ってウインクなどする弦二郎だった。
「で? ご一緒してるのは? 初めてだよね」
冬里が聞くと、あやねが彼女を紹介する。
「あ、こちらはレイちゃん。学校であやねと同じクラスなの」
「ふうん? レイちゃんだね。僕は紫水 冬里と言います。よろしくね」
興味深そうにレイと挨拶を交わした後、冬里がふと目を弦二郎の方に向ける。
それにかすかに頷くレイ。
冬里は満足そうに頷くと、ニッコリと微笑むのだった。
そんなこんなでワイワイ言っていると、またまた声が。
「あ、鞍馬先生だ」
「ほんとだわ、すごい偶然!」
そちらに目をやると、なんと、いつぞや聖夜ディナーに来られた彼〈エージくんと言います〉と、彼女〈アオイちゃんと言います〉、そしてそのご両親だった。
珍しい取り合わせに話を聞くと、あのディナーでお父さん同士が意気投合し、それ以来家族ぐるみでお付き合いをされているとのことだ。
「みなさんも連休を利用したんすか?」
夏樹が聞くと、お母さん同士が顔を見合わせて可笑しそうに言う。
「ええ、ちょうどどこかへ行きましょうかと話してたんですけど」
「一番寒い今の時期ならすいてるわよね、ってことでフェアリーワールドに。でも考えが甘かったわ、けっこう混んでますよね」
「あら、連休ですもの、当然よ。お母さんたちはそこら辺の詰めが甘い」
アオイちゃんに一刀両断されて、また顔を見合わせて笑う母ふたりだった。
「それにしても、『はるぶすと』のお客様勢揃いって感じっすね」
感心したように言う夏樹の後ろから、また新たな声がする。
「私たちを忘れてるわよ!」
「へ?」
なんとそこに、腰に両手をあてて仁王立ちしているこの物語の主人公がいた。
「由利香さん!」
「なによ、『はるぶすと』は私が登場しないと始まらないでしょ!」
「なんすかその自信」
「それが由利香だよ」
彼女の隣には当然、椿がいた。
「おう、椿、ひっさしぶり」
恒例の片手ハイタッチをしたあと、椿は苦笑しつつ言う。
「昨日会ったばかりだけどな」
冬里から今日の話を聞いた由利香が、すごすごと引き下がるはずがない。冬里を脅して〈どうやって脅したの?〉めでたくチケットをゲットしたのだ。
どうやら今度こそ、『はるぶすと』オールスター? が、勢揃いしたようだ。
開園までの時間を同窓会よろしくワイワイ過ごしていたところで、ディビーがふと奈帆に提案する。
「夏樹の言うとおり、ここで会ったが、だよ、奈帆。せっかくだから鞍馬に案内してもらえばいいんじゃない?」
「「え?」」
そのセリフに反応したのは、奈帆だけではなかった。
「ずるいです、奈帆さんだけ。だったら私も」
アオイが言い出す。彼女もシュウとお付き合いしたいらしいから。
「え?! だっらお父さんも一緒に行く!」
慌てるアオイの父親。どうやらまだお付き合いに賛成はしていないようだ。
「あ、だったら僕もです」
アオイに対抗して? エージも負けていない。
「ダメよ、もともとくらまくんは、あやねのお婿さんにってお父さんが言ってたのよ」
「ええ?!」
「だから、ここはあやねが案内してもらうべきよ」
先ほどとは違った意味で、ワイワイし始める一行。
「ふふ、まるでシュウの争奪戦だね? もてもてだねえ、シュウ」
こんな面白い展開を冬里が黙って見過ごすはずがない。
「冬里……」
こちらはどうやって止めようかと考えあぐねていたシュウだ。
すると。
「はいはーい、注目~」
冬里がパンと手を叩いて皆を振り向かせた。
「だったらさ、運命のシュウを探せ、でもする?」
「運命のシュウを探せ?」
子どもたちは興味津々だ。
「えーとそうだね。開園から2時間限定で、シュウには好きなところを好きなようにまわってもらう。で、皆も好きなところを好きなようにまわって良いんだけど、その合間に、偶然にもシュウとバッタリ出会った人が運命の人。シュウにはその人の願いを叶えてもらえるって言うのは、どーお?」
「わー面白そう」
また子どもたちは楽しそうだが、由利香の一言が入る。
「でも、わざと探しちゃダメなのよね?」
「そうだよ。あくまで自分たちの行きたいところへ行ってそれがシュウとかぶっているのが運命だもん」
「へえ~、ちょっと難しそうだけど」
ここでディビーが面白そうに言う。
「で? 鞍馬にはどんな願い事をしても良いのか?」
「それは……」
なんでも良いとは、と言いかけたシュウの言葉をさえぎって、冬里が言う。
「まあ、そこら辺は願いを聞いてから、ね?」
確認を取るようにシュウをのぞき込む冬里に、シュウは大きなため息をつくしかない。
「僕は、鞍馬先生の1日剣術教室が受けたいです」
一番に手を上げて提案したのはエージ。
「それでしたら大丈夫ですよ」
心持ちホッとしたような表情でシュウが言う。
「え? だったら俺も剣術教室を……、えーと、厚かましいかな」
遠慮がちに手を上げて言うのは、椿だ。
「はい、よろしいですよ」
微笑んで言うシュウに、嬉しそうな椿だ。
「私は鞍馬さんとデート!」
次に元気よく言ったのはアオイだ。
「はあ!? だったらお父さんも一緒にだ」
「もう、親がついて来るデートなんておかしい」
「ダメだ、こればかりは」
もめ出す親子に、お母さんが助け船を出す。
「それなら、アオイのダンス発表会に鞍馬さんをご招待したらいいんじゃない? デートじゃないかもしれないけれど」
「そうね。私の晴れ姿を見て、鞍馬さんが感激してデートに誘ってくれるかもよね」
「う、うん! とりあえずそれが良い」
お父さんもそれならと賛成している。
すると可笑しそうにしていたシュウが頷いて言う。
「はい、日程が合えば是非」
そんな様子を見て考えていたあやねだっが、レイに何か耳打ちされて嬉しそうに頷く。
「私は、くらまくんに1日料理教室をお願いしたいです。レイちゃんも一緒に」
なんとも可愛いお願いに、シュウは今度も嬉しそうだ。
「はい、喜んで」
すると。
料理という単語に、ビビッと反応する約1名。
「あの! 俺も参加して良いんすか?」
「夏樹?」
怪訝な顔のシュウに、夏樹は一生懸命と言う感じだ。
「俺も! おれもシュウさんに1日料理教室、お願いしたいっす!」
すると横で由利香が吹き出した。
「あんたは毎日料理教室してもらってるみたいなものじゃない」
「え? 違うっすよ。あれはランチやディナーを見てもらってるんであって、一日中じゃないっすもん。……シュウさんに1日料理の事を聴き放題、技を見放題! うう……それって凄いことっすよ」
夏樹の熱い思いに肩をすくめる由利香は、特に何もお願いはないようだ。それに気づいた夏樹が不思議そうに聞く。
「珍しいっすね、由利香さんが何も願わないなんて」
「だって特に鞍馬くん相手にして欲しいこと、ないんだもーん」
と言ったそばから、夏樹にだけ聞こえるようにぼそっとつぶやく。
「すべて本気のディナーにご招待してもらうわ」
「うわっ」
また何か言いかけて、慌てて口を押さえる夏樹だった。
「で? 奈帆は何をお願いするの? お嫁さんになりたーいとかはダメだからね?」
冬里が冗談ぽく言ったセリフに思わずうつむく奈帆と、「……冬里」とバロメーターが上がり出すシュウ。
「え、と。いつか、美術館か博物館に1日お付き合いして下さい」
「そんなんで良いのか?」
ディビーが驚いたように聞くが、奈帆はうん、と頷く。
「ええ、展覧会を鞍馬さんと回ったらきっとステキだろうなって」
「へえ」
あきれるような返事をするディビーの後に、シュウが微笑んで言う。
「わかりました。こちらも日程が合えば是非」
そんなシュウの言葉に、嬉しそうに頷く奈帆だった。
と、ここですべてのお願いが出そろったようだ。
そうこうしているうちに、開園の時間になった。
それまでは入園後にシュウを探すつもりでいたメンバーも、フェアリーの門をくぐった途端、大いなる魔法にかかってしまう。
途端に流れてくるメインテーマに大はしゃぎ、そして迎えてくれたキャラクターたちに目が釘付けだ。
「わあ!」
「フェアリーたちのお出迎え!」
「記念撮影しなくちゃ!」
特に子どもたちは、ついさっきの話すら忘れてしまっている。
どうなることかと思っていたシュウだったが、これなら好きにまわっても大丈夫そうだ。
「ねえ、椿、早く行きましょ! このアトラクション、開門から10分までが狙い目みたいよ!」
「そうなんすか? だったら俺も一緒に行きます!」
「あ、……ああ」
ここにも子どもが約2名。もう1名は大人だが、ふたりにまんまと引っ張られてどこかのエリアに消えて行った。
「冬里はどうするの?」
ひとり落ち着き払っている冬里に、シュウが聞く。
「うーん、シュウについて行っても良いんだけど、どっちかって言うと、夏樹について回る方が面白そうだから、そうするね~」
と、彼らが消えたエリア方向に悠々と歩いて行く。
シュウは、少しばかりホッとしながら、まずは誰も行かないであろうお土産ショップへと足を向けるのだった。
パークにいれば、2時間などあっという間。
ハッと気が付くともうその時間に近づいている。
「うわ、いっけね。シュウさんを探すどころじゃなかったっすね」
「うん、でも誰からも連絡入ってないから、皆、似たようなもんじゃない?」
シュウに遭遇したときは、冬里に必ず連絡を入れること、と、最初に決めてあったのだ。けれど未だに連絡は入っていない。
「まあ、仕方ないっす。じゃあもうあきらめて、ランチショーに行きましょう」
「うん」
2人が話しているのは、ランチを食べながらショーが見られるアトラクションだ。
ここのレストラン、味は良いし、ショーはなかなかに見応えがあるのだが、11時開始の部は時間が早すぎるせいか、比較的すいているのだ。
「えっと、レストランは~、あ、あそこみたいっすね。え?」
レストランを見つけた夏樹が、驚いたような声を上げた。
「あれ? 椿、由利香さんも?」
なんとそこには、秋渡夫妻がいたのだ。
「あら、どこへ消えたのかと思ったら。あんたたちもここで昼食?」
「はい、由利香さんたちも?」
「ええ、そうなの。なんかおすすめって言う連絡が入ってきたのよね」
「これだぜ、夏樹たちには入ってない?」
椿に見せてもらったそれは、ここのショーがとにかく素晴らしい! 強くおすすめです! とか書いてある。
「へえ、来てないっすよね、冬里」
「うんー来てたかもー」
冬里にしては珍しく曖昧な返事だ。
「あれ? 冬里じゃないか」
「君たちもお昼ご飯?」
「ああ、おすすめなんだと、ここのショー」
そこにはディビーと、そして奈帆がいる。
「あ、しすいくん、あさくらくんも」
「まあ、偶然ね」
そしてあやねたちのグループ。
「お父さんお母さん、早く早く。席がなくなっちゃう」
「さっき予約したから大丈夫よ」
そこへアオイとエージのグループまでやってきたのだった。
こんな偶然があるのか?
もしかしてこれは……。
誰もが考えたとおり、そこへもう一つの影が現れる。
「あ、くらまくん!」
最初に声を上げたのはあやねだった。
「え? あ……」と、ちょっぴり嬉しそうな奈帆。
「シュウさん!」と、夏樹が声を上げて。
「ホントだ、鞍馬くんだわ」由利香はいつもの通り。
「鞍馬先生!」と、エージ。
「鞍馬さん」と、アオイ。
「皆さん……」
開園前と同じような状況に、さすがのシュウもしばしあっけに取られている。
すると、
「あれえ、皆一緒に見つけちゃった。じゃあ優勝者はなしってことになるかなあ、残念だけど」
冬里が面白そうに言った。
「ちょっと待った!」
だがここに、一筋縄ではいかない人物がいる。もちろんそれは由利香だ。
彼女は冬里の言葉に待ったをかけた。
「なーに?」
「それは違うわよ」
「なにが違うの?」
「だって皆がいっぺんに鞍馬くんを見つけたって事は、皆が優勝者ってことよ、そうでしょ?」
「由利香さん……」
シュウがあきれたように言う。
「あ~、そうだね。じゃあここは公平にじゃんけんでもする?」
冬里は面白がっている。なぜなら、由利香がじゃんけんなんかで勝敗を決めるはずがないからだ。
「まさか。でもこうなったら、ここは公平に全員の願いを叶えてもらえばいいじゃない」
「お、それはいいねえ」
と、いたずらっぽい顔でシュウを見る冬里。
「由利香さん……冬里も、その辺で」
今度は肩を落としつつ言うシュウだったが。
「公平というなら、それが一番公平だと思います」
なんと、レイがそんなセリフを繰り出したのだ。
「え?」
「どんな方法を使っても、勝負というのは結局その日の運とかツキとか、各自がもっているもので変わって来てしまうもの。だから一番の解決法は、鞍馬さんが皆に公平に願いを叶えてあげることだと思います。鞍馬さんが少しばかり大変だけど」
さすがの由利香も、レイの理論的見解にはタジタジだ。
「あ、えーと、そうなのね。でも驚いた、レイちゃんってとても冷静なのね」
横からあやねが嬉しそうに言う。
「そうよ、レイちゃんっていつも凄いの」
そしてふと気づいたようにあやねが言った。
「でも、と言う事は……もしかしたら、くらまくんに1日お料理教室してもらえるの?」
「1日剣術教室もです」
「発表会に来てもらえるのね!」
「あ、と言う事は、俺も剣術教室……」
遠慮気味に言う椿も嬉しそうだ。
「もちろんよ! ねー」
「ねー」
最後のセリフは、由利香と冬里だ。顔を見合わせて可愛く言ったりなんかしている。
その横で、感激で瞳がウルウルし始めた夏樹がつぶやいている。
「シュウさんの料理教室。俺だけ……、しかも1日……つきっきり……」
そして。
「やったな、奈帆。鞍馬とお出かけ出来るぞ。展覧会を探さなきゃな」
「え? あ、でも、いざ実現するとなったら急に緊張して来ちゃったわ。だからディビー、着いてきて!」
「さすがにそれは無粋だろ」
「お願い~」
「だったら、ダブルデートしようよ」
ひょいと2人の会話にまざる冬里。
「冬里、それも無粋だろ」
「あ! ううん、そんな事ない、よろしくお願いします」
嬉しそうに頭を下げる奈帆と、肩をすくめるディビー。
ワイワイ言い合っている光景を、ただただ眺めているシュウ。
本人の都合や意見も聞かずに大盛り上がりのご様子だ。
「まったく……」
大きくひとつため息をついたシュウだが、彼ら彼女らが喜ぶ姿に、ここはもう何とかするしかないですね、と、腹をくくる。
そして、添乗員よろしく皆をレストランへと誘導していくのだった。
「そろそろ行きましょうか、ショーが始まってしまいますよ」
おまけのひととき
「でもよくわかったね、私があのショーを見に行くこと」
「ん? まあね。だってシュウ、あのランチショー、けっこう好きでしょ?」
「まあ、そうだけど」
ここはフェアリーワールドホテルの一室。
午後も思い思いにアトラクションを楽しんだあと、ディナーは全員集合して昼とは違うレストランへ行き、日帰り組と、別のホテルに泊まる奈帆とディビーはそのままパークを後にした。
ホテルでは、夏樹はいつもの通り風呂から上がるとパタンと寝入ってしまった。
今はリビングでシュウと冬里がナイトキャップを楽しんでいるところだ。
つまみは、帰り際に奈帆がそっと渡してくれたチョコレート。お土産ショップに入ったときやたらとハートが飛び交っているなと思っていたのだが、そう言えばもうすぐバレンタインだ。
それはさておき、実はあのショーのおすすめ連絡には、冬里が一枚噛んでいた。
時間が来ると、皆に連絡が入るようになっていたのだ。
ただ、見るか見ないかは各自の自由、特に強制したわけでもない。
「でも、全員が集まるなんてね、さすがの僕もそこまで予想してなかったなあ」
冬里の言葉に微笑むシュウ。
「皆、シュウの運命の人って事だよね」
「それはどうかな」
「ん?」
「私の、ではなく、皆さんは『はるぶすと』の運命の人なのでは?」
「そうきたか」
なぜかものすごく楽しそうな冬里。
ふと。
引かれるように窓辺に目をやると、そこには美しい月が昇っていた。
なぜか急に2月に飛びました(笑
まあ彼らだから許してもらうことにして。
フェアリーワールドのひとときを、お楽しみ頂ければ幸いです。