8:世俗まみれな理由
セルジュが私の頬に手で触れた。
……!
滑らかで優しい温かみのある手だ。
こんな風にスキンシップされると、どうしたって勘違いしてしまいそうになる。
セルジュは小声で何かを囁いていたが、よく聞こえない。何を言っているのか確認しようとすると、セルジュは教皇に呼ばれてしまう。
「さあ、セルジュ王太子さま、こちらへ」
私に微笑むと、セルジュは教皇の方へ向かう。
教皇と並び、セルジュが歩き出すと、その後ろをランディが追いかけた。
「あ、あの、シルヴィさま!」
気付けばリサが私のそばに立っている。
「先ほどは、ありがとうございます」
「え、そんな。私は当たり前のことを言ったまでで……。むしろあの場を収めたのはセルジュですから。ええ、そうです。セルジュは素晴らしいと思いませんか?」
「はい。王太子さまは立派です。その王太子さまにふさわしいのは、やはりシルヴィさましかいないと思いました」
リサの言葉に衝撃を受ける。
それはセルジュにふさわしいのは私であると言われてしまったことへの衝撃であるが……。
この時、私はあることに気づき、ダブルで衝撃を受けていた。
教皇のあのヒドイ言葉に一撃を喰らわせるのは、セルジュがすべきだったのではないか? 悪役令嬢並みの辛辣な言葉を教皇は口にしていた。だからセルジュがリサを庇えば、それは恋心に火がつくきっかけになったのでは?
そう、気づいてしまったのだ。
「聖女さま、片づけをして戻りましょう」
「あ、はい。そうですね」
仲間の聖職者に声をかけられたリサは、改めて私にペコリとお辞儀をし、片づけを始めた。そしてシルウスが私に声をかける。
「馬車に戻りますか? それとも庭園を散策しますか?」と。
◇
馬車に戻ればよかったかな。
シルウスとは先ほどの失敗について話したかった。
またやらかしてしまった気がしていたし、それを今すぐに謝りたい気持ちで一杯だった。ただ、馬車は狭い空間で、なんだか息が詰まる気がした。
今日は晴天で気候も丁度いい。季節は前世で言うところの新緑の頃で、花も沢山咲いている。だから庭園に行くことを提案したのだが……。
セルジュはシルウスなら私を守れると言っていたし、実際に大魔法使いだったら、国一つを救えるぐらいの魔法を行使できると聞いたことがある。だからてっきり庭園には、シルウスと私の二人で行けると思ったのだが……。
少し距離を置き、護衛の騎士がついてきていた。
これでは悪役令嬢の件をゆっくり話せない。
馬車だったらさすがに護衛の騎士は乗り込んではこない。周囲を警戒するはずだ。
失敗したな。
咲き誇るネモフィラの青い花畑を見ながら、ため息をついた時。
「シルヴィさま、そちらにガゼボ(東屋)がありますよ。休憩、しましょうか?」
シルウスの目線の先を追うと、八角形のガラスの屋根に、金属製の柱のガゼボ(東屋)が見えた。そこにはエレガントなデザインの丸テーブルと椅子が置かれている。そこなら騎士は会話を聞かないよう、離れた場所で待機するはずだ。
私はシルウスの提案を快諾し、ガゼボに向かった。
初対面の時、シルウスの甘いマスクにメロメロだった。
でも今日はいろいろやらかしてしまったせいか、セルジュに負けないぐらいのイケメンであるシルウスを目の前にしても、気持ちがざわつくことがない。だから椅子に座ると、早速私は口を開いた。
「シルウス、ごめんなさい。せっかく作戦を立てていただいたのに、また私、何もできませんでした」
「いえ、あれはシルヴィさまに責任はないかと。まさかあそこでソテル教皇がしゃしゃり出てくるとは……。僕もセルジュさまも驚いたわけで」
「シルウスでも想定外だったのですね」
「はい。でもこれでなんというか、教皇があまり聖女さまのことをよく思っていないことが明確になったかと」
それは確かにそうだろう。あんな言い方をするのだから。でもなぜ……?
「シルヴィさまは、なぜ彼が教皇をやっているのかと、疑問をお持ちでは?」
「! 思っていました。昨晩の舞踏会でも、その、ずっと胸を見られていたような気がして……。それに寄付金の話が出ると、揉み手をしてニヤニヤしていましたし……」
「彼は世俗にまみれている感じがすると?」
まさにその通りなので、こくりと頷く。
「ソテル教皇は、元々は商人。それでいて熱心な信仰心を持っていました。教会にもよく寄付をしていたと言われています。でもまだ20代の前半の頃、大失敗をした。多額の借金を抱え、教会へ駆け込んだ。昔は、教会へ逃げ込み、聖職者の道に進むと、借金の返済が免除されていました。その代わり、生涯を教会に捧げなければならない。こうして彼は聖職者になり……」
シルウスは肩をすくめる。
「彼は教会でも、商人だった頃の才能を生かしました。教会で作るお菓子を、貧しい人々には無償で配り、貴族には販売した。しかもそのお菓子は、主に祝福されたとてもありがたいお菓子だと言って。貴族は大喜びで購入しました。その結果、相当な資金を得たようです。教会を立派に建て替え、その次に行ったのが予言。彼は魔力が弱く、本来予言などできないはずが……。しかもなぜか彼の予言は当たる。すると、あれよあれよという間に、司祭、司教となり、教皇に就任しました」
なるほど。お金にがめついのは商人出身だからか。
そしてエロいのは……元々がそういう人間なのだろう。
しかし魔力もたいしてないのに、予言が当たるなんて。
それこそ本当に主による力の賜物なのだろうか?
いや、それよりもなぜ聖女を、リサを嫌っているのだろう?
「ソテル教皇が世俗にまみれている理由がよく分かりました。でもリサを……聖女を嫌うのはなぜなのでしょうか?」
「それは教皇にはない強い力を持っているからだと思います。聖女は当たり前のように僕が魔法で出した蜘蛛を、雀に変えていました。でもそれはそう簡単にできることではありません。聖女自身は、自分の力がどれほどのものか自覚していないようですが。聖女は教会にとっても国にとっても、その力の強さから貴重な存在。でもソテル教皇にとっては、自分を差し置いてちやほやされると、気に食わないのかもしれませんね」
ウーン、教皇なのに、器が小さい!
聖女は教皇になれるわけではないのだし、競う必要はないのに。
それに……。
「でもリサは教皇と対立するつもりはないのですよね?」
「それはもちろんそうだと思います。おそらく、教皇から事あるごとにネチネチ言われても、我慢しているのか性格的に受け流しているのか。いずれかでしょう」
昨晩のリサの様子だと、ねちっこい教皇の嫌がらせも、気づいていない気がする。なんというかリサは天真爛漫だから。
「リサは性格が大らかそうなので、あの教皇の下でもうまくやれるのかもしれませんね。私だったらさっきみたいにカチンときて、つい余計なことを言ってしまいそうですが」
「でもシルヴィさま、あなたが言ったことは間違っていません。聞いていてスカッとしたのは事実です」
「それは……! でも本当は私、あの時、黙っているべきでしたよね。私が何も言わなかったら、セルジュが教皇を止めて、リサを庇えば……」
しょぼんとした私の頭を、シルウスがふわりと撫でる。
手が触れた瞬間、ぽわっと温かさを感じた。
「大丈夫。あなたはまだ召喚されて2日目。練習もせずにいきなり本番でした。チャンスはまだまだあります。宮殿の舞踏会は一日おきに行われ、教皇はあの通り世俗まみれ。舞踏会にもしょっちゅう顔を出します。そして聖女を連れていれば、男女問わず教皇の周りには人が集まる。だから聖女を舞踏会に連れて来る。つまり顔を合わす機会はこれからもあるということです。それにこちらでも聖女と会う機会を作りますから」
「分かりました! ……ちなみにリサも、予言の力を持っているのですか?」
「それは……」と言って、シルウスは答える。
「聖女の力は、魔法使いである我々とは違っています。本当に主から賜った力。よって主からの啓示があった時は、予知を行うかと。いつでもできることではないですね」
「なるほど。そう考えると、ますます教皇はリサを敵視する必要はないのに、と思っちゃいますね。教皇はいつでも予言ができるのですし」
「そうですね。ところでシルヴィさま、あなたは聖女とどうやって知り合ったのですか?」
「それは……!」
昨晩の舞踏会でリサと出会った経緯を説明していると、護衛の騎士に声をかけられた。セルジュとソテル教皇の打ち合わせも終わったので、王宮へ戻るとのことだった。
◇
帰りの馬車も、てっきりシルウスが一緒だと思ったのだが。シルウスは別の馬車に乗るという。
「元々この馬車は、私とシルヴィが乗る馬車。つまり、王太子とその婚約者のための馬車です。今朝は作戦会議があったので。だから行きはシルウスが一緒でした」
馬車が走り出すと、不思議そうな顔をしていた私に、セルジュが説明してくれる。私が「なるほど」と頷くと……。
「シルヴィは……シルウスが一緒の方がよかったですか?」
「え……?」
「庭園のガゼボ(東屋)でシルウスと楽しそうに話していたと、騎士から報告を受けましたよ」
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は、本日 13時迄 に以下を公開します。
「イケメンに反応できない!?」
一体どういうことでしょう……?
引き続きよろしくお願い致します!
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