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7:なんだかカチンと来た

 悲鳴を上げたのはリサではない。私だ。

 だって蜘蛛がいると聞いていたのに、リサの隣にいる男性の聖職者の肩には、どう見ても前世で知っているお馴染みの黒い虫が見えたのだ。


 鳥肌が立ち、恐怖で震えが走る。


 セルジュが私を胸に抱き寄せ、事態を把握しようとする。すぐさま理解したようだ。


「変身魔法、発動。黒く美しき蝶となれ」


 セルジュが手を向けると、その指先から空色の光が放たれる。


 黒い虫の体が澄んだ空色の光に包まれ、その姿は瞬時にクロアゲハのような蝶の姿に変わった。


「シルヴィ、もう大丈夫だよ」


 耳元で聞こえるセルジュの声が甘く聞こえてしまい、ホッとしつつ、ドキドキするという矛盾状態になる。


 一方、予定されていた蜘蛛に気づいたリサは、どうやらセルジュと同じような力を使ったようだ。


 雀が一羽、飛び立っていった。



「本当にすみません……」


 お茶会の会場へ向かう道中、私はその言葉しか発することができない。


 せっかくの悪役令嬢デビューが、こんなことになるなんて。しかも、黒光りして夏にガサゴソ這いまわる虫と思ったものの正体は、カブトムシのメス。その事実を知らされた時、なおのこと落ち込んだ。


 結局、リサをいじめるどころか、セルジュと私のラブラブぶりを披露するだけになってしまった。


 恐怖で震える婚約者を優しく抱き寄せ、突然現れた虫を殺すことなく、その姿を魔法で変えた。そして安心させるように何度も「大丈夫だよ」と囁き、抱きしめる。


 どう見たって優しい王太子、愛されている婚約者の図だ。


 でも周りに大勢の人がいるせいか、セルジュが私を責めることはない。ただひたすら「気にしないで、シルヴィ」と優しく答えるだけだ。


 セルジュが優しければ優しいほど、申し訳ない気持ちが募る。


 次こそは。お茶会の席では必ず、リサに意地悪する。


 そう心に固く誓った。


 お茶会の会場は大聖堂の中庭で行われることになっており、8人が座れるテーブルには、既に美味しそうなスイーツが並べられていた。


カヌレ、アーモンドケーキ、クッキー、バンプティング、フィナンシェなど盛りだくさんだ。


 美味しそうなスイーツに先ほどの失敗のことを忘れそうになるが、気を引き締める。昨日と違い、ティー・ガウンではない。こんなにスイーツがあっても、ろくに食べられないはず。だからとにかく、黒い髪を見つけ、リサに文句をつけなければ。


 私は聖女であるリサを、チラリと見る。


 どう見ても善良そうであり、これから私に嫌味を言われることなど想像できていないと分かる。しかも濡れ衣で文句をつけられるのだから……。


「さあ、皆さま揃いました。お茶会を始めましょう」


 教皇の声を合図に、給仕の役割を担うらしい二人の少年が、ティーポットを片手にテーブルへやってきた。次々と着席しているメンバーのティーカップに、紅茶が注がれていく。


 着席しているメンバー、それはソテル教皇、リサ、二人の司祭。彼らの対面にセルジュ、私、シルウス、ランディという感じだ。


 黒い髪を魔法で皿に出現させるのはシルウス。


 そのシルウスは隣にいるのだから、分かりやすく合図を送ってくれるだろう。だからそれまでは平常心でこのお茶会を楽しめばいい。


 そう判断した私は、目の前のアーモンドケーキを自分のお皿に取った。


 和やかに会話が続いている。


 教皇は相応の年齢だったので、先代国王夫妻のこともよく知っているようだ。しきりに彼らのことを、セルジュに話して聞かせていた。


「おっと」


 シルウスがティースプーンを落とした。


 こんな時は給仕してくれている少年に拾ってもらうべきなのだが、シルウスは自分で拾おうと地面に手を伸ばす。


 その瞬間、ピンとくる。


 魔法を詠唱するためだと。

 私は素早くテーブルに並べられたお皿に目を走らせる。

 カヌレがのった皿だけが、もう空だった。

 そのお皿に黒い髪が一本、見える。


 これだ!


「髪が」


「髪があるじゃないか! これは黒髪だ。なんと聖女さまの髪ではないか! はっ! まさに聖遺物か!? いやそんなことはないな。不衛生だ。聖女さま、料理の時はウィンプルをつけよとお願いしましたよね!」


 私は思わず呆然とする。

 なんてめざといのだ、この教皇は。

 しかも、言っていることがまるで悪役令嬢みたいではないか。


 というか、王太子の婚約者である私が声を発しようとしたのに、それに被せて自身の言いたいことを述べるというのも……。


 それにリサは同じ聖職者、仲間ではないのか? なぜそんな責めるような言い方をするのだろうか?


 なんだかカチンと来た。


 それにこういう遠回しで嫌味な言い方は、前世のモラハラDV夫みたいで、許せない気持ちになる。当時はこんな言われ方をしても、ただ受容し謝罪していたが……。今は冷静な判断ができる。


「ソテル教皇」


 未だ、リサに対する文句を言い募る教皇を制するようにその名を呼ぶ。


「? は、はい、なんでしょうか、シルヴィさま」


「確かにカヌレのお皿に髪がありましたが、でもカヌレを食べ始めた時に、お皿に髪はありませんでした。今日は風もあります。今、お菓子をいただいている最中に、髪がたまたま飛んできただけかもしれません。それに調理中にはウィンプルをつけていましたと、リサ……聖女さまは仰っていますよね? ソテル教皇の中には、疑わしきは罰せずという気持ちがないのですか?」


「そ、それは……」


 教皇は顔を真っ赤にして黙り込む。


「まあ、シルヴィ、落ち着いて」


 セルジュが膝の上に置いていた私の手を、優しく握った。


「ソテル教皇、あなたが衛生面を気遣う心がけはとても立派に感じます。不衛生な状態から疫病が流行ることは、昔から知られていますしね」


 セルジュの言葉に教皇は、コクコクと首を縦に振る。


「その一方で、シルヴィが言う通り、確かにこの黒髪は先程まではなかったと思います。カヌレのお皿は私の目の前にありましたから、それは事実です。風に飛ばされてきた。私もそうではないかと思います。それにこれは黒髪に見えますが、ダークシルバー、ダークブランにも光の加減で見えるように感じませんか。聖女さまが犯人と決めつけるのはどうなのでしょう。疑わしきは罰せず、それで決着させませんか」


 教皇は一瞬唇を噛んだが、セルジュの言葉への反論は見つからないようだ。ややぶっきらぼうな言い方ながら「そうですね」と答えた。


「ソテル教皇、ありがとうございます。ご理解いただけて、良かったです。ところでお茶もお菓子も尽きてきたので、今年度の寄付金のことでお話をさせていただいても?」


 教皇の顔つきが変わった。


「もちろんですですとも、セルジュ王太子さま。執務室で続きをお聞かせいただければ」


 教皇は揉み手をしながらニヤニヤしている。


 私の胸元を見る時といい、お金に対する反応といい、ソテル教皇は教皇なのに、世俗にまみれているように思えてしまう。


「シルヴィ、先に馬車に戻るか、庭園でも散歩してもらえますか? ランディは私についてきますが、シルウスは君のそばにいますから。彼なら何があっても君を守れます。大丈夫です」


 不意に耳打ちされ、甘いお菓子が香る息を感じてしまい、心臓がドクンと大きく飛び跳ねる。


「分かりました」


 私の返事を聞いたセルジュは立ち上がりながら、その手で私の頬に触れた。

お読みいただき、ありがとうございます!

次回は、明日 12時台 に以下を公開します。

「世俗まみれな理由」


ある人物の過去が明かされます!


引き続きよろしくお願い致します!

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