6:かわいこぶるんじゃないのよ作戦
ランディは昨晩とは一転、濃紺の軍服姿だ。
どうやら舞踏会で着ていた軍服は儀礼用のものらしい。ボタンも飾緒も金色で、羽織るマントの内側は白、外側は濃紺。腰に帯びる剣といい、騎士らしいお姿だ。
セルジュも外出にあわせ、白革のロングブーツに濃紺のマントを羽織っているが、こちらは内側も外側も濃紺で、背には王家の紋章が銀糸で刺繍されている。
一方のシルウスは、ラベンダーアイス色のローブ、その下には白のシャツ、濃い紫のクラヴァット、モーブ色のジレ、ジレと同色のスーツの上下という姿だ。ローブをまとうと、魔法使いという感じが高まる。
ランディは栗毛の馬に乗り、馬車に並走する形で同行。
セルジュと私が馬車に乗り込み、対面の席にシルウスが座ると、出発となった。後ろの馬車にはメラニーなどの侍女や召使いが続く。さらに馬車の前後には護衛の騎士が配備されている。
「それではシルヴィさま。本日より悪役令嬢としてご活躍いただくということで、頼みますよ」
シルウスが説明した本日の作戦は……。
ズバリ『かわいこぶるんじゃないのよ作戦』。
作戦内容はこんな感じだ。
歴代の王室の霊廟を前に、厳粛な雰囲気の中、セルジュが婚約の報告を行う。
その報告がもう終わろうとする時。
聖女の肩には、魔法で操られた蜘蛛の姿が。絶叫して大騒ぎする聖女に、私が叱責する。つまり、「静粛な場で、なぜ悲鳴を上げているのですか!?」と。
激怒する私をセルジュが宥め、聖女を庇うというわけだ。
なるほど。
なるほどと思う反面、なんだか普通に思えた。
そんな場で悲鳴をあげるのは普通にアウトだと思うし、それで注意されても仕方ないと思える。
でもまあ、その叱り方をねちっこくしろという訳か。
引き続いてのお茶会の席でも、悪役令嬢の嫌がらせは続く。
お茶会で用意されるお菓子は、大聖堂にいる聖女をはじめとした聖職者が手作りしたもの。そのお菓子が乗った皿に、黒髪が発見される。もちろんシルウスが魔法で黒髪を用意するのだが。この国おいて黒髪は珍しいという。そして聖女は黒髪。つまり聖女の髪が混入していたことになる。
ということで私が「不衛生ですわ」と聖女をキツく叱責する。セルジュは聖女を庇い、私を落ち着かせようとするというわけだ。
これまたなんだか……。
普通というか、前世でも料理の皿に髪があったら、クレームをいれる人は多いと思う。でもまあ、こちらもねちねち文句を言えばいいということか。
想像以上に理不尽な嫌がらせをするわけではないと分かり、なんだかホッとする。というか、この作戦を考えているシルウスもまた、根がイイ人なのだと思う。善性が強いから、悪さを思いつけないのだろう。
とにもかくにもサン・ウエスト大聖堂に到着した。
◇
サン・ウエスト大聖堂は秀麗な建造物だった。特に屋根がコバルトブルーで美しい。壁は綺麗な大理石で、白く光り輝いている。大聖堂内部の身廊のステンドグラスは特に美しく、太陽光に照らされ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
荘厳な大聖堂の内部に目を見張っていると、ソテル教皇がやってきた。沢山の聖職者を従え、その中に見知った顔が一人見える。あれはリサではないか。
そう言えば昨晩、エリックから紅茶を受け取ったタイミングで教皇に呼ばれていると言っていた。リサは聖職者だったのか。
ソテル教皇は昨晩と同じ白の祭服、緑のストラ(首かけ帯)、白のミトラ(冠)、宝石が散りばめられた緑のケープ姿で、ニタリと笑みを浮かべ、私の胸元をジロリと見る。
大聖堂という場でも、遠慮のないエロぶりに驚かずにはいられない。なんで彼が教皇なのか、帰りの馬車でセルジュに絶対に確認しようと思った。
「セルジュ王太子さま、よくおいでくださりました。偉大なるご先祖の王族たちも、美しいシルヴィさまと婚約なさることを、きっとお喜びになるでしょう」
ソテル教皇は大袈裟とも思える身ぶりで、私達の訪問を歓迎している。対してセルジュは、律儀にその言葉に応じているのだが。
私は教皇の後ろにいる聖職者から目を離せない。
前世で言うところのシスターのような服を着る女性は十名ほどいる。シスターの服は黒のイメージだが、彼女達が着るのは、大聖堂の屋根の色と同じコバルトブルーをしている。大聖堂の白い大理石の床や柱にもあい、とても素敵だ。そしてこの中に聖女がいる。
黒髪が特徴というが、黒髪に見える人が7名もいた。それはおそらくダークシルバー、ダークブラウンだとは思うのだが。年齢としては18~35歳ぐらいだろうか。圧倒的な聖女オーラみたいなものもなく、誰が聖女か分からない。
「シルヴィさまは、まだ聖女さまとはお会いになっていませんよね。聖女さまをご紹介しましょう。大変強い力をお持ちになる方です」
教皇はそう言うと後ろを振り返り、「さあ、こちらへ」と背後に控える女性の聖職者に声をかけた。すると一人の女性の聖職者が前に出たのだが……。
え、嘘。
「シルヴィさま、昨晩はありがとうございました。私はリサ・ゴルチエと申します。この国では聖女と呼ばれていますが、これからもよろしくお願いいたします」
「昨晩」という言葉に、セルジュが私をチラリと見た。シルウスもゆっくり私の方を見ている。ランディは……知っていた。だから特に反応はしていない。そして私は背中に汗が伝う。
「ま、まあ、リサさん。そ、そうでしたのね。昨晩は、ええ。テラスでご一緒できて光栄でしたわ。こちらこそよろしくお願いします。……おほほほ」
最後は乙女ゲーの悪役令嬢の真似をして、似つかわしくない笑いをしてしまった。
まさか昨晩、楽しくおしゃべりしたリサが聖女だったなんて。お友達になれそうとか思っていたのに。
「なんと。聖女さまは既にシルヴィさまとはお知り合いだったのですか。これも神のお導きでしょうか。では王室の霊廟に参りましょうか」
この時ばかりは教皇に感謝だ。セルジュもシルウスも私に何も言うことなく、霊廟へと歩き出した。
◇
霊廟はとても広かった。
大聖堂と同じぐらいの広さで、天井も高く、高窓からは青空が見えている。磨き上げられた平板状の石が並び、そこには故人の名前や没年月日の他、人柄や偉大な功績が刻まれている。儀式では、先代国王陛下夫妻の墓石に花束を手向け、報告することになっていた。
メラニーから受け取った花束を、セルジュと共に捧げる。教皇が祈りの言葉を詠唱し、同席する聖職者が復唱する中、セルジュが婚約の報告を行う。
厳かな雰囲気の中、私は不思議な気持ちになる。
こうやって伝統にのっとり、婚約の手続きが進んでいて、指には婚約指輪もあるが、すべて仮初め。セルジュのご先祖はこの報告をどんな気持ちで聞いているのだろうと、思わずにはいられない。
不意にセルジュが私の手を掴み、婚約指輪をはめた左手の甲に口づけをした。
そんなことをされれば、当然心臓がビックリする。
驚き、でも嬉しく、悲しい。
どうやら永遠の愛を誓った証を、祖先に示したらしい。
そしてセルジュの報告が終わると思ったその時、シルウスが目配せをした。
いよいよ私の悪役令嬢デビューの時だ。
リサは……先代国王陛下夫妻の墓石の右手に、他の聖職者と肩を並べて立っている。私とセルジュは墓石の正面にいた。リサの肩を見ようと視線を動かした瞬間。
え、やだ、嘘。聞いていない!
「キャー――――――――っ」
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次回は、本日 12時半前後~13時過ぎ迄 に以下を公開します。
「なんだかカチンと来た」
作戦はどうなったのか!?
引き続きよろしくお願い致します☆











































