5:なぬ!? 家が隣? だ、誰!?
私達に声をかけたスラリとした長身の男性は、深みのあるエメラルドグリーンの燕尾服を着ており、両手にティーカップを持っている。
ダークブラウンの長髪を後ろに束ね、エメラルドグリーンの瞳にはスクエアフレームの眼鏡をかけており、まるで執事のように見えた。
「シルヴィ、久しぶりだね。家は隣だったのに、君は病気の療養で地方へ行ってしまったから。会うのは15年ぶりだ」
なぬ!? 家が隣? だ、誰!?
全然分からない。だから答えようがなくて、口をパクパクさせてしまう。
「ひどいなぁ、シルヴィ。俺のこと、忘れた?」
忘れたわけではない。知らない、のだ。
というか、俺、なんて言うからには相当親しいハズ。
でも記憶にない……。設定漏れ……?
困惑する私を見て、執事のようなその男性はフッと笑みをもらす。
「エリック・ド・バルドーだよ。一応子供の頃はよく遊んでいたのに」
……!
まさかのエリック。筆頭公爵家の嫡男だ。
彼もまた、断罪後の私のお相手候補の一人。
セルジュに紹介される前に偶然とはいえ、会ってしまうとは。
驚く私とリサに、エリックは紅茶を差し出す。
紅茶を受けると、エリックは私達から空の皿を受け取り、「ごゆっくり」と微笑んで、部屋の中へと戻っていく。
筆頭公爵家の嫡男なのに、紅茶を渡し、不要なお皿を片付けてくれるなんて。とても親切だし、見た目通りの執事みたいだ。
その時だった。
「リサ、リサ」という声が聞こえた。
これってあのねちっこく胸を見ていた教皇の声では?
「シルヴィさま、すみません。教皇さまに呼ばれているので、あたし、行きますね」
「あ、はい。またお会いできるといいですね」
「はい。またお会いできること、楽しみにしています!」
リサはペコリとお辞儀をしてホールへ戻っていった。
私はふうと息をはき、紅茶を口に運ぶ。
あ、これアッサムだ。だからミルクをいれておいてくれたのか。
エリック、気が利くな~。
「……!」
窓のカーテンが少し揺れ、そこに艶のあるダークブロンドの短髪、白い軍服が見える。
ランディだ!
「セルジュさま同様、御身をお守りするよう申しつけられています」と言っていたが、本当だ。さすがに召喚された時はいなかったが、ちゃんと今は警護についてくれている。
「ランディ!」
「……シルヴィさま、どうされましたか?」
「私を警護してくれているの?」
「ええ。シルヴィさまとセルジュさまを警護しています。テラスに出られるように、解放している窓はここだけです。ですからここにいれば、あちらにいるセルジュさまを見ることができますし、テラスへ向かう者も把握できます。ちなみに庭には別に騎士が配備されていますから」
ランディは律儀に現状の警備状況を教えてくれる。
本当に真面目だなぁと思い、思わず笑みが漏れた。
「何かおかしいことを言いましたか?」
「いえ。万全の警備体制に安心しました」
「……それは良かったです。しかし、シルヴィさまはあのエリックとも、聖女殿とも、知り合いだったのですね」
聖女殿と知り合い……?
なんのことかと首を傾げた時、セルジュが駆け足でこちらへ来るのが見えた。
「シルヴィ、すまなかったです。すっかり招待客に取り囲まれてしまい……。今日の舞踏会には隣国の国使も来ていたので、無碍にすることもできず。応対しているうちに、どんどん取り囲まれてしまいました。でもなんとか抜け出すことができましたよ」
国使というのは前世で言う大使のことだと瞬時に理解する。ちゃんとこの辺りの記憶が、召喚時に脳へインプットされているのは便利だと思う。
「気にしないでください、セルジュ。美味しいスイーツも満喫できましたし、幼馴染みだという筆頭公爵家の嫡男エリックとも挨拶できましたので」
「……! そうか、エリックと。うん、オゾン家とバルドー家は屋敷が隣り合わせだからね」
そう言った後、セルジュは先程のように私の腰を抱き寄せる。
今は腰砕けになるような状況ではないし、なぜそうされるのかが分からない。と思ったが。
「シルウス、エリック、ランディの三人とは会えたわけですね。どうでしたか? みんな素晴らしかったでしょう」
耳元で囁かれた。
すぐそばにランディがいるのに、そんなことを言うために腰を抱き寄せたのか。
セルジュは意外と大胆なところがある。
私はセルジュの耳元に口を寄せ、扇を広げて口元を隠すようにしながら、返事をする。
「お三方とも、確かにセルジュの言う通り、素敵な方ばかりでした。誰に転んでも間違いないと思うので、ちゃんと務めを果たします」
腰に回された腕に、力がこもったように感じる。でもゆっくり腰から手を離すと、セルジュは優美な笑みを浮かべ、私に尋ねる。
「舞踏会は夜半まで続きます。でもシルヴィは慣れない王宮での一日目で疲れたことでしょう。一曲だけダンスをして、部屋に戻りましょうか」
この気遣いは完璧だ。
初めてのキツイ下着に疲れてきていた一方で、夢にまで見た乙女ゲーの世界を思わせる舞踏会にいるのに、ダンスを踊らないことを残念に感じていた。
なにせ私はダンスが踊れる設定なのだから。
よってセルジュの提案を快諾し、エスコートに従い、ホールへと向かう。そしてその後は……一曲のつもりが結局三曲ダンスを踊り、部屋へ戻った。
◇
翌朝。
朝陽が昇ると同時にメラニーがやってきて、着替えとなった。
下着は昨晩ほどではないが、それなりに締め付けられ、それで一気に目が覚める。でもまあきちんと下着を身に着けてドレスを着ると、とても映えることは確かで。
今日のデイドレスは、透け感のある生地でできたオーキッド色で、襟、袖、裾が白いフリルで飾られている。首元にはロイヤルブルームーンストーンのペンダント。髪はハーフアップにする。
セルジュが待つ部屋に向かうと……。
テーブルには朝食が用意されており、既に着席していたセルジュは、何かの報告書に目を通していたのだが。
私に気づき顔をあげる。
朝からこの健やかなセルジュの顔を見ることができるのは……本当に素晴らしい。今日一日頑張ろうと思えてしまう。しかも今日も実に爽やかな装いをしている。白のシャツに濃紺のクラヴァット、マリンブルーのスーツの上下とジレに白の革靴。
「おはよう、シルヴィ。ぐっすり眠れたかな?」
声も朝から涼やかで。本当にセルジュ、王子様。いや、王子なのだけど。
「はい。おかげさまでぐっすりでした。枕が変わると眠れない質なのですが、不思議と休めました」
セルジュがクスリと笑う。輝くような笑顔に思わず見とれる。
「シルウスに頼んで、君の枕には快眠魔法をかけてもらっている。健やかな眠りと目覚めをもたらす特別な魔法だよ」
「そうなのですね。それは助かります」
なんだか魔法って便利だな~。
そんな浮かれ気分で席に着くと、熱々のコーヒーを召使いが注いでくれる。
まずは目の前のオレンジジュースを口に運んだところで、セルジュが今日の予定を教えてくれた。
朝食後はみっちり妃教育。
これは例え王太子妃にならなくても、例の3人のいずれかと結婚しても役立つ知識を学べるので、頑張って欲しいと諭された。
まあ、仕方ない。勉強なんて学校を卒業して以来だが、やるしかない。
昼食後は、セルジュと共に王室の霊廟に向かうという。
婚約の報告と私の紹介を、偉大なるご先祖さまにするわけだ。
同時に。
いよいよ聖女と会うことになる。
王室の霊廟があるサン・ウエスト大聖堂には、あの教皇がいて、聖女もいる。報告と紹介の場に聖女は立ち会うし、その後に予定されている教皇とのお茶会にも、聖女は出席する。そこでどんな嫌がらせをするのかは……移動中の馬車の中でシルウスが指示するという。
いよいよ悪役令嬢デビューか……。
例えそれが演技であり、セルジュの命を救い、国民と国の未来のためになることだと分かっていても……。
やはり気は進まない。
でも、やると決めたのだ。
やるしかない。
自分を鼓舞しながら朝食を終えた。
朝食を終えた直後は、悪役令嬢かぁ……と、気分が少し沈んでいた。だが、妃教育が始まると、そんな気分に浸る余裕はない。
基本的な礼儀作法は身についていたが、知らないことも沢山ある。
王室ならではの儀式に伴うマナー、外交に必要な語学、この国の歴史……もうそれはみっちり叩き込まれた。
正直、受験勉強よりキツく感じる。
召喚時に体も脳もリフレッシュされ、18歳に若返っているはずなのに。
覚えることの多さに、脳が悲鳴を上げている。
昼食になり、目の前には美貌のセルジュがいた。
それなのに頭の中では……。
さっき習った幾何学模様にしか見えないダンドール国の文字が、踊っている。それでもなんとか昼食を終え、外出の準備を整える。
メラニーに渡された日傘やらバッグを持ち、セルジュに連れられ、エントランスに向かうと。
そこにはランディとシルウスが待っていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
引き続きよろしくお願い致します!
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