3:夢のよう!でもいきなりですか(汗)
私に悪役令嬢が務まるのか、不安なのかな?
そう、寂しさではなく、不安。
その一方で、悪役令嬢を演じる人間を召喚できたという嬉しさ。
寂しさと嬉しさが混じった笑みではない。
不安と嬉しさが混じった笑みなのだろう。
そんなことを思う私に、セルジュはこの後の予定を話してくれた。
◇
いきなり、である。
いきなり、舞踏会!
しかもその舞踏会は、婚約者を迎えたセルジュが、皆に私をお披露目する場でもあるという。そんな舞踏会、とんでもない人数が集まっているはずだ。
乙女ゲーでも舞踏会は定番だけど、いきなり婚約者ですってお披露目になることはない。
なにしろ攻略して初めて婚約者に収まるのだから。
いや、でも。
舞踏会って素敵。憧れる。綺麗なドレスを着て、ダンスをするなんて。
そう思っていたではないか。
だから大丈夫。それにエスコートはセルジュなのだし。
それにずっとそばについていてくれるというのだから。
さらに言えば、私はダンスは踊れるらしい。
そういう設定に、セルジュがしてくれているのだ。
だからひるむ必要はない。怯える必要はない。
今はともかく……。
「うっ……」
「シルヴィさま、大丈夫ですか?」
「え、ええ……」
私付きの侍女、その名はメラニーが、ドレスのための下着を着せてくれているのだが……。
これはキツイ……。
乙女ゲーの世界を現実で体験するって、マジきついかも。
そんな風に悶絶していましたが。
無事ドレスを着ることができた。
姿見に映る自分を見て、惚れ惚れとしてしまう。
背中が大胆に開いたバックレスドレスは、ビーツのような鮮やかな赤みのある紫色だ。ウエストを絞るように大きな薔薇の飾り。
スカート部分には透け感のある生地が重ねられ、まさに乙女ゲーでヒロイン……ではなく、悪役令嬢が着ているようなドレスである。
ネックレスとイヤリングはダイヤとアメシストをあしらったもの。アップにした髪に飾られたラリエットにも、大粒のダイヤとアメシストが散りばめられている。
何より、自分の姿を見て一番驚いたこと。
それは瞳の色だ。
私の瞳は赤紫色をしている。
つまり、今日着ているドレスと同じような色だ。
セルジュによると、瞳の色と魔力の強さはリンクしているという。
魔力の強い順で瞳の色を並べると……。
紫、青、赤で、その他の色は横並びらしい。
しかも単色より、二色に混ざっている瞳の色の方が、魔力が相当強いのだとか。
そう考えると私は、結構魔力が強いのだと思う。
瞳についてはそんな感じだが、私の顔はどんな感じかというと……。
くっきり二重に赤紫色の瞳。鼻も高く、唇は健康的なチェリーレッド。
化粧乗りもよく、前世の日本人顔が、どれだけのっぺりしていたのかを実感する。これなら眼鏡もずり落ちない。といっても今は視力がすこぶるいいので、眼鏡は不要だけど。
「シルヴィさま、本当にお美しいですね。スタイルも抜群なので、王太子さまが選んだドレスもピッタリです」
「……そうなのね。というかここにあるドレスも靴も下着も選んだのは……すべてセルジュなの?」
メラニーはこくりと頷く。
そうなのか。
召喚されたのはつい数時間前だ。
それなのにここにあるものすべてを揃えたということ?
あ、でも魔法が使えるから。
全部魔法で作ったもの、とか?
しかし。
下着のサイズもピッタリとかってどういうこと!?
魔法だとサイズも分かってしまうわけ!?
そんなことを思っていると、ノックの音とセルジュの声が聞こえる。
メラニーが扉へ駆け寄った。
扉をメラニーが開き、セルジュの姿を見た私は……。
思わず呼吸することを忘れた。
なんて、カッコいいのだろう……。
燕尾服と言えば、黒が定番と思っていた。
だがこのアンブロジア魔法王国では違うようだ。
セルジュの空のような碧い瞳。
その瞳と同じ色の燕尾服を着ている。
似合い過ぎている。ブロンドの髪にもその碧色はピッタリだ。
呼吸することを忘れガン見していたが、気づけばセルジュも微動だにせず私を見ている。
えっと……。
セルジュの頬がうっすらピンク色に見えるのは、気のせいだよね……?
ハッとして我に返ったらしいセルジュが、ゆっくり部屋に入ってきた。
「……シルヴィ、そのドレス……とても似合っていますね」
「ありがとうございます。セルジュが選んでくれたのですよね?」
「そうです。想像以上で驚きました」
「私はセルジュのその燕尾服に驚きました。燕尾服というのは黒イメージが強いので」
私の言葉に、セルジュは不思議そうに首を傾げる。
「この国では燕尾服もそうですが、シルヴィのその舞踏会のためのドレスも、普段着用する服も、瞳の色に合わせることが多いのですよ。瞳の色=魔力の強さを示すことから、慣習的にそうなっています。もちろん気分にあわせ、好きな色の服を身に着けても、問題ありませんが」
なるほどと私は頷く。
「ところでシルヴィ、まだこれを渡していなかったので」
そう言ってセルジュが取り出したのは……。
指輪だった。
ピンクゴールドのリングに、大粒のピンクダイヤ。
リング部分にも、小粒のピンクダイヤが埋め込まれている。
驚いてリングを見つめていると、セルジュは初めて会った時のように片膝を絨毯につき、跪くと私の手をとった。
「シルヴィ、私の愛する婚約者にこの指輪を」
愛する婚約者という名の悪役令嬢のために、この指輪をわざわざ用意したのね。
セルジュの優しさに胸が苦しくなる。
私の手をとったセルジュは、丁寧な手付きで婚約指輪をはめる。
驚いた。ピッタリだった。
まさにオーダーメイドして、サイズ調整をしたかのようだ。
これも……魔法がなせる技なのか。
「うん。ピッタリだね」
セルジュが嬉しそうに微笑む。
その輝くような笑顔に、私も思わず笑顔になる。
例え将来的にこの指輪はセルジュに返すことになるとしても。
嬉しかった。
「シルヴィの支度も済んでいるようですから、このまま夕食会に出て、舞踏会に向かいましょうか?」
「はい」
「いってらっしゃいませ」とメラニーに見送られ、セルジュにエスコートされながら、部屋を出た。
◇
夕食会は席が決まっていた。
セルジュと私の近くに座るのは、国王陛下夫妻、セルジュの妹のジュリエット、第二王子のキース、第三王子のジロー、ソテル教皇、ルキウス宰相、それに私の両親であるオゾン公爵夫妻の姿も見える。
私の並びに大魔法使いのシルウス、筆頭魔法騎士のランディもいるらしいのだが、その姿は確認できない。
なにせ夕食会の参加者はとてもたくさんいて、彼らに給仕する召使いも沢山いるからだ。
ちなみに聖女は舞踏会からの参加だという。
さすがに今日は人数も多いし、召喚されて初日。
聖女に対する嫌がらせはしないでいいと、セルジュからは言われている。
そのことにホッとしながら、とりあえず食事を楽しもうと思ったのだが……。
いかんせん、ギチギチに絞られた下着のおかげで、少し食べただけで満腹になってしまう。
アフタヌーンティーの時に着ていたドレスは、ティー・ガウンというもので、下着はギチギチではなかった。だからあんなにすいすいスイーツが食べられたわけで。
私は対面に座るジュリエットをチラリと見る。
ジュリエットはセルジュと同じ、金髪碧眼。
顔立ちも兄に負けない美しさ。まだ15歳なので愛くるしさが際立っているが、あと数年で美女へと成長することは、間違いなしだ。
今日はベビーブルーのフリルたっぷり、リボン盛沢山のドレスを着ており、愛らしさが増し増しになっている。そしてガチガチの下着にも慣れているようで、問題なく食事を口に運んでいる。でも一口の量が少ないし、どの料理も完食しているわけではない。
そういう食べ方をするものなのかと感心しているうちに夕食会は終わり、そのまま舞踏会の会場へ移動となった。
その移動の最中、ソテル教皇から話しかけられた。
私ではなく、セルジュが。
「セルジュ王太子様、まさか聖女を諦め、婚約者を迎えるとは。驚きましたよ。しかもオゾン公爵家の令嬢とは。まあでもこれで御世継は、万全の魔力の強さの持ち主になりますな」
そう言ってニタリと笑う姿は、なんだか聖職者っぽくない。
でも服装だけは、一応聖職者っぽい。
白の祭服、緑のストラ(首かけ帯)、白のミトラ(冠)、宝石が散りばめられた緑のケープ。でも宝石が過剰に思えるし、贅沢な食事の結果がお腹周りに反映されていて、清貧なイメージの聖職者とは程遠く思える。
しかも瞳の色は薄い琥珀色で、魔力も弱そうなのだ。
さらにセルジュに話しかけながらも、その視線が……私の胸元に注がれている。
なぜ彼が教皇という地位にいられるのかは……謎だ。
それでもこの教皇が聖女に関する予言をし、大切なアドバイスをセルジュたちにもたらしたわけで。
でもその教皇にさえ、私が悪役令嬢と明かしていないのは、聖女と教皇が近い関係にあるからだろうか。
聖女にはあくまで自然にセルジュに恋に落ちてもらう。それが重要なのだろう。
こうしてねちっこく教皇に胸元を見られながらも、舞踏会の会場に到着した。
その瞬間、ソテル教皇のことなど頭から吹き飛んだ。
すごい。
乙女ゲーで見た世界が目の前にある。
豪華なシャンデリア。壁を飾るタペストリー。ホール中に飾られた美しい花。
「シルヴィ、こっちに」
私はセルジュに連れられ、国王陛下夫妻が座る玉座の脇に案内された。
ホールには続々と人が集まり、あっという間に人で埋め尽くされる。
そして国王陛下夫妻による舞踏会開会のセレモニー、その後はいきなりセルジュと私が紹介された。
いきなり過ぎて、セルジュに言われるまま手を振って終了だった。
でもいきなりで良かったかもしれない。緊張する暇もなく終わったのだから。
その後は最初のダンスが踊られ、一斉に皆、ダンスを開始する。
ダンスが始まると同時に、いろいろな人がセルジュと私に会いに来て、お祝いの言葉をかけてくれる。
奇しくもオゾン公爵夫妻とも、この場でゆっくり話すことになった。
二人とも当たり前のように私を実の娘として扱っている。そして不思議なことに、私の記憶の中にも二人の姿は確かにあった。
そのオゾン公爵夫妻との対話の後も、次から次へと人が押し寄せる。
とても顔も名前も覚えきれず、誰が誰だが分からない状態になる。
それでも。
あの二人はしっかり脳裏に焼き付いた。
セルジュが紹介してくれた記憶に残る二人の人物。
一人目は、大魔法使いシルウス=カルティエ・カミュだ。
断罪後の私のお相手候補の一人であり、悪役令嬢を演じることを知っている人物だ。
アンブロジア魔法王国で魔力が一番強く、王国に使える最上位の魔法使い。
輝くようなシルバーブロンドの持ち主で、魔力の最上級の強さを示す、碧紫の瞳を持つ美青年。高身長の甘いマスクに甘い声と、もうモテ要素しかない。
私が悪役令嬢として召喚されたことを知っているせいか、私の耳元に顔を近づけると……。
「シルヴィさま、悪役令嬢として頑張ってくださいね」
そう囁いたのだが……。
顔が近づいただけでも心臓が飛び出そうだったのに、息が耳にかかり、かつシルウスからは風にそよぐフリージアのような甘い香りがする。
隣にはセルジュがいるのに。
腰が砕けそうだ。
身長はセルジュよりも少し高く、目鼻立ちはすっと通っており、間違いなく美青年で、藤色の燕尾服もとてもよく似合っている。
ガン見する私に見せた笑みが甘く、いよいよ全身から力が抜けそうになり、隣にいるセルジュの腕を掴まずにはいられない。
「シルヴィ……?」
セルジュは驚いていたが、すぐに理解したようで、クスリと笑う。
冷やかすように笑うだけかと思ったら……。
なぜかぐいっと腰を引き寄せられた。
お読みいただき、ありがとうございます!
引き続きよろしくお願い致します!
【完結済み・一気読みおススメ】
『悪役令嬢ポジションで転生してしまったようです』
https://ncode.syosetu.com/n6337ia/
舞台となる世界観がよくある悪役令嬢物とは違います。
世界観が一味違うので諸々の設定が斬新です。
R15は冒頭と後半のみ。
サクサクと読み進めることができると思います!