エピローグ
何だろう?
私は召喚され、こことは違う世界からきた。そして元いた世界とここは、似ている部分もあるが、違う部分もある。
そう考えると、私にしかできないことは……沢山ありそうだ。
例えば私はうどんが好きだがここにはない。でもこの世界には小麦もあるわけで、あとは水と塩と麺棒さえあれば……。
「そうですね。私にしかできないこと、沢山ありますよね。例えばうどんという食べ物があって、それはこしがあって、つるんとして喉ごしもよくて、とっても美味しいのです。王道な食べ方はだし汁につけて食べるのですが、ここでは材料が」
「待って、シルヴィ、私が言いたいのはそういうことではなくて……。もちろん、うどん?それをシルヴィが作りたいなら、作ってもらって構わないですが」
「えっと、食べ物ではないとなると……。前世ではゲームというのが」
突然身を乗り出したセルジュが私のことをぎゅっと抱きしめた。爽やかな石鹸の香り、体温、引き締まった胸板を感じ、心臓が騒がしくなる。
「シルヴィは……本当に気づいていないのですか?」
「え、な、何をですか……?」
突然抱きしめられ、声に動揺が現れてしまう。
「私は何度も婚約と破棄を繰り返し、もう婚姻に関して無関心になっていました。自分の意思ではどうにもならないものと諦めたのです。だから教皇の予言を聞き、悪役令嬢選びを始めた時も、淡々と事に当たっていました。シルヴィが指摘した通り、最初は口の堅い臣下の令嬢から選ぶつもりだったのですが……」
セルジュは私を抱きしめたまま、静かに語りだす。
ドキドキしたまま、その話を聞くことにする。
この話を聞けば、急に抱きしめられた理由も明らかになるのかと思いながら。
「黙々と悪役令嬢の選定を進める私を見たシルウスは、見兼ねたのでしょう。国王陛下と私に提案しました。現状の臣下から選ぶのはリスクがあると。様々な忖度やしがらみから、悪役令嬢を演じているとバラす可能性もある。それなら余計な忖度やしがらみのない人間を召喚し、悪役令嬢を演じさせるのがいいのではないかと。それは理にかなった提案です。国王陛下も私も、召喚で悪役令嬢を迎えると決めました」
なるほど。忖度やしがらみ。
それは前世でもある話であり、どこの世界でも同じなのね……。思わず頷く私を見て、セルジュは微笑み、話を続けた。
「召喚すると決まった後、シルウスはこんなことを私に言いました。悪役令嬢というのは、私にとって婚約者になります。これまで意に沿わない婚約と破棄を繰り返してきましたが、今回の婚約は自分の意思ですることになります。もちろん、最終的には断罪し、結婚する相手は聖女。それでも、例え仮初めではあっても、自分が好ましいと思う女性と過ごせたら、後の聖女との新婚生活も乗り越えられるだろうと」
「それは、性格は無理でも、年齢や容姿については自分の希望が通るという話ですか? 帰りの馬車でシルウスから聞きました」
思わず口を挟むと、「そうですか。シルウスはシルヴィに召喚の件を……。まったく憎めないおせっかいをしてくれますね、シルウスは」と独り言のように囁き、話を再開させる。
「シルヴィが聞いた通りですよ。私の理想の女性の姿を、召喚時に投影させるといいと、シルウスは言いました。最終的に断罪する相手です。そこに理想を投影しても……と思いましたが、でも会ってみたいと思えました。それに理想通りの容姿で、性格が最悪だったら、いよいよあきらめがつきます。婚姻なんて王族の義務だと」
そこでふうっと息をはくと、私を抱きしめる腕に力を込めた。すでに心臓のドキドキはデフォルトで、自分の心音聞きながら、セルジュの言葉に耳を傾ける。
「でもシルウスのアドバイスに従ってからは、召喚の儀式の準備を進めるのが楽しくなりました。人間を召喚するということは、召喚した人間が暮らす部屋を用意し、服を用意し、その人間の人生を作り上げることになります。名前だって決めることになります」
部屋にあった服や靴は、本当にすべてセルジュが選んだものと分かり、驚いてしまう。
同時にしみじみと思う。
人間の召喚は難易度が高い。でも魔法としての難易度だけではなく、一人の人間を迎えるということ自体の難しさもあるのだと。
「シルヴィ――この名前は、私が子供の頃に読んだ童話に登場した姫君のもの。童話の中でシルヴィは、父である国王の病を治すため、薬を求めて冒険をすることになります。でもシルヴィは普通の姫君で、冒険者ではありません。よって一生懸命いろいろな困難に立ち向かいます。……実際に召喚したシルヴィも、普通の女の子なのに、悪役令嬢になるため、懸命に頑張っていました。まさに童話の中のシルヴィと同じでした」
セルジュが優しく私の頭を撫でる。優しい手の動きに、ドキドキするより、気持ちが和む。
「シルヴィの性格が悪役令嬢そのものだったら……。私はこんな魔法を使うこともなかったでしょう。でもシルヴィは……。自分でもこんな魔法を使うことになるとは思わなかったですよ。制約魔法。それは婚約者同士だけが使える特別な魔法です。この魔法にかかると、婚約者以外にはときめかなくなります」
「え……!」
シルウスが言っていたのは、まさかこのこと!?
婚約者以外にはときめかなくなる……!?
そんな魔法をかけた犯人が……セルジュ!?
なんで!?
だって断罪後はシルウス、ランディ、エリックのいずれかと結ばれると言っていたのに。
あ、でもシルウスは苦肉の策でこの魔法を使ったと言っていた。ということは、セルジュが制約魔法を使う理由があったということだ。
一体どんな理由が……?
「ねえ、シルヴィ」
体を離し、セルジュが私の顔を覗き込む。
碧眼の瞳には、シルウスのような甘い熱が宿っている。
そんな眼差しをセルジュから向けられるのは初めてのこと。
ドキドキしていた心臓はドキンと大きな音を立てる。
思わず視線を逸らし、俯いてしまう。
だが背中に回されていた右手が私の顎をつかみ、クイと上へと向けてしまう。
熱を帯びたセルジュの瞳から、逃げられなくなる。
「私が制約魔法をなぜ使ったか、まだ分からない……?」
「そ、それは……シルウスは苦肉の策で使ったと言っていましたが……」
セルジュは小さくため息をもらす。
「シルウスは大魔法使いだから、当然、魔力が強い。しかも武道の覚えもあります。シルヴィの護衛にはシルウスしかいないと思い、任せてしまいましたが……。制約魔法もかけているのに、シルヴィは随分とシルウスと仲が良くなったようですね」
「え、そんな……。仲が良い……それはそうですね。シルウスにはいろいろ助けてもらいましたから。私の知らないことも教えてくれるので、あ」
すぐに離れた。
でも、今、セルジュの唇と私の唇は重なっていた。
そう、キスをされた……!
心臓がドクドクし、全身が熱くなる。
「シルヴィ、君は私の大切な婚約者です。君を手放すつもりはないと言いましたよね? ずっとそばにいると誓ってくれましたよね? 悪役令嬢になる必要はない。だからってオゾン家に戻るなんて許さない。私以外にときめくのも許可できない。シルヴィ、君は私のものです」
「そ、それって……」
「もう、シルヴィ。ここまで言っても分からないですか? 私はシルヴィのことを愛しています。君と結婚したい。ノーとは言わせません」
ノーとは言わせない。
その宣言通り、セルジュが私の口を塞いだ。
さっきのような一瞬触れたようなキスではない。
しっかりセルジュの唇を感じられるキスだ。
さすがの私も理解する。
セルジュは私のことを好きになってくれていた。
仮初めの婚約者ではなく、結婚相手として見てくれている。
その事実に嬉しくなり、心が震えた。
「シルヴィ、君の気持ちは?」
ゆっくり唇を離したセルジュが尋ねる。
答えは決まっていた。
召喚されたその瞬間から、私はセルジュに恋しているのだから。
でも悪役令嬢になって欲しいと言われ、その気持ちを封印していただけだ。
だから……。
「セルジュのことが大好き」
そう言って抱きつくと、セルジュは私を受け止め、ぎゅっと抱きしめてくれた。
(完)
最後までお読みいただきありがとうございました!
他作品に比べ話数が少ないので
あっという間に終わってしまいました。
お楽しみいただけたでしょうか?
読者様がこの作品をどう感じたかで
次はどんな作品を作るかの指標になるので
☆☆☆☆☆を感想代わりにぽちっといただけると幸いです。
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