2:セルジュの苦悩
悪役令嬢ということばかりに頭がいって、断罪後まで頭が回っていなかった。だがセルジュはちゃんと断罪後のことを考えてくれていた。
通常なら悲惨な末路のところが、ちゃんと受け皿が用意されているとは。
絶対にセルジュが気を使って用意したのだろう。
やっぱりセルジュは悪い人ではない。優しい人と思える。
「つまり悪役令嬢を演じても不幸にはならないのですね」
セルジュはコクリと頷く。
「アンブロジア魔法王国大魔法使いシルウス=カルティエ・カミュ、筆頭魔法騎士のランディ・サン=シュトフ、筆頭公爵家の嫡男エリック・ド・バルドー。この三人は、魔力も家柄も容姿も性格も、申し分のない者ばかりです。国中の令嬢が狙っています。でも、彼らは私の婚約者が定まらなかったことに配慮し、未だ婚約者がいません。この三人のいずれかと婚約できるよう、手配するつもりです。断罪が終わった後に」
大魔法使い、筆頭魔法騎士、筆頭公爵家の嫡男。
乙女ゲーではお馴染みの肩書きだ。
確かにこの三人と結婚できれば、生きていく上での苦労はないだろう。
魔力や家柄は、肩書きだけでも十分分かる。
でも容姿や性格は、実際に会ってみないとなんとも言えない。
それに私はセルジュの婚約者になれると、テンションMAXになったわけで、それをいきなり別の男性と婚約できると言われても……。
「ごめんね、シルヴィ。急な話で驚いたと思います。この三人は私より人格者で、頼りがいもあり、きっとシルヴィのことを幸せにしてくれます。それは私が保証するので。だから安心して悪役令嬢になってください」
そんな風に畳みかけられても……。
「わー、そうなのですね! だったら悪役令嬢を頑張って演じます!」
なんて簡単に気持ちを切り替えるのは、無理だ。
「それにシルヴィ、君と私はさっき会ったばかりです。さすがに私のことを、本気で好きになってはいないですよね?」
それは……。
思わず顔をあげ、セルジュの瞳を見ると……。
澄み渡った空のような碧い瞳が、悲しそうに見えた。
まさか。
悪役令嬢を演じてくれとセルジュは私に言っているのだ。悲しそうな瞳をしているわけがない。でも気になることはある。
「確かにさっき会ったばかりですものね。でもご自身はどうなのですか? その聖女のこと、好きなのですか?」
その瞬間、セルジュは痛いところをつかれたという顔になる。
不意打ちだったのだろう。誤魔化しようがなく、反応していた。
なぜこの質問をしたのか。
それは「聖女が聖女であることを放棄すれば、後は私が努力し結婚までこぎつけます」というセルジュの言葉を聞いてしまったからだ。
セルジュは王太子。
イケメン・金持ち・性格良しの三拍子が揃った、間違いなくハイスペック。
それが努力で結婚までこぎつけるということは……。
聖女は聖女であることを放棄した時点で、セルジュにゾッコンだろう。
でもセルジュはそうでもないのでは?
もし断罪した悪役令嬢が、大魔法使い、筆頭魔法騎士、筆頭公爵家の嫡男のいずれかと結婚しても、いくらでも言い繕うことはできるだろう。例えば悪役令嬢は魔物に憑依され、聖女にヒドイ仕打ちをしていたが、本当は普通の令嬢だと分かった。魔物は祓ったから、結婚を認めた、とか。
だから聖女のゾッコンは、断罪前後で変わることはないだろう。
つまり、断罪後の悪役令嬢の高待遇(身分の高い者との結婚)を知り、聖女がセルジュに愛想を尽かし、それを引き留めるために努力して結婚にこぎつける……というわけではないと思う。
そうなるとセルジュ自身は聖女に好意はなく、でもそうしないと自分が死ぬ。
だから好きでもない聖女と努力して結婚する……?
いや、もしかして……。
「セルジュ、あなたは既に聖女と対面している。そしてその聖女のことをあなたは特に好きではないのでは? でも彼女と結婚しないと、この国が衰退し、滅びてしまうかもしれない。自分が死ぬことは構わない、でも国民を不幸にはできない、その義務感で、聖女との結婚に突き進もうとしているのでは?」
私の指摘は図星だったようだ。
セルジュは降参を示すように両手を挙げている。
「シルヴィ、君はやはり私の……。その通りです。私は既に聖女と対面しましたが、何の感情もわきませんでした。でも例えそうだしても、元々私は心から愛する人との結婚なんて難しい立場です。王族の結婚。それは政治ゲームの一環。国民のため、国のために、愛のない結婚なんて当たり前。ですから……、私は聖女と結婚するというその運命を受け入れます」
王族って身分としてはその国で一番のはずなのに。
結婚に関しては自由がないのね。
思わずため息が出て、さらに浮かぶ疑問をセルジュに投げかける。
「でもなんでわざわざ召喚なのですか? 王族に忠誠を誓う女性の腹心はいないのですか?」
これまた聞かれると思っていない質問をしたようで、セルジュが困った顔になる。
「それは……。確かにそういう部下は……いないわけではないです。でもこれは機密事項であり……。すまないです、シルヴィ。君に話すことが出来ない事情もあります」
「なるほど。では、私が召喚された悪役令嬢であることを、知っているのは誰なのですか?」
なぜ召喚なのかとしつこく追及しなかったことに安心したようだ。
今の質問にセルジュは即答する。
「国王陛下夫妻、大魔法使い、そして私。それだけです。シルウス……大魔法使いには、君の存在をいろいろな人に信じてもらうため、魔法を行使してもらう必要があります。よって事情を話す必要がありました」
「ということは、筆頭魔法騎士と筆頭公爵家の嫡男は、私のことを性格の悪い意地悪な悪役令嬢として、断罪が終わるまで見続けるわけですよね。どう考えても、私のこと嫌いになりますよね。後から演技だと言われても、急に気持ちが変わるなんて……あり得ますかね?」
「それは……」
セルジュの美しい顔が苦しそうにゆがむ。
ああ、美貌の優しい王太子に、こんな苦しそうな顔をさせるなんて。
私、本当に悪役令嬢がピッタリなのかな。
「ごめんなさい、セルジュ。悪気はありません。ただそうなのだろうなって思って。あと、これは私が覚悟を決めるために教えてください」
「なんでしょう、シルヴィ?」
「召喚された私は、もう元の世界に戻れない。悪役令嬢をやりたくないと言ったら、私は王宮から追い出されるだけ。ですよね?」
またもセルジュが苦しそうな顔になってしまう。
「大丈夫です。答えなくても。分かっています。私、前の世界で死んでいるので」
今度は絶句し、セルジュが悲しい顔になっている。
「あ、あの心配しないでください。私、前世では奴隷みたいな状態で。生きる屍だったので。解放されてスッキリしていますから。それに断罪の後の幸せが保証されている悪役令嬢なんて、レアだと思います。だから頑張ります。聖女とセルジュがハッピーエンドになれるよう、全力投球しますから、安心してください」
これ以上、セルジュの苦しむ顔も、悲しい顔も見たくはなかった。彼は自分の気持ちを犠牲にして、国民と国のために生きようとしている。
それに比べ、私は悪役令嬢なのに、断罪後の幸せが確約されているのだ。
だったら。
悪役令嬢、やってやろうじゃないですか。
乙女ゲー、やりこんでいた私なら出来るはず。
女って多分、強い生き物だと思う。
こうも即時に腹を括ることができるのだから。
「それではこの後の予定を教えてください」
「……そうだね」
「セルジュ、大丈夫です。ちゃんとやってのけますから」
セルジュが眩しそうに私を見る。
そしてなぜだか寂しさと嬉しさが混じった笑みを浮かべた。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は、明日 8時台 に以下を公開します。
「夢のよう!でもいきなりですか(汗)」
慣れない異世界であるイベントに挑むシルヴィは……。
引き続きよろしくお願い致します!
【完結済み・一気読みおススメ】
『モブなのにフラグ回避・やり直し・イベントが
あるなんて、聞いていないのですが……(焦)』
https://ncode.syosetu.com/n2246id/
目指せ、リア充!
大好きだった乙女ゲームを封印し、
恋人を作るため、大学生デビューを飾った私ですが。
我慢していた乙女ゲーに再び手を出したところ
まさかの事故死。
モブとして、プレイしていた乙女ゲーの世界に
転生することになりました。
すぐそばにヒロイン・悪役令嬢・攻略対象の
イケメンが揃っています。
でも私は背景の一部として
静かに引きこもって生きていこうとしたのですが……。
まさかモブなのにフラグ回避が必要で、
やり直しにイベントまであるなんて、聞いていません……!
なんとか平和に生きたいモブの私が
少しだけ勇気を出し、奮闘し
そして信じられない幸せを手に入れる――。
ほんわか、ものすごく稀にスリリングな物語が
始まります。
まずはプロローグの試し読み、お願いします♪