28:私にしかできないこと
実は起きていると知らせるため、名前を呼ぶと。
驚いて立ち止まったセルジュが、こちらを振り返る。
「シルヴィ? 起こしてしまいましたか。ごめんね」
セルジュの笑みは優しさに満ちている。その笑顔を見ただけで、心が幸せに満たされる。優しい笑みのままセルジュはベッドに近づくと、サイドテーブルの横に置かれていた椅子を移動させた。椅子に腰をおろしたセルジュにあわせ、枕を背もたれにし、私もベッドから上体を起こす。
「セルジュ、お帰りなさい。疲れていないですか?」
「大丈夫ですよ、シルヴィ。さっきシャワーを浴びた後、シルウスが回復魔法をかけてくれたから。回復魔法は自分で自分に使うより、誰かにかけてもらった方が完璧に回復しますからね。今は元気いっぱいですよ。シルヴィこそ、疲れているのでは?」
「それは……そうですね。でも眠れば元気になります」
するとセルジュは少し困った顔になる。
「どうしました、セルジュ?」
「……うん。シルヴィを起こしてしまったことを申し訳なく思う反面、こうやって声を聞けたのが嬉しくてね。このまま寝かせたくない……と、ヒドイことを思っています」
「ヒドイなんてそんな。……ではセルジュ、私に回復魔法をかけてください」
セルジュは驚きつつも「喜んで」と微笑み、私の頬を左右の手でそれぞれ包み込む。そしてなぜか自身の額を私の額につけた。
回復魔法って、こんなやり方するもの?
そう思うが……。
頬に触れる手に嫌悪感など覚えていない。
額と額をあわせたことで距離が近くなり、心臓は信じられないぐらい高鳴っている。
当然だが、抗議する気にはならない。
その間にもセルジュは回復魔法の呪文を唱えていた。
すると両方の頬が優しい空色の光に包まれる。
セルジュの魔力を感じ、体がとろけそうになった。
同時に、気力がみなぎり、体力も回復したと感じる。
「セルジュ、ありがとうございます」
「ごめんね、ズルしてシルヴィを寝させないようにしてしまい」
ゆっくり手と額を私からはなすセルジュに、「ズルなんかじゃないですよ」と返事をして微笑む。
「教皇の件は落ち着きましたか?」
「そうですね。ひとまず教皇も聖騎士もデルベル塔に幽閉されました。ここは元々修道院。でも塔の出入り口が一か所しかなく、そして狭い。だから身分の高い者を収監するのに使われています。引き続き尋問は続いているけど、聞きたいことはすべて聞けましたからね。あとは司法の手に委ねることになります。同時に新しい教皇選びや聖騎士の人選なども進めないといけないから……しばらくは忙しい日々になりそうです」
「通常の執務もあるのに、大変ですね……」
しかしセルジュは「戦をしていた時に比べれば、たいしたことではないですよ」と笑う。「ところで」と言うと、サイドテーブルに手を伸ばした。そこで初めて気づく。サイドテーブルには、失くしたと思ったカバンが置かれている。
「セルジュ、それは……!」
「教皇の部屋で見つけました。帽子とメラニーのカバンも。帽子は隣の部屋のテーブルに置いておきました。メラニーのカバンはさっき届けさせたので安心してください」
「……! ありがとうございます。小切手も入っていたので、心配していたのですが」
「そうですね」と頷いたセルジュだが、少し浮かない顔で私を見る。
「え、どうしました?」
「……一応、部下がカバンの中を確認しました。中には小切手、ハンカチ、化粧道具……そして眠り薬が……」
「……!」
私がリサに飲ませるために調合した魔法薬だ。
「シルヴィは毎日ぐっすり眠れていると思っていたのですが……。もしかして悪役令嬢になれないと悩み、シルウスの快眠魔法をもってしても、眠ることができなかったのでしょうか? 魔法薬に頼っていたと思うと、申し訳なく思います」
「……! ち、違います、セルジュ。それは……」
打ち明けるしかない。セルジュは私が眠れないのかと心配してくれている。こんなに心優しいセルジュに、嘘なんかつけない。私は正直に、『リサとセルジュの吊り橋効果作戦』を秘密裡に実行しようとしていたことを打ち明ける。話を聞いたセルジュは、本当に驚いていたが、最後は笑いだした。
「シルヴィ、君はなんて無鉄砲なことを。でもまさか誘拐・監禁をしようとして、自分が誘拐・監禁されるなんて。シルヴィらしい結果というか……」
「……呆れていますか?」
「そんなことはないですよ。むしろ、シルヴィがそこまでしてくれたことを嬉しく思ってしまいます。その一方で、そこまでシルヴィの気持ちが追い込まれていたのかと思うと、申し訳なく思い……。……すまなかったですね、シルヴィ」
セルジュが私の手を優しく握った。
その手は温かく、肌は柔らかく、爪もちゃんと整えられている。毎朝武術の訓練をしていると思えない程、優美な手をしていた。
「シルヴィ。でも、もう、悪役令嬢になる必要はないのですよ。それは理解していますよね?」
「それはもちろんです」
そう返事をしてすぐ、自分がどうなるのかと考えていたことを思い出す。
「人生で一度しかできない召喚で、悪役令嬢として召喚していただいたのに。結局役目を果たせず、それどころかその役目さえ、なくなってしまいました。本当にただの穀潰しで……。私はオゾン家に戻ればいいですよね?」
「……シルヴィはオゾン家に戻りたいですか?」
「え……?」
驚いてセルジュを見ると、その澄んだ空を思わせる瞳が、まっすぐに私を見ている。
どう答えればいいのか、逡巡してしまう。
戻りたい……というか、戻るしかないと思っていた。
だってもう悪役令嬢は必要ないのだから。
「私は……シルヴィに、ここにいて欲しいと思っています」
「それは……そう言っていただけるのは有難いのですが、でももう悪役令嬢は不要ですよね?」
「それはもちろん。教皇の予言はデタラメだと分かったのですから」
もしオゾン家に戻らず、ここに置いてもらうなら、ここにいる意味がなければならない。
私が宮殿にいる意味……。
メラニーは元騎士と言っていたが、私に武術の覚えなんてない。
出来ることは……。
家事?
あとは……前世では会社員として働いていた時期もあったが、事務員だ。この宮殿で事務作業もあるだろうが、私でもできるだろうか?
「シルヴィ……?」
無言の私を、セルジュが心配そうに見ている。
「その、宮殿に置いていただけるなら、それにふさわしい働きをする必要がありますよね? 一応、料理、掃除、洗濯はできます。あとは事務作業の手伝いもできると思います。あとは」
「シルヴィ、そう言ったことをできるのは素晴らしいと思います。でも君にしかできないことがあるのでは?」
「私にしかできないこと、ですか?」
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は、本日 12時台 に以下を公開します。
「サプライズタイトル」
実は起きていることを知らせると……。
引き続きよろしくお願い致します!














