1:私を召喚した理由
なぜ20歳の王太子に婚約者がいないのか。
私の疑問にセルジュは――。
「この年齢まで婚約者がいなかったのは……まあ、王族の一員と言えど、私もまた駒の一つに過ぎなかったからです」
「どういうことですか?」
「アンブロジア魔法王国がある大陸――ブリディアン大陸には、ダンドール国、アノムニ魔法王国、イアリタ王国などのほかにも、いくつかの国があります。それらの国とは長い間戦乱が続いていました。隣国とのパワーバランスのために、王族の結婚は利用されてきました。だから私は婚約と婚約破棄だけは、もう何度も繰り返しました。でも最終的に、ブリディアン大陸の覇者となったのは、アンブロジア魔法王国です。もう隣国との政略結婚の必要もなくなりました」
なるほど。これは納得だ。
婚約者がいないわけではなかった。
政治ゲームの駒として婚約と破棄を繰り返し、結局振り出し状態にあるということだ。
「今のアンブロジア魔法王国の王族に求められていることは、魔力の強化です。先ほど申し上げた通り、魔力は遺伝するもの。魔力を強化するためには、より魔力の強い相手と結婚する必要があります」
うんんんん? 私を婚約者にしたということは……。
私ってものすごく魔力が強かったりするの!?
私の考えなどお見通しというようにセルジュは口を開く。
「シルヴィの魔力は確かに強いですよ。あのオゾン公爵家の令嬢ですから。相応の魔力の持ち主となっています」
「私は学校を卒業して王都に戻ったということは19歳ですか?」
「今はまだ18歳ですが、もうすぐ誕生日で19歳になりますよ。盛大な誕生日パーティーをしましょう」
誕生日パーティー! 乙女ゲーでも誕生日イベントは……。
って、そうではなくて。
「セルジュが婚約と破棄を繰り返していたのは理解できますが、私は? 私は公爵令嬢ですよね? しかもオゾン公爵家は魔力が相応に強いと。それなのに婚約者がいなかった……?」
セルジュは「ああ、それは」と首を傾げ、微笑む。
「病弱だったので子供の頃に来た縁談話は断っていた。成長するにつれ健康になったものの、いつか王都に戻るつもりだったから、地方貴族から持ち込まれる縁談は断っていた、ということにしましょう」
なんというか、異世界召喚された側の設定って、召喚者がこんな風に決めるもの?
でもまあ、セルジュが言う理由なら納得できる。
それにそうやって決めてくれるならそれに越したことはない。
いろいろ考え、嘘をついたり、誤魔化したりは得意ではないしね。
「さあ、着きましたよ、シルヴィ」
「え?」
セルジュは大きな両開きの扉の前で止まっていた。
よく見ると扉の左右には騎士が二人立っている。
話に夢中になり、自分がどこに向かっているか確認していなかったのだが。
「えっと、ここは……?」
「シルヴィ、王宮におけるあなたの部屋です」
「え、まだ結婚していませんよね? なぜに王宮に私の部屋が!?」
「王太子の婚約者と言えば、妃教育ですよ。礼儀作法から始まり、アンブロジア魔法王国の歴史など学んでいただかないと」
「えっと、それは既に学んでいたことには……」
「さすがに本日付けで婚約者になったのでそれは無理ですね。でも妃教育も明日からなので、ご安心ください」
セルジュは大天使のような清らかな笑みを浮かべ、扉を開く。
おおおお、なんとこれは!
す、すごい。
見るからに高級そうな調度品がずらり。
なんといっても乙女ゲーでお馴染みの天蓋ベッドもあるじゃないですか!
やっぱりこんなドレスを着たら、ベッドはこれじゃないと。
あー、壁紙もラブリー。ソファとお揃いの縦縞に薔薇模様とか、本当にお姫様っぽい!
「気に入っていただけたようですね」
「もちろんです!」
「では中に入って寛いでください。お茶を用意させましょう」
その一言を合図に私は部屋の中へ進む。
うわぁぁぁぁ。絨毯がふかふか。
これまで大理石でできた廊下を歩いてきたから、このフワフワの感触はたまらない。
大きなカウチソファも座り心地が抜群だ。
「シルヴィ、こちらへ」
セルジュは窓際のテーブル席のそばに立っている。
私がテーブルのそばに行くと、椅子をひき、座るよう促す。
すごい紳士。王太子なのにこれができるってすごい。
本当に優しい人なのだろう。
私がそんなことを思っている間に。
テーブルには花瓶に生けられた花しかなかった。
でも召使いらしき女性が何人も入ってきたと思ったら、あれよあれよという間に……。
ケーキスタンド、ティーポット、ティーカップ、取り皿、ジャム、バター、ハチミツなどが並んだ。あっという間にアフタヌーンティーの用意が整う。
召使いの女性がティーカップに紅茶を注ぐと、ベルガモットのいい香りが漂った。
上質な紅茶の気配がする。
「お好きなものをどうぞ、シルヴィ」
優美に微笑むセルジュは、本当に大天使だ。
この人の婚約者になれたなんて、超ラッキー。
前世での苦しみも報われるというものだ。
ありがたく手前に見えるマカロンへ手を伸ばす。
ピスタチオとフランボワーズ。
二つのマカロンをお皿にのせる。
まずは紅茶を一口いただき、ほっこり和む。
異世界で初めて飲んだ紅茶。生き返るわ~。
そしてフランボワーズのマカロンを口に運ぶ。
「!」
ぜ、絶品!
外はさくっ、中は柔らかく、フランボワーズピューレの甘酸っぱさがアクセントで美味しい。
異世界で初めて食べたマカロン。最高です。
「ふふ。シルヴィ、君はとても美味しそうに食事をするね」
そう言って相変わらず美しい笑みをたたえるセルジュは、紅茶を口に運び、その姿が実に様になる。
「少しは落ち着いたかな?」
「はい」
「では本題を話しても?」
「……本題?」
「私が君を召喚した理由を」
「……!?」
私が召喚されたのは、婚約者にするためではいの?
他に何か理由が……?
目をパチパチさせる私に、セルジュはにこやかに微笑む。
そして。
「君には悪役令嬢になってもらいたいのです。そのために召喚させていただきました」
天国から地獄へ突き落とされるって、まさに今の状況を言うのでは!?
悪役令嬢!?
知っていますよ、乙女ゲーをやっていましたから。
悪役令嬢と言えば……。
ヒロインの前に立ち塞がり、執拗ないじめ、時には刺客を雇って襲わせたり、毒を盛ったりする、超悪い令嬢のことですよね。
悪役令嬢は、ヒロインと両想いになる王太子だったり騎士だったりの婚約者。
婚約者である王太子や騎士をヒロインに奪われ、なんとか婚約者の心を取り戻そうと悪戦苦闘するのだが……。
でもその悪あがきは、婚約者である王太子や騎士に必ずバレる。
でもって断罪され、婚約破棄。そして処刑されたり、国外追放されたり、娼館送りになったりと、とにかく悲惨な末路しかない。
その、悪役令嬢に私になれと……!?
なぜ、なぜ、なぜ?
もうその言葉しか浮かばない私に、セルジュは静かに説明する。
「実は我が国に聖女が降臨しました。とても強い力をもつ聖女です。そして教皇によると、その聖女は我が国において諸刃の剣だと。もし1年以内に私がその聖女と結婚できれば、国の安泰が約束される。でももし失敗すれば、私は死に、国も衰退するというのです。でも聖女というのは本来結婚が許される身ではありません。我が国おいては生涯の独身が求められます。ただ例外もあり、聖女が自らの意志で聖女であることを辞めた時、婚姻が可能になります。そして教皇の予言では、悪役令嬢から辛辣ないじめや嫌がらせを受ける聖女は、何度となく助け、庇う私に、純粋な恋心を芽生えさせると。その想いが募り、断罪の場で悪役令嬢が罰せられたその瞬間、聖女は私と結ばれることを決意し、聖女であることを放棄するというのです」
なるほど。もう分かりましたよ。
理解しました。
王太子のセルジュは、現状の王族に必要とされる魔力の強い公爵令嬢のシルヴィを、婚約者に迎えた。でもその婚約者は実は嫉妬深い悪役令嬢だった。
つまり私は王太子の婚約者であり、悪役令嬢として、聖女をいじめ抜くためにここに召喚されたのだと。
召喚されるには理由があるだろうが、まさか悪役令嬢として召喚されるとは。
いくらなんでもそれはショックだ。
セルジュは悪い人ではないのだろう。それでも……。
私の顔色が一気に青ざめたので、セルジュが心配そうにこちらをのぞきこむ。
「シルヴィ、大丈夫ですか? 君にとっては……驚きだったでしょう。でも安心してください。断罪はしますが、君を処刑したり、国外追放したりするつもりはありません。聖女が聖女であることを放棄すれば、後は私が努力し結婚までこぎつけます。そしてシルヴィ、君にはちゃんと相応しい相手を紹介しますから」
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
次回は、朝 7時台 に以下を公開です。
「セルジュの苦悩」
セルジュからのハピエン確約提案にシルヴィは……。
なおこの作品は別作品より話数が短いので
様々な時間帯で更新していきます。
(とはいえ朝~昼、稀に夜)
更新時刻は後書きで予告しますが
よかったら更新通知をオンにして
ブックマーク登録いただけると幸いです。
それではまた、ご来訪、お待ちしています♪
【毎日更新中の悪役令嬢もの】
日間 恋愛異世界転生/転移ランキングBEST300
★感謝★ 7 位獲得(2023/4/3)
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『悪役令嬢完璧回避プランのはずが
色々設定が違ってきています』
https://ncode.syosetu.com/n6044ia/
*~*☆*~*~こんなお話です*~*☆*~*
8歳の時に、乙女ゲームの世界に転生し
自身が悪役令嬢であることに気づいた
伯爵令嬢ニーナ。
悲惨な末路は回避したい!
完璧な回避プランを考え、実行に移した。
その結果。
どうやら悪役令嬢にならないで済みそう。
でも。
パッケージに描かれた悪役令嬢ニーナは
魔力が強く完璧な美貌の持ち主。
自分はニーナなのだし
成長すれば勝手にこの姿になると
思っていたのだが……。
なんだか設定がいろいろ違っている!?
え、どうして……?
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累計800000PV突破!
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