16:ずっとずっと心の優しい人
セルジュに突然抱きしめられ、現状分析不可能と脳が悲鳴をあげ、フリーズしていた。するとセルジュはこんなことを言い出す。
「仮にシルヴィが人間を召喚できたとしましょう。その人間が悪役令嬢を演じるとなったら、私はその人間と婚約することになります。シルヴィには何も非はないのに、婚約を破棄して。私はそんなことをしたくないです。こんなに頑張ってくれているシルヴィを途中で見捨て、他の人間を婚約者に迎えるなんて」
……! 理解できた、と思う。
セルジュは……私が想像するよりずっとずっと心の優しい人なのだ。自分の命に係わることなのに。自分より私を優先して考えてくれている……!
「セルジュ、その気遣いはとても嬉しいです。でもセルジュのためにも、国民とこの国のためにも、悪役令嬢が必要ですよね? 私に情けなんてかけ」
「シルヴィ」
「は、はい」
「君に人間の召喚はできない。だから今話そうとしていることは、完全に机上の空論です。話す意味などないと思います。悪役令嬢を演じられるのは、シルヴィしかいません。時間はまだあるのだから。焦らないでいいのですよ」
さらに力を込め、セルジュが私を抱きしめる。
こんなにもセルジュは私を信じてくれていた。
それなのに私は……。
いや、違う。逃げようとしているわけではない。
そう。
外出の許可をもらい、リサを誘拐して監禁して、そしてセルジュに救出させる。
『リサとセルジュの吊り橋効果作戦』を遂行するのだ!
「セルジュ、ごめんなさい。私、焦り過ぎていました」
「シルヴィ……良かったです。分かってくれたならいいですよ。舞踏会で聖女に作戦を仕掛けることもできなくなった。平日は私も執務があるから、思うように動けない。休みの日しか作戦ができないから、焦ってしまったのでしょう?」
「はい。その通りです」
「少し気分転換をするといいかもしれない……シルヴィは召喚されてから、まだ街へ出ていないですよね?」
ううううん!?
これはいい風が吹いているのでは!?
私はシルヴィの胸の中で顔をあげ、その美しい顔を見つめる。
「はい! 宮殿の外が、街がどうなっているか気になっています」
「そうでしょう。……では街へ行ってみますか?」
「えっとそれは休みの日にセルジュと……?」
クスリとセルジュが笑う。惚れ惚れとする美しい笑みだ。
「もちろん、私もシルヴィを街へ案内してあげたいと思っていますよ。でもシルヴィは、休みまで待ちきれないのでは? それに休みは悪役令嬢として頑張るのでしょう?」
「それって……」
「私はシルヴィを過保護にするつもりはないですよ。護衛をつけるから街へ行ってみては」
思いがけず街へ行く許可をもらえた。
でも、護衛……。
護衛の騎士をずらずら連れて街へ行くということか。
それでは『リサとセルジュの吊り橋効果作戦』を実行できない!
護衛をつけずに街へ行く方法を思いつけ、私。
「セルジュ」
「なんですか、シルヴィ?」
「私は街へ出たら、いくつかやりたいことがあります。街のいろいろなお店もみたいですし、リサにも会いたいです。……そして、オゾン公爵夫妻とゆっくり話したいのです」
私の言葉にセルジュは息を飲む。
この国では、王太子の婚約者として、妃教育を受けるために王宮に入ると、あることが禁止される。
それは、妃教育が終わるまで、実家に行くこと、両親に会うことが許されない。
許されない理由、それは、妃教育に根を上げ、逃げ出してしまった令嬢が過去に何人かいたためだ。
令嬢が王宮を逃げ出し、駆け込める場所なんて実家しかない。だから実家へ行くこと、両親と会うことを禁じているというわけだ。
「セルジュ、私は別に妃教育が嫌なわけではありません。毎日大変ですが、悪役令嬢に比べ、恐ろしいほど順調で、問題はありません。ただ、私は召喚された身なので、オゾン公爵夫妻との記憶はあるのですが、実感がないのです。オゾン公爵夫妻に抱きしめてもらい、その体温を感じたいと思ってしまい……」
この気持ちは……嘘ではない。本当に一度ぐらいそうしたいとは思っていた。でもそれは何も今すぐ、というわけではない。妃教育を終えてからというのなら、待つことは厭わない。
でも、今は街へ行くのに護衛をずらずら引き連れたくなかった。
もしオゾン公爵夫妻に会うなら、オゾン家に行くなら、お忍びにする必要がある。つまり護衛が免除される可能性が高い。
「……そうですか。そうですよね。シルヴィ、寂しい思いをさせてしまったね」
優しいセルジュはそう言って私を再び抱きしめた。
「オゾン家を訪れるとなると……。非公式で街へ出ることになります。護衛も派手につけることはできない。そうなると……メラニーと二人で街へ行くしかないのですが……」
思わず飛び上がって喜びそうになるのを我慢する。
でも嬉しさを隠し切れず、思わず触れていたセルジュのジャケットをぎゅっと掴んでしまった。それに気づいたセルジュは……。
「いいでしょう、シルヴィ。メラニーを連れて街へ行くといい。でもちゃんと変身魔法を使い、姿を変え、くれぐれも王太子の婚約者とバレないようにするのですよ」
「はい! 分かりました。その、ありがとうございます、セルジュ」
嬉しくて顔をあげた瞬間。
私の前髪を持ち上げたセルジュが額にキスをした。
心臓がドクンと大きな音を立て、全身がかあーっと熱くなる。
でも突然のことで驚き過ぎて、言葉が出ない。
頭はパニックで思考停止だ。
「額へのキスは、旅の無事を願うジンクスですよ」
なるほど。
一瞬、いろいろと思ってしまったが……。
ジンクス、ね。
それでもそんなことをされたら、当然だがドキドキしてしまう。
秘かに深呼吸をして、気持ちと心臓の乱れを落ち着かせる。
「すっかり話し込んでしまいましたね。街へ行くのは……明日以降かな?」
「そうですね。オゾン公爵夫妻にも、リサにも連絡しないといけないので……。連絡がつき次第、会いに行くつもりです。出掛けることが決まったらセルジュに必ず報告します」
「そうだね。では今日はゆっくり休んでください、シルヴィ」
そう言ったセルジュはぎゅっと私を抱きしめ、もう一度額へキスをした。
当然、心臓は跳ね上がり、ドキドキが止まらない。
このジンクスは複数回やると効果が高まるのだろうか?
もしそうなら沢山してもらっても……はしたないかな、私。
そんなことを思いながら、自室へと戻るセルジュを見送った。
◇
いつも通り、朝陽と共に目覚めると、窓の横にあるポストを確認する。
ここ、アンブロジア魔法王国では、手紙のやりとりを召喚した霊獣を使いやりとりしていた。手紙を運ぶ霊獣はレター・ビーストと呼ばれており、通常自分で召喚する。でも私の場合は既にセルジュによって用意されていた。つまり、窓の横にある鳥かごスタンドに吊られた鳥かごの中に、真っ白な小型のフクロウがいたのだ。
私はホワイティと名付けた。
昨晩、セルジュが部屋を出た後、私はリサに手紙を送っている。明日……つまりは今日の15時頃、街で会うことはできないかと。ホワイティは鳥かごにいるから、手紙の配達を終えていた。
返信は……届いている!
私は水色の封筒をペーパーナイフで開封した。
15時に会うことができる。
良し!
「シルヴィさま、おはようございます」
ノックの音と共にメラニーが部屋に入ってきた。
私は朝の準備をしながら、リサに会うために街へ行くことを話す。変身魔法で姿を変えるつもりであるが、できればリサとは落ち着いて話したいこと。そのために、どこか宿の部屋をとって欲しいこと。待ち合わせはその宿に併設されているカフェなどでできないかと相談したのだ。
するとメラニーは、私が朝食をとる間にすべて手配すると言ってくれた。
安心し、朝食をとるために部屋を出る。
外出をするのが嬉しくて、明るい色のドレスを選んでいた。レッグ・オブ・マトンスリーブのレモンイエローのドレス姿で現れた私を見ると。既に席につきコーヒーを口に運んでいたセルジュが、輝くような笑顔を向ける。
「シルヴィ、今日は……どこかにお出かけかな?」
私が返事の代わりに微笑むと、セルジュは給仕をしていた召使いに「少しの間、二人きりにしてほしい」と告げる。
人払いをしてくれたので、私は今日、リサに会うことになったと話した。
「そうですか、それは良かったですね。それにメラニーが手配する宿に併設されたカフェで会うなら、安心です。セキュリティはしっかりしているでしょう。それでオゾン公爵夫妻は?」
「多分、お父様はお仕事があると思うので、今日は難しいかと。改めて日時を相談しようと思います」
「なるほど。……それにしても街へ行けるのがよっぽど嬉しいのですね。そのドレスを見た瞬間、すぐに分かりましたよ。今日はきっと街に行くのだと」
思わず私は「えへへへ」と照れ笑いをしてしまう。
今日のセルジュは、白シャツにマリンブルーのタイ、ジレ、センタープレスされたパンツ、そしてホリゾンブルーのフロックコートを着ていて、その色味といい、私と並んで歩くのに最適な装いに思えてしまった。
ふと、セルジュと一緒に街を散策する姿が浮かぶ。
それは……一時的には叶うだろう。
でも彼の隣に立つのは私ではない。
一瞬気持ちがしぼみかけるが、自分が正念場にあることを思い出し、寂しい気持ちは心の片隅に追いやった。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は、本日 11時台 に以下を公開します。
「作戦決行」
秘密裡のシルヴィの作戦が動き出します。
引き続きよろしくお願い致します!














