13:Oh my god!
一瞬期待してしまう。
だって私も乙女ですから。
もしかして「君が好きだから……」なんて言ってくれるのではと。
「君が好きだから、このまま悪役令嬢を演じて欲しいのです」なんて言ってもらえるかと。
セルジュは碧い瞳に私を映し、静かに口を開く。
「霊獣や魔獣を召喚するのとは違います。人間を召喚するなんて、人生で一度しかできないことです」
Oh my god!
そうなの!? それ、異世界召喚あるあるですか!?
人生で一度きり!?
人間の召喚って、そんな難易度高めなことだったの!?
うーん、でもそうだよね。確かに難易度は高いよね……。
あー、ならばどうして?
セルジュの命、そして国民と国の命運がかかった重要な召喚なのに、なんで私が選ばれてしまった!?
これでは本当にもう、どんなことがあっても悪役令嬢になるしかない、ということだ。
向き不向きは関係ない。やるしかないのだ。
「ねえ、シルヴィ、私の話、聞いていましたか?」
「……聞いていました。とても大切な一度しかできない召喚で、よりにもよって私を引き当ててしまうなんて……。本当に不運だったと思います。しかもお役目御免にしてもらい、王宮から出て行きますなんて、投げ出すようなことを言ってしまい、申し訳ありませんでした。責任を持って、私が悪役令嬢を演じます」
「そう、それはよかったですよ、シルヴィ。二度と王宮から出て行くなんて、言わないでほしいです。私は君を手放すつもりはないのですから」
それは、そうだろう。
もう召喚はできない。
たとえポンコツであろうと、のろまな亀であろうと、私に悪役令嬢を演じてもらわないと、セルジュ自身も、国民も国も後がないのだから。
「シルヴィ、私の大切な婚約者。ずっとそばにいると誓ってくれますか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます。シルヴィ」
セルジュはぎゅっと私を抱きしめる。
悪役令嬢をまともに演じられない私なのに。
もう二度と人間を召喚できないセルジュは、私を当てにするしかない。
だからこんなにも優しくしてくれる……。
申し訳ないし、なんとかその気持ちに応えたい。
強くそう思っている間にも、体がじわじわと温まっていくのを感じる。
セルジュの胸の中は本当に落ち着く。
気が付けばそのまま眠ってしまった。
◇
目覚めると、既にセルジュの姿はない。
どうしたものかとカーテンを開けると、そこにメラニーがいた。
私が目覚め、無事であると知ったメラニーは、涙を浮かべて喜んでくれる。部屋に戻ることを提案したメラニーは、「ドレスに着替えましょう」と私のそばに来た。そして用意したドレスを私に着せながら、状況を教えてくれる。私が目覚めるのを待つ間、メラニーは情報収集に励んでくれていた。
セルジュは私が寝付くのを確認するなり、巨大なまずの騒動の後処理のため、すぐに医務室を出たという。
医務室には、巨大なまずの出現で、湖に落ちた十四名が運び込まれていた。湖に落ちたのはその十四名のみで、全員救出されたことになる。
医務室で今も休む者もいれば、既に着替えを終え、ランディとシルウスによる事情聴取を受け、帰宅した者もいるとのことだ。
事情聴取が行われている。
つまり王太子を狙った暗殺未遂事件の犯人捜しが始まっている。
ボート遊びに参加していたのは52名。
そのうち、セルジュ、ランディ、シルウス、そして私を除くと、容疑者は48名。
事情聴取はすでに終わっているが、今のところ、犯人と思われる人物の特定には至っていない。ただ、巨大なまずにかけられた魔法の痕跡をシルウスが確認することになっており、捜査は引き続き進めるそうだ。
「ねえ、メラニー。セルジュの暗殺なんて、これまでもあったの?」
「いいえ、シルヴィさま。セルジュ王太子さまが狙われるなんて、これが初めてのことです。王太子さまは臣下からも、国民からの人気も厚く、人徳者として知られています。彼を貶めようと考えるものなど、この国内にはいないと思います。隣国からの刺客の可能性もありますが、どの国も度重なる戦で疲弊しており、王太子を暗殺する体力などないように思えます……」
「なるほど……。あ、でもセルジュには弟がいるのよね? 彼らが王位を狙った可能性は?」
兄弟が多い王族がもめることは、あるあるだ。
だがメラニーは大きく首を振る。
「ジュリエットさまも、第二王子も第三王子も、現王妃さまのお子様です。王妃様は子供達を平等に愛していらっしゃいます。特定の王子をひいきすることを貴族たちにも禁止しています。ですから貴族が第二王子や第三王子をかつぎ、王太子を亡き者にする、なんてことはありえません」
「なるほど。王位継承の争いでの暗殺の可能性は、限りなく低いということね……」
メラニーはコクリと頷いた。
そうなるとますます犯人が誰なのか分からなくなる。
それに私みたいな令嬢であれば、あの巨大なまずを前に戦意喪失して、食べられてしまいそうだが、セルジュだったら……。
ランディは剣の一撃でなまずを倒している。
セルジュも腰にこそ帯びてはいなかったが、ボートに乗る時に剣を手にしていたし、きっと倒せただろう。
本気で暗殺を考えるなら、巨大なまず程度では甘い気もした。
あ、でも2匹いたのか。
「それにしてもシルヴィさまは、王太子さまに愛されていますね」
「え、どういうこと!?」
「医務室に運ばれた方に付き添っていたご婦人に聞いたので、直接聞いたわけではないのですがね。巨大なまずが現れた瞬間、王太子さまはランディさまに聖女を助けるように言い、自身はシルヴィさまを助けると仰られたそうですよ」
「え……待って。聖女はエリックが助けたのよね? だからセルジュは私を助けただけで……」
「あ、はい。ランディさまは聖女を助けようとしたのですが、確かにエリックさまが魔法を使い、聖女を助け出しました。ですからランディさまは巨大なまずを倒すことに集中できたと聞いています」
となると、もしエリックが聖女を助けなければ……。
私はセルジュの目の前でなまずに食われていたかもしれない!?
あ、でもセルジュは剣を持って湖に飛び込んでいた。
その場合はセルジュがなまずを倒し、私を助けてくれただろう。
いや、それは一旦おいておいて。
ランディにリサを助けるように、セルジュが指示を出した?
なんで?
あの場でリサを助けたら、それこそリサがセルジュに惚れたかもしれないのに。
でも聖女と婚約者を天秤にかけた時、婚約者をセルジュが助けるのは当然で、聖女の救出をランディに任せるのは……妥当だ。
間違ってなんかない。あの場にいた全員が納得だろう。
だとしても。
せっかくのチャンスだったのに。
どうせ断罪することになる私なんかより、リサを助ければよかったのに。
それよりも、恐ろしい事態になっていないだろうか。
「ね、ねぇ、メラニー。リサ……聖女とエリックがどうなったか知らない?」
「えーと、確か事情聴取を終えた後、エリックさまが聖女さまとそのご友人を自身の馬車に乗せ、大聖堂まで送り届けることになったはずです」
Oh my god!
リサとエリックの距離が縮まってしまった。
どう考えてもエリックに対するリサの好感度は上がったはずだ。
それではなくても悪役令嬢として上手くいっていないのに。
リサがセルジュではない男性を好きになってしまったら、大ピンチだ。
なんとかしないと……。
◇
なんとかしないとならないのに。
舞踏会はこれまで通り一日置きに開催されるのだが……。
王太子暗殺未遂事件を受け、セルジュと私が舞踏会に顔を出すのは、冒頭の一瞬だけとなってしまった。
もちろん招待客の身元は確認している。警備体制も強化されている。それでもしばらくは冒頭に顔を出すだけでいいとのこと。だから舞踏会を使い、私が悪役令嬢になることは……難しくなってしまった。
「大丈夫だよ、シルヴィ。明日は昼休憩をとらず、アフタヌーンティーに休憩時間を回すことにしましたから。私の暗殺未遂事件で大活躍したエリックを労いつつ、聖女も招待する。その席で、頑張りましょう」
セルジュは普段、執務に追われている。
その忙しい時間をやりくりし、アフタヌーンティーの場で、3つの作戦に付き合ってくれることになった。
3つの作戦、それは……。
『あらジャムが勝手に作戦』
『ごめんあそばせ手が当たってしまったわ作戦』
『それ私が食べたかったのに作戦』
例え一つ目の作戦が失敗しても、次の作戦がある。
焦らず、冷静に作戦を遂行することで、悪役令嬢を演じる。
ということで作戦決行となるこの日、私は並々ならぬ思いで、アフタヌーンティーに挑んだ。昼食をしっかり食べ、ティー・ガウンではなく、デイドレスで挑んだ。つまり下着はある程度ガッチリしているから、甘いものを食べたいという誘惑に負けることはないし、作戦に集中できる。
しかも食欲が減退する上に、集中力を高めるという青色のドレスを選んだ。リボンやフリルも水色だし、編み込みにした髪を飾る宝石も水色。ネックレスはサファイア。
これでいける。絶対にいける。
自分に暗示をかけるように、この言葉を頭の中で何度も繰り返した。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は、明日 11時台 に以下を公開します。
「呪われている?」
シルヴィにとってのミッションインポッシブルが始まる……!
引き続きよろしくお願い致します!














