12:絶対絶命。だけど役目を果たせたかな?
「シルヴィ、巨大なまずです! 転覆に備えてください」
セルジュの叫びが聞こえた次の瞬間。
湖から何かが浮上し、ボートが宙に浮いたと思ったら……。
リサと私は同時に湖の方へ投げ出された。
体が落下していくその刹那、湖に飛び込むセルジュとランディの姿が見えた。
というか、巨大なまず!?
そのなまずがいる湖に落下するの、私!?
魔法を、魔法で――。
ドボンという音と共に湖に落下していた。
慌てて手をばたつかせると、金色の巨大な目と目があった。
う、嘘、これが巨大なまず!?
魔法を使いたいが、水中では声が出ない。
!!
なまずが巨大な口を開いた。
ピンク色の歯茎が見え、その奥は闇だ。
飲み込まれる……。
でも。
リサは湖に落ちた。そしてセルジュは湖に飛び込んだ。
ならば私は役目を果たせたはず。
こんな状況で助け出されたら、リサは絶対にセルジュに恋をする。
ナマズの口がどんどん迫ってくる。
まさに絶体絶命。
もう……助からない。
私は目をつぶろうとした。
だが。
ぐいっと腕を引っ張られた。
!?
驚いて顔をあげようとして、巨大なまずに剣をふりおろそうとするランディの姿が見えた。
水中とは思えない俊敏な動きをしている。
では私の腕を引っ張るのは誰!?
……。
驚きで、閉じていた口を開いてしまった。
空気がどんどん失われる。
どうして、セルジュ……?
リサの救出はもう済んだの……?
景色が暗転した。
シルヴィ…………!
シルヴィ…!
シルヴィ!
私の名を呼ぶ声が遠くに聞こえる。
むせると同時に目が開いた。
泣きそうなセルジュの顔が見えたと思ったら、きつく抱きしめられている。すぐに布にくるまれ、そのまま抱き上げられた。その瞬間、耳から水が抜け、様々な声が飛び込んでくる。
「衛生兵、こちらの令嬢の様子を確認しろ」
「ランディ様、警備兵が到着しました」
「誰か、こちらの方を医務室へ運んでください!」
私は必死に声を絞り出す。
「セ、セルジュ、リサは……?」
「シルヴィ、無理をして話さないでいいですよ。今、医務室へ連れて行きますから」
「ど、どうして、私を? リサは……?」
「大丈夫ですよ、シルヴィ。聖女は湖に落ちていません」
衝撃的過ぎる一言に固まる。
なんで? どうして?
私は落ちたのに、なぜリサは?
え、まさかリサは自分の力を使い、落下をまぬがれた、とか?
聖女ならそれぐらいの力がありそうだ。
「ど、どうして……」
思考は素早く動くが、言葉がまだ出にくい。
「エリックが風魔法を使ったのです。巨大なまずが出現した時、エリックは離れた場所にいました。だから転覆せずに済んでいます。聖女はエリックのボートに乗り、ちゃんと岸辺まで戻りましたよ」
そこで一旦言葉を切ったセルジュは、再び口を開く。
「気になるだろうから教えておきます、シルヴィ。巨大なまずは2匹いて、一匹はランディが剣の一撃で倒しました。もう一匹はシルウスにより縮小魔法をかけられています。そしてそのまま水中から引き上げられ、捕えられました。宮殿内の湖に、巨大なまずなんていません。恐らく、誰かが持ち込んだのでしょう。このボート遊びに参加した誰かが。縮小魔法で小型化したものを湖に放ち、魔法を解除したのだと思います。転覆したボートはいくつもあり、今も救出作業は続行中。でもシルウスが湖の水を一時的に減らしたので、みんな助かるはずです。大丈夫ですよ。現場の指揮はシルウスとランディがとってくれています。だから私が離れても問題はないですから」
知りたかったことをセルジュは漏れなく話してくれた。
あ、でもなぜ巨大なまずが? 誰を狙ったの?
「なぜ巨大なまずが放たれたのか、誰が狙われたのか。それはまだ分からないです。でも……私が主催したボート遊び。私が狙われた可能性が高い。皆を巻き込む形になり、申し訳なく思っています」
「そんな……、今、大丈夫なのですか……?」
「大丈夫。私の後ろには護衛の騎士がついてきていますから」
そう答えた後、セルジュが耳元で囁く。
「今、大変な状態にあるのはシルヴィ、君です。私の心配なんてしなくていいのですよ」
そんなわけはないと答えようとしたら、医務室に到着した。
医務室は騒然としている。
「セルジュ王太子さま!」
白衣の中年の男性が駆け寄ってきた。
「医務官か。シルヴィを頼む」
「はい。個室をご用意していますので」
「ではそこまで彼女を運ぼう」
「こちらです」
個室に案内されると、セルジュは室内の長椅子に私をおろし、部屋を出た。入れ替わりで看護師が部屋に入ってきて、服を寝間着に着替えさせてくれた。
今更だが、髪も服も濡れていないことに気づく。救出した際、魔法で乾かしてくれていたようだ。
そのままベッドに案内され、そこで体が冷え切っていたことに気づく。さっきは布にくるまれ、何よりセルジュに抱えられ、その体温で温められていた。それがなくなったので……。
寒い……。
医務官が入ってきて、すぐに私の状態を確認しはじめた。
「外傷はないですが……少し体温が低下していますね」
「では私が温めよう」
白シャツにセルリアンブルーのズボン姿のセルジュが、いつの間にか部屋に戻ってきている。どうやら私が着替えたり、診察を受けたりしている間に、セルジュも着替えたようだ。
「はい、承知いたしました。何か必要な物があればお呼びください」
「私が合図するまで部屋には誰もいれないでほしい。あと彼女の侍女のメラニーに、ドレスを用意して待機しておくように伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
医務官が出て行くと、セルジュはベッドの周囲のカーテンを引いた。
体を温める魔法なんて、あったかしら?
ベッドの脇に立ったセルジュは、魔法を唱える代わりにこう言った。
「シルヴィ、少し右側にずれてもらえますか?」
「あ、はい」
枕をつかみ、右側に体をずらすと。
それが当然というようにセルジュがベッドに身を横たえた。
「え、え、え、え」
動揺する私の体をセルジュが抱き寄せた。
な、なんで、どうして?
体を温める件はどうなったの!?
もしかして私を助け、セルジュも疲れたということ?
休みたいけど、個室でベッドが一つしかないから、こうなった?
そう……なのだろう。
「セ、セルジュ、ごめんなさい。ここはセルジュのために用意されていた個室なのよね?」
「そうですね。基本的に何かあれば、専属の王室医が私の部屋まで来ます。でも万が一に備え、医務室にも王族専用の個室は用意されているのですよ」
ああ、やはりそうなのだ。
ならばここはセルジュにゆずり、私は医務室のグループ部屋のベッドで休ませてもらおう。
「分かりました。セルジュはここでゆっくり休んでください。その、助けていただき、本当にありがとうございました」
体を起こそうとすると、思いがけない強さで動きを止められた。止められた上に、さらにぎゅっと抱きしめられる。
「どこに行くつもりなのですか、シルヴィ?」
「えっと、グループ部屋のベッドで休ませてもらおうかと」
「どうして? 君は私の婚約者です。それに君のことを温めると言いましたよね?」
そ、それってつまり……。
私を抱きしめて横になり、温めてくれる……ということ?
そう言われてみると、セルジュだって湖に落ちただろうに、その体は……。
温かい。
セルジュは筋肉もあるし、男性だから女性よりも体温が高いのかもしれない。
とにかくこうやって今、抱きしめられていると……。
温かいし、安心できる。
「すっかり冷えてしまったね。すぐに服も髪も乾燥させたけど、まだ夏ではないから」
そう言いながらセルジュは自身の顔を私の頭に寄せる。
洗い立てのシャツからは、フローラルな香りがしていた。
「また私がドジをしたばかりにすみません……」
「どうしてシルヴィが謝るのですか? 巨大なまずは間違いなく私を狙ったもの。あの状況で悪役令嬢を演じるなんて無理ですよ」
そう言われると、その通りではあるのだが……。
結局、今回も悪役令嬢として活躍はできなかった。
なんというか、運命の神様も、悪役令嬢になるのは諦めろと言っている気がする。
それに元々上手くいかなかったら、言うつもりだった。
だから……。
「セルジュ、もう何度も私、悪役令嬢として失敗しています。今回は不可抗力だったかもしれませんが、多分、悪役令嬢に向いていないと思うのです」
「そうかもしれないですね」
あっさりセルジュは応じる。
それは……当然だろう。でも、こうもあっさり認められると悲しくなる。でもこれで踏ん切りがついた。セルジュも優しくはしてくれていたが、内心では私には向いていないと感じていたということだ。
「そ、その、諦めるつもりはないのです。でもリミットがあるわけで。私なんかより、しっかり悪役令嬢ができる人物はどこかにいると思うのです」
セルジュは無言だ。
でもその通りと思っているに違いない。ただセルジュは優しいから……。
「もう一度召喚してみてください。悪役令嬢を。私はお役目御免ということで王宮から去りますから」
「それはできないですよ、シルヴィ」
「え……」
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は、本日 13時台 に以下を公開します。
「Oh my god!」
悪役令嬢の辞退を拒む理由、それは……。
引き続きよろしくお願い致します!
【お知らせ】
>>まさかの続編スタート<<
『断罪終了後に悪役令嬢だったと気付きました!
既に詰んだ後ですが、これ以上どうしろと……!?』
https://ncode.syosetu.com/n8030ib/
SSを用意しようとしたら、結構長くなりそう……。
ということで続編開始決定☆
本作をお読みいただいていた読者様。
よかったら4月29日(土)の12時台の更新を
ご確認くださいませ~














