11:並々ならぬ決意
遂にリサにグラスの中身をぶちまける!
が。
右手を見ると、グラスがない。
なんで!?
リサが私のグラスを持っていた。
「あぶなかった、シルヴィ。助かったよ」
エリックが空のグラスを掲げる。
「ありがとうございます、シルヴィさま。おかげで濡れずにすみました!」
右手に自身のグラスを、左手に私のグラスを持ったリサが、笑顔で私を見た。
◇
どうしてダメなのか?
今日はドレスもメイクも悪役令嬢にしたのに。
あと、少しだったのに。
「シルヴィ、顔を上げてください。君が頑張ってくれているのはよく分かります。また次、頑張りましょう」
「……セルジュ」
「大丈夫。まだ時間はありますし、チャンスはありますから」
セルジュの言葉が胸に染み、泣けてくる。
舞踏会が行われているホールを後にし、部屋まで送ってくれたセルジュは……。暗い顔をしている私を、優しいセルジュは放っておくことなどしない。私の部屋に入り、ソファに並んで座ると、励ましの言葉をかけてくれた。
「シルヴィ、泣かないで」
「……!」
優しく。
まるで壊れ物を扱うように、包み込むように。
セルジュの胸の中に抱き寄せられた。
爽やかな石鹸の香りがする……。
清廉なイメージのセルジュの香りに、さらに涙が誘われる。
私がちゃんと悪役令嬢を演じないと、セルジュは死んでしまうのに。
「大丈夫ですよ、シルヴィ」
優しく背中を撫でられると、ますます涙が止まらない。
結局。
それからの15分は、セルジュの胸の中で泣き続けた。
するとメイクが大変なことになり、泣き止むと同時に私はバスルームへ飛び込んだ。セルジュはそんな私のためにメラニーを呼んでくれた。おかげで私はそのまますぐ入浴ができた。入浴を終えると、部屋にはセルジュの姿はなく、代わりにメッセージカードが届いている。
――愛するシルヴィ、君のことを信じているから。
泣かないで。今日はゆっくり休んで。
なんてセルジュは優しいのだろう。
再び涙腺が緩みそうになるが、「泣かないで」とセルジュは言っている。
そうだ。泣いても何も変わらない。
泣くのではなく、成果を出すのだ。
なんとしても悪役令嬢としてリサに嫌がらせをする。
そう誓い、休むことにした。
◇
人間には向き、不向きというのがあるのだと思う。
そして私は……なぜか悪役令嬢に向いていない。
『どうせ安物だからいいわよね作戦』から一週間。
毎日の妃教育は恐ろしいほど順調だ。
その一方で……。
『パンがないならお菓子を食べればいいわよ作戦』
『花よりお菓子作戦』
『なんで同じドレスなのよ作戦』etc……。
ことごとくすべての作戦が上手くいかない。
そして今日。
休日である今日は、宮殿内にある湖で、ボート遊びをすることなっていた。
王太子主催のボート遊びということで、相応の人数が集まる。もちろんリサのことも招待し、出席することになっていた。
本日の作戦。
それは『あらあ、ごめんあそばせドボン作戦』。
つまり、ボートからリサを突き落とすという、これまでにない作戦だ。
リサが泳げるかどうか分からないが、セルジュもランディも泳ぎが得意なので、すぐに飛び込む手はずとなっている。万が一の時は、シルウスが魔法で対処する。
今日こそはなんとしても成功させる。
というか、もし今日成功しなかったら。
私はセルジュに伝えるつもりだった。
悪役令嬢は私に無理だと。申し訳ないが辞退したいと。別の誰かを召喚して欲しいと。それで王宮から追い出されても仕方がない。一応オゾン家の人間なのだから、帰る家はある。
でも。
今日の作戦の成功を諦めた訳ではない。自分ができるベストを尽くすつもりだ。
軽快に動けるようにしたい。
その想いから、今日はミルキーピンクに白い水玉のブラウス、白い麻のプリーツスカートを合わせた。ウエストにはチャコールグレーのコルセット風ベルト。日傘は邪魔になるのでキャノティエを被ることにした。
朝食の席で私の装いを見たセルジュは、まるで私の服装に合わせるかのように、わざわざ着替えてから部屋に迎えに来てくれた。
ライトブルーのシャツに、白のジレ、センタープレスされた白のズボン。シャツは腕まくりして、スポーティな感じがする。
「行こう、シルヴィ」
軽やかな装いだが、エスコートをすることは忘れない。
「今日案内する湖は、とても透明度が高く、美しい湖だよ、シルヴィ」
私を連れて歩くセルジュは、大天使のような美しい笑顔で話しかけてくれる。
何度やっても悪役令嬢として成功しない私を、セルジュは一切責めない。むしろ失敗すればするほど、優しくなっていくように感じている。
きっと気を使ってくれているのだと思う。
セルジュの優しさを感じる度に、申し訳ないという気持ちと、次こそは必ずということで頑張ってきたが……。
今日こそは決着をつけよう。
湖につくと、そこには既に多くの人が集まっていて、いくつかのボートが湖上に出ている。まずは湖を見てみると……。セルジュが言う通り、透明度が高い。手前は浅いので、底までハッキリ見えている。
「おはようございます、セルジュさま、シルヴィさま」
声に振り返ると、ランディとシルウスがいた。
ランディはきっとセルジュに指定されたのだろう。湖遊びでは事故が起きるかもしれない。その場合、すぐ飛び込めるよう、軽装にしろと。だから白いシャツにインディゴ色のズボンと、軍服ではない。でも腰にはしっかり剣を帯びている。
シルウスはいつも通り、濃い紫のローブ、その下には白シャツに濃い紫のジレ、ライトパープルのスーツの上下だ。
「セルジュ王太子さま、シルヴィさま」
リサ!
輝くような笑顔のリサは、私と同じ、白のブラウスにベージュのフレアスカート、ストローハットという装いだ。ストローハットには造花ではなく、生花が飾られている。
ことごとく作戦が失敗することで、私は何度もリサのピンチを救うことになり、今や親友も同然になっていた。
「宮殿内の湖で遊べるなんて光栄です。今日は二人ほど友人を連れてきてしまったのですが、大丈夫ですか?」
リサの背後を見ると、三つ編みの少女と眼鏡の少女がいた。
どちらも15歳ぐらいに見える。
「ええ、問題ないわ。ボートは二人乗りだから、騎士と一緒に乗せるようにしましょう」
私の言葉にリサは嬉しそうに「ありがとうございます!」と返事をする。
そう。
ボートは二人乗り。
シルヴィは学校を卒業するまで地方都市で過ごした。自然に恵まれたその地で、ボート遊びも散々していたということで、ちゃんとボートも漕げる。だから私はリサとボートに乗ることができる。
リサが連れてきた二人の友人を騎士にまかせ、セルジュはランディと共にボートを出す。私もそれに続き、ボートを出し、リサと共に漕ぎ出す。
シルウスは岸辺で皆の様子を見守っている。
「シルヴィ、聖女さま!」
ボートを漕ぎ出すと、こちらへ手を振る人物がいる。
ウォーターグリーンのシャツに、ターコイズグリーンのジレ、同色のズボンという装いのこの人物は……エリックだ。
エリックは一人でボートに乗っている。
「リサの友達の一人は、エリックにのせてもらっても良かったかもしれないわね」
そう言ってリサを見ると……。
え、頬が赤い!?
リサの目線の先にはエリックがいる。
まさかと思うが。
本当にまさかと思うが。
リサはエリックに心惹かれている……!?
なんだかんだで作戦決行の現場に、エリックがいる機会も多かった。そしてさりげないアシストをしていることも……度々あった。アシスト……それは作戦が失敗になる方へのアシストだが。それはつまり、リサのピンチを救うことにつながっているわけで……。
リサの中でエリックの好感度が上がっているのでは?
どうしよう。
リサがエリックを好きになってしまったら……。
いや、大丈夫。
私は手に持っているオールをぎゅっと握りしめる。
今日でその気持ちを覆す。
いまだエリックを見ているリサに、心の中で語り掛ける。
リサ、ごめんなさいね。
あなたのこと、湖に落とす。
私はボードを漕ぎながら周囲を伺う。
セルジュは私の目線に気づき、静かに頷く。
いつでもいいと口を動かし教えてくれる。
一方のエリックは、私達がいるところより少し離れた場所にいる。こちらへ向かってボートを漕いでいるが、間に合わないはず。つまり、エリックがリサを助けることはない。
ならば今だろう。
私はボートのバランスを崩そうと、オールを持ち上げたのだが。
透明度が高く、底が見えるはずだった湖の湖面が、黒っぽくなっていることに気づいた。
雨雲でも急速に広がった?
空を見ると、そこに広がるのは晴天の青空。
ではこの湖の水の状態は何!?
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は、明日 11時台 に以下を公開します。
「絶対絶命。だけど役目を果たせたかな?」
なんだかピンチな状況に!
引き続きよろしくお願い致します!











































