10:遂に成功の兆しが!
こんな声、普通、腰砕けものなのに。
相変わらず私の心臓は無反応だ。
……!
ゆっくりシルウスから体を離すと……。
私の頬をシルウスの手が包み込んだ。
「……なるほど。これはなんとも困ったことに。でも僕が勝手なことをしては、怒られてしまいますね」
クスリと甘い笑みを漏らすと、頬から手を離した。そして「風魔法、発動。乾燥温風」と言い、自身の髪に手を向ける。
碧紫の光がふわっと灯ったと思ったら、濡れた前髪は乾き、いつものサラサラの前髪に戻っていた。
「練習は終了です、シルヴィさま。丁度アフタヌーンティーの時間。美味しい紅茶を楽しみましょう」
「……は、はい。ありがとうございました!」
シルウスにドキドキしない理由は不明。
とりあえずイケメン耐性ができたと思うことにして、アフタヌーンティーのため、ティー・ガウンに着替えることにした。
◇
練習も完璧。
今宵、私は間違いなく悪役令嬢になる。
その気合から、ドレスも悪役令嬢っぽいものにした。
今日のプリンセスドレスは、バストとヒップが強調されるカッティングになっている。ウエストもピッタリフィットしており、体全体のラインが露わだ。それでいて赤と紫のオーガンジー素材のヴァランシエンヌレースが織り込まれ、動く度にレースがふわりと舞う。
首元には黒のリボンのチョーカー。髪はポニーテールでドレスと同色のトークハット。姿見にうつる私は、見るからに悪役令嬢だ。
エスコートのために部屋にやってきたセルジュは、私を見て息を飲む。
「……シルヴィ、今日のドレスは……とても妖艶で……悪役令嬢そのものですね」
ニッコリ微笑むと、セルジュは吐息をもらす。
メイクもこれまでとは全然違う。
釣り目になるようにアイラインをひいているし、眉毛もきつい顔立ちになるようにしている。もちろんルージュは真紅。
いける。これなら絶対。高飛車な笑いだってできそうだ。
「セルジュ、エスコートをお願いしても?」
流し目でセルジュを見る。
「……! そうですね。行きましょうか、シルヴィ」
メラニーに見送られ、部屋を出た。
舞踏会の会場に着くと、自然と視線が私に集まる。
今日のセルジュは王道の黒の燕尾服。
それは悪役令嬢風ドレスの私を、いい具合に引き立ててくれる。
女性も男性もみんな私を見つめ、息を飲んでいた。その中には軍服姿のランディ、ロイヤルパープルのローブをまとうシルウスの姿もある。
「……シルヴィ。今日はなんだか落ち着かないですね。早めに部屋に戻りましょう」
セルジュが耳元で囁く。
「え、まだ着いたばかりなのに」
「着いたばかり……。そうなのですが……」
セルジュが腰を抱き寄せる。
今日のドレスは体のラインが出るから、下着はギチギチ締め上げるようなものを身に着けていない。だから体に触れられると、まるで素肌に触れられたような錯覚を覚えてしまう。セルジュの腕の筋肉を腰に感じ、何とも言えない気持ちになる。
私がそうなのだから、セルジュだって腕に私のウエストの感触が届いているのでは!?
そう思い、その横顔を見ると……。
大天使の彫像のように美しい顔が、ほんのり赤い。
私の視線に気づき、こちらを向くと。
空のように澄んだ碧い瞳が潤んでいる。
セルジュから男の色香を感じ取ってしまい、心臓が大騒ぎしだす。
え、こんなにバクバクしていたら、悪役令嬢どころではなくなってしまう。
部屋に早く戻る。それは構わない。
でもすべきことをせねば。
『どうせ安物だからいいわよね作戦』を決行しなければならない。
……!
ソテル教皇がニタニタ笑いで近づいてきた。
ということはリサもいる。
とりあえず教皇をこちらにひきつけ、セルジュにまかせ、私はリサのところへ向かおう。
「ねえ、セルジュ」
その肩をつかみ、耳元に口を寄せる。
そして今の考えを伝えると……。
セルジュは甘いため息をもらし、「そうですか。分かりましたよ、シルヴィ」と応じてくれた。
「セルジュ王太子さま、シルヴィさま、今宵も舞踏会にお招きいただき……」
すっと私はセルジュから離れる。
教皇が「!?」という顔をするが無視だ。
王太子に話しかけたのだ。私を追うことはできない。
そのままホールの外へと向かう。
何人かの男性からダンスに誘われたが、すべて流し目で微笑みスルーする。
リサがいるとしたら、飲み物や軽食が用意されている部屋だろう。
廊下でも何人かの男性に声をかけられたが、会釈しながらやり過ごし、グラスが見えている部屋に入る。
いた!
黒のイブニングドレス姿のリサがいる。
黒髪は綺麗にお団子にまとめられていた。
前回同様、スイーツコーナーの前に立ち、どんなスイーツがあるか確認しているようだ。
「シルヴィさま、動きますか?」
「シルウス!」
いつの間に?と思うが、彼は大魔法使い。
気配ぐらい消して後をつけることもできるのだろう。
「作戦決行ですね。大丈夫、すぐに飲み物を運ばせます」
私は頷き、そのままリサの方に歩み寄る。
「リサ!」「シルヴィ!」
!?
二人の男女の声が重なり合った。
私はリサの名を呼んだ。
その私の名を男性が呼んだ。
声は右手後方からしたので、そちらを見ると、そこにエリックがいる。
「シルヴィさま、なんて妖艶なのでしょう!」
ワンテンポ遅れ、リサの驚きの声が聞こえた。
私は視線をリサに戻し、エリックはこちらへと歩み寄る。
「す、すごい、なんて大人な……。あたし、同じ女性なのに、なんだかドキドキしちゃいます」
「聖女さまの言う通りだ。シルヴィ、イメチェンか? 前回と別人だ」
リサとエリックが同時に私に話しかける。
練習と違う状況に戸惑いながら、とりあえず笑顔で応える。
「そ、そうね。舞踏会って一日おきにあるでしょう。似たようなドレスだと飽きられてしまいそうですから、今日はこれをね、選んでみましたの」
「さすがです、シルヴィさま。あたし、こんなに体のラインが出るドレスなんて無理です」
「確かにシルヴィだから着こなせるドレスだな」
うーん、エリックの立ち位置が悪い。
そこに立たれると、左手でグラスの飲み物をかける必要がある。でも私は右利きだから、できれば右手を使いたい。
スイーツを見るふりをして、さりげなく移動する。
つられてリサとエリックも動く。
よし。
これで配置は完璧。
だけど、ここ、通路じゃないわよね。
と思ったら、飲み物をのせたトレンチを持つ給仕の男性の姿が見える。
うー、通路ではないが、飲み物がきてしまう。
とりあえず、受け取ろう。
「ねえ、ノンアルコールシャンパンですよ。みんなで乾杯をしません?」
私の提案に二人は……。
「はい、ぜひ」「もちろん」
三人でグラスを受け取る。
「あ、この前みたいにテラスへ行きましょう」
私の提案に二人は頷き歩き出す。
こうなったらつまずいたフリをして、ぶっかけるしかない。
そう思い、歩き出したら……。
!?
誰か、私のドレスの裾、踏んだ!?
フリをするまでもなく転びそうになった。
「シルヴィ、あぶない」
エリックが私の体を支える。
私は右手に持っていたグラスをリサの方に向けたが。
リサの手が私の手を支えた。
え……。
だがしかし。
エリックが左手に持っていたグラスの中身が、リサにかかりそうになっている。
そんな、どうして、エリックが!?
エリックの飲み物がリサにかかったら、それを乾かし、ドレスのお詫びをエリックがすることになり、セルジュの出番がなくなってしまう。
「風魔法、発動。雲散霧消!」
本能的に魔法を詠唱できた。
おかげでエリックがぶちまけかけたノンアルコールシャンパンは、瞬時に消えた。
よし、今度こそ、私が!
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は、本日 10時台 に以下を公開します。
「並々ならぬ決意」
強い決意で挑むシルヴィは……。
引き続きよろしくお願い致します!











































