プロローグ
「あなたのことをお待ちしていました。どうか私の婚約者になってください」
金髪碧眼の大天使のような美貌の青年が、目の前で片膝を地面に着き、跪いている。そしてその手を伸ばし、私の手を取り優雅な笑みを浮かべる。
白シャツにサファイアブルーのクラヴァット、セレストブルーのジレ、同色のズボンに白革のロングブーツ、そして袖や裾に銀糸の刺繍が施されたセレストブルーのフロックコート。さらに白いファーのついたサファイアブルーのマントを軽やかに羽織っている。
どう見ても王族の一員と思わせる風貌の青年に、プロポーズされていると分かった瞬間。
心の中でガッツポーズする。
神は私を見捨てなかった、と。
◇
いわゆるセレブ婚をしたはずだった。
でも夫は……いわゆるモラハラ――モラルハラスメントで、しかもDV――ドメスティックバイオレンスという恐ろしいモンスター。
解放されてから気づいた。完全に支配下におかれていたのだと。
自己評価はだだ下がりで、もうぶたれようが、殴られようが、それは自分が至らないからと思い、逃げる気も起きなかった。
その結果。
友達に会うことも、外出も禁じられ、唯一の楽しみと言えば。トイレで隠れるように遊んでいた乙女ゲーム。乙女ゲーに登場する男子は、イケメンでみんな優しい。こんな風に優しくされたい。
そんな思いでどんどんハマった結果。
結構なお金をゲームにつぎ込み、それが夫にバレ……。最後は経験したことのない激痛を頭に感じた。その後、視界は真っ暗になった。多分、夫の暴力で殺されたのだと思う。まだ25歳だったのに。
このまま天国にでも行けるのかなーと思ったら、突然全身が温かい光に包まれた。
自分が全裸であると気付き、驚くも、体中についた痣は綺麗に消えていく。それどころか痩せ細っていた体は肉づきが良くなり……。
手足は長く、丁度良い太さ。腰はくびれ、胸はおそらくDカップ。
美容院に行くことすら減りボサボサだった髪は、緩やかにウェーブした美しいカシスブラウンへと変わった。
肌は雪のように白い。
そしてフワリと体が何かに包まれたと思ったら……。
それは乙女ゲーの世界の令嬢が着ていたようなシルクのドレス。肌ざわりのいいそのドレスは、綺麗なローズピンクで、小さな薔薇の刺繍が、模様のように散りばめられている。首元にはローズクオーツが花の形にあしらわれたチョーカー。
美しいドレスに身を包むことで、私の本来の性格が取り戻された。気力もみなぎり、なんだかとても元気になり、幸せいっぱいな気持ちになった瞬間。
私を包む光が消えた。
足元には複雑な幾何学模様を描く円陣があり、そこへフワリと舞い降りていた。
さて、ここはどこだろうか?
大理石の床に、円柱がいくつもある。
これは祭壇? あ、ステンドグラス。十字架もある。
ということは教会?
そう思った瞬間、声をかけられた。
「あなたのことをお待ちしていました。どうか私の婚約者になってください」
そう、金髪碧眼の大天使のような美貌の青年に。
彼は私へのプロポーズの言葉の後に、自身の名を告げた。
「私は、アンブロジア魔法王国王太子のセルジュ=フィリップ・ガブリエナです。あなたを召喚しました」
「アンブロジア魔法王国……?」
「はい。アンブロジア魔法王国は、魔法を使える人間が暮らす国です」
なるほど、なるほど。
理解できましたよ。
これはいわゆる異世界召喚という奴ですネ。
高校生の頃に、異世界召喚もののラノベを結構読んだ記憶がある。そこから判断すると、もしや私は聖女として召喚された、とか? あ、でもいきなりプロポーズされたよね、私?
「レディ、あなたのお名前は?」
な、名前……?
えー、異世界召喚された時は、みんな本名を名乗るもの?
「冗談ですよ。あなたの名前は公爵令嬢シルヴィ・アンリ・オゾンです。これからはシルヴィとお呼びします。私のことはセルジュと呼んでください」
「わ、分かりました。私、公爵家の令嬢なのですね……」
貴族の頂点である公爵家の令嬢。
前世では絵にかいたような中流家庭で育ったので、これにはビックリだ。目を丸くする私にセルジュがまたもあの優美な笑顔を向ける。
「王太子である私の婚約者になるには、相応の身分が必要ですからね。オゾン公爵とは話がついています。あなたは子供の頃、病気がちだった。だから空気の澄んだ地方で育ち、魔法学校卒業と同時にこの王都へ戻った。美しく成長したあなたと私は、15年ぶりに再会した。私は一目であなたに恋に落ち、プロポーズした。もちろん答えはイエス、ですね」
セルジュはそう言うと私の手の甲にキスをして、立ち上がった。
「では、参りましょうか。私の愛しい婚約者のシルヴィ」
「え、え、えええええ」
何、この夢のような設定!
異世界召喚されたら、いきなり王太子の婚約者だったってこと?
超ラッキーじゃないですか!
前世での最期が悲惨過ぎたから、神様が奇跡を起こしてくれたのかもしれない。しかも身分や出会いとか、面倒そうな設定(!?)はセルジュが済ませてくれているみたいだし。
驚きはしたが、聖女に転生して国を救えとなるより、断然王太子の婚約者の方がいいだろう。
だが。
またしてもセレブ婚。
さすがに一度失敗している。
せっかく転生できたのに、またもDVモラハラ男に捕まるのはごめんだ。
だから。
思わず確認してしまう。
「あ、あの、セルジュ様はおいくつですか?」
「? 私は20歳です」
「……王太子ですよね? どうして今の今まで婚約者がいないのですか? 王族だったら子供の頃に婚約者が定められていてもおかしくないですよね?」
前世のDVモラハラ夫とは、歳の差20歳婚だった。その年齢までハイスペックで結婚していないということは、何か裏があるということだ。
前世の私はそれに気づけなかった。でも同じ失敗は繰り返さない。
教会を出ると、そこは広い回廊につながっている。その回廊を、私をエスコートして歩きながら、セルジュが説明してくれる。
「私がどんな人間なのか心配なのですね。まず、魔法を使える人間の魔力は、遺伝します。魔力の強さ、それすなわちその国における地位に直結します。そして私はアンブロジア魔法王国王太子。つまり魔力は相当強いです。頭脳については卒業時に総代を務めたと言えば、理解いただけるでしょうか」
卒業生総代――つまり卒業生の中で一番優秀な生徒ということだ。要は、頭脳も明晰。
納得顔の私を見て、セルジュは話を続ける。
「容姿に関してはこの通りですが、お気に召していただけましたか? 騎士としての訓練も受けているので、体もちゃんと引き締まっていると思いますが」
お気に召さないわけがない。完璧です。文句なし。
服の下に隠された体も逞しいに違いない。
思わずコクリと頷くと、セルジュは輝くような笑みをこぼす。
「あとは性格……ですかね。私にはジュリエットという妹がいます。ジュリエットの私の評価は……優しい、穏やか、真面目、落ち着いている。性格とは違うかもしれないですが、笑顔に癒される、表裏がない、清廉潔白などと言われたことがあります」
完璧ではないか。
すべてを鵜呑みにするわけにはいかないが、性格に問題はないと……思う。
でもそうなると、なぜ20歳なのに婚約者がいないのだろう……?
はじめましての読者様。一番星キラリと申します。
数ある作品から本作をご覧いただき
ありがとうございます。
お馴染みの読者様。本作もご覧になっていただき、光栄です。
心から感謝です。
本作は、人生のドン底から大逆転し
ヒロインが自分なりに懸命に努力して
ハッピーエンドに辿り着く物語です。
タイトル通りのハピエンと安心して読める物語展開。
安心して読めますが、一味違うところは
一番星キラリの他作品同様です。
ということで次回は……連載開始記念!
この後、時間差でもう1話公開します。
よろしくお願いいしますヾ(≧▽≦)ノ