:水鏡の最後
「おかえりなさい、水鏡」
雷羅は水鏡が行ってしまった時と変わらず、一歩も動かずにそこに立っていた、座る事も休む事すら考えずに。
そんな雷羅を見て水鏡はいとおしいと思ってしまった、相手が自分の『才気』の顕現でなければ襲いかかっていたのかもしれない。
「ただいま、雷羅、何かあったか?」
「いえ、ただ思い返していただけです、私が走り初めてからの記憶を零から順に」
雷羅の始まりの記憶は走ることだ、目的もなく、ただ走ることだった。
「そこから私は何の為に走っているのかもわからないくらいに走っていました」
次第に速さが上がり、筋肉が悲鳴を上げた、しかし立ち止まるわけにはいかず、痛みを無視して走り続けていた。
「自分が何故そこにいるのかも分からなかった、でも分かってしまえば立ち止まってしまいそうだった」
自分が何故走っているのか何の為なのか、それさえもわからなかった。
だから走ると言う事に自分の存在をかけて生きてきた。
「一緒に走ってくれる友も、競い合えるライバルも居なかった、だから自分を認める術なんて在るわけもなかった」
居て欲しいの願わないなんてことは無い。
だが願った所で適わないものは適わない、それを必死の思いで我慢した、時には走る事で気を紛らわした。
「自分にかぶった泥は嬉しかった、何もなかった私に初めて出来たものだったから」
だから汚れた体を誇った、何よりもそれが自分の生きてきた証となるのだから。
「何回疲れ止まろうと思った事か、それでも走り続けなければと思った、走り続けていればきっと報われると思って」
生まれてからずっと全力疾走だ、疲れないわけがない、限界を迎えていないわけがない、止まってはいけない訳がない。
でも止まらなかった、止まる訳にはいかない、ただその一心にのみ突き動かされてきた。
「そして私は――――――――――――あなたと出会った」
雷羅の目が水鏡と会う、優しい視線だった。
「走っていた訳が分かった、力を溜めて、あなたの為にそれを使う事だったんだと思う事が出来た」
「ありがとう、だからこそ俺は外敵の侵入を妨げる事が出来た」
「あなたと会う為にそこにいた、あなたに力を与える為にそこに居た、あなたと出会う為にそこにいた」
「ありがとう、お前がいてくれたからこそ俺の義務は果たされたから」
「大切な仲間が出来た、一緒に走ってくれる友が出来た、一緒に競ってくれるライバルも出来た、それでもみんなが笑顔でいれた」
「ありがとう、お前の笑顔も俺の望みの一つだ」
「被っていた泥を拭い落としても自分の存在を確立する事が出来た、だから綺麗な自分を見せる事が出来た」
「ありがとう、俺の変わりに泥を被っていてくれたんだな」
「止まらなくて良かった、止まらずにいてよかった、止まる前にあなたと会えてよかった」
「ありがとう、お前がそこまで頑張ってくれたからこそ俺は今ここに立つ事が出来てるんだ」
雷羅の目は水鏡から離れない、離したくないという想いもあるだろう。
だからこそ水鏡も雷羅の視線から自分の視線を外さない。
「こちらこそありがとう」
それだけいうと雷羅は倒れるように水鏡に飛びついた。
「ごめんなさい、もう動けない、足が死んでるの、とっくの昔に、ここまで持ってよかった」
「そうか、よくやった雷羅、お前こそ俺の最高の相棒だ」
雷羅を抱き留め、顔に自分を近づけ優しくキスをする。
そして、抱きかかえたまま雷羅を運んで近場の木にもたれさせる。
「約束だからな、俺の最後、お前と一緒だ」
「――――――――ありがとう・・・・・!」
水鏡は残る力をすべて解放して、空に黒雲をつくりだした。
からだから光が失われていく。
「ずっと一緒だ、これからはどこまでも、どこにいっても」
「―――――――――――はいっ!」
黒雲から自然現象で発生するには到底ありえないほどの雷が落ちた、それは迷う事も広がる事もなく水鏡達のいる木に落ちる。
光がきえる頃にはもうそこに二人の姿は無かった。