:楚良の覚醒
あれからずっと攻撃し続けているが、その少しの時間がこれほど長く感じたのは恐怖に近かった。
楚良は、崩れていない地面に立って目の前の笑顔の母親をみる。
「楚良ちゃん?もしかしてもう降参するのかしら?それともまだ挑戦する?」
紗代はあれから一歩たりともその場所から微動だにしていなかった、まさに不動だった。
息一つ乱すことなく、悠然とそこに立っている、圧感・・・・紗代の普通の気迫さえ恐ろしい。
「挑戦し続けます、俺は母上とはまだ離れる気はありませんから」
「嬉しいことを言ってくれるね、楚良ちゃんは・・・でもね、あなたが何か目的を持って行動していかないと私は越えられないよ」
「まるで俺が目的なく母上に従っていたみたいですね・・・・・」
楚良が声を荒げるが、それを苦になく流す紗代。
「目的じゃないでしょう、あなたのそれは美しいわ、息子として尊敬出来る、それくらいの私に対する尊敬」
自分の息子に対して率直に尊敬の心を送る紗代。
「本能ね、人間には美しいやこうなりたいという理想があればそれに追い付きたいと思う本能がある、楚良ちゃんのはそれよ」
事も無げに言い捨てる。
「では俺の母上に追い付きたいという衝動全てが本能だと?」
「そうよ、だからあなたに目的を与えるの、あの子の守護、それがあなたの為でもあるからね」
「母上、見損ないました・・・・・・でもあなたは俺の尊敬出来る人です、だから俺はあなたを打倒します!」
大我がもう一度拳を握り、その拳をガードするように岩が張り付いた。
だが、みるまでもなく、先ほどとは違う気配を漂わせている、そこに感じられるのは中枢に据えられた『確固たる意思』。
【何も教えていないのに、陰の『情』を発動してるのね、通常よりは上がっている・・・・なかなかの素質ね】
紗代は目の前に広がる光景を楽しそうに眺める。
そこにあるのは平地だった、さきほどまで抉れ、深く穴を掘られて荒れ狂っていた大地が平定されていた。
【『大地』に最も適したフィールドだね・・・・厄介だ、水分が奪われていく】
そんなことを考えていながらも決して移動や、退避は考えられない、負けるわけがないのだから。
そう思った矢先、その考えが揺らいだ、楚良が何かを得て有り得ない行動に出たからだ。
楚良が、楚良の周りの大地が楚良を包み込み始めた、それだけならまだ理解の予想の範囲内だった。
だがその包んだ岩が押し固められるようにして消失した、まるで吸い取られているかのように。
消えた――――――――その一瞬で何が起こったのかは驚いていた最中の紗代には分からない、ただひとつ理解出来たのは、
「よくやった・・・・私に防御の姿勢をとらせるとわな・・・・・・」
どのくらいの力かはわからないが、すさまじい楚良の一撃は紗代のガードした手の少し手前で止まっていて、まだ威力を残し押してくる。
紗代は咄嗟に『渦潮』を最大出力で放出して、楚良をはじき飛ばす。
【これでいいのよ、楚良には目的が在ってはいけない、目的こそ排除すべき対象であり、偽りのものですら必要としない】
素早く体勢を立て直した楚良が一直線に走ってくる、避けない、避けた瞬間自分が敗北するから、これは負けられない戦いでもある。
【ただそこに向かう、それだけその意志のみが地の『才気』の『情』、でも今の楚良ちゃんにはそれだけじゃないわね】
助走をつけた一撃が紗代に襲いかかるが、今度は『渦潮』を半分程度進んだくらいで停止していた。
【おそらく陰の『確固たる意思』の他に陽の情が働いているに違いないわ、それもかなり強力な】
楚良は顔を酷く愉快気に歪ませた後、距離をとり、間合いの地を平らにした。
最後の一撃、それだけみて理解した、言われるまでもない、あっちは有限だとすればこちらは無限、早めにケリをつける必要があるのだ。
「あああああぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
絶叫とも呼べそうな咆哮、あたりの木々を揺らし、またたくまに己が士気をを向上させる。
「――――――――――――ぁぁああああ!!」
突進開始、間には何も無し、ただ作ってある紗代への最短ルートを全力を以て走破するが如く。
対する紗代は『才気』を目の前の楚良の方向に固める。
激突、勝敗はもちろんのこと――――――――――――紗代だった。