:瞬夜と一閃
懐かしい場所に帰ってきた、だがそこには以前までの活気はなく、ただ静かな場所としてそこにあった。
「俺が『悪魔の正義』なんかにいったからだよな・・・・・あいつは、戻ってきてくれるだろうか?」
その場所で剛毅は落ち込んだ風に言った。
「あいつはもう戻ってこない、だがお前の想いは分かった、だからこいつを預けよう」
いきなりかけられた意味不明な言葉、そしてどこか懐かしい声に、剛毅は素早く後ろを向いた。
そこに当然のようにいたのは紛れもなく、元ボス一閃だった。
その両腕の中には誰かが死んだように眠っていた。
「どのつらさげて戻ってきてるんですか・・・・・・戻って来ちゃいけないとわかってるんでしょう?」
「それくらいわかっているさ、でも俺でも見過ごせない事だってあるんだよ、剛毅、コイツを頼めるか?」
一閃は抱いていた人間を剛毅の前に寝かす、綺麗な寝顔をしたそいつは紛れもなく再砂だった。
剛毅は驚き一閃を睨み付ける。
一閃はそんなことなどで怯む道理もなく、ただゆったりとした様子で再砂の寝顔を眺めていた。
「こいつ、また俺の言いつけを破りやがったんだ・・・・・こうして眠っているように見えるだろう、でもこれはある作業の最中なんだ」
「最中?瞬・・・・再砂は一体何をしたんだ?」
「俺の前では瞬夜でいいぞ、俺から見ればこいつはいつでも変わらず瞬夜なんだから」
その言葉に剛毅は正直に負けた気持ちになった。
俺は瞬夜が言っただけで自分の中の瞬夜を殺して、すべて再砂に置き換える事で関係を保とうとしていた。
だが一閃は違った、どれだけ名前や表面的なことが変わろうと、変わらずに瞬夜という中身だけを見つめ続けていた。
その姿があまりにもかっこよく、剛毅は少しだけ自分のことを恥じる、だからこれからは違うと言い聞かせるように言った。
「そうだな・・・・・・じゃあ瞬夜は何をしたんだ?」
「それでいい・・・こいつはある薬を服用したんだ、名を『忘却』三つで一つの砂の秘宝の丸薬だ」
「そんな薬聞いた事ないぞ?どっかのでまかせじゃないのか?」
「いや、本物だ、元の瞬夜が作った最高傑作だ、服用すれば・・・・・そうだな、俺なんか一撃で葬れる以上の力を短時間行使出来る」
剛毅は一閃の何か引っかかる言い方のに内心首を傾げながらとりあえず疑問に思った事を告げる。
「一閃を越えるほどの?瞬夜にはどの程度の力があるんだ?」
「通常の瞬夜には膨大に砂を扱えるだけでさしたる強さはない」
一閃は断言する、剛毅としては不思議で仕方ないのだが。
なんていったって剛毅の知る限り、瞬夜は薄皮一枚程度の砂の壁であらゆるものを防御していたのだから。
「一閃、それはないと思うぞ、瞬夜の力がそれだけのはずがない、俺でも適わないほどの相手なんだぞ?」
「そりゃかなわないだろうよ、だが事実は事実だ、だが瞬夜には最強の強さを持っていたんだ」
「最強の強さ?それはどんなものなんだ?瞬夜だけが持っているモンなのか?」
「いや、いわゆる『情』と呼ばれる己が『才気』を強くする感情の事だ、この辺の詳しい説明は愛かそこらへんに聞いとけ」
一閃は『情』について簡単に説明してから話を続ける。
「いいか、瞬夜の『情』は陰が『孤高の想い』で陽が『砂を一心に想う心』だ」
「確か陰が同じなんだよな?なら俺も『孤高の想い』とやらで強くなるのか?」
「確かに強くはなれる、だがその過程が生半可なものでは無い事を覚えておけ、一般に一番『情』が発動しにくいのは砂なんだから」
剛毅はすこし拗ねたように顔を歪ませる。
「『孤高の情』なんてものは人間誰しも持ち得る事が困難なものなんだよ、そうだな、無理矢理過去の記憶を消して一人で強くなれば別だが」
一閃は顔を曇らせながら瞬夜の顔を見る、剛毅も視線を追って瞬夜をみた。
その顔には苦痛の色など全く出ていなかった、例え誰を何人と殺そうとそれは同じであろう。
「『孤高の情』はこいつにとって常にあったものなんだ、そしてそうだったからこそ陰の『砂を一心に想う心』が強く芽生えているんだ」
「つまり、頼るべきものが砂しか無く砂だけを想う事しか出来なかったという事か?」
「そういう事だ・・・・・・・・こいつをこんなになる前に見つけてやれなかった俺の落ち度だ・・・・・ゴメンな、瞬夜」
「・・・・・・・それで?俺に何をして欲しいんだ?」
「こいつが起きたら今まであった事全て話して欲しい、会ってからのものでいい、その後はお前に任せる、俺の事は隠匿してくれ」
一閃は最後にもう一度だけ瞬夜に顔をみつめてから立ち上がり、踵を返す。
「こいつの名前はどうすればいいんだ?瞬夜か?再砂か?」
「再砂にしとけ、そして自分の前だけでは瞬夜と呼ばせるように言えばいい・・・・・・瞬夜を絶対に一人にさせるなよ」
一閃は振り返らず、剛毅の元を、『地獄の使者』を離れていった。
領域内を抜けて、しばらく行った所で一閃はある一枚の写真を握りしめていた。
「また監視の無い平和な日常を取り戻す、それまでの少しの間我慢していてくれよ・・・・・『――』」
写真の中には三人の人間が楽しそうに笑い会っていた。
その真ん中、二人の少年に挟まれるような形で、とびきりの笑顔で写真に写っている少女は、花を持っていた。
白い花びらで、写真越しですらふるふるとそよ風に吹かれているかのように揺られてそうな一輪の花を。