第七章:轟く七皇
「いい天気ですわね~」
大きな伸びをしながら華鈴はそう言った。
部屋の中には誰もいない、梨理がそういう風に考えて作ったのだ。
部屋をノックする音がして、声が続く。
「起きてるか?」
聞き慣れた声だった、時間に寸分のくるいもなく起こしに来た者の声だった。
「起きてるか?」
もう一度問う声が聞こえる。
このまま黙っていても良いのだが、多分自分が起きるまで言い続けるであろうから、此処は素直に返事をする。
「起きてるわ、今日もいい天気ね」
「起きたか・・・天気などしらん」
怒ったような声が向こうから聞こえる。
彼は『道敷大神』、この組織で一人だけ素性が割れていない者の一人だった。
もっとも、もう一人は今やこの組織にはいないわけだが。
「入っていいわよ、そして朝ご飯を作ってくださると嬉しいわ」
「俺を誰だと思ってるんだ!!」
そう言ってドアの前の気配は消える。
「あらら、怒っちゃった」
楽しそうにそう言って、今日の予定を頭の中で反芻する。
「そうか、今日だったわね」
そう言って部屋をでる。
「いよいよ今日の日没だな、鋭美、準備は出来てるか?」
「もちろん!僕をだれだと思ってるんだい?」
その部屋では、疾風と鋭美が待ちかまえていた。
「おはよう、お二人さん、朝から騒がしいのね」
「おはよう、華鈴」
「華鈴か」
朝の挨拶を返す鋭美と何故かホッとしたような事を言う疾風。
華鈴はとっさに思い浮かんだことを実行するため、疾風に近づいていく。
そして不意打ちとばかりに抱きつく。
「ッッッッッッ!!ヤメロ!!離れろ!なにするんだ!!!」
「朝の挨拶よ・・・・・・それと、そんな大声で叫ぶと、寝てる人に迷惑ですわ、例えば昨日遅くまで此処の点検してた梨理とかに」
その間も力を緩めない華鈴、それを聞いて青ざめていく疾風。
必死にもがくがこの抱擁を解くことが出来る者はこの場所にはいない。
出来るだけ押し殺した声で疾風は聞く。
「わかった!わかったから!離してくれ!!頼む!何でも買って欲しいやつ買ってやるから!!」
「私金持ちなので、いりませんわ」
上の方で扉が開く音がする。
それが聞こえた疾風はかなり動揺した様子で、訪ねる。
「た・・・頼む!!じゃあ何すればこれを解いてくれるんだ!?」
流石にこの場面を見られて疾風の行動に支障が出れば困るのはこっちである、なので仕方なく適当な理由を言う。
「朝の挨拶がまだですわね・・・」
「悪かった!!・・・・・・・・・・・おはよう!華鈴!」
その言葉を聞いて華鈴が疾風から離れたところでこの部屋にもう一人、入ってきた。
「おはよ~です」
もの凄く眠たそうに梨理が入ってきた。
「おはよう、梨理、今日もいい天気ですわね」
華鈴の挨拶に寝ぼけた声で驚きの返答をする梨理。
「今日は私がこの空を黒に染めてやる~~~」
その後に続く微かな寝息、その状態で倒れそうになった所を寸でのところで疾風が受け止める。
「そのまま彼女を部屋まで運んであげなさい疾風・・・・・・変なことしてもよろしいですわよ」
「しない!!」
「そう、でもその部屋にはいなさいよ、また起きてくるかもしれないから・・・・それだけ強く言ってどこまで理性が・・・」
「変なこと言うな!!断じてしない!!」
「あらそう・・・・ちょっとくらいならいいのよ?日没に影響がでない程度なら」
「するか!!!!!!」
疾風は顔を真っ赤にしたまま梨理を担いで、その部屋を出ていった。
「っで・・・・・・・うまくいったのかな?」
「当たり前よ、後はあの子がどういう風にそれを一閃に伝えるかどうか、もしくわ伝えないか・・・どちらにせよ崩れるわね」
楽しそうに笑う華鈴を、何の興味も無いかのように見る鋭美。
「きっと大丈夫よ、なんてったって彼は元『八皇』の一員なんだから」
「!!僕はそんな・・・一閃が誰かにやられるなんて思ってないよ!!」
「そう、ならいいのよ、私も彼がこんな『場所』でやられる分けないって知っているから」
「さて・・・・そろそろ昼だね、だいぶん近くなってきた」
鋭美は何気なく言ったが華鈴にはもう届いていなかったであろう。
華鈴はなにやら真剣な面もちで一方を見つめていた。
「どうしたんだい?」
「いえ・・・・なんでもありませんわ、ちょっと外に出てきます」
「・・・?まぁいいけど」
私には関係ないとでもいった声調だった。
華鈴も別段きにも止めずにその部屋を出ていく、その時に小さな声で言う。
「地獄が制裁にくるか、オモシロい、ならばその悉くを導いてやろう・・・」
「むっ・・・・気づかれたか、しかしまだ一人・・・・さすがは華鈴といったところか、そこまで甘くはないようだな」
一閃は『八皇』の拠点である『大山』の要塞から、数百キロ離れた位置から、その要塞の方向に向かって歩いていた。
急ぎはしない、なぜなら敵がまだ逃げるわけないであろうと知っているから。
「あちらもこちらを捕捉したか・・・・攻撃する様子は無いみたいだな」
あちらがこちらを捕捉、および観察をするというならば、今日はこれ以上近づかない方が無難である。
今日はこの辺で野宿になるな。
仕方なくそこで野宿の準備を始める。
日は頂点に達したくらいなのだが、暗くなってから万事を行うのは疲れる、なので早めにいろんなモノを確保する。
周りに一切街が存在しないため、食料を取ろうとその辺の草を観察したりする。
っと突然後ろから誰かが近づいてきた。
「誰だ!」
そう言って振り返ると、そこには短剣を持った少女がいた・・・尻餅をつきながら。
「どうしたんだ?」
「うるさい!!突然振り返ってくるからビックリしたのよ!!」
女は顔を真っ赤にして怒りの表情をこちらに向ける。
「何よ!!女性が倒れているってのに手も差し出せないの!?」
むちゃくちゃなことを言っている。
どちらにせよ、こちらに不利益はないので一応手を差し出そうとするが、その途中で手を止める。
ちょっと遅れて、手が通ろうとしていた場所を女の短剣が鋭く割く、もちろん空気を。
「・・・・・・・・・・・・・」
女はどうして読まれたのかと目をパチパチさせながら一閃を呆然と見つめる。
一閃は一閃でその女を見下したように睨み付ける微妙な間が出来た。
「どう・・・・して?」
女はまだ呆然として、今度は自分の短剣を見つめる。
「そんな中途半端な殺気の攻撃なんてバレバレなんだよ、っで、お前は何しようとしてんだ!!」
「え?あなたを殺そうと思って」
「なんでだよ?」
「なんかいかつそうだったから賞金首かなって思って、そうだったら久しぶりにご飯が食べられるから」
そう言う女はどこかやせているようだった。
「お前・・・・いつから食ってないんだ?」
「えっと・・・・・昨日の一食からかな?保存してたやつが昨日で無くなった」
さも当然のように言う女。
一閃にはよく分からなかった、すくなくとも自分のたった今さっきまでいた組織にはそんな人間一人としていなかった。
「・・・・・・・・・おんな、名前は?」
「角理です、・・・・・・・ってあぁ!返してくださいよ!!それ、あたしのです!」
一閃はほんの一瞬の隙をついて、角理から短剣を奪い取った。
その短剣を取り返そうと一閃に飛びかかる角理を手の力だけで叩き落とす。
「痛いです・・・」
「そりゃそうだ、本気でやったんだから、俺を狙った罰だ」
「ヒドいです・・・・こんなか弱い乙女に・・・・」
「どうでもいいし、か弱い乙女はこんなことしないだろ」
うう、とうなり声をあげて一閃を力無く睨む角理。
「っで、そろそろ起きたらどうだ?別にどうでもいいんだが俺は今から飯の調達に行きたいんだが・・・」
「・・・・・・・・・それって私にすこし分けてくれるって意味なの?」
「条件付きだぞ?それでいいなら一緒に来ても良い」
それを言うと見るからに嬉しそうな顔をする角理、油断したら飛びついてきそうだ。
「っで、あなたの名前は?」
「おれか、俺は一閃・・・・・霧崎 一閃だ」
角理の表情が険悪なモノに変わっていく。
「一閃って・・・・・・『八皇』の一閃?」
「まぁそう言えばそうだが、今は関係ないな・・・・それがどうかしたのか?」
そして重大なことに気が付く、角理が『八皇』を知っているようだった。
悉くを皆殺しにしてきた『八皇』は架空の組織として恐怖で世界をまとめていた・・・・ことになっていたはずだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・みつけた」
瞬間白い光が身を翻した一閃の横を通り過ぎた。
「殺す、絶対に殺す!!」
次々と放たれる矢をいとも簡単に避けながら、食べられる薬草などを調達していく一閃。
日は頂点に達して少しずつ高度を下げているようだった。
「あらあら・・・・あんなか弱い女の子に手をあげるなんて、ほんとに非常識なんだから」
要塞の屋上で一閃を観察していた華鈴は楽しそうにその様子を見ていた。
後ろから『道敷大神』が現れる。
「彼の様子はどうだ?あいつの強さは未だに未知数だ、作戦に支障が出るかもしれん・・・」
「そうね、彼が本気を出した所なんて見たこと無いものね、もしもの場合の作戦を考えておいて」
「そう簡単に言うな、これでもかなりの精神が必要なんだ、もっとも俺にそんなモノは無いが」
『道敷大神』も華鈴と同じ所を見ている。
「私が外れる場合を考えていて頂戴、時間稼ぎに行くかもしれないわ」
華鈴の周りから白い煙が落ちている。
「了解、練るから部屋に戻る、日没までに戻らない場合呼びに来てくれ」
「はいはいわかりましたわよ、さっさと行って頂戴」
『道敷大神』はすぐに踵を返しその展望を後にする。
そこに残った華鈴はまた楽しそうに一閃の観察を始める。
「唯一だったはね、唯一彼だけが私と同じ地平に立つことが出来た、その彼が何処まで私を追いつめるのかしら?」
日はだんだんと戦いに近づいていく。
「んにゃ~・・・・・・・・・」
梨理はだるそうに起きあがった。
自分の部屋の自分のベッドで。
「・・・・・・・・・・・・・にゃ?」
まだ頭がぼけているため頭が回らない、確か食堂に行っていた記憶があるのだが。
っとそこで、気づく、自分の隣にいる人間の存在を。
「!!!!!!!!!!」
・・・・・・・・・・・・・
「お・・・おはよう、疾風」
「ああ、気持ちいい目覚めをありがとう梨理」
疾風は顔と腰をさすりながら皮肉混じりに梨理を睨み付ける。
当の梨理は苦笑いを浮かべながら目を泳がせている。
そこには今の自分の状況を理解していないからっということも含められている。
「・・・・・・解いて」
「嫌だ、そのまま日没まで置いとく」
そう言って今度もまたベッドに横になる。
梨理はベッドにはいない、もちろん部屋から出さず、目の届く位置に拘束している訳だが、
「でもこれの状態で誰かが入ってきたらヤバいと思うんだけどな・・・」
ガチャ、っと鍵が閉まる音が聞こえる。
「お前が入念にしている要塞だ、これで誰も入ってこれないだろ」
「・・・・・・・・本気で叫んだらみんなに聞こえると思うよ」
「大丈夫だ、俺の風が遮断する、振動も同様に」
「疾風はこんな私を見ながら楽しむんでしょ!!」
「いや、寝る、眠い、おやすみ」
そのままいびきをかきながら眠りに落ちる疾風。
「ちょっと~~~~~」
半泣き状態で椅子に縛り付けられている梨理、解放されるのは多分日没直前。
日が大分沈みかけていた。
華鈴の元に鋭美が現れる。
「そろそろ放つよ、突撃の準備にかかって」
「わかったわ、すぐ行くから待ってて」
今静かに七人の皇が動き始める。
舞鶴 千依はいつもとは違う空を見上げていた。
「あの雲は不自然だな、誰かが起こしているモノなのか・・・?こちらに逸れなければいいんだけど・・・」
空に浮かぶのはあまりにも不自然すぎる巨大な黒い雲。
それが鋭美のそれと気づくモノはいない。
「何にせよ、この組織を狙うということは世界に対する挑戦に等しいと知っていれば誰も手は出そうとしないだろうけど・・・」
それでも千依の不安は拭い去れなかった。
心に残るこのモヤモヤしたものは一体なんだろうか。
「今日は雨が降りそうね・・・・・」
日は最後の光を途絶えさせた。
「グングニルの大槍」
一度闇が覆った世界を一瞬にして莫大な量の光の塊が通り過ぎた。
それは一秒よりも短い時間で何十年分かの人間を殺して消えた。
悲鳴はない、恐怖が支配した世界において、悲鳴をあげることは許されなかった。
凍り付き、今何が起こったのかを確認することで頭が精一杯になり、一瞬思考が停止する。
通ったのは避けることの出来ない完璧な、絶対的な先制の一撃。
その刹那、七人の皇が『正義の槍』に進行した。
その中の一人が静かに告げる。
「開戦ですわ、新『七皇』の力、世に知らしめてやりましょう」
始まりから、『正義の槍』の戦力は十分の一にまで削られたという。