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 「何を言い出すのだ。ゴーチェ、お前も当事者だということを忘れるな」


 驚き絶句するエリアーヌの耳に、呆れたような国王の言葉が届く。


 「まったくだわ。聖女を婚約者に選んだのは貴方なのよ?しかも、聖女の教育をきちんとすべきだという声を悉く無視して、その子のやりたいようにやらせてきた。その責任、きちんと取りなさい」


 そして、王妃が深く頷きながら更なる厳しい言葉を連ねれば、リュシアンも目を眇め、許せないとでもいうように強い語気で言葉を重ねた。


 「両陛下の仰る通りです、王太子殿下。それに私は、エリアーヌに負担が集中しすぎだ、と言っているのです。殿下の仰っていることは何の意味も成さないどころか、余計な混乱を招く愚策となるかと」


 言外に、自分の婚約者となったエリアーヌが王太子と共に行動すれば周りがどう見るか、その意味を考えろと忠告するも、ゴーチェは納得できない様子でエリアーヌを見、言葉を紡ぐ。


 「エリアーヌ。お前とて俺と行った方がいいだろう?アイが来るまで、ずっと一緒に行っていたのだから」


 


 え?なに?


 一体、何を言い出すのこの男。


 


 何がどうなれば、そういう解釈となるのか。


 心底呆れてしまい、思わず本音が駄々洩れそうになったエリアーヌは、辛うじて貴族令嬢としての体面を保つも、リュシアンにはばれたらしく、先ほどまでの険しい表情から一変、何やら嬉しそうに口元を歪め、笑いを堪えているのが判る。


 「王太子殿下。近衛への謝罪には、わたくしとリュシアン殿下とで行ってまいりますので、ご安心ください」


 にっこりと微笑みを浮かべて言いながら、誰からも見えないのをいいことに、エリアーヌはテーブルの下、しっかりとリュシアンの足を踏んだ。


 「っ・・・そうですよ、王太子殿下。私共にお任せください」


 そして鋭いヒールの攻撃を受けながら、リュシアンも笑顔で言い切り話はそこで完結した、かにみえたのだが。


 「しかし先ほども言っていたではないか。アイが俺にキスを迫ったのを見て嫉妬したのだろう?それならばそうと、その時に言えばよかったのだ。嫌だと、アイとそのようなことをしないで欲しいと。そうすれば俺とてお前を」




 えええええ!? 


 何それ?


 何の話!?




 ゴーチェの口から予想外の言葉が飛び出し驚くも、エリアーヌはそれを真向から否定した。


 「お言葉ですが、わたくし嫌ではございませんでした。先ほど話題にしてしまいましたのも、ただ見た事実があったことを思い出しただけ、ですので」


 王太子の言葉を途中で切るという不敬を犯すほど耐えられない勘違いだ、と訴えるエリアーヌに、ゴーチェは困ったように眉を寄せる。


 「だから、素直になった方が可愛いと言っているだろう」


 「では、今のわたくし、とても可愛いですわね?」


 これ以上なく素直な気持ちだ、とエリアーヌが微笑めば、ゴーチェが頭を抱えた。


 「意味が判らない。側妃となることを拒んだのは、俺がアイを選んだことが許せなかったからだろう?」


 それは間違いではないだろう?とゴーチェは本気の瞳でエリアーヌを見る。


 「王子妃教育を受けて来たこと、これまで王太子殿下の婚約者として公務に励んで来たこと。それらすべてを否定するような扱いを許せる筈がありません。そういった意味では、王太子殿下の裏切りを許すことは無いと思し召しください。挙句側妃などと。せめて、もっと早くに婚約を解消していただきたかったです」


 明け透けなエリアーヌの言葉に、ゴーチェが身を乗り出した。


 「だからそれが、俺を想っている、ということだろう、と言っているのだ」


 「何故そうなるのですか。わたくしは、契約違反だと申し上げているのです。一方、心情の面では何ら問題ございません。わたくし、王太子殿下をお慕いしたことなどございませんので」


 不敬と取られるほどにはっきりと言い切ったエリアーヌは、流石に通じただろう、と大きく息を吐いた。


 「頑なな。可愛くない物言いはよせと言っているだろう。俺がアイにキスをしたことが嫌だったのだろう?正直に言え」


 しかし眉を寄せたゴーチェにそう返され、エリアーヌは余りのことに口を開けてしまいそうになる。


 


 は?え?


 ちょっと待って。


 このひと、なに言っちゃってるの?


 話が通じないの、聖女だけにしてほしいんだけど。




 もうひとり言葉の通じない相手がいた、とエリアーヌが口元をひくつかせていると、リュシアンがエリアーヌの手を、テーブルの下で、とんとん、と軽く指で叩き意識を自分へと向けさせた。


 「ね、エリアーヌ。もしも私が他の女性にキスを迫られて断らなかったら、どうする?」


 「そのきれいな頬に、真っ赤な手形とひっかき傷を作ってあげるわ」


 リュシアンの言葉に正式な会合の場であることも忘れ、エリアーヌが咄嗟に答えれば、リュシアンが満足そうに笑う。


 「可愛い猫みたいだね」


 「なっ・・じゃ、じゃあ、もっと何か・・・ええと・・・」


 只管にリュシアンを見つめ、必死に考えるエリアーヌの耳が、やがて小気味いい音を捉えた。


 「はいはい。ふたりとも、可愛い猫みたいにじゃれ合うのは、後になさい」


 ぱんぱん、と軽く手を叩き、エリアーヌとリュシアンの遣り取りを微笑ましく見つめた王妃が、厳しい顔でゴーチェに向き直った。


 「ゴーチェ。貴方の後悔も判るけれど、自業自得と諦めなさい」


 「っ・・・。自業自得、は、判ります。ですが、諦めるとは?私はこの国の」


 「聖女よ。先ほどから我関せずの様子だが、これら事態を引き起こした元凶が自分自身であると理解し、よくよく身を慎んで深く反省せよ」


 不満顔のゴーチェが何か言うより早く、聖女へ向けそう言った国王に、聖女アイはあからさまに嫌そうな顔をする。


 「はあ?何よそれ。わたしのこと、ぞんざいに扱わない方がいいんじゃないの?いざって時、この世界を助けてあげないわよ?」


 面白くなさそうに鼻を鳴らし、扱い次第ではいざという時この世界を見捨てる、と聖女は尊大に言い切った。


 この世界を救うも滅ぼすも自分の気持ちひとつだ、と。


 「ですが。聖女様も、もうこちらの世界にいらっしゃるのですから、滅んでしまってはお困りになるのでは?」


 本音を言えば、こんな言い方をする聖女に助けてほしくはない、と思いつつも、エリアーヌはその立場から諭すように聖女に語り掛けた。


 「困らないわよ。そうなったら、帰るもの」


 相変わらずあっけらかんと言う聖女に、エリアーヌは目を瞬かせた。


 「帰る、ですか?過去、異世界からいらした聖女様方は、何方もご帰還叶わなかった、と記録にありましたが」


 「そんな記録は知らないけど、私が望めば帰れるはずよ。来る時もそうだったんだから」


 異世界から来た歴代聖女のなかには、この世界を救った後、自身の生まれた世界への帰還を強く希望された方もあったが、何をどう研究してもそれは叶わなかった、という記録と共に、彼女達直筆の苦悩や哀愁の文字を読んでいたエリアーヌは、そんな彼女等の哀切を欠片も感じさせないアイの言葉に違和感を覚えつつも、その方法を問う。


 「では、聖女様はあちらの世界とこちらの世界を自由に行き来できる、ということですか?こちらに来たのも、ご自分の意志だと?」


 そんな聖女は初めてだ、と、その場の全員が聖女アイを見つめた。


 「そうよ。なんか、こことは違う世界に行きたいな、って思ったら来れたの。だから、帰りたい、って思えば帰れるはずよ。まあ、この世界気に入ったし、まだしばらくは居るつもりだけど。はあ、男だけがねえ。見栄えいいのがたくさん居るのに味見も出来ないとか、辛いわ」


 「貴女は、望んでゴーチェの婚約者となったのではないですか。エリアーヌを押しのけてまで」


 ため息吐き言うアイに、王妃が怒りを含んだ声を出す。


 「だって、若いなかでは一番偉いじゃない。その伴侶よ?だったら楽して贅沢出来るし、男も喰い放題だと思ったのに」


 心底残念そうに言うアイの、その思考こそは残念だ、と、王太子以外の全員が遠い目になった。


 「そんなことをして、王太子殿下以外の男の子どもを身籠ったらどうするのですか」


 呆れたように言うリュシアンにも、アイは明るい目を向ける。


 「あら、大丈夫よ。聖女の力、ってやつで避妊しているから」


 


 そういう問題じゃないでしょうに!




 避妊しているから何も問題は無い、と言い切った聖女に、問題はそこではない、と声をあげそうになり、エリアーヌは慌てて口を噤む。


 「貴女の貞操観念は、どうなっているの?」


 しかし、口を噤みつつも、しみじみとそう言った王妃の言葉には深く大きく頷いてしまい、再びリュシアンが笑いを堪える事態となった。


 


 もう!


 リュシーったら!


 後で覚えておきなさいよね!


 それとも、今また踏んじゃう?




 「避妊のことなら、本当に問題は無い。俺の方でもアイに王家直伝の避妊の術を施して、万が一にも身籠らないようにしてある。だから、エリアーヌが側妃となれば何も問題は無かったのだ」


 


 は?




 エリアーヌが<対リュシアン テーブル下の攻防再戦>を脳内で検討していると、何かとんでも無い言葉が聞こえたが、とんでも無さ過ぎて、すぐに理解することが出来ない。


 「どういう意味です?」


 混乱絶頂のエリアーヌに変わり、低い声で問いかけたリュシアンの瞳は、未だかつてエリアーヌが見たことも無いような怒りに燃えている。


 「言葉通りの意味だ。エリアーヌが側妃となれば、俺が多少アイにかまけたとしても、きちんと王太子の公務を果たせただろうし、世継ぎも望めた。俺は、エリアーヌに避妊の術を施すつもりなど無かったからな。そうすれば俺の評判が落ちることも無く、本当に何の問題も無かった」


 


 正気?


 本気?


 それって、王太子妃の域だけじゃなく王太子の分の公務も、それから跡継ぎ産むのも、私に全部丸投げする、って言っているって判ってる?


 このひと、私のこと何だと思っているの?




 決して短くない期間婚約者として傍に居た男が、本当に残念そうに語るその言葉に、エリアーヌは自分の心が冷え冷えとするのを感じた。


 そして思う。




 こんな男と一生を共にしなくて済んで、本当によかった。




 「王太子殿下。それは、貴方が背負うべきものも含め、すべての責任をエリアーヌに押し付ける、と仰っているのと同義です」


 ゴーチェとの婚約解消は、自分にとっての幸いだった、とエリアーヌが再認識している隣で、リュシアンはその怒りが頂点に達したようにわなわなと唇を戦慄かせ、暴言を吐くのを堪えるように強く拳を握る。


 「だとしても、数年の辛抱だっただろうに」


 聖女アイは、暫くこの世界に居るつもりかもしれないが、やがては帰るのだから、とゴーチェは何でもないように言い切った。


 「お前は。聖女がいつ帰るかも知れないのに、エリアーヌにそのような苦労を強いるつもりだったのか」


 そこまでか、と、脱力したように言う国王は労わるようにエリアーヌを見、その隣で怒りのあまり顔を白くし、唇を震わせながらも何とか堪えているリュシアンを見る。


 「夫を他の女と共用させるなど。なんて残酷なことを言うの」


 首を振り言う王妃の言葉にも、しかしゴーチェが怯むことは無い。


 「その方がエリアーヌとて幸せだったのですよ?何故お判りにならないのですか」


 「お前こそ、何故そう思う」


 疲れたように言う国王にも、ゴーチェはだだをこねる子どもを見るような瞳を向ける。


 「エリアーヌが真に想うのが、俺だからです。想う相手のための苦労なら嬉しいものでしょう?なあ、エリアーヌ。お前、本当は今も俺の傍に居ることを望んでいるのだろう?」


 「絶対にありません。そんなこと」


 先ほどからの話が全く通じていないことに疲労さえ覚えつつ、エリアーヌが言い切ればゴーチェが不機嫌になった。


 「エリアーヌ」


 「そのような苦労、想う方でもない王太子殿下のためにしたいとは思いません。そして、わたくしがお傍に居たいと思うのは、リュシアン殿下ただひとりです」


 不機嫌なゴーチェの圧にも負けず、エリアーヌはきっぱりと言い切った。


 「それは、俺がアイを選んだがために、そうせざるを得なかったからだろう?嫉妬はもう少し素直にしろ。お前は、聖女が俺を選んだゆえ応える、と言ったときでさえ、そうですか、と言った。動揺もせずに。あれは、可愛くない」


 「業務連絡に、動揺や嫉妬は必要無いかと思いますが?」


 「しかし、俺がアイにキスを強請られ断らなかったのが嫌だったのだろう?」


 「嫌、という感情はありませんでした。ただ、そうなのか、と納得しただけです・・・先ほども、そう申し上げましたよね?」




 ほんとにこのひと大丈夫?




 思うエリアーヌの心、ゴーチェに伝わらず。


 王太子ゴーチェの曲解は、更に難度を極めていく。


 「素直に嫉妬した、と言えば可愛いと俺は言っているのだ」


 「してもいないものを、した、と言う事は出来ません。王太子殿下、嫉妬するには、その基となる感情が必要なのです」


 王太子に対しては、その感情が無かったのだ、とエリアーヌが言うもゴーチェには伝わらない。


 「お前は、俺の婚約者だったではないか」


 言葉に、エリアーヌは思わず舌打ちしそうになった。


 「婚約者だからといって、そういった感情が自然発生する訳ではありません」


 「そうそう。愛なんてなくったって、うまい男とするのは気持ちいいし」


 そしてエリアーヌが、いい加減にして!と叫ぶ一歩手前。


 ゴーチェとエリアーヌの不毛な遣り取りに、楽しそうに絡んだ聖女の言葉に、エリアーヌはぎょっとして固まった。


 「ねえねえ、エリアーヌ。貴女、ひとりだけで本当に満足なの?」


 しかし、思考が停止しているエリアーヌを余所に、聖女は益々楽しそうに話しかける。


 「・・・わたくしの身も心も、ひとつしかありませんから」


 「つまんなくない?」


 「わたくしは、リュシアン殿下がいてくだされば、それで」




 つ、つまんない、ってなに!?




 益々意味不明な言葉を聞き、エリアーヌは混乱するも何とか語調を整えた。


 「ふーん。でもさ、リュシアンがキスもその先も下手だったら?エリアーヌは、ずっとそれしか知らないことになるんだよ?もっと気持ちいいことあるかもしれないのに」


 挑発するように言うアイに、エリアーヌは引き攣りながらもにっこりと笑みを浮かべる。


 「わたくしは、リュシアン殿下がいいので。別に他を知る必要は無いです」


 言い切った言葉にゴーチェが眉を寄せ、リュシアンは瞳を輝かせた。


 「まあ。リュシアン、良かったわね」


 そうして王妃が柔らかい笑みを浮かべて言った言葉に国王も満足そうに頷き、優しい瞳で見守るようにエリアーヌとリュシアンを見る。


 「はあ、ほんっとつまんない。ねえ、ところでケーキとかないの?折角のお茶会なのに、お茶しかないとかけち臭くない?」


 


 お、お茶会・・・・。




 そんななか、あくびを噛み殺して言った聖女の言葉に全員が固まった。


 この会合は、聖女が起こした事案解決のため開かれているはず。


 その元凶であるアイは、しかし全くの無頓着。


 「ゴーチェ。片時も聖女から目を離すな。そして、王太子宮から絶対に出すな」


 それが最終にして最良の手段だと言い切る国王に、ゴーチェは不満の目を向ける。


 「それでは、俺もろともの監禁ではありませんか」


 「ああ、その通り。今後、王太子と聖女は出席必須の公式行事を除き、王太子宮以外での行動を一切禁ずる」


 「っ!それでは、今以上に公務が出来なくなります。アイが公務に赴くに問題があるのは判りました。ですが、エリアーヌとなら」


 「くどい!王太子及びその婚約者が担うべき公務は、すべてリュシアンとエリアーヌに任せる」


 「陛下!」


 「王太子宮から一歩も出ることなく、聖女と片時も離れずに過ごす。それが、お前の任務だ」


 威圧の籠った国王の声と態度に、さしものゴーチェもそれ以上反論の言葉を口に出すことは出来なかった。 


 







ブクマ、評価、いいね。

ありがとうございます(^^♪


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