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 「遅くなり申し訳ありません。お呼びと聞き、まかり越しました」


 リュシアンの挨拶に従って頭を下げ、その背に続いてエリアーヌも入室すれば、そこには国王と王妃、王太子と聖女が揃って座っていた。


 これはいよいよ、と緊張の面持ちで席に着いたエリアーヌとリュシアンは、しかし国王が発したひと言に首を傾げることとなる。


 「・・・近衛の視察に我々が、ですか?しかしそれは、本日王太子殿下と聖女殿がいらしたのでは?」


 正式な会合の場のため、リュシアンが固い言葉を使えば、聖女が即座に反応する。


 「わたしのことは、アイ、って呼んでいいって、いつも言っているでしょ。それに、お兄さんなのに、王太子殿下、なんて余所余所しくない?」


 媚びるように甘えた顔で言う聖女を一瞥することもなく、リュシアンはその言葉をばっさりと切り捨てた。


 「ここは正式な会合の場です。それに、聖女殿のことをそのように呼ぶつもりは無い、と、はっきりお断りもしています・・・幾度言ってもご理解いただけないようですが」


 「もう。リュシアンは固いんだから」


 ぷくっ、とふくれた聖女に構うことなく、リュシアンは国王へと目を向けた。


 「ふたりが行ったから、其方らに行ってほしい事態が発生したのだ」


 苦虫を噛み潰したような表情で言う国王の隣で、王妃もその瞳に疲労を滲ませ、リュシアンとエリアーヌを見つめている。


 「おふたりが行かれたから発生した、私達に行ってほしい事態、ですか?それは一体」


 益々意味が判らない、とリュシアンとエリアーヌが顔を見合わせれば、国王は深い溜息を吐いた。


 「近衛の本部で、聖女が騎士に言い寄り色仕掛けで迫ったのだそうだ。それで、猛烈な抗議を受けてな」


 「「なっ」」


 余りのことにリュシアンとエリアーヌが絶句すれば、王妃が疲れたような笑みを浮かべる。


 「嘘みたいでしょう?でも、本当のことなの」


 「いやしかし。王太子殿下もご一緒だったのですよね?」


 リュシアンの問いに、ゴーチェが大きく頷いた。


 「ああ。だからこそ、この程度の騒ぎで済んだ」


 「この程度の、って。それなら、どうして我々が行く必要があるのです?それは、和解できていないから謝罪をしに行く、ということではないのですか?」


 ゴーチェの言葉に矛盾を感じたリュシアンが率直に疑問をぶつければ、国王が眉を寄せてゴーチェを見、その視線をリュシアンへと動かす。


 「リュシアン、其方の考えは正しい。ゴーチェはこう言っているが、実際、この程度どころの騒ぎではない。近衛は、二度と聖女を寄こすなとまで言っている。元々、近衛の忠誠は王家に捧げたものではあるが、人権を無視したような扱いには断固抗議する、と」


 近衛は王家を護る心強い存在として、リュシアンにもエリアーヌにも身近な存在。


 あの忠義の塊のような彼等にそれほどの事を言わせるとは、一体何をしたのか、とエリアーヌも思わず聖女を見てしまう。


 「もしかして、キスして欲しい、と強請りでもしたのですか?」


 ぽろりと口から出てしまったのは、かつてその場面を見たことがあったからで、しかし近衛からの抗議ともなれば、そのくらいはしたのか、と思い尋ねれば。


 「惜しい!最初は、そうだったの。『キスして』って、上目でうるきゅん、ってしたんだけど恥ずかしがって無理だったから、もう少し迫ってあげたの。その方が向こうだって襲い易いでしょう?それなのに『お許しください』って青くなっちゃって。あれ、童貞ね」


 あっけらかんと言う聖女に、周りには何とも言えない空気が漂う。


 「訴えによれば、聖女に迫られた騎士は、他の騎士とゴーチェが駆け付けた時、廊下の壁に押し付けられ迫られていたそうだ。聖女相手に手をあげるわけにもいかず、護衛対象である聖女を置いて去るわけにもいかず大変に困った、と」


 国王の説明に、リュシアンは王太子に不審の目を向けた。


 「その時、王太子殿下は何処で何を?」


 「団長と話をしていた。アイは、つまらないからと別行動をしていた」


 そして、当然と答えたゴーチェに、リュシアンは顔を引き攣らせ、エリアーヌは遠い目をしてしまう。




 つまらないから、って。


 そんな理由で、公務を放棄していいんだ・・・。


 ううん、知ってる。


 それは聖女だから許されたことだ、って。


 うん。


 ちゃんと判ってる。




 思わず内心で呟くエリアーヌの隣で、リュシアンが呆れたような声を出す。


 「つまらないから、と放棄していい公務は無いでしょう。それに、王太子殿下。つまりは、そんな聖女殿を放置していた、ということですよね。結果騒ぎを起こすも、王太子殿下が居らしたからこの程度で済んだ、というお話でしたが。このような事態を回避できていないのであれば、大した意味は無いのでは?」


 「何を馬鹿な。大きな意味があるだろう。その場を丸く収めて来たのは俺だ」


 憮然として言うゴーチェに、国王は青筋立てて声を荒らげる。


 「何が丸く収めた、だ。収まったのならこのような事になっていないわ馬鹿者」


 吐き捨てるように言った国王に、王妃も片手で額を押さえ、ため息を吐いた。


 「ほんとに聖女なのかしら、って思う所業よね」


 「残念ながら、聖女としての条件は揃っている。王城の聖域に、異世界から転移して来たのだからな」


 聖女とは、世界の穢れを拭うため異世界から王城の聖域へと来る者。


 今、この世界は危機に瀕してなどいないが、伝承の通り現れたアイは、それゆえ聖女と認定された。


 「あのねえ。わたしが悪いみたいに言わないでくれる?大体、騎士なんて脳筋が定石で、けだものみたいになるくらいだと期待してたのに、神官と同じくらいストイックとか。ほんとに有り得ないわ」




 神官と同じくらいに?




 まるで、神官のストイックさを実感として知っているかのような聖女の言葉に、エリアーヌとリュシアンが同時に国王と王妃を見れば、ふたりは、もう幾度とも知れないため息と共に頷いた。


 「三日前。聖女は、聖女教育を受けたいと自ら希望して神殿へ行った。王妃は怪しいと言ったのだが、これまで聖女教育を拒否していた聖女が、やっとやる気になったのかと思い、許可したのだが」


 「今日になって、神官総長から抗議の書簡が届いたのです。聖女が神殿内で神官に性的に迫った、と」


 国王の言葉に王妃も続き、ふたりは深刻な瞳でエリアーヌとリュシアンを見た。


「しかも、ただの抗議文ではない。全国の神殿長全員の署名も入った、神殿総意の抗議文だ」


 神殿総意の抗議文。


 それは、王家を相手どって争うことも辞さないという、神殿側の強い意思表示。


 予想を遥かに上回る深刻な事態に、エリアーヌとリュシアンは息を呑む。


「同時に神殿は、きちんとした教育を受けない限りアイを聖女と認めない、このような者を聖女として擁護する王家とは一線を画すことも辞さない、と公に宣言したの」


 そして、更に王妃が告げた事実。


 もはや一刻の猶予も無い緊迫した状況を示すそれらに、エリアーヌとリュシアンは背筋が寒くなる思いがした。


 この国は、王家、貴族が政治を担っているが、神殿がもつ精神的支柱の役割はとても大きい。


 もしその神殿が国民を扇動し、王家に反旗を翻したらどうなるのか。


 想像するだに恐ろしい、と、エリアーヌとリュシアンは言葉を失い、ゴーチェもため息を吐くが、聖女はあっけらかんとしたまま。


 「だって、侍従に粉かけたら怒ったじゃない。だから神殿なら、ストイックな感じのいい男がいるんじゃないかなって思って。そしたらほんとにいたの!それなのに、邪魔が入って」 


 聖女が訴える邪魔というのは、神官仲間の助けだとのことで、互いの認識の齟齬も騒ぎの大きさに関係しているのではないかと国王夫妻は話し、エリアーヌとリュシアンも全面同意した。


 「聖女様。聖女様の世界では、そのように行動なさるのが普通のこと、なのですか?」


 そして代表のように言ったエリアーヌの言葉に、聖女は小首を傾げる。


 「そのように行動なさる、って?」


 「その・・・婚約者や恋人以外の男性に、その」


 「ああ、複数の男に迫るのが、ってこと?積極的に自分から行くのは珍しくないけど、複数っていうのはあんまりないかな。特にわたしは、奥さんとか恋人がいるっていうのも気にしたこと無いから、尻軽であばずれとか泥棒猫とか言われてたし。クソビッチ、なんても言われたかな。酷いわよね。何も奪い取るなんて言ってないのよ?ちょっと借りただけなのに」


 言っている内容は物凄いし、彼女が言われた、という言葉も、意味は判らずともいい言葉ではないことが察せられるのに、何も気にした様子も無く楽しそうに笑って言う聖女を、エリアーヌは呆然と見つめた。 


 「ともかくそういう訳で、王都中央神殿はじめ、主要都市の主神殿には直接我らが赴き謝罪する必要があるだろう、と、緊急閣議で決定してな。こちらは私と王妃で何とか対処する故、近衛の方を其方たちに頼みたいのだ」


 「これまでも随分お仕事を割り振ってしまって、エリアーヌは公爵邸に帰れないほど忙しい、とは判っているの。でも、どうしようもなくて」


 ごめんなさいね、と王妃に頭を下げられ、エリアーヌは慌てて首を横に振った。


 「各地神殿を巡るとなれば、相応の時間を要することは確実です。近衛の方にわたくし達が出向き、謝罪するのは当然のことかと」


 言いつつエリアーヌがリュシアンを見れば、リュシアンもまた深い頷きを返す。


 「近衛の方は、我々で対処しますゆえ、ご懸念無きよう。ですが、」


 「さっきからやけに深刻だけど。そもそも、謝る必要、無くない?だって、近衛は王家に仕える者でしょう?こっちが圧倒的優位な立場じゃない」


 リュシアンの言葉を遮り、聖女は心底不思議そうに首を傾げた。


 「そうだとしても、人権を無視するな、と言って来ているのだ。彼等とて、人間だからな」


 それに対し、ゴーチェが説明をするも聖女は納得しない。


 「それがおかしい、って言ってるのよ。普通、仕えている主人が自分に伽を命じたら、喜んで受け入れるものでしょ。それが一時の遊びだとしても」




 なっっ!?


 す、凄い。


 これが聖女の考え?


 異世界凄い。


 違い過ぎて、言葉は理解できるのに、内容はちっとも理解できない・・・。


 


 「この国で、そのような考えは通用しません。近衛は確かに王家に忠誠を誓い、王家を護る存在です。ですが、だからといって無碍に扱っていいということではありません。そんなことをしていれば、信頼など生まれはしないのです・・それで?リュシアン。言葉の続きは?」


 余りの聖女の言葉にエリアーヌが目を見開いて驚いていると、王妃が聖女に冷たい声で言い切り、視線をリュシアンへと向けた。


 「ありがとうございます。仰る通り、今回の事態は近衛との信頼関係を損なわないためにも早急な対応が必要と思われます。故に我らが行くことも妥当と思われ、異存はありません。ですが、そうなった理由を考えた時、私は不審を抱かずにはいられません。有体に言ってしまえば、聖女殿の失敗を私の婚約者であるエリアーヌが肩代わりするということ。これまでも、聖女殿の能力不足が原因で、エリアーヌは、未だ私の婚約者という身分でありながら、相当の負担を強いられております。王太子殿下におかれましては、もう少し聖女殿を制御していただくよう、お願い申し上げます」


 「ならば、私とエリアーヌで近衛に謝罪に行けばよかろう」




 は?


 はあああ!?


 なんでそうなるの!?




 怒りを内包したリュシアンの言葉に対し、当然と返したゴーチェの言葉に、エリアーヌは顎が外れるほどに驚いた。





ブクマ、評価、いいね。

ありがとうございます(^^♪


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