チャレンジャー
作戦を無事に終えたメレアが帰還したのは、バンフィールド家の本星であるハイドラを守る宇宙要塞の軍港だった。
軍港に到着してメレアを降りたエマとティムは、要塞の基地司令と面会していた。
基地司令は温和そうな男性で、軍人という雰囲気ではない。
基地司令の執務室には趣味で用意された台所があり、そこでコーヒーを煎れていた。
エマとティムのために用意しているのだが、その後ろ姿は喫茶店のマスターのようだ。
「それにしてもカールトン子爵の反乱を無事に解決できて何よりでした。ノーデン男爵の方も無事に解決したようですし、これで寄子の貴族の方々も少しは大人しくなるでしょう」
基地司令の話題にティムは興味がなさそうにしていたが、エマは少しだけ気になった。
「あの、ノーデン男爵って……元十二家の?」
エマが元十二家と言えば、基地司令がコーヒーを二つローテーブルに置いてソファーに腰を下ろした。
ティムの方は礼を述べた後にコーヒーをすすり「うちで扱っているコーヒーよりうめぇ」と呟いていた。
基地司令はノーデン男爵の一件について、エマに詳細を伝える。
「あぁ、そちらの情報は知らなかったようですね。実はリアム様の弟君であるアイザック様をバンフィールド家に招き入れる際に、ノーデン男爵が動いていたそうです。アイザック様の後見人となって、バンフィールド家を好きにしようとしていたようですよ」
貴族社会では幼い当主の後見人――後ろ盾となり、助けるという風習があった。
だが、ほとんどの場合は後見人の立場を利用し、他家の財産を奪おうとする輩ばかりだ。
ノーデン男爵もバンフィールド家の財産目当てで動いたのだろう。
興味のなかったティムだが、貴族の汚さに愚痴をこぼす。
「お貴族様たちの考えそうなことだな」
すると、基地司令は苦笑しつつもティムの意見に同意する。
「本当に迷惑な話ですよ。ただ……」
基地司令は今回の一件について感想を述べ始める。
「……バンフィールド家は後継者が不在という欠点が浮き彫りになっただけで、今後もこの手の話が出て来るでしょう」
ティムは基地司令に確認する。
興味がなさそうにしているが、顛末は気になるらしい。
「それで、ノーデン男爵はどうなったんです?」
「お取り潰しですよ。クリスティアナ殿が派遣されましてね。我が軍が攻め込む前に、ノーデン男爵と夫人は自分たちの軍隊に殺されてしまったそうです」
自分たちの軍隊に裏切られたという顛末に、ティムは指で頬をかいていた。
「何とも呆気ない結末ですね」
エマは一番確認した話題を差し込む。
「あの、それよりもリアム様……領主様の件はどうなったんですか? 出発する前は、行方不明のままと聞いていたので」
「これは失礼しました。先にお伝えするべきでしたね。リアム様はお戻りになりましたよ。何でも、召喚魔法に巻き込まれて未開惑星に捕らわれていたとか」
「召喚魔法!? そ、それ、拉致じゃないですか!?」
あまりにも突飛な話にエマが驚くと、隣に座っていたティムがおかしい点に気が付いたらしい。
「お貴族様の屋敷には、そういった魔法を防ぐ防壁があるものだがな? もしかして、対策をしていなかったのか?」
意外と物知りなティムの反応に、エマは驚いた顔をする。
「司令……意外と詳しいですね」
「騎士のあんたが知らないのも意外だけどな」
ティムが複雑そうな顔をしていると、基地司令が二人のやり取りを見て笑みを浮かべていた。
「そういうわけで、今はお屋敷の防壁を見直している最中のようです。それと、今回の一件もありまして、長らく不在になっていた筆頭騎士も決まりました」
筆頭騎士――それは領主を支える騎士たちのトップである。
バンフィールド家のような規模の大きな軍隊を持っていると、当然ながら騎士の数も相応に多くなる。
特にバンフィールド家は急拡大を続けており、これからも騎士の数は増えるだろう。
他家と比べても騎士の数は多かった。
そんな騎士たちを束ねる立場となれば、凡人には務まらない。
以前は筆頭騎士の立場にクリスティアナが座っていたし、次席にはマリーがいた。
どちらも自分より格上で優秀な騎士であった、とエマは思う。
「順当に考えればクリスティアナ様かマリー様ですかね?」
エマが考え込みながら二人の名前を出すと、何故か基地司令が視線を逸らした。
「いえ、その二人ではありません。多分、今後も筆頭騎士にはなれないでしょう」
「え?」
バンフィールド家でも飛び抜けて優秀な二人が選ばれないと聞き、エマは不思議に思った。
基地司令はこの話題から逃げるように、筆頭騎士になった自分について語る。
「選ばれたのはクラウス・セラ・モントですよ。今回の一件で混乱する当家をしっかり守っていましたし、軍部も順当な結果であると好意的に受け止めています」
クラウスの名を聞いたエマは、驚きのあまりソファーから立ち上がった。
「騎士長が!? あ、いえ、失礼しました。初めて顔を合せた時は、クラウス閣下が騎士長だったもので……」
言い間違いの理由を説明すると、基地司令は何度か頷いた。
「そういえば、ロッドマン中佐とは個人的に親しいのでしたね」
「え、えぇ、まぁ」
親しい間柄といっていいのか疑問だが、それを基地司令に説明する必要もないので曖昧な返事をしてしまった。
ただ、エマは心の中で思う。
(ジャネット大尉……あなたの人を見る目は間違っていなかったようですよ)
クラウスは騎士団の幹部になると公言していた女性騎士を思い出していた。
基地司令は話題を変える。
「それと、ロッドマン中佐とベイカー大佐には、中央の意向を伝えておきましょう」
「中央の意向ですか?」
エマがソファーに座り直すと、基地司令が言う。
「あなた方、技術試験隊を中核とした治安維持部隊を組織することが、ほぼほぼ内定したようです。何事もなければ正式決定するでしょうね」
この命令にティムが困惑する。
「技術試験艦に改修されたメレアを治安維持に、ですか?」
技術試験艦まで治安維持に駆り出すというのは、戦力が不足しているのではないか? と不安に思ったからだろう。
エマも同様に心配するが、基地司令が笑う。
「いや、それがエースオブエースを技術試験隊で遊ばせるのは、勿体ないと一部が抗議しておりましてね。折衷案で治安維持もさせればいいとなったようです」
エースオブエース……つまりは撃墜王。
優秀な騎士たちが数多くいるバンフィールド家で、飛び抜けた戦績を挙げた騎士たち。
エマは最初に誰のことか首を傾げる。
「うちにはリック少尉がいますけど、エースオブエース程の活躍はしていませんよ」
この反応にティムが額に手を当てる。
「……ロッドマン中佐、あんたのことだ。あんた、これまでどれだけ活躍してきたと思っている? 間違いなく、あんたがエースオブエースだよ」
「え!?」
自分がエースオブエースという扱いを受けている事に、エマは心底驚いた顔をする。
「で、でも、それはアタランテがあるおかげで」
アタランテという機動騎士があればこその成果、と言い張るエマに基地司令が困った顔をしていた。
「それでも結果を出したのです。実際、扱いの難しい機体なので、技術試験艦から引き離すのは運用に問題があると判断されたのでしょうね。そのため、メレアも一緒に部隊再編となったようですよ」
「あ、あたしがエースオブエース……ちょっと信じられません」
この話を疑っているエマに、ティムはニヤニヤしていた。
「配属されたばかりの頃は、こんなお嬢ちゃんが生き残っていけるか心配だったからな。それ思えば、確かに突飛な話に感じるな」
基地司令はティムを見て呆れる。
「こちらからすれば、ロッドマン中佐が配属されたメレアは幸運だと思いますよ」
エマは二人の話を聞きながら呟く。
「……全然実感がわかない」
◇
ダリア傭兵団の旗艦に戻って来たシレーナは、モニターやフォログラムで表示された傭兵団幹部たちに詰められていた。
『あんたの無謀な作戦でこっちは大損害を受けたんだぞ!』
『契約を打ち切らせてもらう! 私たちは抜けさせてもらうよ!』
『何がやり手の傭兵だ。素人以下じゃないか』
傭兵団の戦い方を選ばず、損害ばかり出したシレーナに団内の幹部たちは冷たかった。
彼らは彼ら独自の戦力を保有しており、シレーナに従っていただけだ。
気に入らなければ去る……それが傭兵だ。
ただ、今回は幹部たちの離反だけに留まらない。
シレーナが自ら率いている戦力……部下たちの反応も冷たかった。
『最近のあんたのやり方は気に入らなかったんだ。悪いけど抜けさせてもらう』
『何度も負けたあんたは、この業界ではもう落ち目だ。他の傭兵団に移らせてもらうよ』
『あんな兵器まで持ちだして負けるとは……あんた、もう終わりだよ』
何度もエマに負け続け、大金を払って用意したキマイラも失ってしまった。
ダリア傭兵団の評価は地に落ちてしまった。
そして、シレーナ個人の傭兵としての評価も同じだ。
一人の騎士に固執し、大損害を出した愚か者……数千隻を保有していたダリア傭兵団だが、次々に戦艦が離反して行く。
そればかりか、ブリッジクルーすら黙っているシレーナを無視して部屋を出て行く。
残ったのは数名で、その中に副官の姿はなかった。
気が付けば自分が所有していた戦艦だけが、一隻だけ取り残された形になっている。
見かねた通信士が話しかけてくる。
「団長、この場から移動しないと危険です。恨みを持った連中が、いつ攻撃を仕掛けてくるのかわかりません」
何もかも失ったシレーナは、クツクツと笑い出す。
「私が築き上げてきた傭兵団が、こうも簡単に解散するなんて……あなたたちも出て行っていいわよ。ここに残っても給料は出ないのだからね」
既にシレーナは傭兵として終わっていた。
財産のほとんどを今回の戦いのために使い切り、傭兵として仕事を受けるのは無理な状況だ。
それでも、ブリッジに残ったクルーはシレーナのために残るらしい。
「私たちはこれからも団長に付いていきます」
決意した部下たちを前に、シレーナは目を丸くした。
そして俯く。
(……何もかも失った。けれど、私はまだ終わっていない。このまま終われない。あのお嬢ちゃんに……いえ、エマ・ロッドマンに勝ちたい)
シレーナの中で、既にエマは格下の騎士でも同格の相手でもない。
既にエマは自分の格上と認識していた。
「……私はエマ・ロッドマンと勝負を付けるわ。個人的な理由で動く馬鹿な私に付いてくるなんて、あんたたちも馬鹿ね」
そう言うと、部下たちは安堵した顔をしていた。
「お供します、団長!」
「……よろしく頼むわ。それと、あいつと勝負を付けるために今は力を蓄えるとしましょうか。何十年、何百年かかってもいい。私はあいつに勝ちたい」
シレーナは決意を新たにし、エマと再び戦うために行動を開始するのだった。
あたしは星間国家の英雄騎士 5巻 1月25日発売予定!
【あらすじ】
バンフィールド家最大の危機!?
幼い頃に見た領主様に憧れて「正義の騎士」を目指す少女エマ。
技術試験艦メレアで活躍を重ねる彼女に、昇進の報せと共にバンフィールド領の本星で佐官教育を受けるよう指示が届く。
旧友との再会や新たなクセモノとの邂逅もありつつ、久しぶりの故郷でのひと時を送るエマだったが――
「行方不明になったダー……伯爵様について、情報は手に入ったかしら?」
領主様が行方不明となる大事件が発生!
この隙にバンフィールド家を狙う勢力も現れ、エマは騎士長として討伐部隊を率いることになり……!?
落ちこぼれの少女騎士が成り上がる「星間国家」英雄譚、躍進の第5幕!!
今回、小説家になろうに投稿した五章が書籍版となり加筆されております。
ご予約いただければ作者として大変喜ばしいので、是非ともよろしくお願いします!




