因縁の相手
カールトン子爵の討ち死にの報告は、すぐにダリア傭兵団にも届いていた。
ダリア傭兵団旗艦のブリッジでは、その報告を受けたシレーナが笑みを浮かべていた。
雇い主が戦死して報酬が支払われるかどうかも怪しくなったのに、嬉しそうにしているシレーナに副官が尋ねる。
「シレーナ様、カールトン子爵が討ち死にしました」
「えぇ、理解しているわよ。ついでに、あのエマ・ロッドマンの居場所も発見したわ。アタランテの代替機がネヴァンタイプなんてわかりやすい奴よね」
シレーナにとってカールトン子爵の生存などどうでもよく、今は自分のプライドを取り戻すためにエマを付け狙っていた。
アタランテのオーバーホールが間に合わず、他の機体で参加していると聞いてからどこにいるのか探していた。
シレーナがクツクツと笑い、そしてダリア傭兵団に命令を出す。
「全艦、バンフィールド家に圧力をかけなさい。奴らはこちらが無益な戦いを避けると考えているだろうし、十分に混乱してくれるわ」
これを聞いて副官を始め、ブリッジクルーたちまでもが自分たちの耳を疑って周囲の者に顔を向け聞き間違いではないかと確かめ合う。
副官が代表してシレーナに進言する。
「お待ちください! これ以上の戦闘は何の利益もありません! 撤退するのが正しい判断です!」
普段のシレーナならば、ここで引いただろう。
バンフィールド家は三千隻。
自分たちは五千隻だ。
宇宙海賊を名乗っていればバンフィールド家の軍隊は追撃してきたかもしれないが、ここで無理な追撃はしないと誰もが思っていた。
シレーナ自身もそう考える。
「そうでしょうね。自分たちの本星が混乱している時に、無理な戦闘はしないだろうからこちらが退くなら追撃はしないでしょう……けど、そういう問題じゃないのよ。さっさと全艦に攻撃命令を出しなさい!」
「は、はっ!」
納得していなかった副官だが、シレーナの命令に従うしかなかった。
◇
カールトン子爵を討ち取られた敵艦隊は、これ以上の戦闘は無意味と判断して停戦交渉を持ちかけていた。
メレアに帰還中のエマは、ブリッジにいるアリスンから報告を受けていた。
「……傭兵団が戦闘を継続している? どうしてですか!?」
『カールトン子爵の艦隊から停戦を呼びかけさせたみたいだけど、何の反応もなかったらしいわ』
「あり得ません。相手は傭兵団ですよ」
予想外の事態にエマは困惑するが、アリスンの方は理由を察しているらしい。
ただ、自分の予想に疑問も持っているのか歯切れが悪い。
『バンフィールド家への恨みから、戦いを継続している可能性はあるわね』
「え?」
『さっき確認が取れたのよ。カールトン子爵が雇ったのはダリア傭兵団よ。前の戦いもそうだけど、あなたたちは因縁のある相手じゃなくて?』
ダリア傭兵団の名前を聞いたエマは、操縦桿を動かして一機だけで進行方向を変えた。
ダグとラリーがその行動に驚いて声を出す。
『隊長!?』
『どこに行くんだよ!』
ダグとラリーが追従しようとついてくるが、エマは二人に言う。
「各機はこのままメレアに戻って補給と整備を受けて下さい! あたしは味方の援護に向かいます!」
エマは視線で残弾数やエネルギーを確認し、まだ戦えることを確認した。
そして、気持ちが急いていた。
シレーナと決着を付ける……そのためにエマは単機でダリア傭兵団と戦闘をしている宙域に急行する。
◇
メレアのブリッジではエマの行動にティムが文句を言っていた。
「たった一人でどうするつもりだ!? ラクーンをすぐに回収して補給と整備を急がせろ! メレアはロッドマン中佐を追いかけるぞ!」
技術試験隊として遊撃部隊のように動けるメレアは、こういう時に自由が利く。
急いで追いかけようとしているティムは、エマを心配しているようだった。
以前ならば馬鹿にして見捨てていただろう。
その様子をアリスンは横目で見ていた。
(変われば変わるものね……ひいお婆ちゃんにも会いに行ったらしいし)
ティムが数百年ぶりに実家に戻ったという知らせは、アリスンにも届いていた。
だからといって血縁者として会話をしようとは思わない。
通信士が何やらやり取りを始める。
「ここは既に戦場ですよ!? いや、でも……」
通信士の方に向かったアリスンは、何を揉めているのか確認する。
「どうしたの?」
「それが合流ポイントを勝手に指定されまして」
合流ポイントと合流する相手を確認したアリスンは、すぐにティムの方に顔を向けて呼びかける。
「司令」
◇
ヴァローナに乗るカルアは、冷や汗をかきながら部下たちに指示を出していた。
「敵と距離を取って戦いなさい! 無闇に突っ込んだら駄目よ!」
その指示に小隊長の一人が意見してくる。
『しかし、距離を取れば敵の攻撃に――』
ノイズが発生した直後に通信が途中で途切れると、カルアの視界の端で味方機が爆散した。
カルアはパイロットスーツの中で冷や汗をかく。
そして、目の前の化け物に向かって叫ぶ。
「何なのよ、この化け物は!!」
データからビッグ・ボアと呼称される大型兵器に、機動騎士を取り付けたような敵は翼のような大きな腕を広げて周囲に攻撃を行っていた。
放たれるビームが、味方艦の防御フィールドを貫いて爆発させる。
見た目は機動兵器に分類されるようだが、性能的には戦艦クラスだった。
ヴァローナでは歯が立たないと判断したカルアは、すぐさま味方に増援を要請する。
「こちらカルア大隊! 敵の大型兵器に苦戦している。救援を請う!」
しかし、通信士の答えは聞きたくないものだった。
『こちら空母ジョアン。カルア大隊、現在は予備部隊も含めて全て戦闘中で増援を派遣できない。貴官らの戦力でどうにかしてほしい』
「それが出来たら苦労しないわ――っ!?」
カルアが通信士に文句を言い終わらない内に、敵からの攻撃を受けた。
シールドで防ぎはしたが、その威力に左腕までが吹き飛ばされてカルアはゾッとした。
「こんな奴と出くわすなんて運がないわね」
距離を取ろうとするカルアのヴァローナに対して、敵は指揮官機と判断したのか狙いを定めていた。
ここで自分の人生も終わりかと思ったカルアだったが、その時に友人の声がする。
『よく耐えてくれました』
「エマ!?」
友人の声が聞こえた直後、大型兵器に向かって急接近した機体が見えた。
エマの乗るネヴァン・カスタムだ。
恐れ知らずのように大型機動兵器に突っ込むエマは、敵の攻撃を紙一重で避けていた。
レーザーブレードに持ち替えて斬り付けていたが、有効打は与えられていない。
カルアが気付いたのは、敵の動きが変化したことだ。
何より、オープン回線でエマに語りかけ始める。
『会いたかったわよ、お嬢ちゃん!!』
『シレーナ!!』
エマと因縁のある相手なのだろうが、シレーナという名はカルアも聞き覚えがあった。
ダリア傭兵団のシレーナといえば、有名な元女性騎士の傭兵だ。
そんな相手に名前を覚えられるばかりか、渡り合えているエマがカルアには遠い存在のように思えてしまった。
「エマ……あんた……」
しかし、大型兵器相手にエマのネヴァン・カスタムは攻撃を回避するだけで精一杯だった。
ただ、その動きを見てカルアはエマが自分とは別格の騎士に成長したのだと感じた。
騎士学校時代は自分の方が成績は優秀だったのに、と。
◇
『いい加減に勝負を付けましょうか! 私たちの因縁もここで終わりにしましょうよ!』
通信からでもシレーナの興奮が伝わってくる。
エマは冷静に状況を分析していた。
(ビッグ・ボアを取り付けただけじゃない。装甲も性能も以前より増している。手持ちの武器だけでは倒せない)
ゴールド・ラクーンは不格好な機体になってしまったが、随分と予算をかけたのか並の機動騎士では歯が立たない相手になっていた。
けれど、ここで逃げてシレーナに好き勝手に暴れさせては駄目だ、とエマの勘が告げていた。
(シレーナを好き勝手にさせれば、こちらの旗艦を狙ってくる可能性が高い。そうなれば、他の敵も動き出して混戦になる)
エマたちがしたように、敵大将の首を取る戦術を実行する可能性が高かった。
そうなれば、どちらが勝ったのかわからない状況になる。
ダリア傭兵団に味方が負けるとは思わないが、それでも大損害を受けることになるだろう。
「騎士長として、あなたにこれ以上好き勝手にはさせません!」
騎士長を名乗ったエマに、シレーナは怒声をあげる。
『バンフィールド家も人手不足のようね。あなたが騎士長なんて荷が重すぎるのではなくて! 不相応な役職なんて似合ってねーんだよ!!』
順調に出世するエマに、シレーナは怒りを覚えているらしい。
エマは冷静にこれからを考える。
(出来るだけ時間を稼ぐしか手がない……せめて、アタランテがあれば……)
愛機があれば決着を付けられるのに、そう思いながらシレーナの攻撃を回避する。
しかし、シレーナには隠し球があったらしい。
『いつまで逃げ回れるかしらね!』
キマイラが両腕を広げて周囲にビームを放つと、ビックボアの背面部分から大量のミサイルが発射された。
全周囲に向かって攻撃を放つ手段に、流石のエマも回避は不可能だった。
爆発に巻き込まれ、数発のレーザーを受けるしかなくなり左腕のシールドで受け止める。
「まだまだぁ!!」
盾が限界を迎えたので放り投げる前に実体剣を抜き、そしてキマイラに向けて加速した。
狙うのはキマイラの胴体部分……。
全周囲攻撃を続けられれば、先に自分が撃破されると判断して賭に出た。
捨て身の攻撃を行うと、ネヴァン・カスタムの実体剣はキマイラの頭部と胴体の付け根になる首部分に突き刺さった。
中央ユニットを貫き、一瞬だがエマは安堵した。
コックピットにまで刃が届いたはずだ。
これでシレーナとの因縁も終わる……そう考えた直後、エマは目を見開いた。
冷や汗が拭きだした。
(駄目元だったけど、こんな弱点をシレーナが残すはずが……しまったっ!?)
気が付けばキマイラの大きな両手が、エマのネヴァン・カスタムを抱き締める。
『捕まえた』
ギチギチと締め上げられ、エマは逃げ出せなかった。
「くっ!?」
『ようやく……ようやく、私は普段の私に戻れる。私は間違っていない。私はあんたなんかに否定されないのよ!』
何を言っているのだろうか? シレーナの中ではエマの存在が大きな問題になっているらしい。
ただ、エマ本人には関係なかった。
脱出装置を起動させると、ネヴァン・カスタムからコックピット部分が射出される。
シレーナが見逃してくれるとは思わないが、それでも選ぶしかなかった。
コックピットのモニターは消え、室内が薄暗くなる。
エマは目を閉じて自分の運命に賭ける。
「ははっ……運頼みって……あたしはまだ駄目な騎士だな。せっかく、クラウス騎士長があたしを騎士長に選んでくれたのに」
エマの中ではクラウスはあの頃の騎士長のまま……そんな人がせっかく抜擢してくれたのに、ここで終わってしまうのかと悔しく思った。
だが、そこにダグの声がする。
『運も実力のうちですぜ、隊長殿』
「ダグ准尉!?」
コックピットが何かに掴まれると、ダグが言う。
『隊長殿のアタランテをお届けに参りました!』
「アタランテ!?」
エマがコックピットを出ると、何とそこにはアタランテの姿があった。
即座に飛び出してコックピットにしがみつき、エマは中へと入る。
ずっと一緒に戦ってきたアタランテのコックピットは、一年近くも離れていたため少し懐かしく思えた。
「ただいま、アタランテ。でもごめん……再会を喜ぶ前に、あいつだけはここで倒しておこうね」
シートに座って操縦桿を握るエマは、モニターに映るキマイラを見据えた。
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