狩人再び
新年明けましておめでとうございます!
今年も頑張りますので、何卒三嶋与夢を今後ともよろしくお願いいたします!
中佐への昇進と騎士長への就任、そしてカールトン子爵率いる敵艦隊の撃退という任務が与えられたエマは頭がパンクしそうだった。
上級騎士であるクラウスを前にして、これからのことを考えて目眩がしていた。
戦うのが嫌なのではない。
騎士長になればどれだけの仕事を捌かねばならないか、佐官教育を受けた今のエマには理解できてしまっていたからだ。
(騎士長になったら機動騎士部隊の補給と整備の手配……いや、この任務のために艦隊が用意されるなら、それって機動騎士自体の手配が必要じゃない? これ、申請してもすぐには集められないだろうし、そもそも機動騎士をかき集めてもネヴァンなんて回ってこないだろうし……あれ? 人員はどこから集めれば? そもそもどの艦隊と協力するか話し合わないと!?)
騎士というのは特権が与えられているが、同時に責任も背負うことになる。
仕事量が一気に増えたエマは、自分が騎士長の大任を果たせるのか不安で仕方がなかった。
だから、クラウスを前にして弱音を吐いてしまう。
「閣下、今のあたしには騎士長は重いかと……もっと相応しい人物がいるはずです」
思い浮かべたのはラッセルだった。
彼ならば責任感もあるし、騎士長にと言われれば喜んで引き受けただろう。
自分と違って座学の成績も優秀で、機動騎士の操縦や指揮にも長けている。
いっそここで推薦してしまおうかと思っていると、クラウスはエマを見据えていた。
「君が不安に思う気持ちも理解は出来るが、私は君ならばやり遂げると信じている。何より、君は私よりも優秀だ」
「あ、あたしは閣下より優秀なんてあり得ません! あたしは数百万の艦隊を率いるなんて想像したこともありませんし、それに将官になるなんてとても……」
バンフィールド家は騎士不足で出世しやすい状況にあるが、それでも閣下と呼ばれる将軍になるのは難しかった。
多くは大佐で階級が止まり、戦死するか引退まで将軍になれない騎士ばかりだ。
クラウスは気落ちするエマに言う。
「そうかな? 私はジャネットが信じた君を高く評価しているよ」
クラウスに信じていると言われ、エマは唇を噛みしめた。
責任から逃げることばかりを考えている自分が恥ずかしくなったからだ。
そして、クラウスの口から出たジャネット……【ジャネット・ダフィ】はエマを守るために命を賭けた女性騎士である。
クラウスは騎士団の幹部になる……彼女が言っていた言葉は実現した。
しかし、本人はクラウスの側で支えることなく、エマを守って戦死してしまった。
ジャネットの名前を出されては、エマは引き下がることが出来なかった。
「狡いですね。大尉……ジャネット中佐の名を出されたら断れません。エマ・ロッドマン中佐、全力で任務に当たらせて頂きます」
エマが騎士礼をすると、クラウスが僅かに微笑みを浮かべていた。
「助かる。それから、無理を言ったのはこちらだから、部隊編制については協力を惜しまないつもりだ。何か要望はあるかな?」
要望を聞かれたエマは、今回の任務に必要な物を思い浮かべた。
アゴに手を当てながら要望を挙げていく。
「メレア……あたしが所属していた技術試験隊を使わせてください。既にオーバーホールを終えて訓練期間に入っているはずですので、呼び出すだけで大丈夫かと」
「あぁ、認めよう」
「討伐艦隊の機動騎士部隊はどうなっていますか?」
「悪いが騎士長を決めたばかりでね。佐官クラスの大隊長たちを集めるところから始めないといけない。機動騎士の確保も進めてはいるが、事情があってネヴァンはあまり回せない」
どこかクラウスが悩ましい顔をしているように見えたが、エマはこれを聞いて佐官教育を受けている同期たち……そして、ヴィクトリアを思い出した。
「でしたら、佐官教育を受けている者たちに声をかけてもよろしいでしょうか?」
「……君がそうしたいのならそれで構わない」
佐官教育が終わっていない者たちで大丈夫か? そんなクラウスの疑問を感じ取ったエマは、笑みを浮かべて言う。
「佐官教育もほとんど終わっていますから大丈夫です。それと、第三兵器工場でオーバーホールを受けているアタランテを――」
ここまでエマの要望を聞き届けてきたクラウスだったが、アタランテに関しては事前に調べていたのか謝罪をしてくる。
「君の専用機に関して第三兵器工場に連絡を取ったが、責任者のパーシー・パエ技術少佐から間に合うかどうか不明と言われていてね。代わりに第三兵器工場からネヴァン・カスタムが送られてきたよ」
「そ、そうですか」
アタランテのオーバーホールが間に合うかは不明で、代わりの機体が送られてきたらしい。
クラウスはエマに意外な話をする。
「それよりも、第三兵器工場が今回の作戦にヴァローナを提供する用意があると連絡が入ってきた。君は、第三兵器工場に気に入られているらしいな」
「あ、あたしがですか?」
「試作実験機の開発を成功に導き、その後も第三兵器工場の機体の技術試験に付き合っているのだから当然でもある。君が騎士長を務めると言ったら、大急ぎでヴァローナを送ってきたよ」
ヴァローナは現行世代の機動騎士だが、ネヴァンには劣る性能だ。
しかし、整備性と安定性に加えてオプションパーツも豊富で、量産機としては非常に優秀な機動騎士だった。
これまでのエマの実績が、評価されたおかげで第三兵器工場が協力を申し出てくれていた。
「……ありがたい話ですね」
「そうだな。それで他にはもうないかな?」
クラウスがもう終わりでいいかと確認してくる。
頷けば、後はクラウスが必要な物を揃えてくれるのだろう。
エマは少し考えて、自分に足りない事務処理能力に長けた者が必要だと思い浮かべた。
「それなら、アリスン・ベイカー大尉を希望します」
◇
近衛艦隊で充実した日々を過ごしていたアリスンだったが、辞令を受けてやって来たのはメレアのブリッジだった。
充実した日々を奪われ、またもメレアに配属されたアリスンの気持ちは……憎しみでいっぱいだった。
「エマ・ロッドマン少佐はどこ! この私を引き抜くなんて、一体何の恨みがあってこんな酷いことをするのよ! こんな……こんなの……絶対に許されないわ」
出世街道を邁進するぞ! と思っていたのも束の間だった。
再び左遷先に戻されたアリスンは、出世の道が閉ざされたと嘆いていた。
そんなひ孫の姿を見ているのは、薄くなった髪の毛を長期休暇中に増やしてリーゼントにボリュームを持たせたティム大佐が何とも言えない顔で見ていた。
「……ブリーフィングルームで作戦の確認をしている最中だ。あと、もう中佐に出世した」
中佐に出世と聞いて、アリスンが金切り声を上げる。
「私がようやく並んだと思ったら、また先を行かれるなんて!!」
ティム大佐はひ孫を憐れんでいた。
「うん、まぁ……気持ちはわかる。実際に近衛艦隊から、技術試験隊なら左遷されたと思っても仕方がないわな」
ブリッジクルーも複雑な顔をしていた。
以前に任務で一緒になった際は不満もあったが、今だけはアリスンに同情をしていたからだ。
「エマ・ロッドマン、一生恨んでやるんだから!!」
◇
メレアのブリーフィングルームでは、エマが集められたパイロットたちを前にして作戦の説明を行っていた。
「――以上が今回の作戦となります。敵艦隊の概要ですが、二千隻がカールトン子爵率いる艦隊で、残り四千隻が傭兵団と思われます」
敵艦隊の規模は六千隻。
混乱の最中にあるバンフィールド家にとっては、この規模は致命的になりかねない。
大隊長として招集されたカルア、ラッセル、そして……ヴィクトリアの三人は、敵艦隊の規模を聞いて難しい表情をしていた。
カルアが小さく手を上げて質問をする。
「それで、味方の規模はどうなっているの?」
友人であろうと、今のエマは騎士長という立場だ。
「中核を担う艦隊は拠点防衛を担う一千五百隻の艦隊ですが、パトロール艦隊もかき集めて三千隻となっています」
大隊長たちを前にしていることもあり、普段の態度は見せない。
ラッセルはエマの態度を見て、どこか嬉しそうにしていた。
ただ、今はこの作戦に参加する者としての態度で接する。
「寡兵で大軍を討つのは理想ではありますが、それが可能だとロッドマン騎士長はお考えで?」
「可能です。根拠は幾つかありますが、その最たるものはカールトン子爵の軍隊が時代遅れでろくに訓練を受けていない点です」
カールトン子爵家はバンフィールド家の寄子であり、これまでは味方側だった。
だが、バンフィールド家はそんな寄子の家を徹底的に調査していたし、内部にはスパイだって送り込んでいる。
カールトン子爵の企みが露見したのも、このためだった。
ブリーフィングに参加していたダグが、カールトン子爵家の軍隊の内情をデータで見て思わず声を漏らす。
「……懐かしい時代を思い出しちまう酷い内容だな。よくこれで、実力行使に出ようと思ったもんだぜ」
かつてのバンフィールド家の軍隊も、カールトン子爵家の軍隊と同じでろくな装備もなければ訓練などする余裕もなかった。
そんな軍隊で格上の相手に喧嘩を売る気が知れない、とこの場にいる誰もが思っていた気持ちをダグが代弁したのだろう。
エマは現時点で集められた情報から導き出された内容を説明する。
「カールトン子爵家の内情から考えると、四千隻の傭兵団を雇える財力はないそうです。この場合、何者かが当家の事情を察知し、カールトン子爵を焚き付けた可能性が高いそうです」
ラッセルが頷いていた。
「そうなると、傭兵団の団長や幹部たちを捕えたいところだな」
裏で何者が動いているのか突き止めたいと意気込むラッセルに対して、声を上げるのはヴィクトリアだった。
随分と狼狽えているのか、声量がいつもより大きく落ち着きがない。
「あなたたち、本気でこの規模の敵に挑むつもり!? 戦いというのは、同数であっても本来は避けるべきだと習わなかったの?」
帝国騎士資格を持っていると自慢していたヴィクトリアの正論に、バンフィールド家出身の騎士やパイロットたちは呆れた顔をしていた。
他所から流れてきた騎士やパイロットたちは、場の雰囲気を異様と感じたのかヴィクトリアの主張に賛同しているように見えた。
エマはヴィクトリアに体を向け、ロッカールームで見せた態度ではなく騎士長として向かい合う。
「スピアリング少佐、これは命令です。我々はこの戦力で敵艦隊を退けねばなりません」
「ふざけているわ! ハイドラには精強な近衛艦隊がいるんだから戦力を引っ張ってくればいいじゃない!」
確かに正論ではあるのだが、エマは公に出来ない事情を知っている。
近衛艦隊を無闇に動かすことは許されない状況である、と。
「この規模で撃退するように、と命令を受けました。近衛艦隊から増援が来ることはありません」
「私たちに無駄死にしろと言うの?」
この規模の実戦に対して怯えを見せるヴィクトリアの言動に、エマは察してしまう。
「……どうやらこの規模の戦争は初めてのようですね」
ヴィクトリアは図星を突かれて目を丸くするが、エマは追撃を止めない。
このままヴィクトリアが騒いで士気を下げられては困るからだ。
「あなたはバンフィールド家に仕官し、相応の待遇を受けている騎士です。帝国騎士資格を持とうが、そんなことは関係ありません。それだけの待遇を受けてきたのなら、その価値を示しなさい」
ヴィクトリアが奥歯を噛みしめ、手を握りしめていた。
エマは他の騎士やパイロットたちに視線を巡らせる。
「確かに敵の数は六千隻とこちらの倍ですが、恐れることはありません。雇い主であるカールトン子爵さえ倒してしまえば、雇い主を失った傭兵団は撤退しますからね。彼らにとって大事なのは戦争の勝敗よりも報酬です。そこさえ間違えなければ、本当に相手をするのは二千隻の敵艦隊だけで十分ですよ」
三千隻で二千隻の相手をすればいい、と作戦を単純化して説明するとパイロットたちは心なしか安堵した表情をしているように見えた。
ただ、エマは心の中で思う。
(傭兵団もそれを理解してカールトン子爵を守るだろうけど……さて、アタランテがない状況でどこまでやれるかな?)
すると、話に区切りが付いたと思ったダグがエマに尋ねる。
笑みを浮かべており、エマの成長を喜んでいるように見えた。
「騎士長殿、今回の作戦に向けて部隊名を決めてはいかがです?」
「部隊名ですか……そうですね、それなら思い入れもある部隊名を使ってしまいましょうか」
エマはかつてクローディアが決めた部隊名を引き継ぐことにした。
「部隊名はイェーガー隊……バンフィールド家の敵を狩る狩人なんて、いいと思いませんか?」
笑みを浮かべるエマを見て、ダグは笑った。
「我々には意味のある部隊名ですね」
「えぇ、そうですね」
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