バンフィールド家の騒乱
騎士学校での訓練終わりに、ロッカールームで着替えを行っているエマはカルアを相手に実家の愚痴をこぼしていた。
「弟夫婦がいるから家を出て行けって酷くない? 実家に仕送りだってしているのに……それに、あたしだって娘だよ。もっと言い方とかあると思うよね?」
汗だくになった服を脱いでロッカーに入れ、騎士服を取りだして着用する。
ロッカーの扉を閉めると、鍵がかかって洗濯が開始された。
洗濯、乾燥、そしてアイロンをかけたような状態にまでしてくれる。
取りだした騎士服にしても洗濯が終わっており、着心地がいい。
首都星暮らしの長いカルアは、エマと違って洒落た下着を着用していた。
エステにも通っているのか肌つやもいい。
鏡を見ながらリップクリームを塗るカルアは、エマに対して素っ気なく言う。
「いつまでも実家の部屋を占領しているあんたが悪いよ。というか、あんたの給料ならいいマンションを借りられるでしょ?」
「いや、あたしって任務で離れることが多いから、ハイドラで部屋を借りても意味がなくてさ」
エマが自分の事情を理解してほしい気持ちで言い訳をするが、カルアはため息を吐いていた。
「普段使っていないなら、それこそ空けてあげなよ。てか、別にいい部屋を借りてもいいじゃない。お金なんて使ってこそよ。私たちみたいな職業は特にね」
いつ死んでもおかしくない職業なのだから、お金は使える内に使えばいい、というのがカルアの考えらしい。
カルアはエマの懐事情を推測する。
「というか、エマって長期任務で宇宙戦艦暮らしが長いのよね? お手当を考えると、毎月かなりの額が振り込まれているだろうし、私らの何倍もらっているのよ?」
エマは視線を泳がせる。
正直、ここ最近の給与はエマ自身が驚くほど振り込まれるようになっていた。
このまま数十年と頑張って貯金をすれば、老後も安泰なのでは? と思わせるほどだ。
実際はエマが考えるように甘くないとも理解しているが、カルアが言うように大金を得ているのは間違いなかった。
確かにエマは趣味でプラモデルを作っているし、キットや道具に惜しみなくお金をつぎ込んでいる。しかし、基本的にはメレアでの艦内生活を送っているわけで、お金の使い道は限られていた。
「な、何倍って程ではないと思うけど……」
「その反応、やっぱり結構もらっているみたいね。やっぱりエース様は違うわ~……今日はエマの奢りで夕食ね」
笑顔でカルアが言うと、少し離れた場所でロッカーの扉が荒々しく閉められた。
バンッ! という音にエマたちばかりか佐官教育を受けている女性騎士たちが顔や視線を向けると、相手は他所から流れてきた騎士のようだった。
気の強そうな顔をした女性騎士は【ヴィクトリア・セラ・スピアリング】。
帝国の騎士資格を持つ女性騎士で、以前は他の伯爵家に仕えていた人物だった。
金髪をツインテールにまとめ、エマよりも体が小さく幼い印象を周りに与えていた。
僅かにつり上がった目、瞳の色はピンク色。
体付きも細く、華奢であるため強そうには見えない……が、この場にいる時点で見た目で判断してはならない。
彼女は帝国騎士資格を持ち、バンフィールド家が有能と判断したのだから。
そんなヴィクトリアがエマに挑発的な視線を向けていた。
「バンフィールド家って随分と温いのね」
エマたち生え抜きの騎士たちにしてみれば、自分たちが馬鹿にされたと思ったのかカルアを含めて大勢が殺気だった。
しかし、他所から流れてきた者たちは別だ。
ヴィクトリアの側に立ってニヤニヤしていた。
エマが困惑して頭をかく。
「え、えっと……」
そんなエマに、カルアがしっかりするように言う。
「あいつはヴィクトリア・セラ・スピアリングよ」
「ミドルネーム? セラって……」
帝国でセラは貴族や騎士に許されたミドルネームであり、それを持つという意味は大きい。
ヴィクトリアは鍛えられた肢体を見せ付けるようにポーズを決めて、サラサラの髪を手で払った。
「あなたたちと違って本物の騎士ってわけ。地方で粋がっている偽物と違って、こっちは本物の教育を受けてきたのよ」
本物の教育とは、帝国の士官学校と大学を卒業したという意味だ。
帝国に騎士として認められると、ミドルネームが与えられる。
この時点でエリートなのは確実だ。
エマたちはバンフィールド家でのみ通用する騎士資格しか持っていないため、帝国騎士という立場は格上となる。
カルアは忌々しそうにしながら、ヴィクトリアの騎士学校での立場をエマに教える。
「余所者の連中の代表みたいな奴でね。でもさ、ここに放り込まれた時点で上の評価は低いと思うのよね。だって、帝国の騎士資格を持っているのに佐官教育を受けさせられるって経験不足か実力不足を疑われたわけだしさ」
カルアの嫌みにヴィクトリアは眉根を寄せて不快感を表した。
「……生え抜きの温室育ちの雑魚は、口が達者になるのね。バンフィールド家の騎士団の質も、噂ほどではないって証拠かしら?」
バンフィールド家の騎士団を馬鹿にする発言に、エマも黙っていられなくなり口を開く。
「あなたもその騎士団の一員ですよね? 馬鹿にする発言はどうかと思います」
すると、ヴィクトリアは言う。
「騎士団の一員? 違うわ。私は、私を高く評価してくれる騎士団に移籍しただけ。ここに来たのも、他より条件が良かったからよ」
忠誠心など持ち合わせていないようなヴィクトリアの発言に、そこまで割り切るのはどうかと思った他所から流れてきた騎士たちも困惑していた。
思っていても堂々と口に出してはいけないことがある、と。
しかし、他所から流れてきた騎士たちにとってみれば、騎士学校ではヴィクトリアが中心人物なのか味方するらしい。
ヴィクトリアはエマを見据えて言う。
「あなた、元の部隊ではエースだったかも知れないけれど、他所で通用するとは思わない方がいいわよ。世の中、あんたより強い騎士なんて幾らでもいるんだから」
「……それくらい理解しています」
エースと呼ばれるようになったエマだが、戦場では何度も危ない目に遭ってきた。
悔しい思いをしてきたのも一度や二度ではない。
ヴィクトリアは騎士服に着替えてロッカールームを出て行く。
「本当に理解しているのかしらね? バイバイ、お山の大将ちゃん」
◇
「あいつ何なの!? うちに来たのは条件が良いから、ってさ! それ、他がいい条件を出せば、そっちに流れるって意味じゃない!」
ヴィクトリアの言動に怒りを覚えたカルアが、騎士学校の宿舎に戻ってくるなり憤慨していた。
喧嘩を売られたエマの方が、カルアをなだめる。
「落ち着きなよ」
「落ち着いていられないわよ! エマ、あんたエースなんだからもっと威厳を持ちなさい!」
「威厳って言われても簡単に身につくものじゃないと思うんだけど……」
エマは小さくため息を吐くと、ヴィクトリアについて……バンフィールド家に流れてくる騎士たちについて話を始める。
「それよりも、忠誠心のない人たちも多いのかな?」
カルアは余所者に対してイメージが悪いのか、どうにも評価が厳しくなる。
「故郷じゃないハイドラに来て、愛着を持つと思う? ほとんどの連中が、うちの騎士団の待遇が良いから流れてきているだけよ」
バンフィールド家は他家とは違う事情に悩まされている。
それは、譜代の家臣……特に騎士に関してはゼロという状況だ。
現領主が全てを引き継いだ時には、騎士団など存在していなかった。
騎士たちを集めるために、その後にバンフィールド家は好待遇で騎士を集めた経緯がある。
そのため、今も幹部たちは全員が他所から流れてきた騎士だ。
バンフィールド家を代表するクラウス、クリスティアナ、マリー……三人もハイドラ生まれではない。
彼らがいなければ今の騎士団はなかったのは事実だが、それを良く思わないハイドラ生まれの騎士たちもいた。
カルアはその典型だろう。
ただ、カルアが悪いという訳でもない。
「実際、現場に質の悪い連中が流れて来ているから、一般兵たちを雑に扱って困っているのよ。騎士以外は人間じゃない、って本気で思っている馬鹿も多いからね」
現場で苦労している話をするカルアだったが、エマはこれに目を丸くする。
カルアの話には驚いたが、それはエマの部下であるラリーの事情と繋がりがあったためだ。
かつてラリーは騎士たちに酷い扱いを受けていた。
その原因が他所から流れてきた騎士たちにあるとは思っていたが、今も続いている事実に軽いショックを受けた。
「そっか……まだ改善していないんだね」
「私たちは一般兵を雑に扱うような真似はするな、って厳しく教育を受けたけどね。でも、他の奴らは違うのよ。現場で好き勝手にするし、本当に迷惑だわ」
カルアは現場で苦労しているようだ、と思っていると宿舎が騒がしくなっていた。
エマたちがいるのは宿舎の談話室だったのだが、ソファーから立ち上がると狼狽えている女性騎士を捕まえて話を聞く。
「何かあったんですか?」
エマの問い掛けに、呼び止められた女性騎士が困惑しながら言う。
「そ、それが……領主様が行方不明になったという噂が出ていて」
「……え?」
エマとカルアが目を丸くする。
領主が行方不明など一大事だし、何か事件に巻き込まれたのかと心配になった。
女性騎士は聞いた噂を二人に話してくれる。
「最初はただの噂だと思ったんですけど、政庁は慌ただしく動いていて、それに首都星からバンフィールド家の関係者たちが来ているのは事実みたいで……」
カルアは首都星にいる関係者と聞いて頬を引きずらせていた。
「それって先代の関係者って意味よね? これ、お家の一大事じゃないの?」
バンフィールド家の先代といえば、今代が名君と評されているのに対して暗君だった。
もしや、そんな暗君が再びバンフィールド家を統治するのではないか? カルアが不安に思っていると、女性騎士は更に言う。
「軍の一部が離反して行動しているという噂も広がっているし、もう何が何だか」
女性騎士も何が本当で、何が嘘なのか判断が付かないらしい。
一体何が起きているのか? エマたちには想像もつかないが、ただ事ではないのは理解できた。
そんな中、エマの端末に緊急通信が入る。
サウンドオンリーの文字が浮かび、慌ただしい声が聞こえてくる。
『エマ・ロッドマン少佐は直ちにお屋敷に迎え! 貴官が佐官教育を受けている最中であるのは理解しているが、これは緊急事態である』
一方的な命令にエマが困惑しているが、緊急事態と言われては仕方がない。
エマはカルアと女性騎士に向かって言う。
「よ、呼び出されちゃった」




