レポート:第一街人
「エヴァ、飛行に問題は?」
『問題ありません、研究所内の施設と同期して制御は安定傾向にあります』
飛行研究所の窓から覗いて見えたもの。
どこまでも続く緑の大地。青く透き通った湖。
草木が風になびき、緑の波となって続いていくのが美しい。
――なるほど、これが未来の世界か。
「思った以上に自然にあふれているな」
技術の進展は、人口の増加を招く。人口が増えれば、まず住むため建物が必要になってくるし、資材を確保するために土地の開発が進む。
その結果、こういった緑は消えてしまうことが多いが、この風景を見るにそれはクリアーされているようだ。
……しかし、いったいどうやって?
思いつく限りで、ああでもないこうでもないとうなっていると、巨大な塔が見えてきた。
塔には、白い文字盤と、金と銀の針……おそらく時計塔か。
時計塔の下には、城を思わせるような立派な建物がある。と、というよりも時計塔は、その城から伸びているようだ。
『気になりますか?』
「そうだな、これが未来の最先端の町並み、か?」
赤い屋根に、石組みの建物がポツポツと立っている。
未来の建物は、俺の時代の建物に比べるとだいぶコンパクトになっている。昔なら、天までそびえるような建物がところ狭しと並んでいたものだが……。
これだけ余裕を持って、居住地区を用意できるのは、やはり技術の進化のたまもの、ということなのだろう。
『……マスター! 下方から、飛来物多数!』
「何!?」
『観測所からの映像、表示します!』
壁に錬金術によって出力された映像が映る。
しかし……。
「なんだ? あれ?」
『元素反応が確認されています』
「元素反応、錬金術か。だがまぁ……」
光球の群れは、赤、青、風、黄の四色で構成されており、基本四属性の火、水、風、地に対応しているとわかる。
しかし、それぞれ光球は、ひどく勢いを失っており、ヘロヘロと飛んきては小さく爆ぜるのみ。
そもそもの話として、研究所まで届いていない。いずれも届く前に力尽きてしまっている。
「子供のいたずらだろうな。元素のコントロールがまるでできていない」
『いかがなされますか?』
「まぁ、気にするまでもない。飛行研究所が着地できる場所を探してくれ。あの街へ降りる」
『了解しました、マスター。飛行研究所、移動します』
そうして、人目につかない山の裏手に飛行研究所を止めた後、俺たちは街にたどり着いた。
その一歩を、堪能する。
「さて、ここが未来の――」
息を大きく吸い込むと、気持ちいい草の匂いが肺を満ちる。
空から見た視点とは、また違う。人の往来と、活気。建物こそ、こじんまりとしているが人々の顔つきは生気に満ちていた。
空気が美味しい。
得も言われぬ開放感が、指先まで広がるのを感じる。
『いかがですか、マスター?』
エヴァが尋ねてきた。
「悪くない。なんというか、生きてるって感じ――」
「何ィッ!?」
意気揚々と歩こうとしていた時、ただならぬ声が響いてきた。
声の主は、噴水の近く。ひざまずくローブ姿の男たちの中心に、その姿があった。
「見つからないだと……? あんなデカブツをどうやったら見失うと言うのだ!」
「は、はっ……。すみません……!」
「いいか! あんなのを見逃したとあっては、私の名前に傷がつく。死にものぐるいで探せ!」
「し、しかし……ディーノス様、見つけたところで、あ、あんなの勝てるかどうか」
ローブの男が食い下がろうとすると。
「貴様の意見なぞ聞いておらんわ! 一刻も速く見つけてまいります、だ!」
怒鳴りつけている男――おそらくディーノスが、ローブの男に指を突きつける。
ディーノスの指先には、小さく炎がゆらめていた。
――元素反応。
炎の元素が男の指先に集まっているのが、感覚でわかる。
となると、あの男は錬金術師。
だが、何かが違う。違和感があるような気もする。
ローブの男は、顔面蒼白となり、ディーノスに平謝りする。
「す、すみませんでしたァ! い、一刻も速く見つけてまいりますぅ!」
ローブの男たちが蜘蛛の子を散らすように四方八方へと走っていく。
ディーノスは噴水に腰掛け、足をダンダンと打ち付けている。
どうやら、自分で探す気はないらしい。
「……いつの時代にもああいうどうしようもないのはいるんだな」
『マスター、話に出ていたのは』
「間違いなく、飛行研究所のことだろうな」
『マスター、早急にこの場を通り抜けることを推奨いたします』
「もちろん、そのつもりだ。面倒事は御免こうむる」
そうして、この場から離れようと踵を返したところで。
「……魔法も使えない無能どもめ。五級魔導師たるこの私に意見しようなどとは10年早い」
気になる単語が聞こえ、足を止める。
『マスター?』
――魔法? 魔導師?
なんだ、それ?
「おい、貴様」
この一瞬の思考時間がいけなかった。
背後からディーノスの威圧的な声が聞こえてくる。
「さっき、町の外から来ていたろう」
当然、振り返るとそこにはディーノスの姿があった。
首までかかる長い金髪に、青いコート。そして――胸元には、5枚の羽をあしらった銀のバッジが鈍く輝いていた。
「空を飛ぶ巨大なモンスターを見ているはずだ、どこに行ったか話したまえ。」
面倒な事になったな……。
下手に付き合うと厄介なことにしかならない。とっとと切り抜けてしまおう。
「悪い、俺たちは見てない」
『はい、見ておりません』
「……この私が何者か理解できていないと見える」
そりゃあわかるわけがないだろ……。
とは思うが、まぁ相手も相手で俺たちのことを知らないのだからそこは仕方がない。
「五級魔導師、と言えば少しは身の程が理解できるかね?」
と、思っていたところ突然、ディーノスの手のひらに巨大な火球が現れる。
咄嗟のことに、反射的にやってしまった。
「おっと」
――元素分解。
「む……?」
ディーノスから発せられた炎の元素を分解したことで、火球は一瞬にして消え去る。
「なっ、私の魔法が消えただと!? どうなっている!? このっ、この……!」
ディーノスが手を突き出し、炎を発生させようとしているが、全く炎は出てこない。
当然だ、ディーノスが炎を発生させるよりも先に俺が炎の元素を分解しているのだから。まともな錬金術師なら、こうはいかずそこそこ抵抗されてしまう。
が、正直ディーノスは元素の扱い形が壊滅的に下手なせいで、勝負になっていない。
みっともない。この程度であれほど大口を叩くなんて。
「クッ……私はここで油を売っているほどヒマではない。調子が良ければ、貴様から情報を絞り出していたが、今は時間が惜しい。この私に感謝することだ」
……それはどうも。
捨て台詞を吐きながら、どこかへ向かうディーノス。
聴きたいことはあったが、こんな不毛なやり取りをしながら情報収集するのだけはお断りだ。
『行きましょう、マスター』
「あぁ、そうだな」
あんなのに絡まれるとは、幸先はあまり良いとはいえないな。
しかし、魔法に魔導師……。
魔法という錬金術に似た技術、そしておそらくそれを使う魔導師という存在。ディーノスが魔導師で――それも五級がどうとかこうとか。
俺の転生している間に新しい技術が生まれたのだろうか。
「……ふむ」
なるほど、興味が湧いてきた。まだこの街も入ったばかり。もっともっと色々と俺の知らない事も増えているはずだ。
ならば、それを確かめないわけにはいかない。
「――それらしくなってきたじゃないか」
研究意欲を掻き立てられながら、俺はエヴァと共に街の路地へと足を進めた。