レポート:ホムンクルスなるもの
――目が覚める。
「……ここは」
視界にあるのは、見慣れた白い天井。
どうやら俺の部屋らしい。ひどく重たい体と、薄ぼんやりした意識。
いったい、どれほど眠っていたのだろう?
ベッドから体を起こし、研究室のドアを開く。
『――おはようございます。良い夢は見られましたか?』
研究室には一人の少女がいた。
白いエプロンドレスに、流れる水色の髪、まん丸な青い瞳。
そして、その無機質な声。
「――誰だ?」
反射的に出てしまった。
少女は、不服そうに口をとがらせて。
『……マスター、ただちに頭の整理を推奨します』
この、いかにもなカタカナ語には聞き覚えがあった。
それをきっかけに「なるほど」と一気に正体が氷解する。
「ずいぶんと雰囲気が変わったな、エヴァ」
『おめかしいたししました。私は常に進化を続けているのです』
長い髪をかきあげると、ふわっと髪が広がる。
たなびくスカートと相まって、実に絵になっている。
前は白いワンピースで、全体に表情に乏しく幼い感じだったが、なんだか妙に成長というか人間らしくなったような気がする。
なんとなく、背も伸びたような気がするが、どうだっただろう。
しかし、一つ気になるのが。
「なんで――メイド服なんだ?」
『機能美です』
「なるほど? 機能美か」
機能美。
つまり、実はあのメイド服には、いろいろ武器が隠されていたりするわけだ。
おそらくエプロンのポケットやら、ホワイトブリムやらに、一瞬にして相手をどうにかしてしまうようなすごい機能が――。
『マスターの考えているような機能はございません』
「……そうか」
ちょっと残念だ。
『ところで、お体の調子はいかがですか?』
エヴァが、鏡を取り出し、こちらを映し出す。
「これは――」
炎のように赤い瞳。透明度の強い白い肌。
そして、光沢のある銀の髪。
元々、俺は黒い髪に青い目だった。
これは理論上――ホムンクルスの特徴として予想されていたものだ。
「――俺は、生まれ変わったのか?」
よく見れば、顔つきも以前より幼いと言うか、若くなっているように思える。
あと、なんか肌がピチピチしてる。気がする。
モチモチ? ピチピチ? まぁ、それはいいとして。
『見た感じ、問題はなさそうですか?』
「あ、あぁ。そう、だな」、
ホムンクルス、ということは。
つまり――究極まで錬金術に適応した姿。求めていたものがここにある。
当然ながら、試さずにはいられなかった。
机の上にある失敗作の鉄くずの山に手をかざす。
周囲にある元素を鉄くずへとつながるように導いていく。
元素はすなわち炎、水、風、地の4つからなる。しかし、本質的には元素は、物質の状態に変化を与えるものであり、この4つの元素によって物質を『作り替える』のが錬金術である。
理論上は、この鉄くずを金へと変化させることさえ可能だ。
だが、金など今更俺がほしいとは思わない。俺がほしいのは。
「――練成」
鉄くずは、青紫の光を放ったかと思うと、青い結晶へと変化する。
『エリクシル!? 鉄くずを、エリクシルに変えた……!?』
机の上には、鉄くず山ではなく、『原初の金属』と呼ばれたエリクシルがある。
通常、エリクシルを生成するには強大な力を持つ物質を触媒とし、素材もそれ相応の物質が必要だ。
だが、今俺はその辺を全てすっ飛ばして、純粋な錬金術のエネルギーだけで鉄くずをエリクシルに変えてしまった。
しかし、これは理論上すでに予想されていたことなので、まだわからなくはない。
もちろん、鉄くずをエリクシルに、なんて考えられない事態だが。
それ以上に、俺にとって驚くべきことがあった。
「負担が……ない?」
ほとんど、負担らしい負担がなかった。
エリクシルを生成することさえ、そこそこ骨が折れることなのに触媒もない鉄くずからエリクシルを生成など、今までの体ならば確実に不可能だった。
「とんでもないな、これは……!」
思わず感嘆の声をあげる。
「まさしく、世界が変わった。これならば、もっと高みへ行ける! すごいな、ホムンクルスというやつは!」
『世界……』
エヴァが小さく呟く。
世界、そうだ。考えてみれば、転生するまでにどれくらいかかったのだろう?
肉体を人間からホムンクルスへと作り変え、その上で魂も定着させると、相当な時間がかかったはずだ。
それも、これだけ上質な体ともなると、なおのこと時間がかかっていると見ていい。
「なるほどな、どうやらあれから大分時間が経ったわけだ」
『おっしゃるとおりです』
「感覚としては、昨日までは人間だったような感じがするんだが……。まるで時間旅行だな」
最低でも1000年と想定されていたわけだし、おそらくかなりの年月を経ているはずだが。
もうこうなってしまえば、王国はおろか学会など影も形もないだろう。
ふと、壁を見てみると、郵便が来ていた事を知らせる案内板に、大量の通知が溜まっていたのがわかった。
少しだけ気になって、確かめようとも思ったが。
いずれにせよ、過去の話でしかない。
――今見るべきは未来だ。
「この時代の錬金術が気になる所だな」
当然、俺の生きてきた時代より錬金術だって進化しているはずだ。
下手をすれば、ホムンクルスですら古典でさらなるステージへ進んでいる可能性もあり得る。
――俺としては、確かめないわけにはいかない。
「よし……分析、展開」
床に手を置き、意識を集中する。
研究所内の物質を分析し、元素のルートを展開。その範囲は研究所全域だ。
――こんな事、人間ならば不可能だろうが、ホムンクルスであれば。
『マ、マスター、何を? 研究所全域に強大な元素反応があるのですが――!』
「研究所を作り替える」
『研究所を、作り替える……? おっしゃる意味が……』
「つまり、こういうことだ――! 再練成!」
研究所が大きく揺れ、元素たちが暴れ狂うのがわかる。
元素たちが激しく反応し、オーロラのような光が研究所全体を包んでいる。
これだけ広範囲に手を付けると、普段は見られないような光景も見えてくる。
あちこちから練成の音が鳴り響き、周囲の光景がみるみる変わっていく。
これだけの事をしても、体に負担はかかっていない。
『――マ、マスター、研究所が浮いています!』
成功だ。
研究所に飛行機能を付け加えた。
元々、研究所を飛行させるのは企画としては存在していたが、人間の頃は学会が忙しく手を回せなかった。
だが、ホムンクルスともなれば、これも一瞬のことだった。
「――よし」
新しい体。
新しい時代。
新しい領域。
ならば、次は新しい錬金術だ。
この新しい時代の錬金術を知らねばならない。
「エヴァ、研究所の操作を任せる。研究所の操作管轄はお前にあるから、このまま操作できるはずだ」
『かしこまりました。――研究所と接続を開始、同期が完了しました』
「では、移動開始。目標は――この時代の街だ!」
研究所がゆっくりと動き始める。
ここから、新しい俺。ホムンクルス、アルバール・フォンテスターとしての人生が始まろうとしていた。
俺の知らない錬金術が、きっとそこにある。
さらなる高い領域へ行けるのだと。俺は、期待に胸を膨らませていた。
これにて一章が終了となります! 読んでいただきありがとうございました!
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