レポート:学会の裏切り
「――アルバール・フォンテスター。今日この日をもって、貴様を学会から追放とする」
……追放する? 俺を?
その日のことだった。
俺は宮殿に招かれ、王と今後の研究について話をする手筈になっていた。
しかし、来るなり王に告げられたのは追放の言葉。
「……アルバールよ、『学会』の条件はわかっておろうな?」
学会の条件。
「陛下、それを“賢者“である俺に聞くのですか?」
「これからは“元“賢者だ。いいから話してみせるがいい」
……めちゃくちゃだな。
そう言いたくなる気持ちを抑えながら、学会の条件を話してみせる。
「学会の参加条件は、錬金術に対し、高い素養を持つこと。
そして、国家の発展のために研究し、一定の期間ごとに論文の公開と研究成果を発表しなければならない」
「どうだ? 胸に手を当ててみよ」
「どうだ、も何も……。努力してきたからこそ、学会の冠位である“賢者“を陛下から直々にたまわったわけですが」
「いかにも。ワシはお前は“賢者“たるにふさわしいと見て、その冠位を授けておった。だからこそ、ワシの手で取り返さねばならぬ」
陛下が忌々しそうな顔で、人差し指を立てる。
「……1年だ」
「1年?」
「1年も滞納しておる。資金も要請に応じて何度も出したにも関わらず、論文も研究結果も一切出されていない」
「そんなはずはありません。資金については俺は自分で回していましたし。提出の方はたしかに研究が忙しく、同僚たちに頼んでいたのはありますが――」
と、口にしてからやっとそのからくりに気づいた。
覚えのない要請、提出されていない研究。
俺が手渡ししてから、同僚たちが改ざんした、ということだろう。
滞納の通知は結構うるさく来るはずだが、一切俺のもとには届いては来なかった。
だから、問題がない、そう思っていたが。
資金の方も気づかない内に勝手に要請されていたようだ。
どうやら、そこもハメられていたか。
「お前は、同僚の論文や研究結果を自分の成果だ、そう言いたいのか?」
どうやら陛下の中では、俺は穀潰しの怠け者から盗人へとランクアップ――いや、ランクダウンしているようだった。
「……陛下のおっしゃりたいことはよくわかりました。――しかし、いいのですか?」
「何?」
「もし、俺が怠け者でも盗人でもなかった場合、です。俺が作ったエリクシルの研やイリアステル理論は、まだ続きがある。ガワだけ持っていっても完成はさせられません」
「ふむ」
「この状態で街にあるエリクシル機構をそのまま動かせば――暴走は避けられない」
「……大したやつじゃ。舌の回りは、たしかに一流よな」
陛下が深くため息がつき、こちらを侮蔑の表情で見つめる。
「遣いに探らせたが、意味不明な研究ばかりして、そんな大層な研究には見えない、と話しておったわ」
……そりゃそうだ。
知識のない人間が、研究記録を見たって意味不明なのは当たり前だ。まぁ、たしかに俺の研究は根幹からの研究で、パッと見て役に立ちそうに見えない部分はあるが。
「学会とワシの遣い。これだけ証人がいて、見苦しいヤツよアルバール。これ以上お前と舌戦を広げるつもりはない。とっとと失せい!」
こうして、俺は取り付く島もないといった感じで、学会をクビになり追放の憂き目にあった。
*
場所は変わって、研究所。
「エヴァ、いるか?」
『はい、ここに』
呼びかけに答え、機械的な音声とともに奥から現れるワンピース姿の少女の姿。
見た目は、少女だが人間ではない。この工房一帯を取り仕切るゴーレムだ。
『マスターを詐欺師扱いとは……いったい何を考えているのです?』
「まぁ、出る杭は打たれる。俺は最年少の賢者だった、鬱陶しく思うやつだっているだろう」
『しかし……』
「ま、今となってはどうでもいいことだ。それより、例の計画――“転生術式“を実行に移すことにした」
『“転生術式“――かしこまりました。準備に取り掛かります』
そういって、エヴァが手をかざすと、幾重にも錬成陣が広がり、大量のチューブがつながった巨大なガラスの培養槽が現れる。
これはかねてから考えていた試みではあるが、最終手段として残しておいたものだ。
――これは人を超える存在、ホムンクルスへと転生するための術式である。
ホムンクルスとは錬金術に最適化された生物であり、俺が長らく転生したいと考えていた存在だった。
しかし、この術式が完了するまでには、1000年以上はかかってしまう。
仮にも、学会で“賢者“を任されていた身としては、突然蒸発するのはまずかろうということで眠らせていたものではあるが……。
今となっては、それに縛られることもない。
エリクシル機構があのまま動いた時は、悲劇となるだろうが――。
もはや、俺には関係のないことだ。
『警告、警告。培養槽に入り、術式を起動した場合、途中で中止することができません』
培養槽に手を触れて考えてみる。
身体をつくりかえるということは今の体を捨てるということであり、肉体的には一度死を迎えるということである。
ホムンクルスは、現状まだ理論上にしか存在しない生き物だ。俺の手でほぼほぼ形になったとは言え、実際に成功した例はない。
無論、さすがに自分自身を賭けているとなると、恐れがないわけではないが――。
「考えるに及ばず、だな」
もとより、居場所もなくなった身だ。今更王国に対する義理立てもあるまい。
王国のあるこの時代でくすぶっているなど、バカげている。
「エヴァ、俺は行く」
フタを開けて、培養槽の中へと入り、膝をつく。
培養槽の底には、転生用の錬成陣が描かれている。
これが成功すれば、ホムンクルスの生成とホムンクルスへの転生が史上初、といったところか。
今更、史上初というのも虚しいだけだが。
「エヴァ、それじゃ頼む」
『……かしこまりました。マスター』
培養槽の蓋が閉まり、チューブを通って液体がさらに流れ込んでくる。
体がピリピリとする。どうやら溶け始めているようだ。
『マスター』
ふと、エヴァの声が降ってくる。
『未来で、またお会いいたしましょう。おやすみなさい』
「……あぁ。おやすみ」
ガラスの底に手を置き、術式を発動させていく。
青白い光が培養槽の中に満ちる。視界が全て光に飲み込まれ、あらゆる輪郭が失われていく。
こうして、この時代から俺は消えた。
最高の存在、ホムンクルスへと転生するために。
錬金術のさらなる進化のために。
――俺は遠い未来へと飛んだのだ。