愛妻家の称号
番外編、最終話になります。
時間軸は二人が挙式して一週間後くらいの話です。
魔法が使える設定なのに一度も使っていないので、使わせてみました。(^^;)
尚、今回は行為自体の描写はありませんが、それを確定する表現が多々あります。
R-15要素になるかと思いますので、苦手な方はご注意ください。
精霊達が淡く優しい光を放ちながら漂う美しい月明りの輝く穏やかな夜。
誰もが安らぎを感じながら、一日の疲れを癒す為に眠りにつく静寂な夜。
そんな夜を見事にぶち壊す様な爆音が、コーリングスター城内から響き渡る。
爆音の発生場所は、一週間程前に婚礼の儀を挙げた王太子夫妻の寝室からだ。
「イクレイオス様っ!! ご無事ですかっ!?」
側近のロッドが城内警備と護衛の騎士を引き連れ、素早く駆け付ける。
「賊だっ!! 計5人! 内4人は行動不能にしたが、一番西側で1人逃走中だ! 何としてでも全員ひっ捕らえ、明日早々に私の前に必ず引きづり出せっ!!」
ナイトガウンを半分だけはだけさせ、外付けのバルコニーの手すり部分に片足を掛けたイクレイオスが、怒鳴り散らす。
どうやら、そこから相当強力な地属性の魔法を何度も、ぶっ放した様だ。
その証拠に遠くの方では、何ヵ所もの白い砂煙が上がっている。
そして室内は、恐らくイクレイオスの放った何らかの魔法で滅茶苦茶だ。
そんなイクレイオスは……こめかみに物凄い青筋を立てている……。
「エリアテール様ぁぁぁー!」
護衛や警備の騎士達が襲撃者を捕らえにバタバタと出て行く中、侍女エリーナが悲痛の叫びを上げて、入れ違いで入室してくる。
すると、天蓋付きの豪華で大きなダブルベッドの真ん中で、茫然としたエリアテールが、ちょこんと座っていた。
「エリアテール様! ご無事でございますかっ!? お怪我等はっ!?」
「え、ええ……大丈夫。イクス様が早々にお気づきになられて、ご対応してくださったので……。わたくしは全く気付かず、あっという間で……」
「エリーナ! エリアを私の寝室に連れていけ! 今夜はそちらで休む!」
「は、はい! さぁ、エリアテール様、こちらへ……」
エリーナに肩を抱かれる様にイクレイオスの寝室に誘導されるエリアテールは、まだ茫然としたままだ。
「ロッド! 口がきける者が一人でも生かしてあれば他の者の生死は問わん! その代わり……全員必ず回収しろ……」
そう指示したイクレイオスの表情は、もはや王太子ではなく地獄の魔王だ……。
これは、相当お怒りだ……と感じたロッド。
そもそも「4人は行動不能」と報告された時点で、その4人はイクレイオスによって生死を問わない状態にされている可能性が高い……。
そんな状況から、これから捕縛される襲撃者達には、少しだけ同情するロッド。
そもそもイクレイオスの場合、幼少期から夜襲を受ける事は日常茶飯事だった。
特に地の精霊王の祝福を受ける前などは、週一回のペースで襲撃されていた。
しかし、部屋のすぐ外の護衛騎士が駆けつけるほんの一瞬の間に、全精霊王達から受けた加護の力で、すでにイクレイオスが襲撃者を一掃してしまっている事が殆どだった。
その為、護衛騎士達の間では「護衛し甲斐のない王太子様」と言われてしまうほど、イクレイオスの襲撃への対応は完璧だった。
そして地の精霊王の祝福後は、その強大な力で自室に防御結界を張っていた。
それは寝ている間の無意識な時でさえ張り続けられる程、イクレイオスは使いこせており、段々とイクレイオスの部屋の護衛警備は意味を無くしつつあった。
そしてエリアテールとの挙式を切っ掛けに、完全に部屋の前の護衛騎士は不要だと判断され、その代わり別の場所へと警備が強化された。
今回の襲撃は、まさにその判断を決定した矢先の出来事だった……。
「警備体制が変わった途端、これですか……。どうやら内部に警備情報を流している者がいるようですね……」
「最近の王権反対派は鳴りを潜めていたので油断していたが……。このタイミングで夜襲を仕掛けてきた事を考えると、今回は風巫女至上主義派の可能性もある。そうなるとエリアの護衛も強化した方がいいな……」
「あの気持ち悪い程の処女信仰に執着している変態過激派ですか? ですが、いくら何でも王族の寝室に夜襲を仕掛ける程の規模では……」
「お前、何を言っている……。エリアがこの国の風巫女になってからは、その変態過激派がここ10年近くで、かなり規模を大きくしている事を知らないのか?」
「流石、エリアテール様……。そうなるとイクレイオス様は、神の化身でもある清き純潔の風巫女を汚す絶対的悪という事になりますね。ですが、あながち間違ってはいないのでは?」
「どういう意味だっ!」
茫然としていたエリアテールとは違い、奇襲対応に慣れている二人は、そこまで深刻にとらえていない。
そもそもイクレイオスが地の精霊王から祝福を受けて以降、奇襲自体は行われた形跡は何度もあったが、事態が表沙汰になった事は一度もない。
それだけイクレイオスが、祝福で扱えるようになった防御結界は強固なのだ。
その為、結界時は襲撃者が二人の寝室にすら、近づけないはずなのだが……。
「ところで、ずっと気になっていたのですが……何故、防御結界を……」
「聞くな……。説教なら明日、ちゃんと受ける」
「全く……。少々、浮かれすぎでいらっしゃるのではないですか?」
「だからその説教は、明日受けると言っているだろうがっ!」
忌々しげにそう吐き捨てたイクレイオスは、その場の処理をロッドに任せ、自分の寝室へと向った。
自分自身は、こういう事態に慣れ過ぎているがエリアテールは違う。
悪意を汲み取りにくい彼女は、こういった一目瞭然で分かる悪意を向けられる事に一切慣れていない。
「エリア! 大丈夫か?」
寝室に入ると、すでにイクレイオスのベッドの中に入って座っているエリアテールと、心配そうに手を握っているエリーナの姿があった。
「イクス様……。その、大丈夫ではあるのですが……。まずわたくしには、イクス様のご対応が早すぎて何が起きたのか、さっぱり分からない状態でして……」
そのエリアテールの言葉に、イクレイオスが少し安堵する。
どうやら今回、エリアテールが恐怖を感じる前に自分は対処出来たらしい。
そして、エリアテールの不安を少しでも取り除こうとして、側に付いていてくれたエリーナにイクレイオスが目で下がる様に合図する。
それに応えるようにエリーナが礼をして部屋から出て行った。
「しばらくは、こちらで眠る事になる。あちらと比べると少し狭いが……二人で眠るには十分だろ」
「はい……」
「何だ? どうした?」
「あの……このような奇襲を受けるという事は、わたくしの様な身分の低い者が王太子の妻になった事への不満が多いのでは……」
そう言われ、イクレイオスが盛大にため息をつく。
「お前は関係ない。狙われたのは、恐らく十中八九、私だ……」
「ですが! 今までこの様な事はなかったではございませんか!」
「夜襲に関しては、私が幼少期から現在まで頻繁に起きていた事だ」
その言葉にエリアテールが、目を見開く。
「で、ですが、わたくしがこの国に滞在していた10年以上の間は、一度も……」
「襲撃されていた形跡は、その時も何度もあった。だが、お前がこの国に来たくらいに、私は地の精霊王より授かった力で強固な防御結界を使える様になっていたからな。その為、今回の様に大事になる事態は起こらなかっただけだ」
「では何故、今回は急にその防御結界が……」
そう言いかけたエリアテールだが……次の瞬間、真っ赤になり黙ってしまう。
それと同時にイクレイオスも何ともバツの悪いような表情を浮かべた。
「とにかく今日はもう休め。どうせ明日、この件を早々に嗅ぎつけたアレクが、すっ飛んでくるはずだ」
「は、はい。そうさせて頂きます……」
翌日、優秀なコーリングスターの騎士達は、見事に襲撃者全員を捕縛してきた。
もちろん、全員生け捕りだ。
その為、朝からイクレイオス自らの恐怖の尋問が繰り広げられている。
ロッドの説明では襲撃犯の狙いは、やはりイクレイオスの暗殺だったのだが……動機はまだ分からないとの事だった。
「全く……襲撃だなんて、びっくりしたよ……」
そう言って、出された紅茶に口を付けるアレクシス。
イクレイオスの予想通り、昨夜の件を知ったアレクシスが、朝一番で早々に心配して来てくれたのだ。
「エリアは大丈夫だった? 怪我とか本当にしていない?」
「はい。イクス様の早急なご対応のお陰で、怪我等は一切ございません」
「怖い思いとかもしていないんだね?」
「はい。むしろ何が起こったのか分からないくらいなので……」
やや情けない表情を浮かべて、苦笑するエリアテール。
そんなエリアテールの様子から、アレクシスも問題なさそうだと安心する。
しかしその後、何故か腑に落ちないような表情をした。
「それにしても……なんだって襲撃者が簡単に侵入出来たんだ? いつもならイクスが常時、強力な防御結界を張っているはず……」
顎に手を当て、怪訝そうな顔で言いかけたアレクシスだが……。
ふと向かい側で座っているエリアテールの様子の変化に気付く。
俯きながら膝上部分のドレスを軽く握りしめているエリアテールの顔は、ほんのりと赤くなっている。
その様子に何となく状況を理解したアレクシスは、目を細めながら意地の悪い笑みを口元に浮かべた。
「おかしいよね~? イクスは眠っている無意識の時でさえ、その防御結界を維持出来るはずなんだけど……」
すると、エリアテールが体をビクリとさせた。
「でも結界が外れてしまっていたから、今回侵入されちゃったんだよね? どうして外れてしまったのかな?」
その言葉にエリアテールが更に深く俯く。
「よほどイクスの余裕が無かったり、あるいは何か別の事に意識が集中し過ぎていない限り、そんな事にはならないのにねぇ~」
そのままエリアテールは、ぎゅっと目を瞑る。
「ねぇ、エリア。その時のイクスって一体何をしていたの? 眠っている時でさえ結界を維持出来るイクスなのだから……起きてはいたはずだよね?」
すると、エリアテールが耳まで真っ赤にして、両手で顔を覆ってしまった。
その反応にアレクシスが、呆れながら大きく息を吐く。
「君が挙式後三日目にして、すでに風の精霊王から与えられた力で風呼びの儀をしていた事には気づいていたから、人様の夫婦事情にまで口は出したくはないのだけれど……。こうも安全面に支障が出てしまっては、非常に頂けないよね……」
そしてついにエリアテールは、両手で顔を覆ったまま自分の膝の上に突っ伏す。
「そもそも愛妻との営みに夢中過ぎて防御結界外すって……あり得ないだろ」
「ア、アレク様ぁっ!!」
アレクシスのそのあからさまな言い方に、羞恥心で耳まで真っ赤になったエリアテールが、思わず涙目で叫ぶ。
「初夜で早々に君の巫女力を奪う気だった事は、確信していたけれど……。その後、まさか警備上で、こういう不具合が出るとは思わなかったよ……」
「もう……もう、この件に関しての追及は、お許し頂けませんか……?」
「ダメだよ? この後しっかり、イクスに文句とお説教を言わないと!」
「そ、そんなぁ……」
すると扉がノックされ、イクレイオスが部屋に入って来た。
飛んで火に入る夏の虫とでも言わんばかりのアレクシスが、意地の悪い満面の笑みを浮かべながら、イクレイオスに声を掛ける。
「やぁ、イクス。今回の襲撃の件なんだけど……」
「あぁ!? 何だっ!」
すると何故か目を据わらせたイクレイオスが、ガラの悪い返事で返して来た。
そして、ドスンと乱暴にエリアテールの隣に両腕と足を組んで座る。
「いや、目を据わらせたいのは、こちらの方なんだけど……。というか……何をそんなに腹を立てているんだい?」
「腹など立てていないっ!」
「あきらかに怒っているじゃないかっ!」
「イクス様……もしや襲撃犯の尋問に何か問題でも?」
「そんなもの……二時間も前に終了し、三日後には主犯格を確実に摘発出来る!」
「なら何をそんなに苛立って……。そもそも、今まで一体何をしていたのさ?」
「…………地の精霊王に呼び出されていた」
「地の精霊王様にでございますか?」
するとイクレイオスが、今までで最高潮とも言えるくらいの不機嫌な顔をして、エリアテールに口を開く。
「エリア、今夜から一週間は安全面の為、お前は自分の寝室で一人で寝ろ」
「え……? あ、はい……」
急に今夜の寝床についての話をされ、キョトンとするエリアテール。
しかし次の瞬間、この言葉を聞いたアレクシスが盛大に吹き出した。
「ぶっは! イ、イクス……もしかして……地の精霊王から一週間もお預けの処罰をくらったのかい?」
「お、お預けっ!?」
そしてソファーに拳を叩きつけ、涙まで浮かべて盛大に笑い転げるアレクシス。
そんなアレクシスを刺し殺さんばかりの勢いで睨みつけるイクレイオス。
「うるさいっ! 今、お前にだけは会いたくなかった! 何故もうここにいる!」
「だ、だって……エリアが心配で……。ぶくっ! あはっ! あはははは……!」
地の精霊王による粋な処罰方法に称賛せずにはいられないアレクシス。
逆に苦行に入ったイクレイオスは、すこぶる虫の居所が悪く、この日から一週間、周囲の者達に八つ当たりという名の恐怖を振りまく事となる……。
そして、今回の襲撃事件はイクレイオスが睨んだ通り、ロッドが変態過激派と呼んでいた風巫女至上主義派によるものだった。
風巫女の処女性に異様な執着を見せる事に特化したこの変態過激派は、一週間前に婚礼を挙げた王太子によって、風巫女が汚される事を阻止する為、挙式後の王太子を暗殺しようと、ずっと機会を狙っていたのだ……。
そんな時、たまたま昨夜に限り防御結界が外れたので、襲撃を決行したそうだ。
だが今回の襲撃で、上層部が摘発されてから僅か10日も経たない内に、その変態過激派は跡形もなく消滅してしまう……。
その決定打となった部分は、歴代でも最高峰と言われた現風巫女である王太子妃が、すでに巫女力を失っているという事実だった。
エリアテールは、巫女力を失っても風の精霊王の祝福で使えるようになった風魔法で、今まで通り歌を歌う事で風を起こして大気の浄化を行っていた。
その為、国民の殆どが、挙式した風巫女を未だ清らかなままだと思っている。
だが今回の摘発で、そうでない事がハッキリと風巫女至上主義派に告げられた。
その衝撃は凄まじく……その変態過激派グループを一気に崩壊させたのだ。
尚、この襲撃の際、過剰なまでに攻撃魔法を繰り出し、必死で新妻を守るという印象がついてしまったイクレイオスは、この後に国民から歴代きっての愛妻王として語り継がれる事となる。
しかし、事の真相を知っているロッドやアレクシスは、国民によってイクレイオスがそう呼ばれる事に対し、呆れ果てていた……。
イクレイオスが、過剰に襲撃者達に攻撃魔法を繰り出していた本当の理由……。
それは……愛妻エリアテールとの夫婦の営みを今まさに行おうとしていた矢先に邪魔をされ、ブチ切れた故の過剰行動だったからだ……。
そんな国民の絶大な支持がある王太子夫妻は、今日も仲睦まじく過ごしている。
以上で『風巫女と精霊の国』のお話を完結させて頂きます。
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※他サンライズの巫女のお話もそちらにリンク張っております。
全48話もある長いお話にお付き合い下さいまして、本当にありがとうございました!




