制裁方法
婚約披露宴から3~4カ月後くらいの話です。
前半の回想シーンは、前回の『リーネの忠誠心』の直後になります。
後半は内容的に、ややR-15?(すみません、基準が曖昧なので保険で一応宣言)
「いひゃい! いひゃいれふぅー! ひぃくえいおふはまぁぁぁぁ~!」
「お前は、何故、いつも、人に呼び出されている事を忘れるんだぁぁぁー!」
部屋に響き渡るエリアテールの悲痛な叫びと、イクレイオスの叱責の声。
お馴染みの光景と言えば、お馴染みなのだが……。
その様子をやや呆れ気味な表情で、書類片手に横目で見やるアレクシス。
「今日は13時にアレクが来ると伝えていただろうがっ!!」
「ほ、ほうひあへ、ごらいまへぇぇぇーん!」
子供の頃からの癖とは言え、この制裁方法は何とかならないのか……。
そう思いながら呆れ顔のアレクシスが、小さくため息をつく。
そんな視線に気付かず、グニグニと容赦なくエリアテールの頬を引っ張るイクレイオスと、涙目で必死に謝罪するエリアテール。
「イクス……もういい加減に許してあげたら?」
「お前は、エリアに甘すぎるっ!」
「いひゃいっ!」
最後にこれでもかと、思いっきりエリアテールの頬を左右に引っ張り、やっと手を離したイクレイオス。そんなエリアテールは、涙目のまま赤くなった自分の頬を優しく摩り、恨めしそうにイクレイオスに視線を送っている。
今回、アレクシスがコーリングスターを訪れたのは、二人の婚約関係を査定する面談の為だ。
そうは言っても、度々この国を訪れているアレクシスには、面談等しなくても、この二人が良き友人という関係上では、とても良好である事は充分把握している。
しかし巫女保護法の決まりで、婚約者宅に滞在している巫女に関しては、相手の婚約者との関係が良好であるかの面談を、サンライズの王族が巫女の年齢の5歳区切りで行う事が義務付けられている。
今年で15歳のエリアテールは、ちょうどその面談をする区切りの年齢だ。
そして5日前、イクレイオスにその事を手紙で伝えておいたのだが……。
どうやらエリアテールは、その事をすっかり忘れていたらしく、一時間もの大幅な遅刻をして現れた。
慌てて探しに行った侍女エリーナの話では、新人の侍女見習いの少女と、中庭で話し込んでいたらしい。何とも人懐っこいエリアテールらしい……。
しかし、合理主義な性格のイクレイオスは、予定が狂う事をかなり嫌がる。
今回エリアテールが一時間遅刻した為、面談の開始時刻が遅れてしまい、その怒りが爆発した結果、毎度お馴染みの『頬引っ張りの刑』が炸裂したのだ……。
だが、エリアテール捜索中のこの一時間は、この後に行う予定だった別件の打ち合わせを先に始めたので、特に時間が無駄になったという訳ではない。
それでも時間厳守なイクレイオスにとっては、制裁決定な失態となる……。
「イクス、あまりエリアを苛めないで欲しいんだけど。でないと……面談査定に『虐待の可能性有り』って、記載しちゃうよ?」
「苛めてなどいない! 大体、それはどういう言いがかりだ!」
「アレク様! 今回はわたくしの大失態でございます! ですからイクレイオス様に非はございません!」
「エリア! お前はアレクの冗談を真に受けるな!」
相変わらずの息が合ってんだか合ってないんだか、よく分からない漫才を繰り広げている二人に、アレクシスが笑いを堪える。
合理主義で無駄な事が嫌いな完全無欠のイクレイオスと、天然で空回りが多いマイペースなエリアテール。
真逆なタイプの二人が織りなす絶妙なやり取りは、見てて全く飽きない。
そんなアレクシスは、この3人で過ごすこの時間が大のお気に入りだ。
「正直な所、君達に関しては査定する必要は無いんだけどね……。だって、もし問題があれば頻繁に訪れてる僕が、すぐに気づいて早々に婚約破棄させられるし」
「お前、さらりとそういう事を……」
「問題など一切ございません! わたくしは、こちらでは大変楽しく過ごさせて頂いております!」
「だから! 何故お前は、アレクの冗談をすぐ真に受けるんだ!」
このあべこべなのに見事に成り立っている二人の関係性は、もはや芸術の域ではないかと、アレクシスは苦笑する。
そんな手元の査定用紙には、サクサクと『問題なし』と記入した。
「はい、面談終了! 二人は特に問題ないから、このまま婚約関係は継続で」
「適当過ぎだろ……。 確か5年前は……かなり質問に答えたはずだが?」
「今更、この質問項目を君らに確認してもねー。だって君ら、いい意味で現状維持の進展無しじゃないか」
「いい意味での進展無し……」
「では、今後もわたくしは、この国の風巫女を続けられるという事ですね?」
「エリア、嬉しそうだね? 君は本当にこの国が好きだもんね」
「はい! イクレイオス様、今後ともどうぞ、よろしくお願いします!」
「ああ……。そうだな……」
コーリングスターという国が大好きなエリアテールは、引き続きこの国への訪問継続な結果に大満足の様子だが……進展無しと言われたイクレイオスの方は、心なしか落胆している様にも見える。
17歳の年頃の若者としては、婚約者との関係は良好なのに、全く手を出せずに友情維持を貫かなくてはならないこの状況は、それなりにキツイらしい。
ましてや、いざとなったら本命には手が早そうなイクレイオスのこの葛藤する姿は、アレクシスにとっては最高の余興だ。
そんな親友の不憫な状況に思わず、ほくそ笑んでしまうアレクシス。
この完全無欠な王太子の唯一の泣き所が、この天然な風巫女なのだ。
「さて! それでは僕らは、さっきの案件の打ち合わせの続きに戻ろうか?」
「そうだな。エリア、お前はもう下がっていいぞ? またお茶の時間になったら改めて呼ぶ」
「かしこまりました。アレク様、本日は遅れてしまい、本当に申し訳ございませんでした……」
「大丈夫だよ、そんなに気にしないで? 僕はどこかの誰かさんと違って、あんなに目くじら立てたりしないから」
「お前は……本っ当に一言多いな?」
そんな二人のやりとりに苦笑しながら、一礼して退室するエリアテール。
退室するエリアテールを確認すると、イクレイオスが先程の書類を手に取った。
「アレク、この件なんだが……」
「ねぇ、イクス。仕事の前にどうしても、一言言いたい事があるんだけど」
「何だ? 急に……」
「さっきのさ、エリアに対す制裁方法、あれ何とかならない?」
「はぁ?」
「いくら子供の頃からの癖とはいえ……君らもういい歳じゃないか。なのにあの頬引っ張りの刑は……ちょっと幼稚すぎだろ?」
そう言って、かなり呆れた表情をするアレクシス。
その意見にイクレイオスが、不満そうに片眉を上げる。
「そうは言っても……エリアが何かしでかす事が多いのだから仕方がないだろ?」
「なら、言葉で注意すればいいじゃないか。手を出す必要性はないはずだ」
「確かに……それは善処しなければとは思っている……」
「本当にそう思ってる? 彼是それで10年近く経ってるけど?」
「…………」
疑うような眼差しでアレクシスが突っ込むと、貝の様に黙り込むイクレイオス。
その様子にアレクシスが、ため息をつく。
「多分、無理だよね? だって君は、エリアがそこまで失態を起こしていない時でも、どさくさに紛れて頬を引っ張ているだろ?」
「そんな事はしていない!」
「しているじゃないか……。たまにエリアの反応にグラっと来た時、エリアに非がなくても君自身の心を鎮める為にエリアの頬を引っ張って、誤魔化しているだろ?」
「…………」
「傍から見ると……それ、結構分かりやすいよ?」
「う、うるさい!」
再び呆れるアレクシスだが、相手が自覚している事が確認出来ると話を戻した。
「どちらにしても、あの頬を引っ張る行為は、あまりにも子供っぽ過ぎるから、もう少し大人的対応に変更した方がいいとは思うけどね?」
「……一応、気には留めておく……」
そう絞り出すように答える親友を見て、アレクシスは当分無理だなと確信した。
そんな事があってから、二年後……。
「お前は! 何故私の代わりに対応しようなどと勝手に判断したんだ!」
「も、申し訳ございません! ですが、あのままお一人でお待ち頂くのも……」
またしても『イクレイオスの説教を受けるエリアテール』という状況時に居合わせてしまったアレクシス。
今回は、自分との話合いの中で急ぎの案件があり、その所為でイクレイオスが手が離せなくなっている所に、新事業の申請に伯爵家の人間の来訪があったのだ。
その人物をロッドが待合室に案内している最中、エリアテールに出くわした。
その際、イクレイオスの手が空くまで対応をと、気を利かせたエリアテールだったのだが……相手がまずかった。
その伯爵家の人間というのが、まだ若い独身の男性貴族だったのだ。
以前の婚約披露宴でエリアテールの評判は、更に跳ね上がっていたので、そんな王太子の婚約者の接待にその若い子爵は、すっかり上機嫌でエリアテールとの会話を大いに楽しんだ。
そして一瞬だけ手の空いたイクレイオスが、その状況を見て腹を立てたのだ。
現状、大分イクレイオスの地雷を踏まない様になったエリアテールだが……。
世間の自分に対しての評価が絶大な事は、未だに認識不足だ。
同時に自分の婚約者が、病的に嫉妬深い事にも全く気付いていない……。
その為、良かれと思って動いた事に何故イクレイオスが怒っているのか、本気で分からないので二人の間では、やや押し問答が起こりかけてる。
これはまた、毎度お馴染みの制裁が繰り出されると予想するアレクシス。
しかし……その予想は何故か大きく外れた。
「今後、二度と私の代理で対応するような真似はするな! 分かったか!」
「は、はい……」
何故か今回は、イクレイオスの一喝だけで終了したのだ。
その予想外の展開に思わずアレクシスが口開く。
「あれ? 今回はいつもの頬引っ張りの刑は執行されないのかい?」
アレクシスのその言葉に、イクレイオスは全面的に無視したが、何故かエリアテールだけはビクリと反応する。
「エリア?」
「い、いえ。その……何でもございません……」
その反応に、かなり違和感を覚えたアレクシス。
すると、部屋の扉がノックされ、許可後にロッドが入室して来た。
「失礼いたします。実は先程、お二人のご婚礼衣装を依頼した工房の者がみえており、イシリアーナ様よりお二人をお連れするよう言付かったのですが……」
「今からか?」
「はい。何でも少しご確認されたい事があるとかで……。お時間は、あまり取らせないとおっしゃっておりましたが……」
「全く……母上は。分かった。すぐに向かう。ロッド、私が戻るまで、この件の内容をアレクに補足しておいてくれ」
「かしこまりました」
「アレク、すまないが少し待っててくれないか?」
「構わないよ。何ならロッドと話を付けてもいいんだけど」
「ダメだ! それでは、またお前の好きな様に話が進む! だから少し待て!」
「はいはい。分かったよ」
そして、そのままエリアテールを掻っ攫うようにして部屋を出て行った。
「申し訳ございません……。我が主が失礼な態度を……」
「構わないよ。いつもの事だし。それより……一つ気になる事があるんだけれど」
そう言ってアレクシスが顎に手を当てながら質問する。
「もしかして最近、イクスがエリアに対して行う制裁方法って、変わった?」
するとロッドが盛大に息を吐いてから、何故か落胆した様子で答える。
「よくお分かりになりましたね……。お察しの通り、先月末程からあの微笑ましい制裁方法では、なくなりました」
「やっぱり! で? 今はどんな制裁方法なんだい?」
「今現在は……時間差という形でお人払いされた後、そのままエリアテール様をご寝室に連れ込まれます……」
そのあまりにも予想外のロッドの返答に、アレクシスが目を見開く。
「はぁっ!? いや、でも! エリアは今でも巫女力を使って風を……」
「ご安心ください。エリアテール様のご貞操は、今はまだご無事です」
「『今はまだ』って……。でも、寝室には連れ込んでいるんだよね……?」
「そちらの件に関しましても、侍女のエリーナが、エリアテール様のお着換え時と入浴時に常に目を光らせ確認しているそうなので、いかがわしい制裁方法をなされている可能性はないと信じております」
「し、信じておりますって……」
「ただ……その後のエリアテール様のご反応からは、相当甘めな制裁方法を強いられているようで……」
「だろうね……。イクスの性格からすると、後を残してしまいそうなリスクの高い行為は、絶対に冒さないだろうから、恐らく無言でキス責めだな……」
それでも、そこで理性を保っている事については健闘を称えるべきなのか……。
何とも微妙な表情を浮かべるアレクシスとロッド。
「ですが、ご安心ください! 我々、お二人の側近一同、この命に代えてでもご婚礼までのエリアテール様のご貞操は、全力でお守りする所存でございます!」
「ロッド、その言い方だと挙式後のエリアの事が、逆に心配になるのだけれど……」
「申し訳ございません……。そちらの件に関しましては、もう我々の手では、どうにも防ぎようが……」
「だよね……。それは僕も一緒だ……」
そう力なく呟いたアレクシスは、盛大にため息をつく。
「確かに以前、頬を引っ張る制裁方法は幼稚だから、もう少し大人的な対応にとは提案したけれど……。大人的って、そういう意味じゃなかったんだけどなぁ……」
過去の自分の軽率な発言を後悔しながら、アレクシスが盛大に項垂れた。
そんなアレクシスにロッドが、身も蓋もない言葉を掛ける。
「アレクシス様、例えその様なご助言をなされなかったとしても、いずれこのような状況は、早々に訪れていたかと思われますよ?」
「ロッド……それは全くフォローになっていないよ?」
そう力なく話す二人だが……。
先程、掻っ攫われる様に連行されたエリアテールの事を思い出す。
恐らくイシリアーナの許へ行く前に、相当甘い制裁をされているだろうと……。
こちらの作品は、次回で最終更新となります。




